痕跡(染豪)

2010/06/15

 

「腹、どうかしたのか」

問われて、豪炎寺はハッとしたように腹部を押さえていた手を引いた。
尋ねた鬼道は問い掛けに対する返答を待っていた。薄い唇が否定を紡ぐ。納得した様子はないが、そうかとだけ呟いて、鬼道は歩を進める。彼は円堂の背中を追いかけていた。
普段よりもゆっくりと歩く豪炎寺の少し後ろを歩く染岡は、自分よりも小さな背中を見つめていた。

それが放課後、部活の始まる前だ。
部活の間、豪炎寺には変わった様子はなく、腹を押さえていたことなどなかったかのように思えた。
はじめのうちは注視していた鬼道も、いつしか気を配ることをしなくなっていた。

円堂が大きな声で休憩を告げる。我先にとマネージャーたちのいるベンチに水分とタオルを求めに行く部員たちの中に、豪炎寺はいなかった。気付いた木野が誰かに尋ねようとする前に、染岡がタオルとボトルを掴んでベンチを離れる。木野は何も言わず知らぬふりをした。
近付くことを許されるのは一人だけ。
今、迎えに行けるのは染岡だけなのだ。

染岡自身、豪炎寺のいる場所に特に目星がついていたわけではなかった。
しかし、具合が悪そうなことを知っていたのに見て見ぬふりもできなかった。それが常に意識してやまない豪炎寺なら、なおのことだった。

見えるところにいるはずがない。きっと、誰もこないような場所、裏手や奥にいるだろう。
そう当たりをつけ、部室の裏から探していく。いくつか巡り、とうとう用具倉庫の裏で目的の人物を見つけた時は、染岡の口から安堵の溜息が零れた。

「豪炎寺」

腹を抱えてしゃがみ込んでいた豪炎寺は、突然声をかけられてびくりと肩を跳ねさせた。慌てて立ち上がろうとするが、顔を歪めて背後の壁にもたれ掛かる。染岡はタオルとボトルを差し出した。豪炎寺は受け取ろうとしない。

「具合が悪いなら無理すんな」
「……なんで」

豪炎寺は極端に言葉が少ない。
恐らく今のたった三文字に、『なんで』ここが分かったのか、と『なんで』具合が悪いことを知っているのか、と『なんで』染岡が来たのかという疑問が込められている。
そして、そのどれに答えが返ってもかまわなくて、たった一つでも回答があれば満足してしまう。
なんと厄介なことだろうか。

染岡にはそこまで読み取ることはできない。染岡でなくとも、きっとできないだろう。豪炎寺は自分の内側だけで完結する少年なのだから。

なので、染岡はぶっきらぼうに言うだけだ。

「さっきもそうしてただろ。それに、いなくなりゃ探すだけだ」

豪炎寺は一瞬、くしゃりと泣きそうな顔をした。染岡はボトルとタオルを地面に置くと、目の前で背を向けてしゃがみ込む。

「染岡?」
「乗れよ。保健室連れてくから」
「いい」

首だけ振り返ると、染岡はまた豪炎寺を促した。豪炎寺は首を振りたくない。
自己管理ができていない証拠だとは分かっているけれど、サッカーをもっとしていたい。心配かけるのも嫌だ。今保健室に行ったら、きっと帰るように言われてしまう。それだけは避けたかった。
染岡が苛立ったように言う。

「その状態でサッカーできると思ってんのかよ」
「できる。さっきまでやってた」

引こうとしない豪炎寺の言い分に、とうとう染岡は強引に手を引いた。そのまま肩に腕を乗せると勢いをつけて立ち上がる。豪炎寺は慌てて染岡の背中に体重をかけるが、まんまと背負われてしまったことに気付いて顔を歪めた。

「……お前ができるとしても、少なくとも俺は全力でやらねえ。知ってるんだから、できるわけねえだろ」

ぐっと豪炎寺は息を詰めた。
染岡の言葉はもっともだ。そして、彼の様子がおかしければ他の部員たち、特に鬼道は鋭いから気付くだろう。それでは困る。
染岡は続ける。

「もしかしたら薬飲んで少ししたら治るかもしんねえし、心配させんな」
「……分かった」

その言葉に満足したのか、染岡は豪炎寺をきちんと背負い直す。体格に差こそあるが、お互いまだ身体の出来上がっていない子供だ。しっかりしがみつかなければ染岡の負担が大きくなる。豪炎寺は体勢を整えた。

「おし、行くぞ」
「タオルとかはいいのか?」
「あー…あとで取りに来りゃいいだろ」
「そうか」

何事もなかったかのような用具倉庫裏に、淋しげに残された二人の痕跡。豪炎寺は自分の肩に顔を埋めた。

「見つからねえように行くから」
「悪い」
「……今度からは無理すんなよ」

相変わらず腹は痛い。耐えるために腕に爪を立てるのを染岡が咎めるから、豪炎寺は染岡のユニフォームの襟を噛んだ。



―――
腹痛シリーズ、染岡さんと豪炎寺篇。
+とも×とも曖昧に。

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