♯錆付く悲哀(フリリク音→豪←綱)
2010/11/23
綱海に会いに行こうという円堂の提案に、突然だったにもかかわらず誰も反対しなかった。綱海の明るく裏表の無い性格は、染岡や半田たちにも受け入れやすかったのかもしれない。
潮の香りが風に乗って運ばれる。肌を刺す日差しの強さも、青と白のコントラストがまぶしい海辺も、あのときのままだ。
久方ぶりの沖縄。短い間しかいなかったはずの南の地をこんなにも懐かしいと思うのが、豪炎寺には少し、不思議だった。
岬に立つ白い灯台を見上げる。ここで過ごした日々のことを思い出すと、胸がちくりと痛む。傷跡すら存在しないのに痛む胸を、豪炎寺はジャージの上から押さえた。
「危ないよ、そこは」
声がして振り返る。沖縄の海のように爽やかなブルーの髪が風に揺れている。メガネのレンズの奥の瞳からは聡明さが窺える。見覚えのある少年が立っていた。名前は、そう。
「音村」
「名前、覚えていてくれたのかい」
「キャンからよく聞いていたから」
「そうだったね。キャンが君を匿っていたんだっけ」
音村が見上げるのを追いかけて、もう一度豪炎寺は灯台を見た。ところどころ塗装が剥がれていて古びた金属が覗いている。
頼りなく見えるこの場所が、あの頃の豪炎寺の安息の場であり、砦だった。
「キャンは俺のこと、君になんて話していた?」
音村に視線を戻すと、紫とも赤とも言いがたい色の瞳が楽しげにしている。豪炎寺は少し考える素振りを見せたが、さして悩むことなく口を開いた。
「確か、すごく頭がいいって。あと、音楽が好きとか」
「良かった。変なこと話されてたらどうしようかと思ったんだ」
「まさか。キャンはひどいことなんか言わない」
「そう?」
「だから、本当はもっと早く会いたかった。いい奴らなんだって分かってたから」
豪炎寺は微かに笑って顔を伏せた。寂しさと悲しさがほんの僅か同居する、静かな後悔。音村はすぐそばのハイビスカスに手を伸ばした。
「顔、上げて」
言われて前を見ると音村の手がこめかみ辺りに触れて、豪炎寺は身じろぎした。視界の端で赤が踊る。音村は笑った。
「ああ、やっぱり。すごく赤が似合うね」
「……花は似合わないけどな」
「そうでもないさ。ハイビスカスの花言葉を知ってるかい?『勇ましさ、上品な美しさ、華やか、信頼』。ぴったりだと思うよ」
豪炎寺の胸の前に手を下ろす。音村から差し出された花を、豪炎寺はおっかなびっくり受け取った。薄い花びらが冷たい。
「……綺麗な、花だな」
だろう、と音村は満足げに笑った。
「おーい!ごーえんじー!」
突然賑やかな声が降ってくる。少し上り坂になった道の上から、綱海が手を振っている。応えて豪炎寺が片手を挙げると、そのまま勢いよく駆け下りてきた。
「豪炎寺!……と、音村」
「ついでみたいに言うなよ」
「ぬけがけ禁止っつったろー」
「そんなつもりはないけど?」
「二人きりは十分ぬけがけだって」
綱海と音村の掛け合いがテンポよく続く。気心の知れた仲なのだろうことが、端から見ている豪炎寺にも分かった。
話の内容はよく分からなかったが、とりあえずは豪炎寺も無関係ではないらしい。端々から自分の名前が聞こえるのを気にしながら、二人が話すのを眺めていた。
「そうだ」
突然、綱海が豪炎寺を見る。音村もつられて豪炎寺を見る。豪炎寺は何事かと身構えた。
「なんでこんなとこにいるんだ?」
「俺は豪炎寺を探しに来ただけだけど」
「音村には聞いてねー。で、なんでだ?」
綱海の中に答えないという選択肢は初めからない。言いたくないときは言いたくないと言わなければならない。
別に答えないつもりはさらさらなかったが、自分でも説明しづらいことなので、豪炎寺は困った。
「なんとなく、見たかったんだ。灯台と、その中を」
「鍵なら借りてきてやろーか?キャンのじーちゃんが持ってるはずだから」
「あ、綱海ずるいぞ」
「音村には言われたかねーよ。で?」
二人が豪炎寺の返事を待っている。違う色の瞳を交互に見て、豪炎寺は首を横に振った。
「いいんだ。俺はもうあそこに行かない」
「そう」
「そっか、じゃあサーフィンやろうぜ!教えてやっから!」
言うなり綱海は豪炎寺の手を掴んで走りだす。後ろから音村がずるいぞと言いながら追いかけてくるのを振り返って、豪炎寺は灯台に別れを告げた。
あの鍵は二度と開かない。
―――
リクエストの『音→豪←綱』でした。とりあえずこれで音村×豪炎寺に目覚めました。ちょっとキザ系フェミニスト音村は豪炎寺さんをエスコートしてればいいよ。
リクエストありがとうございました。
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