食堂でランチを(厚石+豪炎寺未来捏造)

2011/02/27

 
ここは薬品のにおいが常に満ちている。機械をいじりながら厚石はそう思った。
ずいぶん昔にはよくお世話になっていたけれど、今はもう仕事以外では滅多に来ない。
薄青のツナギは、近頃では厚石のトレードマークになっていた。手先の器用さがこんな方向に生きるなんて、あの頃は思いもしなかった。
昔の自分が見たらどんな顔をするだろう。

「調子はどうだ?」

頭の上から声がして、見上げたら豪炎寺がすぐそばに立っていた。白衣が似合うなあ、と厚石は思った。口に出すのは別の言葉だが。

「んー、ケーブルが中で断線してたみたいだね。交換だけだから変えればすぐ直ると思う。他の調子は見てみないと分からないけど」

まだあるんだよなあとドライバーを置けば、豪炎寺は苦笑する。

「お前の身体の調子だって」

豪炎寺とは二年ぐらい前に再会した。互いに想像しなかった相手の進路に驚きはしたものの、初対面ではなかったこともあってか、二人はよく話をするようになった。たまには飲みもする。
その中で、過去話をしたことがあった。豪炎寺と出会う前の話。身体が弱かったと厚石がつい言ってしまったせいで、豪炎寺はたびたび厚石の身体の調子を尋ねてくる。
医者だから、というのもあるのだろうが、友人として心配してくれてるのだとしたら、少しくすぐったくなる。

「また顔色が白いぞ」
「悪くは無いけどなあ」

頭をかきながら首をひねると、豪炎寺は溜息をついた。

「ちゃんと食べてないだろう」
「ドーピングの論文を読んでて寝不足なだけだって」
「ドーピング?」

怪訝そうに豪炎寺が眉を寄せる。直接的にその単語が関わっていたわけではないが、過去のことを思い出すのは少し辛い。豪炎寺も、厚石も。慌てて言葉を重ねる。

「いや黒歴史のことじゃなくて、半導体の電気伝導に関する論文だよ」

えーとね、と厚石は説明を始める。

「純半導体に不純物を加えることをドーピングって言うんだ。これによって電気伝導が起こるんだよ。ガリウムとか3価のホウ素を加えるとp形半導体で、アンチモンや5価のヒ素を加えるとn形半導体になるんだけど、これは真空管の代理として使われてて汎用性があるんだ。それで新しいp形半導体のアクセプターが発見されてさ、その」
「ストップ。俺にはさっぱりだ」

厚石の目の前に手のひらをかざしながら、豪炎寺は肩をすくめた。厚石は興味があって論文を読んでいるが、豪炎寺は興味が無いから論文を読んでいない。それでなくとも、医学と化学は同じ理系でも種類が違う。何かがあって何かが起こるということしか理解できなかった。
厚石は笑う。

「それを言うなら俺にだって医学はさっぱりだ。たびたび来るけど理解できない言葉が飛び交ってるよ」
「ああ、そうだ。厚石、手を出せ」
「うん?」

機械油がついた手を腿の辺りで拭って差し出すと、ころころと小さな袋に包まれたものが落ちてきた。グレープやストロベリーと書いてある。豪炎寺は頬をほころばす。

「キャンディー。寝不足なら脳の機能が低下してるだろうから、糖分が必要だろ」
「サンキュー」

ありがたくいただく、と早速包みを開けて一つ放り込む。じわりと甘さが口内に広がった。

「終わったら食事に行かないか」
「ご飯ものがいいな」
「その辺は任せる。医局にいるだろうから、終わったら声をかけてくれ」
「お、今日は仕事もう終わりなんだ」
「久しぶりにな」

豪炎寺が柔らかく笑う。きっと妹に会う約束をしているのだろう。厚石は袖を捲り上げる。

「分かった。早めに終わらせるよ」
「無理はするなよ」

ポケットに手を突っ込んで豪炎寺は去っていく。後姿が様になるっていい男の証拠だよなあと少しだけ羨ましくなったが、少し長い息を吐き出すと厚石はドライバーを手にとって機械に向き直った。
友人を待たせるのはあまりいい気はしない。気合を入れて取り掛からなくては。
転がした飴が歯に当たって、からりと音を立てた。



―――
またピクシブからの移動だよー。ヒートくんと豪炎寺さんが将来仲良しとかいいんじゃないかなと思って。ツイッターのお題でした。

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