泡沫の日々(鬼+豪)

2011/05/02

※もしかしたら読んで不快になるかもしれません。鬼道さんが好きな人にはあまりおすすめしません。








あの人は煙になった。肉は燃え、骨しか残らない。その骨も誰も引き取る人はいないと聞いた。参列した俺たち帝国学園の生徒たちは、言葉を忘れたかのように黙り込んでいた。火葬場には沈黙だけが存在している。
円堂とその祖父に連れられ、豪炎寺も来ていた。なぜ彼を連れてきたのかはさっぱり分からなかった。豪炎寺にはここにくる理由は無いはずだ。
案の定、ふらりとどこかへ消えてしまった。なぜ来たのだろう。
燃え盛る炎に包まれたあの人の骨は、どこまで形が残るのだろうか。炎が消えるまでは手持ちぶさたなので、落ち着かない心を持て余していた俺は散歩に出た。火葬場の裏の、小さな林のようなところに豪炎寺はたたずんでいた。俺が近付いてきたことに気付いた豪炎寺は、煙を眺めながら静かに呟いた。

「死人に口無しとはよく言ったものだ」

何を言うのだと眉をしかめた俺を見ながら、低く穏やかな声は言の葉を紡ぐ。

「影山が最後に少女にしたことは善かもしれない。でも、それであいつのしたことが許されるのか?」

問いかけたように聞こえたが、豪炎寺は別に俺の答えを必要としていたわけではなかったようで、平素の彼にしては珍しいほどに饒舌に話し続けた。

「影山は結局、自分のしたことを謝ったわけじゃない。夕香の一年間を奪ったことを、あの少女の目を見えるようにしたことで償える訳じゃない」

あの少女、とはイタリアの少女のことだろう。あの人が最後に愛情を注いだ、あの人にとっての救世主。聖母マリアかもしれない。天使のようだと思ったことを覚えている。
しかし、豪炎寺は表情の消え失せた能面のような顔で吐き捨てる。

「あいつは最後まで自分勝手だっただけだ。俺は夕香になんて言えばいい?戻らない一年間を、どうすればいいんだ?」

ああそうか。思い出した。豪炎寺も、あの人に人生を踏み荒らされた立場の人間だったのだ。円堂たちが豪炎寺を連れてきたのは、あの人が死んだことを確認させるためだったのかもしれない。あの二人には既に終わったことになったのだ。

「あの少女にとって影山がいい人でも、俺にとってあいつは悪だ」

死者は何もしない。何も起こらない。そしてそれは、あの人の罪が罪のまま残るということで。

「一言でもいい、夕香のことを悔いていてくれたなら、まだ良かったのに」

豪炎寺の表情が悔しそうなものに変わった。夕香。豪炎寺夕香。彼の少し歳の離れた妹。幼い少女。
そういえば、あの人が指の長い手で守っていた少女も、そのぐらいの歳だったかもしれない。

「あの少女に向けた優しさのほんのひとかけらでも夕香に分けていてくれたなら。夕香はまだちゃんと学校に行けないのに」

疑問を感じたのが分かったのだろう。豪炎寺は唇を震わせながら呟く。

「毎日はダメだと父さんが止めるんだ。夕香はまだリハビリが終わったばかりだから。子供の一年間がどれほど短くて大切なのか、知っているか?」

一年間。そういえば豪炎寺と出会ってから今日までで、そのくらいの時が流れたはずだ。短いような、長いような。
春奈とは八年離れていた。とても長い時間だった。

「大人の五年にあたるらしい。子供にとって、毎日が発見だから。なあ、夕香の一年間って、どこに行けば取り返せるんだ?」

俺の八年間も戻らない。でも、豪炎寺の妹の一年間は完全な空白なのだ。何もない。時間だけが流れて、時に取り残されてしまった。豪炎寺にとってその一年はどんな意味を持っているのだろう。
遠くを見るようにしていた豪炎寺が俺を見る。

「地獄まで徴収に行ったら、戻ってくると思うか?」

満面の笑顔。不自然なほどに綺麗な笑顔。冗談を言って終わらせようとしたのか。冗談にして済ませようとしたのか。そうでもしなければ堪えられなかったのか。
豪炎寺。名前を呼んで頭を下げようとした。俺では役者不足かもしれない。それでも豪炎寺のために謝りたかった。
しかし、豪炎寺はきっと目をつり上げて叫んだ。

「謝るな!お前に謝ってもらいたい訳じゃない!それともお前が影山の罪を全て被るとでも言うのか!償えるとでも思っているのか!」

何かを振り払うように右手が空を切る。豪炎寺は泣きそうな顔で怒っていた。豪炎寺の怒りは、どこに行けばいいのか分からなくなってしまったのだ。ぶつけるべき相手を失って、それでも消えない怒りがあって。それは自責とも深く結びついていて、このままではきっと豪炎寺は潰れてしまうだろう。
俺があの人の代わりに豪炎寺の怒りを受け止められたら。そう思ったことが逆に彼を傷つけた。しかし俺には他に何もできない。
そうして俺は気が付いた。もう豪炎寺に同情できない。同じ立場に立てないのだ。俺はあの人を許した。あの人のしたことを罪として、あの人の歩いてきた道として受け入れた。もう怒りも憎しみもない。あの人を許すことで、俺は解放されたのだ。
俺は豪炎寺を哀れんでいる。縛られたままの豪炎寺を可哀想だと思っている。歩き出せない彼が哀れだと、そう思ってしまっている。

「……俺に、お前を憎めと言うのか」

静かに泣き出してしまった豪炎寺はぽろぽろと涙を落とす。きっとこの涙なのだ、豪炎寺の妹の一年間は。取り返せないし戻らないし、取り返しの付かない綺麗なもの。
謝ることも慰めることもできず、俺は佇むことしか許されなかった。



―――
影山の死亡からずっと考えていた話です。豪炎寺さんだって被害者なのに全く触れられていないことが気になっていたので、吐き出してみました。
そろそろいいかなーと思ってアップです。

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