夏陰(二豪)

2011/08/26


七月も半ばにさしかかり、暑さはいや増していく。日中これでもかと言わんばかりに暖められた空気は日が陰る夕方になっても一向に冷める気配はなく、今日もまた熱帯夜になりそうだと窓の外を眺めながら二階堂はひとりごちた。

「どうかしましたか」

後ろから声がかかる。少年期特有の高さと低さが曖昧に混じりあった穏やかな声はしかし、一年前と比べたら確実に違う。記憶の中の声はもっと幼かった。
振り返って身長の伸びた教え子の顔を見る。この時期の一年なんてあっという間に過ぎ去っていく。毎日がだらだらと続いていく大人と違って、子供たちの時間はいつだって輝いているからだ。

「いや、夜が遅いなあと思って」
「そうですね。気が付いたらもうこんな時間だなんて」

晩ご飯は何にしましょうか、恋人というよりは夫婦のような会話も繰り返せば違和感も消えていく。まだ丸みのある頬のラインを確かめるように手を添える。汗をかいてしっとりした肌をなぞると豪炎寺はくすぐったそうに笑った。
一回り以上違う子供に何をしているのだろうと思うことはある。今だってそうだ。幼い顔に幸せそうな表情を浮かべる豪炎寺の時間を、二階堂は奪っているのだ。こんな未来のない男といるよりももっと有意義な時間の使い方があるだろうに、この子供は二階堂がいいと言って笑う。いつかこの日々も思い出となってしまうだろう。そのときに豪炎寺は後悔しないだろうか。なんと無為な時間を過ごしたのだろうと思わないだろうか。
二階堂はいつだってその未来の姿が恐ろしくて仕方がない。
そう言えばきっと笑うのだろう。考えすぎですよ、と優しい声で。いつか来る日々のことなど思いもしないといった顔で。
時が止まってしまえばいいのに、そう考えてしまう自分の浅ましさなど豪炎寺は知りもしない。知ってほしくもない。
まだまだ小さい身体を引き寄せた。シャツの背中が湿っている。

「かんとく?」

あどけない顔に純粋な疑問の表情を浮かべて、豪炎寺は二階堂を見上げる。目を合わせて笑うと、にっこりと笑い返された。

「今日は外に食べに行こう。それからコンビニに寄ってアイスを買って帰ろうか」
「太りますよ」
「夏バテよりはマシさ」

くすくすと豪炎寺が笑う。風鈴が微かな音を立てる。夏はまだ始まったばかりだ。



―――
青春カップ5でペーパーにしようと思ったものの暗くて没ったので、サイトにてお披露目。監督は常に豪炎寺の時間を奪っているという意識がありそうだったので。

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