邂逅(義侠パロ)

2011/04/26

 
目の前の男は遥か西方からやってきたという。
噂でしか聞いたことはなかったが、豪炎寺のものとは違う暗い銀の髪に褐色の肌を見るとその話もあながち間違いではないのかもしれない。豪炎寺は左足を半歩だけ下げて身体を半身にすると、小さく息を吐く。
よりによって他国の将軍格と出くわすなど、最悪の悪漢退治になったものだ。
他国から使者が来たことは、国で知らない者はないほどの大きな事件だった。悪逆非道なことで知られる皇帝に謁見を求めたのが、稲妻舞闘団と同じ年の頃の少年だという話で砦は持ちきりだったが、なるほどこの少年ならば納得はいく。一分の隙も見当たらない。
あの昏君にもこの使者を害することで起こる危険が分かったのだろう。もしくはあの年若い将軍の進言か。
しかし今はそんなことどうでもいい。この窮地を脱するのが最優先だ。

「禁軍ではないな」

男は言った。豪炎寺は軽く身を沈める。

「……それが、どうした」
「悪党狩りをする集団があると聞いていたが、子供とは」
「お前だって歳は変わらないだろうに使者を務めているじゃないか」

ぞんざいな男の言葉に豪炎寺が顔を歪めると、男はもっともだと言いたげに頷いた。
隙の無い佇まいが経験と実力を物語っているが、臆していては危機を招くだけだ。肌を刺す緊張に満ちた空気が豪炎寺の本能を刺激する。

「言葉よりはこちらのほうが分かりやすいだろう」

男は直立だった姿勢を崩した。右足を引き、半身にして体重を前に乗せる。豪炎寺の構えよりは小さくまとまっているが、無駄のない戦闘のみに特化した体勢。
くる、と思うより先に身体が逃げをうつ。引いた左足に体重を乗せ身体を後ろに倒す。ふくらはぎまで高さのある靴が眼前まで迫り、あと半瞬遅ければ靴底の形の痣がついたことだろう。
そのまま身体が倒れるのに任せて上半身をひねり右足をはねあげる。男は豪炎寺の蹴りを左腕で上へと流してかわす。体勢を立て直して向き合う。

「……とんだ自己紹介だ」

豪炎寺の呟きに男は答えず、代わりに拳を突き出した。顔を狙った一撃は右手で払われ肘が突き付けられる。しゃがんでかわすと空いた腹に一撃。

「ぐぅ…っ!」

濁った呻きを漏らすが、豪炎寺は勢いのまま後ろに飛びすさる。重い拳のあとがじくじくと痺れるように痛む。
いつも相手をしている悪漢どもと違う圧倒的な強さはさすが将軍格。戦闘力だけなら豪炎寺以上だろう。
しかし怯むわけにはいかない。歯を食い縛ると痛みをこらえながら強く地面を蹴った。
拳を脇に構える。男が防御のために両腕を交差させるが、肉薄した豪炎寺は寸前でしゃがみ、その手を開いて地面につく。支点にして足を振り回す。俗にいう足払いだが男は跳んで避ける。狙い通りの動きに豪炎寺はすかさず肘を叩きこんだ。

「っ…!」

男の体勢が崩れる。攻撃の手を緩めてはいけない。畳み掛けるように豪炎寺は逆の拳を突き出すが、男はそれを片手で受け止め足を振りかぶる。脇を狙った足を飛び越してそのまま前に向かって両足を揃える。男に掴まれている手を支えにした一撃だったが、手を離されたことで狙いは反れてしまった。
一進一退の攻防は考える余裕もない速さで繰り広げられる。命のやりとりをしていることがひしひしと伝わってきて、背中がぞくりとあわ立った。
一瞬の隙を見計らい互いに距離をとる。緊張と興奮とが息を荒くさせる。肩を大きく上下させながら豪炎寺は飲み込めない唾を吐き捨てた。喉が渇き切っているために動かすのにも痛みを伴うのだ。

「……本当に」

男が呟く。

「本当に軍に所属していないのか」

豪炎寺は黙って首を縦に振る。あんな昏君の元に就くなど死んでもご免だ。そんなことをするくらいなら霊峰から飛び降りてやる。

「お前なら立派な軍人になるだろうに」

男はわずかに眉を寄せた。理解出来ないとでも言いたげな表情だが、豪炎寺は別に理解してもらおうとは思っていない。この国の軍とは王の私兵であり、民のためになど動かないのだから。
しかし。この男となら共に闘いたかった。向き合うのでなく並んで、無防備な背中を預けて闘えたならどれほど心強かったかもしれない。
だが男は他国の将軍であり、昏君への使者だ。それは遠回しに敵であることを証明している。

「名は」
「……豪炎寺修也」
「覚えておこう。我が名はバダップ・スリード。忘れるな」

男は銀の髪を風になびかせながら王宮への道を歩いていく。聞き慣れない響きの名前と低めの声がいつまでも耳に残っている気がした。



―――
ついったである方がお話しされていたバダップと豪炎寺が戦闘というネタが楽しそうだったので、許可をいただいて書いたものです。ガチ戦闘となるとバダップさんに勝てそうにないどころか、相手にもなりそうになかったので久しぶりの義侠パロになりました。
結論、やっぱり楽しい。もともと義侠パロもガチ戦闘させたかっただけの軽い気持ちで書いたので当然なんですが。

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