コーリングユー(風豪)

2011/03/23


宇宙には切なさが満ちている。そんな歌だと、風丸は思った。
合唱祭の歌の候補の一つを聞いた感想である。クラスメイトたちは隣の席同士で何やら話し合っている。五つの候補から必ず一つを選ばなければいけないから、他のクラスと被る可能性もある。それもあってか、彼らは真剣に悩んでいるらしい。
しかし、風丸はぼんやりと候補が書かれた紙に視線を落とすばかり。

「風丸はどう思う?」
「え?」

突然の質問に、ようやく思案の淵から帰ってきた風丸は目を白黒させた。クラスメイトは呆れたと言わんばかりの顔をしている。

「聞いてねーのかよ。お前どれがいいと思う。俺たちはこれかこっちで意見が分かれた」
「それとそれなら俺はこっちだな。でも難しくないか?」
「だよなぁ。じゃあこれか」

会話を交わしながらも、風丸の頭の中ではあの歌の奇妙な歌詞と明るいのにどこか空寒いメロディーが流れていた。

放課後、部室に行くと着替えもせずに円堂や染岡たちが話をしている。風丸に気が付いた円堂が駆け寄ってきた。

「風丸のクラス、どれにした?」
「合唱祭の歌か?うちは流浪の民か空駆ける天馬って言ってたけど」
「あー被った!」

染岡が頭を抱える。やっぱり。風丸も思う。女子からの人気は流浪の民だが、空駆ける天馬のほうが歌いやすいだろうという意見で結局二つの候補に絞ったわけで、それはつまり被りやすい選曲ということになる。個人的には心の瞳なんか綺麗だったと思うのだが、学校は多数派に優しく出来ている。
がっくりと肩を落とす染岡の肩を円堂が叩く。さっき反応したのが染岡だけということは、たぶん一番慰められたくない相手だとは思うが、言わないことにした。へたに言葉を挟むとおかしなことになりそうだからだ。代わりに話の方向を変える。

「豪炎寺たちはどれにしたんだ?」

マックスと半田、それに鬼道はまだいない。影野と一ノ瀬は染岡のクラスだし、土門はそもそも風丸と同じクラスなので、今いる中で聞くなら円堂と豪炎寺しかいない。こちらのほうが面倒は少ないだろうと、風丸は豪炎寺に尋ねたのだった。
黙々と着替えに取り掛かっていた豪炎寺は上だけユニフォームで手を止める。

「うちのクラスは二十億光年の孤独か、心の瞳がいいってことになった」

風丸はどきっとした。豪炎寺の口からあの歌の名前が出るとは思っていなかったからだ。候補の一つだし、選ぶ可能性がなかったわけじゃない。でも、全く予想はしていなかった。
二十億光年の孤独。宇宙人がいるかもしれないという空想の歌詞で、有名な詩人の詩に曲を付けたものだと音楽教師は言っていた。それならもっと希望があって面白いものにすればよかったのに。そう思うほど、風丸には歌詞がいいものだとは思えなかった。奇妙な擬音が更に疑問を抱かせる。
しかし、豪炎寺と円堂のクラスでは好評だったということか。

「面白いのを選んだんだな」

さりげない疑問を言葉に隠す。風丸の意図を知ってか知らずか、豪炎寺は肩をすくめる。

「二十億光年の孤独はどこも選ばなさそうだから、らしい」

なんでもないふうの豪炎寺の返事に、なぜかほっとした自分がいたのを風丸は知らないふりをした。

「豪炎寺は、あの歌どう思った?」
「どうって…不思議な歌だなと」
「そっか」
「あと、どこかひんやりとしている気がした」

豪炎寺の言葉に、風丸は眉を寄せる。

「ひんやり?」

豪炎寺もはっきりとしないのか、困ったような顔をして、小さく頷いて返す。

「なんとなく、だけど、温度があるなら秋の終わりくらいのような気がする」

風丸にも、なんとなく分かる気がした。もの悲しい雨と切ない空がごちゃ混ぜになって、静かに土に沈んでいくような、そんな感覚がある。

「……宇宙はそんなに寂しい空間なんだろうか」

ぽつりと風丸が零した言葉に、豪炎寺は考えこむ素振りを見せる。
黒くて広すぎる空間に、浮かぶ点のような星々。寂しいだろうか、恐ろしいだろうか。風丸の意識は銀河を旅する彗星になる。

「だから、」

ぐん、と引力。まるで太陽の地磁気に引かれた彗星のように、意識は豪炎寺に向かう。

「だから人間は集まりたがって、宇宙人は人間に会いたいのかもしれない」

豪炎寺も宇宙を旅しているのかもしれない。風丸は思う。彗星よりももっと遠い距離を、一人で。豪炎寺はふっと笑った。

「でも、歌うなら心の瞳のほうが俺は好きだな」
「俺も」

風丸は頷く。以前よりも少しだけ、あの歌が好きになれそうな気がした。

「あー!早く着替えて練習しないと!」
円堂が叫ぶ。豪炎寺と風丸は、目を合わせると小さく笑った。

地球はどうだい、宇宙人。寂しくないか。



―――
風豪が最近のブームみたいです。

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