終焉と収束の始動(ユーカリ設定)

2011/02/15

 

暗闇の中に生まれ落ちる。
産声を上げることを忘れ、息を吸う。澱んだ空気が肺を満たす。下へ下へと落ちていく汚濁が隅々まで染み渡っていく。
そっと持ち上げる瞼はひどく重い。まるで鉄でできているかのようだ。微かな光でさえも眼底に突き刺さるような痛みを感じて呻く。ようやく喉から溢れた声は、硬質でありながら纏わり付くような粘性を帯びている。
ただ漫然と瞳が異物に慣れるのを待っていたら、何かが鼓膜を揺らした。

「豪炎寺修也」

聞き覚えの無い響きに何の興味もなく、鉛のように重い腕をどうしたら動かせるかと鈍い思考を巡らせる。
かつり、別の音。形骸を捉えることをようやく学んだ脳髄が視力と結託して像を結ぶ。三つの何か。

「その名ではもう二度と反応しないだろう、彼は」
「今までの自分を捨てたということかい?」
「忘れちまったんだろ、全部」

これらは何だろう。初めて見る。腕が動いて身体を起こす。ぐたり。頭が揺れる。

「名前をあげなくちゃね」

そうだ、生まれたのだ。今、生まれた。





抵抗しないようにと後ろ手に縛り上げられた少年が床に転がされる。痛みに顔を歪めたが、声は上げなかった。

「豪炎寺を連れてきた」
「ご苦労様」

赤い髪の少年がにこりと笑って言う。見るからに胡散臭い男たちは、何も言わずに立ち去った。豪炎寺は顔を上げる。少年の顔に見覚えは無い。ただ、這い上がってくるような寒気を感じる。少年は笑っていた。この光景を見て、笑っていたのだ。

「……誰だ」
「教えてあげてもいいけど、どうせすぐに忘れるよ?」
「どういうことだ…!」
「どうって、ねえ」

少年は妖しく光る巨石の前に立って笑う。紫色が禍々しく見える。豪炎寺の足が微かに動いた。
それは恐怖だった。生命の維持のために本能が抱える感情が、反応した。揺り動かされた。逃げたい。ここにいたくない。豪炎寺は震えていた。

「あーあ、可哀想に。震えちゃって。大丈夫だよ、そんな感情もすぐに忘れさせてあげる」

少年が近付いてくる。豪炎寺は這いつくばったまま懸命に身体を動かした。腕が使えないことと焦っていることから起き上がれずにいるのだ。惨めに、無様に豪炎寺は逃げ惑う。
かつり。足音はすぐそこまで迫っていた。

「怯えなくていいよ」

耳元で囁かれて豪炎寺は声にならない悲鳴を上げた。優しげな声の中に紛れた、まとわりつくような気持ちの悪さが耳から侵入してくる。恐ろしい。おぞましい。
少年は豪炎寺を抱き起こした。グローブを隔てているというのに触れられていることが嫌で仕方ない。

「全部、ぜーんぶ、忘れさせてあげる」

少年は暴れ嫌がる豪炎寺を無理やり石の前に連れて行く。

「嫌だ!やめろ!」
「見て、綺麗だろう?」

顔を掴まれて固定される。目をつぶるという抵抗もかなわなかった。石が明滅を繰り返す。少年の声がぬるりと脳に直接触れているような錯覚。
気がつけば、豪炎寺は石を凝視していた。

「全部忘れてこっちにおいでよ。ね?」

少年の言葉に豪炎寺は頷いた。
何もかもがぼんやりと形を失っていく中、手放したくなかったはずなのに指の間をすり抜けていってしまったことが悲しくて、しかしそれすらも豪炎寺の中から消えてしまった。

こうして、豪炎寺修也は名前を忘れ、全てを忘れ、生まれ変わる。



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前半は小話の再利用っす。やっつけですすみません。でもこのユーカリの設定はお気に入りだからちょこちょこ書きたいなー。


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