ハイヌミカゼ(南豪)

2011/06/01


イプシロンが敗れた。
テレビが大々的に伝えたとびきりのニュースに、沖縄も沸き立った。もともとの気質なのかお祭り騒ぎもいいところだが、賑やかなのは楽しい。正体を隠して暮らしている豪炎寺も、今だけは笑顔を見せた。事件が終結すれば、妹に会いに行ける。寂しい思いをさせている大切な妹に。
妹のことを思うとき、豪炎寺の表情は柔らかく、優しくなる。兄だからの一言で片付けるには勿体ないほどに。電源を入れていない携帯電話には妹からの着信が何件も入っていることだろう。それに仲間たちからのものも。
少しだけ悲しそうに眉を寄せた豪炎寺だったが、振り払うように携帯電話をしまう。

「よお」

最近よく聞くようになった声に振り返る。琉球紅のように濃い赤と黄色の組み合わせも見慣れた。

「南雲」

呼べば少年は気安いふうに片手を上げて近づいてくる。沖縄に住んでいるにしては白い肌が日差しのせいで少し赤みを帯びている。豪炎寺は手招きしながら木陰に動いた。
南雲は豪炎寺の後に続いて砂浜を歩く。スニーカーが沈んでは砂を巻き上げるのを、ふくらはぎにぱらぱらと当たる砂が教えてくる。熱くなった砂が裸の足の裏をじりじりと焼いた。木陰に座り込むと隣を叩いて南雲に示す。
しかし、南雲は豪炎寺の隣に座ろうとはしなかった。

「南雲?」

見上げて問いかける。猛禽のそれに似た黄色の瞳はどこか剣呑な光を浮かべている。豪炎寺を見下ろす南雲の表情は苦々しい。もう一度呼ぼうとしたとき、絞りだすような声が豪炎寺を呼ぶ。咄嗟に口をつぐむと、南雲が改めて口を開いた。

「……俺、もうここに来られなくなったから」

どうして、とは言わなかった。別れがくるような気はずっとしていたからだ。
豪炎寺と関わったことで危害が及ぶかもしれないことくらい、気がついていた。甘かったのかもしれない。南雲が豪炎寺のことを知っていて、その上で接してくるから大丈夫なのだと理由もなく信じていた。
そんなこと、あるはずもないのに。

「……そうか」

豪炎寺は呟いた。それ以外に言葉がなかった。

「すげえ楽しかった。お前とサッカーずっとやってたかった」
「親に言われたんだろう。俺は危険人物だから」

自嘲するかのように豪炎寺が言うと南雲は答えなかった。恐らく正解なのだ。雷門サッカー部は今やエイリアにとって最大の敵対勢力であり、その関係者となればエイリアから狙われる可能性があることは当然思い付く。イプシロンが倒されたとして、脅威が全て去ったと考えるのは早計すぎる。
まともな親ならばそんな危険な人間に子供を近づけようと思わない。だから当然の結果だ。

「俺も楽しかった。じゃあな」
「……なぁ、俺と行く気はないか」
「行くって、どこに?子供だけで生きていくことはできない。それに、お前も危なくなる。平和ならそれに越したことはない。そうだろう」

豪炎寺は笑う。諦めと寂しさとがこもった瞳が僅かに細められた。
寂しいなら寂しいと言えばいい。辛いなら辛いと言えばいい。なのに、豪炎寺は口をつぐんだままなのだ。
南雲は豪炎寺の前に膝をついた。

「……じゃあな」

眉を寄せた不機嫌そうな顔で唇を重ねる。突然のそれに目を丸くした豪炎寺を置き去りにして、南雲は走った。
熱い唇が微かに震えていた気がした。



―――
最近なにもアップしていなかったので。
沖縄の豪炎寺生活はつい妄想が広がる。

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