幸せにしたいんです(立→豪小ネタ)

2016/09/22

「あいつはやめておけ。幸せになれないぞ」
唐突に話しかけられて、立向居は目をぱちくりさせた。幼子のような仕草が妙に似合う、少年らしさの抜けない男は、今や日本一の守護神とポジションを争うだけの実力を身につけている。
高い背、長い手足、大きな手のひら。恵まれた体躯を存分に活かして白いバーに囲まれた長方形の空間を守り抜く。
鬼道は、そろそろ彼の後ろにボールを叩き込むことが出来なくなっている。元来、鬼道のポジションは前線のアシストが仕事だが、それでも少し前なら一人で点を取ることだってあったのだ。攻撃的ミッドフィルダー、それが鬼道のポジションだった。
対する立向居は、ゴールキーパー。味方のピンチにしか出番はなく、彼が活躍するのはチームメイトにとって不名誉でしかない。けれどチームの精神的柱になり、後ろは任せられると思わせたときには、誰よりも誇り高いポジション。忍耐も苦境も、親しい間柄だ。
「あいつって、豪炎寺さんのことですか?」
立向居の確認を、鬼道は黙ることで肯定する。立向居は困ったようにキーパーグローブを着けたまま、頬を掻いた。固いグローブは立向居の手を更に大きく見せる。もう子供ではない。鬼道も、立向居も、豪炎寺も。
幸せなんてものにしがみついていられないことなど、皆もうとっくに知っていた。鬼道の知る限り、幸せを真っ先に諦めたのは豪炎寺だった。彼はひとつしか手に出来ないと「知った」。 他のものを手にするには、手の中のものを捨てるしかないのだと。
彼は家族という「幸せ」のために、それ以外を手放した。恋愛、恋人、そんな類いのものが彼の手の中にあったのだが、豪炎寺はそれをあっさりと手放した。残ったのは彼に振られた恋人。それでも彼を好きだという、目の前の男。
「やめておけと言われましても……」
眉尻が下がる。困ったように笑う、男。
「そもそも、俺、幸せになりたいわけじゃないんです」
九州は博多の男は頑固者だということを鬼道は思い出した。夕焼けの匂いのする福岡から来た立向居は、言い出したらきかない人間だった。
「あの人を、幸せにしたいんです」
「それは無理だな」
にべもなく切り捨てる。立向居は苦笑したままだ。
「あいつは今、『幸せ』だと思っているんだ。これ以上なんか『持っている』と思ったら逃げるぞ」
「知ってます。だから、側にいようと思って」
鬼道はでも、の聞き間違いだと思った。否、思おうとした。立向居を見る。穏やかな、温和だと評される表情をしていた。
「持っている、なんて意識すらないくらい、俺が側にいることが当たり前になってくれないかと思っているんです」
だって、ひとつだけ持っているって豪炎寺さん思っているけど、本当はたくさん持っているじゃないですか。大切な家族、大好きなサッカー、かけがえのない仲間。ほら、たくさんあるでしょう?
だけど、あまりにも当たり前だから、気がついていないんだろうなぁ、と思ったんです。それなら、持っているって気がつかないくらい近くにいたら、いることが当たり前になれば、豪炎寺さんは逃げようなんて思わないだろうし、もしかしたら逃げるときに連れていってくれるかもしれない。
ほら、幸せの青い鳥の話、あるでしょう。探しに旅に出たけど、幸せはすぐ近くにいた、って話。俺、あの青い鳥じゃなくて、ミチルになりたいんです。チルチルは青い鳥を探しに妹と旅立つ。だけど、チルチルはずっと一緒にいてくれる妹という幸せを最初から持っていた。
「チルチルにとっての当たり前がミチルという妹だったように、豪炎寺さんの当たり前になりたいんです」
そう告白した男は、また困ったように笑っていた。鬼道の背中を走った怖気など知らないで、どうしたらいいでしょうと問う子供のように小さく首を傾げて。
「俺、豪炎寺さんを幸せにしたいんです」



―――
立向居がちょっと怖い人になってしまった。
お久しぶりです。生きてました。スマホに変わった途端に打ちにくくなってしまい、書くことから遠ざかっていました。ここはガラケーでずっと更新していたので、ガラケーが使えなくなると更新しにくくて。リハビリです。

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