please kiss me(風豪)

2011/03/16

 
誰もいない教室。
いや、誰もいないというのは語弊がある。正確には豪炎寺と風丸以外はいないと言うべきだろう。
ここは風丸のクラスの教室だ。本来なら豪炎寺がいることすらおかしいが、今は放課後だ。咎める者はない。
風丸は窓枠に寄りかかって立っている。その後ろにはテニスコートを挟み三年生の校舎が見える。
いくら私立といえども、学年で校舎が分かれている学校は豪炎寺は初めてだった。木戸川清修だって決して小さい学校ではなかったが、こんな大きさではなかった。
風丸は上半身をひねって後ろを向いた。風が青く長い髪を揺らす。空よりは濃く、しかし完全な青とは言い切れない彼の髪の色が、豪炎寺は好きだ。走る風丸の姿に一番似合っていると思う。

「なぁ」

そう、風丸の声も好きだ。案外低くて驚くが、耳に心地よい響きをしている。

「なんだ」

豪炎寺が返事をするが、風丸は窓の外を眺めたままだ。ここからはテニスの試合くらいしか見えない。あとは他の部活がランニングしているくらいだろう。
何がそんなに気になるのか。豪炎寺はそんなことを考えているとはおくびにも出さない。
元より感情の表現が苦手な豪炎寺は眉をひそめたりするくらいしかしないのだが、こと風丸相手では平静を装うことが多かった。それはひとえに二人が恋人同士という秘する関係にあったからに他ならない。
惚れたが負け、という言葉があるが、その通りだと豪炎寺は思う。恋をすると好きという感情に振り回されて自分が自分じゃなくなるみたいだ。我が儘を言いたくなるし、もっとくっついていたい。
しかし、そんな弱点をさらすのはみっともない気になる。カッコ悪いところなんて見られたくない。幻滅させたくない。惚れた瞬間に負けている。
そんな豪炎寺の葛藤を知ってか知らずか、風丸はカーテンから手を離すだけで注意をこちらに向けさせた。
ばさり。はためくカーテンは風に押されて高く膨らむ。風丸の横顔を豪炎寺はじっと見つめる。ちょうど右を向いているせいで豪炎寺からは鼻と口元くらいしか見えない。

「豪炎寺」

風丸の唇が音を紡ぐ。カーテンの音が耳障りだ。

「キスしてくれよ」

ばさり、風が強く吹いた。風丸の髪が揺れる。豪炎寺は目を見開いた。
ゆっくりと風丸が豪炎寺に顔を向ける。口元は微かに緩んでいて、まるで笑っているようだと豪炎寺は思った。

「イヤか?」

風丸は豪炎寺を試すように尋ねる。むっとして、つい豪炎寺はその挑発のような質問に乗った。

「イヤじゃない。ただ」
「ただ?」
「……ただ、ここは教室だ」
「そうだな、」

俺のクラスだ。風丸は黒板に書かれた日直の名前に目をやる。
あそこに豪炎寺の名前が書かれることは絶対にない。この校舎にいる間に訪れることのない、同じクラスという現象。
豪炎寺にとって馴染みのない教室は彼にどんな気持ちを抱かせるだろう。風丸は言葉を飲み込んでしまった恋人を眺めた。
しばらくの沈黙。時間にすれば一分もないだろう。

「……ここじゃなきゃダメか」
「ここがいいんだ」

豪炎寺が出来る限りの譲歩をした結果の提案だが、風丸はあっさりとそう言ってのけた。
誰もいないとはいえ、誰かが忘れ物を取りにくるかもしれない。通りすがるかもしれない。それでなくとも違うクラスの教室というだけでなぜか背徳的な気分になっているのに、その上キスなど豪炎寺には出来るはずがなかった。
しかし、風丸に出来ないと思われるのは癪だ。するかしないかの二択に悩まされるなんて、思ってもみなかった。

「どうなんだ?」

風丸はいよいよ笑いを隠そうとしない。楽しそうに笑って豪炎寺を見ている。豪炎寺は腹をくくった。

「……分かった、する」

窓枠に寄りかかる風丸に、静かにゆっくりと近付く。はためくカーテンを掴む。勢いよくカーテンを二人を包み込むように引き寄せた。中途半端な密室に閉じ込められた豪炎寺と風丸。
不意をつくように、豪炎寺の唇が風丸の右耳に触れる。

「……唇じゃないといけないとは、言ってないだろう」

豪炎寺はさっと身を翻して教室を出ていく。

「素直じゃないな」

眉間にしわを寄せながらも頬を赤く染めた豪炎寺の顔を思い出し、風丸は小さく笑いをこぼした。



―――
ツイッターで書いていたやつを発掘です。これもお題で、カーテンの向こうで右耳に秘密のキス…だったかな。カーテンの向こうっていうシチュエーションに悩んだ覚えがあります。
風丸と豪炎寺さんを考えるのは楽しいです。

戻る




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -