不器用な優しい手(勝也+修也小ネタ)

2010/06/12

 

ただいま、の声もなく鍵を開けて家に入る。いつもいる家政婦はどうやら買い物に出かけたようだ。もう一度鍵をかけると、そのまま覚束ない足取りで自分の部屋に向かう。カバンを床に放り出すと、豪炎寺はベッドに倒れ込んだ。

(……腹、痛い)

キリキリと締め付けるような痛みが腹を襲う。下腹のほうだから恐らく腸だ。何か悪いものでも食べたかと考えもしたが、特に原因は思いつかない。それよりも腹痛がひどくなった気がして、歯を食いしばる。腹を抱え、胎児のように丸くなる。
こんな時、決まって豪炎寺はあたたかい手を思い出す。色の白い、きれいな手だ。その手がくるり、くるりと円を描くように腹を撫でると、不思議なことに痛みはどこかへ飛んでいってしまった。子供心に感動したものだけれど、もう、撫でてくれる手はない。

(最近は思い出さなくなったと思ったのに)

かたく目をつぶり、豪炎寺は痛みに耐える。しばらく経てば、きっとおさまるだろう。薬を取りに行くのも億劫で、ただただ時間が経つのを待つしか、選択肢はなかった。

時間の経過が分からなくなって、痛みに慣れたのか遠のきはじめていた意識を、ドアが開く音が引き戻す。同時に痛みも戻ってきて、知らず唸るような声が漏れた。
家政婦が帰ってきたなら、玄関の靴を見て部屋を覗きに来るだろう。その時に薬を頼もう。
変に鋭くなった聴覚が、板張りの廊下が軋むのを捉えた。部屋のドアが開く。うっすらと目をあけていた豪炎寺は、入ってきた人物を見て心底驚いた。

「……修也?」

微かに消毒液の匂いをさせた、父だったからだ。いつものようにきっちりとした格好で、手にはカバンをさげている。帰りが早いとは聞いていなかった。今日もまた、顔を合わせずに終わると思っていたのに。

(なんで、こんな時に限って)

ぐぅと喉が鳴る。けれど口を開く気力もなくて、ただ見上げるぐらいしかできない。父は厳格そのものといった表情で豪炎寺を見下ろしている。

(おかえりって言わないと)

それでも豪炎寺は動けない。諦めたように瞼を下ろした。近付く気配を感じ取る。

「腹が痛むのか」

何も言わない。代わりに微かに首を振り、意思表示をした。この状態でごまかすことなどできるはずがない。正直に伝えることが一番だ。呆れられるだろうか。豪炎寺は息を詰める。

「みせてみなさい」

父のかさついた手が力の入らない豪炎寺の腕を動かして腹に触れる。触診というのだったか、押してくるのは嫌だなとぼんやりと考える。
しかし、豪炎寺の予想は外れた。じんわりとあたたかい手は、ぎこちない動きで腹を撫でさする。はじめは驚いたものの、人の体温にはリラックス効果でもあるのか、徐々に眠くなっていく。豪炎寺はそっと目を開けた。父が穏やかな顔をしているように見える。母のいた頃のような、優しい顔。

(なんだ、変わってないじゃないか)

豪炎寺は安心したように目を閉じた。

―――
ここの父と息子は不器用すぎるだろう。

戻る




×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -