忠犬ユウキ(立豪)

2010/11/05

 

なんとなく、言ってみたくなっただけだった。ちらちらとこちらの様子を窺いながらキーパーグローブの手入れをしているから、ちょっとだけ邪魔をしたかった。

「立向居」

茶色のくりくりとした目がこちらを見る。ベッドに座る俺と違って、立向居は床に座っている。ああ、やっぱり。

「おいで、立向居」

手を広げて呼ぶ。首を傾げる姿が、どこかで見た絵とかぶる。あれはどこで見たのだったか。意外と小さな絵だったことは覚えている。他はすっかり忘れてしまっているが。
立向居は悩む素振りを見せたが、グローブを置いて近付いてきた。座っているのだから当然だが、立向居が大きく見える。
ぎしり、ベッドのきしむ音。そういえば、身長に見合うだけの体格をしているのだった、こいつは。片膝を乗り上げ、少しずつ顔を寄せてくる。

「立向居、待て」

目を見たまま言うと、本当に止まった。困った顔をしてじっと見つめてくる。いつも自信なさげな顔をするけれど、今はもっと情けなく見える。可愛い。

「……豪炎寺さん」
「うん」
「触りたい、です」
「まだダメだ」

立向居は目に見えて落ち込んだ。言うことを聞かなければいいのに、俺の意思を確認しないと動けないと思っているらしい。律儀と言うか、真面目と言うか。
動けない立向居の手に触れる。普段は大きくて分厚いグローブに包まれている少しかさついた手。逆の手で頬に触れる。なだらかなラインにはところどころかさぶたがあって、練習の量が伺い知れる。

「豪炎寺さん、ひどい」
「どうして」
「これじゃ生殺しだ」

立向居が言うから、両手を離して前のめりになっていた身体を起こす。後退ってもよかったが、すぐに背中が壁にぶつかるだろうから余計なことだと思ってそれはやめた。心の準備をして、両手を開く。

「よし、立向居、おいで」

わん、とは吠えなかったが、立向居は体当たりするように抱き付いてきた。壁が背中になくてよかった。この勢いだと強く頭をぶつけていただろうから。立向居は頬をすりつけてくる。

「やっぱり犬みたいだ」
「俺がですか?」
「俺が自分のことを言うと思うか?」
「いいえ。豪炎寺さんは猫かなあと思います」

身体を離して立向居は言う。肩を掴む手の力はちょっとばかり強い。

「それにしても、さっきのあれはひどかったです」
「待てのことか?」
「そうですよ。おいでって言われたのに、あとちょっとのところで待てだなんて。おあずけ食らった犬の気分でした」

非難たっぷりに立向居は言うが、言葉が面白くてつい笑ってしまう。肩を震わせていると、ぐらりと身体が傾いた。立て直す暇もなくベッドのスプリングに背中を預けることになった。原因は明確すぎるぐらいに明確だ。

「飼い犬に手を噛まれるって知ってますか」

ああ、ちょっとからかいすぎたか。はしばみ色の丸い瞳が細く歪んで見下ろしてくる。本気で怒っているわけではなさそうだけど、説教で終わるほど平和な予感もない。綺麗に生え揃った歯が隠れる唇に触れる。

「噛むのか?痛いのは嫌だな」
「……甘噛み程度ですよ、もう、本当にずるい」

立向居は悔しそうに呟き、優しく俺の指先を食んだ。言った通り、痛くはなかった。



―――
立向居は犬!ということでやってみた。予想だにしないレベルでラブラブになってびっくりしてます。
ビクターかなんかのマークでレコードのラッパの前にいる犬が可愛いです。文中のはそれのつもり。
立向居が可愛くていじめたい。ので豪炎寺さんにいじめてもらった。やっぱり可愛い。

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