茨の森の羊は夢を見ない(立豪パラレル)

2014/10/31

 
眠ることが出来なくなって、三ヶ月。始めはしこりのようだったそれはどんどん大きくなっていき、今では頭の横で蛇のようにとぐろを巻く、ねじくれた角へと変貌していた。
牛よりも山羊や羊に近い形のそれが原因で悪魔憑きであると噂され、豪炎寺は地方の山奥にある小さな屋敷に隠居せざるを得なくなった。ムラ社会である日本は異質や異端に優しくない。異形ともなれば、尚のことだ。
幸いにして、豪炎寺にはプロサッカー選手として活躍していた頃に手にした財産がそこそこあり、しばらくの間は何の不自由も無く暮らしていけるだけの貯えがあった。だから豪炎寺は、自分の身体の変調が大きくなった途端に世俗との関わりを完全に断ち切ろうとした。
そして一時期は確かに断ち切れていたのだ。それが何故か居所が知られて、訪ねてくる者が後を絶たない。何故だ。

今日も今日とて訪問者。スーパーのビニール袋を片手に下げて現れた後輩に豪炎寺は「エコバッグを使え」と言ってしまって、これでは歓迎しているようではないかと後悔した。
そこそこの山奥なので、当然ここまでの道程は山道となる。豪炎寺の身長を追い越した後輩の頭に木屑や葉がついていて、道の整備をするつもりは無いから足取りなど途絶えてしまえばいいのにと思うけれど、手を伸ばしてそれを払う。

「飛鷹だったら鳥の巣状態だな」
「今度来るって言ってましたよ」
「店はどうするつもりなんだ」

豪炎寺は訪問者たちを歓迎しない。迎え入れる言葉を言ったことも無い。ここは世界から隔絶された場所でなければならないからだ。
そんな豪炎寺の考えを知っていてか、それとも全く気付かないのか、そこそこの頻度で現れる訪問者たちは一様に次の来訪者の予告をし、豪炎寺の世話をして帰っていった。
豪炎寺とて何一つ出来ない赤子ではない。幼い頃に母を亡くしてからは自分のことは出来るだけ自分でやってきた。掃除も洗濯も問題無い。料理は大雑把なものしか作れないが、豪炎寺一人分ならそれでいいし、言ったら怒られるから言わないが、究極死ななければいいのだ。適度に栄養が摂れて適当に腹が膨れるのであれば、どんな食事でもいい。餓え死にしなければ充分だ。
山奥の家だから電気は無い。文明の利器の一切が無い生活は始めのうちはひどいものだったが、慣れてしまえばどうということも無い。手の大きな後輩から差し出された袋の中身は常温保存のきくものとそうでないものとに分かれていて、無言の主張に溜息が零れた。

「……シーズンオフには早いだろう、西の守護神」
「万年二番手の俺に対する嫌みですか、それ」

後輩は瞬きをして苦笑した。フィールド上で唯一無二のポジションを後輩と取り合っているのは、豪炎寺の友人だ。友人に肩入れをしている自覚は大いにあるが、後輩だって応援している。
そもそも、豪炎寺が立っていたあの場所だって誰かと常に争いあって掴んだものだった。誰にも渡せないと、闘争心も執着も剥き出しにしてきた。そうして手に入れたものをこうも容易く手離す羽目になるとは、あの時は少しだって思いもしなかった。あの場所は豪炎寺のものだと、理由もなく信じていた。

「台風がきているんです。だから三日ほどお休みです」
「ああ、だから気圧が低いのか。鳥が少ない訳だ」

文明の利器はなく、新聞も届かない。豪炎寺は空を見、風を聞き、野生の動物のように生きていた。十年くらい前にもしたことだ。その時は南の島だったが。
そういえばこの後輩と知り合ったのは、その南の島だった。友人に憧れてそれまでのポジションから変わったばかりだったという少年は、今や世界と戦うメンバーに欠かせない存在である。その中に豪炎寺はいないけれど。

「トレーニングはいいのか」
「休息も必要だと叱られてしまいました」

照れ臭そうに笑う後輩は、そういえばオーバーワークの気があったのだと思い出す。と言っても豪炎寺も同じように怒られる側だったので、人のことは言わない。
そうか、とだけ呟いて、手からぶら下げたままの食材を机に置く。今日で一日、明日で二日。明後日に後輩は帰っていく。それまでの間、存分に豪炎寺を甘やかして。
食事を作って、殆ど使われない一つきりの布団に後輩が入る。知り合ってすぐの頃なら二人でも余裕だったが、共に成長してしまった今となっては狭苦しいし、豪炎寺は角が邪魔をして、というよりそもそも睡眠がとれない。そういう症状らしい。この角自体も病気かどうかすら定かではないのだが、そういうものが生えるような家系でもないから病気なのだろう。
一向に下りてこない目蓋と格闘するのはとうに諦めている。リクライニングチェアーを限界まで倒して身体を預けて、寝返りを打つにも邪魔な角の根元にそっと触れる。
皮膚との繋ぎ目はスムーズに移行しているようだが、これは骨なのか、皮膚の硬化したものなのか。山羊か鹿かは重要な問題である。なんせ、生え変わるのか否かという非常にデリケートな話題に直結している。形状は山羊なんだが、と考えながら豪炎寺は身体を休める為に、せめてもの悪足掻きで目を閉じた。
眠らないことは人体に影響を与える。睡眠が欠かせないように出来ているのだから当然だ。やつれていく豪炎寺を見かねて、後輩たちは訪問しに来るのだった。知っていて、知らないふりをしてそっぽを向いている。

朝を迎え、何も無い一日を過ごして夜には荒れ狂う風を聞く。風雨に曝されて、小さな菜園は明日の朝にはきっとひどい有り様だろう。ぐしゃぐしゃでぼろぼろで、見る影も無い。まるで、豪炎寺のように。
角を撫で、ごつごつとした感触に目を閉じる。人ではない。人ではないから眠らないし、角がある。では、豪炎寺は一体なんなのだろう。人ではなく、獣でもなく。誰かとの差異ばかり見てしまうから、世俗から離れるつもりだったというのに。
そんな豪炎寺を気遣うように後輩はひたすら話をした。情報の一切を遮断して、知るのは周囲の山のことばかり。どこの木に鳥が巣をかけたか知っていても、政治家の誰だかが問題を起こしたとか海外の某が何を発見したとか、仲間の誰が怪我をしたとかでさえも、豪炎寺は知らないのだ。
世界から乖離しようとするのを繋ぎ止めるつもりだったのかもしれない。それともただ知っていて欲しかったのか。彼のいる世界のことを、忘れないで欲しかったのか。

「……ねえ豪炎寺さん」

後輩の声が細い。昔から遠慮がちで自信の薄いところがあった。歳を重ねてそれも陰を潜めたと思っていたが、たまにこうして頭を覗かせる。なんだ、と問うと後輩の手が角に触れた。

「これ、取るつもりは無いんですか」

形をなぞり、捻れを辿って付け根に辿り着く。髪を掻き分けて地肌に触れた指先は硬い。短く整えられた爪が微かに肌を滑る。尾てい骨から這い上るぞくぞくとした感覚は、背中で拡散した。

「完全には取り除けないかもしれないけど、目立たないようにはなると思うんです。そしたら、戻ってきてくれますか」

どこに、とは聞かない。言質を取ったと言わせないためには、何も言ってはならないのだ。豪炎寺は後輩の顔をわざと見つめた。泣きそうな、優しい顔だ。

「……おとぎ話のお姫さまみたいだ。森の奥に一人ぼっちで」
「童話の姫なら眠りにつくのが相場だろう」

そして、心優しい人であるべきだ。後輩の頭を抱え込み、そうと撫でるような偽善者などではなくて。

「ここは悪い魔法使いの家だ。もしくは悪魔の家。悪い夢、そう、夢だ。明日の朝に目が覚めて、お前は現実に帰ることが出来る」

だからお休み、頬を撫でて囁く。嘘つきと泣き声が応えたけれど、豪炎寺はやはり無言だった。

眠らないまま朝を迎えて、後輩の赤く腫らした目元をそっと撫でる。
元より叶わぬ願いなのだ。誰にも知られず忘れさられて朽ちていけば、諦められると思っていたのに。
届いてしまった。夢は形になってしまった。
だから、呪われたのだ。
唇が触れるか触れないかで止まり、身体を起こして項垂れる。完全に突き放すことも出来ずにただ待っている。全てが途切れる日を待っている。
悪魔の角を生やして慈悲を乞う姿のなんと滑稽なことだろう。それでも豪炎寺はこの感情を捨てられない。

「それじゃあ豪炎寺さん、また来ますね」

どこか悲しげな笑顔で帰っていった後輩を見送り、豪炎寺は荒れ果てた畑に屈む。きっとこの畑は元のようにはならないだろう。違う姿をして、それをあの後輩は元気になって良かったと喜ぶのだろう。
それでもまた、と言った後輩の声を忘れられないのだから、救いの無い。
角の生えた頭は重くて、豪炎寺はしばらく持ち上げられなかった。



―――
まさにヤマなしオチなしイミなしヤオイ!
また診断でした。奇病診断。

豪炎寺は頭から大きなツノのような突起が生えてくる病気です。進行すると眠りにつくことができなくなります。愛する者の皮膚が薬になります。

はっきり誰とは言わないのは豪炎寺さんが逃げていることの表現のつもりだったんですが、まあ分からんね。めっちゃ自家発電感あるけど豪炎寺さん好きなワンコ立向居と立向居が好きだけど素直になれない豪炎寺さんが好きです。互いにめっちゃ素直でもいいけど。
角生やしてハロウィンらしいかなと思って今日アップしてみました。失敗した感ある。

豪炎寺さんいつか治るんだろうか。想像出来ない。ひどい目に合わせてばかりでごめんね。

来年豪炎寺プチあるらしいですね。参加したいけど出来るかなぁ……。

戻る




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -