風待月の花嫁(立豪♀)

2010/06/26

報告
宝物が増えました。



「雨……?」

隣の少女の呟きに、立向居も上を向く。
しかし、空には少し雲があれど爽やかな水色が広がっている。勘違いではないかと言おうとした矢先、ぽつりと水滴が頬を打った。二人並んで見上げていると、雨が落ちる速度が急に速くなる。

「こっちだ」

豪炎寺の細い指が立向居の手に絡む。驚く暇もなく引っ張られ、軒下に駆け込んだ。
ぱらぱらと音を立てて雨がコンクリートの上で踊る。髪に乗った雫を払い落とし、豪炎寺は小さく息をはいた。ワイシャツに水玉の模様が浮かんでいる。下着のラインがうっすらと見えて、話し掛けようとして隣を向いた立向居の頬は、ほんのりと赤くなった。

「通り雨だと思う」
「そ、そうですね!」

勢い余って声が裏返ってしまったが、豪炎寺が気にした風には見えなかった。暖まっていた空気が湿気を帯びて纏わり付く。振り払うように空を見上げた。

「……狐の嫁入り、か」
「え?ああ、天気雨のことですよね」
「そう、からかうのが好きな狐たちの結ばれる者たちへのお祝いだ。お祭り騒ぎってことだな」

ふ、と豪炎寺が笑う。可笑しいと言いたげな、でも優しい表情に立向居の心は揺さぶられる。
あの日、恋が始まってから、豪炎寺が練習試合に来るたびに、立向居は転がり落ちていくように彼女を好きになっていった。例えば仕種の一つから。例えば言葉の一つから。立向居は豪炎寺に惹かれていった。
今日だって、自分から街を案内させてくれと言うほどに。その途中で雨に降られてしまったわけだけれど、時折笑ってくれていたから、少しは楽しんで貰えていたのだろうか。
一つ年上の、とても大人びた少女の横顔から目が離せない。

「六月の花嫁は幸せになれるっていうけど」
「はい」
「じゃあ六月以外は不幸なのか?」

豪炎寺のココア色の瞳が真っ直ぐに立向居を見る。甘くて深い色に飲まれそうな気がして、ふらりと頭が揺れる。

「好きな人と結婚したのに、不幸になるのか?」

その言葉を聞いて、立向居は思わず豪炎寺の手を掴んだ。彼女の瞳が見開かれる。そのまま、勢い込んで言い募る。

「そんなことありません!俺なら幸せにします!好きな人を不幸になんか、絶対にさせません!」

豪炎寺さんを、そう言おうとして、立向居は不意に我に返った。今、自分は何を言うつもりだったのだろう。今、手の中にあるのは。

「たちむかい」

彼女の唇が形にした音は、少しの時間をおいて立向居の脳に到達する。理解した瞬間、火が着いたかのように立向居は真っ赤になった。
慌てて手を離すととびすさる。わたわたと落ち着かなく動き回る立向居を見て、豪炎寺はくすりと笑った。

「絶対、だからな」
「え?」
「ああ、雨が上がったみたいだ。さ、案内の続き、頼むぞ」
「ご、豪炎寺さん、今のって」

彼女はくるりとスカートを翻すと、輝く水しぶきの中心で軽やかに跳んだ。



―――
立向居と豪炎寺♀。
風待月とは六月の別称だそうです。

戻る




×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -