グッナイ、ベイビー(不豪)

2010/08/02

 
「今日ここで寝るからな」

突然のノックのあとに入ってきた不動は、枕と薄い上掛けを両脇に抱えて言った。
押し掛けられた部屋の現在の使用者である豪炎寺は、磨いている最中のスパイクを手にぽかんとした顔をした。扉を閉めて上がり込む不動は部屋の隅に一旦荷物を置く。

「床でいいぜ、俺は」

当たり前だろう、とか突然なんなんだ、とか、言いたいことは幾つもあったが、豪炎寺が口に出来たのは、

「何かあったのか」

それだけだった。
遠慮という言葉を知らない様子で机の上にある豪炎寺の私物のノートをぱらぱらとめくりながら、不動は言う。

「お前ら、さっきまでホラー映画見てただろ」

そういえばそんなものも流れていたような、と広間にあったワイドテレビが映していたものを思い出す。合宿といえば肝試し、そう言ったのは誰だったか。
興味もなくてあまりまともに見ていなかったが、盛り上がっていたのは確かだ。

「一人で寝るのが怖くなったのか?」

怖がりの壁山が怯えていたのを思い出して豪炎寺が尋ねると、心底呆れたという顔で振り返って、不動はノートを閉じた。

「バーカ。そんなことあるわけねえっての。まず見てねえし」

言われてみれば、確かにあの場に不動はいなかった。集団行動が苦手なのだとわかってから、彼が一人で行動することを誰も気にする様子はない。その時も、呼びに行こうかと言った基山を鬼道が止めていた。
ではどんな関係があるのだろう。豪炎寺の疑問を感じ取ったのか、不動は苦々しい顔で言う。

「一人で寝るのは怖いとかで隣に何人か集まっててうるさいんだよ」
「ああ、なるほど」

怖いからと集まったはずが、合宿、いやお泊まり会のようになってしまったのだろう。誰が騒いでいるのかは知らないが、豪炎寺は不動に同情した。
ふと時計に目をやると、そろそろ消灯の時間だ。道具とスパイクを片付けて、豪炎寺は立ち上がる。不動が枕をベッドの横の床に放り投げた。

「そういうことだから、今晩だけ場所借りるぜ」
「ベッドで寝てもかまわないぞ」
「なに、貸してくれるわけ?やっさしいねえ」

にやにやと笑いながら不動が言うと、ベッドに上がった豪炎寺は隣をとんとんと叩いた。

「このぐらいなら二人で並んで寝られるだろ?」

一瞬呆気に取られた顔をした不動だったが、小さく鼻で笑うと寝る準備の続きに取り掛かる。

「じょーだん。なんで俺がお前と一緒に寝るんだよ」
「でも床で寝ると身体が休められないだろ」

豪炎寺はもう一度隣を叩く。

「不動」

見つめ合うことしばし。不動は仕方なさそうに溜息をついた。

「……お前が言いだしたことなんだから、狭いとか文句言うなよ」
「もちろんだ」

下から豪炎寺に向けて枕を投げる。うまく受け取って隣に並べた豪炎寺が脇によけるのを待ってから、不動はベッドに乗り上げた。

「寝相悪くねえだろうな」
「ベッドから落ちたことは一度もないから安心してくれていい」
「落とされたら夜中だろうと容赦なく叩き起こすからな」
「分かった」

他の誰かが、例えば鬼道などがいたら立場が逆だという指摘があっただろうが、あいにく部屋には二人きりだ。不動の傲慢な物言いはたしなめられることなく、会話は終了した。
寝る場所を確認すると、豪炎寺が立ち上がって蛍光灯のスイッチの前に行く。

「灯りはいるか?」
「いらね。暗いほうが寝やすい」
「じゃあ消すぞ」
「おう」

パチリとあっけない音と同時に部屋の中が黒で満ちる。わずかに開けておいたカーテンの隙間から差し込むささやかな光を頼りに、豪炎寺がベッドにたどり着く。片膝を乗せるのを見届けてから、不動は背を向けて目を閉じた。
衣擦れの音がするが、ひどく静かだ。音を隔絶するシェルターでもあるのだろうかとバカなことを考えてしまうぐらいに、音がない。喧騒を避けてこの部屋に来たことを忘れてしまいそうになるぐらいだ。
薄く目を開けシーツの波をぼんやりと眺めていると、背後で動く気配がした。

「……ああ、そうだ、不動」

豪炎寺の声がして、不動はつい身を固くする。触れ合っているわけでもない背中に熱を感じる。

「もう寝ているかもしれないけど……お休み」

囁かれた言葉と声の柔らかなトーンに瞠目する。
不動と豪炎寺はさほど親しくない。他のチームメイトに親しいものがいるかと問われれば首を振るしかない不動だが、その中でも豪炎寺とは距離を感じていた。
どうにもやりにくいのだ。敵意には慣れている。悪意は近くにあるものだ。しかし、豪炎寺からはどれも感じられなかった。あえて言うなら厚意なのだろうか。ひどく曖昧な感情だった。
不動が黙り込んでいると、背後から聞こえる呼吸の間隔が長くなっていた。完全に寝入ったわけではないだろうが、起きてるわけでもないだろう。
不動は深く息を吸うと目を閉じた。

「……おやすみ」



―――
不動が豪炎寺のところに来たのはあの面々で一番干渉してこなそうで静かだからです。
とりあえず不豪強化月間に一番目にアップした話が不豪になったので安心しています(笑)


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