僕は僕を見失ってゆく(不→豪)

2010/07/17

 

「ナイスパス」

言葉少なな豪炎寺が少しだけ饒舌になるとき。それはサッカーに関わっているときだけだ。

実際は他にもあるのだろうが、彼のプライベートに一瞬たりとも触れることのない不動にとって、それは永遠に知ることのできないものであった。

とん、と肩に軽く触れた手がすぐに離れていく。いつだって前線で勝利の鍵を握る少年の背は、既に見慣れたものになっていた。

「……ふん」

暑苦しいキャプテンほど馴れ馴れしくもなく、天才司令塔ほど寒々しくもなく、それなりに近い距離を保ったまま接してくる豪炎寺に、不動は翻弄されている。
敵として対峙した時にいなかったからか、彼の視線には嫌悪も敵意も見当たらない。チームメイトの一人、本当にそれだけでしか認識していないのだ。

この事実は少なからず不動を苛立たせた。

不動は一番でなければならない。圧倒的な力と存在感でもって頂点に君臨すること、それが母の歪んだ願いであり、不動の望みだったからだ。

だからわざとひどいこともした。憎悪は人間の感情の中でも強いものだ。消えない傷痕のように、不動明王という存在を忘れさせないための手段だった。

それなのに、豪炎寺は不動に注目しない。不動がしたことを知っているはずなのに、みんなと同じに扱う。その他大勢のうちの一人にしてしまう。

全くもって、気にくわない。

「不動」

顔を上げると、タオルを巻いたドリンクボトルが飛んできた。胸に当たる前にどうにかキャッチすると、投げた張本人が口角を上げる。

「ナイスキャッチ」

苛々する。思い通りにならないことばかりの世界にも、気にくわない奴ばかりの社会にも、こんな狭い場所で一番になれない自分にも、掻き乱す存在にも、全て。

舌打ちをして不動は苛立ったような声を上げた。

「…っぶねーなあ、当たったらどうしてくれんだよ」
「不動なら大丈夫だろうと思った」

事もなげに言ってのけた豪炎寺に、不動は開いた口が塞がらない。

「……はぁあ?」
「反射神経は悪くないし、注意深く周囲も見ている。だから大丈夫かな、と」

大丈夫だっただろう?そう言っていたずらっぽく笑った彼の瞼に薄く光が乗っている。

そういえばこいつもあのキャプテンの仲間だったと改めて考えて、不動は静かに溜息をついた。





みが僕に触れるたびに、僕は僕を見失ってゆく。僕の足元からさらさらと、呆気ないほど軽い音を立て、ぼくはぼくをみうしなってゆく。(できるのならそのてで)(もういちどぼくをつくりなおして)



―――
不動は豪炎寺のようなタイプは苦手そうだと思った。

題:揺らぎ

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