♯溶け合う境界線(風豪)
2011/03/14
かち、こち、かち、こち。時計の秒針が音を立てる。
昼間だというのに静か過ぎる室内は二つの影しかなく、そよとも吹かぬ風を待ちわびるようにカーテンが波を形作っている。豪炎寺は細く息をついた。
「…青い、な」
「綺麗な色だよな」
カーテンの隙間から覗く空を眺め、二人は言葉を交わす。他愛もない、他意も無い。
緊張する空気ではないが、言葉が続かない。二人ともおしゃべりではないからだが、悪い空気でもない。ただ穏やかな時間が流れている。
豪炎寺は白いベッドに腰掛けた。薬品の匂いが染み付いた保健室は白さばかりが目に飛び込んでくる。空の青と、豪炎寺と風丸にしか色が存在しないかのようだ。
息が詰まりそうだからと上を開けた学ランの首元が微かに冷える。
「授業、いいのか」
豪炎寺の問いに風丸は頷く。
「別にいいさ。一回出ないくらい」
「でも、」
「いいんだ。俺がここにいたいんだから」
はっきりと言い切られ、豪炎寺は言葉を飲み込んだ。
体育の授業は今の時間は無いらしい。二階から英語のCDの音声が途切れながら雨粒のようにグラウンドに降る。
本来なら教室でそれを聞いているはずだった豪炎寺は、頭痛がすると昼休みにここに来た。寝不足だと明快に答えた養護教諭に押し切られ、五時間目の授業は欠席することになった。
確かにここ最近は練習に加えて試験に向けて勉強をしていたから、睡眠不足ではあった。しかし、身体に不調を及ぼしてしまうとは。体調管理が出来ていない証拠だ。生活スタイルを見直す必要があるかもしれない。
そう考えていると、保健室のドアが荒く開いた。
「先生、いますか!」
青く長い髪をなびかせ、風丸が上半身を覗かせる。
「どうしたの」
養護教諭が立ち上がる。ただ事では無さそうな雰囲気に豪炎寺もつい注目する。
「ガラスが割れてケガしたみたいなんです」
「どこのクラス?」
「二年D組です」
「分かりました。すぐ行くわ。豪炎寺くんはベッドで寝ていなさいね」
風丸が初めて豪炎寺を見た。驚いた顔をしている。
「担任の先生を呼んできて」
「あ、それならもう別のやつが」
風丸の返事を聞き終わるより先に、養護教諭は立ち去ってしまった。豪炎寺はぼんやりと白衣が翻る軌跡を眺めていた。
足音はすぐに遠ざかって行った。機会を逃して、風丸は立ち止まったままだ。豪炎寺は風丸を見た。風丸も豪炎寺を見た。風丸が入ってくる。
「どこかケガしたのか」
「いや、寝不足で頭痛がしたんだ」
「ああ、だから先生寝てろって」
「ああ」
言いながら立ち上がって、豪炎寺はベッドの周りを囲うカーテンを開く。
「別に今は眠くないんだがな」
「珍しいな、お前が体調不良なんて」
「そうか?」
「なんかイメージがない」
「そうか」
そしてしばらく沈黙が下り、豪炎寺が呟く。
「…青い、な」
風丸は豪炎寺の前に立つ。肩越しに空が見える。風丸の青い髪が溶けて広がったようだ。
CDの次は生徒たちの唱和が聞こえる。少しずれた声は円堂だろうか。ここからでは判断できない。
風丸の右手が豪炎寺の肩に乗った。細い指をしている。
「……風丸?」
豪炎寺はまた問いかける。名前を呼ぶ声に疑問を乗せて。
風丸は答えなかった。言葉は白の中に霧散する。
柘榴のような赤。髪とは全く違う色。風丸の瞳をこんなに近くで見たのは、初めてだ。
豪炎寺は動きを止める。ばさり。強く風が吹いた。カーテンがはためく。
賽は投げられた。
物語の、はじまりはじまり。
―――
昨日は顔を出せずにすみません。
漁ったら以前ツイッター上で書いていた風豪がありました。お題はカーテン、サイコロ、時計。静かな話になりました。
こういう感じも好きです。
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