影踏み鬼(イグニッション組)

2014/05/21

いつだって、隣を歩けない。
そりゃあ虎丸だっていつまでも一緒にいられるとは思っていない。
小学校の時の友達などは殆ど音信不通で、辛うじて連絡を取る人間もいない訳ではないけれど、それも片手で収まる程度でしかない。中学のほうがまだ多い。といっても通っていたのはつい一年前の話だから、当然である。
虎丸には同級生たちよりも特別な仲間がいて、彼らがいればそれでいい、とは言い過ぎだが、少なくとも高校で知り合ったばかりのクラスメイトとの以前からの約束を放り出して会いに行くくらいには、比重は重い。
だからそんな人たちとは長く長く付き合っていきたいと思っていて、出来ることなら隣で一緒に笑いあったりとかしたいとこっそり願ってたりなんかしたのだが、現実とは残酷だ。
虎丸のヒーローは、たまにテレビにも映るが基本的には緑のフィールドの上でストイックな姿勢で白と黒のボールを追いかけて走る二つ上の人で、知らない間に世界の陰謀とかと戦う羽目になってたりする苦労人でもあって、妹がいるからかお兄ちゃん気質が強いお人好しな面があったりもする憧れの先輩なのだが、いかんせん年の差のせいで追いかけても追いつけない。
憧れのヒーローから憧れの先輩で目標にシフトチェンジしても、やっぱり追いつけない。
二つ違うということは、追いかけても一年後には別の学校に行ってしまうということだ。初めて会ったのは虎丸が小学六年の時で、追いかけて入学した中学では一年間しか一緒の学び舎に通えなかった。悔しい気持ちのまま二年が経って、ようやくまた同じ学校に入学したと思ったら、また置いて行かれてしまう。
しかも今度は住む世界までまるっきり変わってしまうという。
虎丸のヒーローは、豪炎寺修也は、高校を卒業と同時にプロサッカー選手になるのだ。
遅いくらいだ、というのが世間一般の感想らしい。むしろ中学卒業と同時にプロ入りを嘱望されていたのだそうだ。スカウトの声は方々からかかっていて、でも豪炎寺が首を振らなくて、今回ようやく決まったということらしい。
そんなことを本人じゃなくて別の、やっぱり尊敬する先輩から聞かされるこちらの身にもなってみろってんだ。
虎丸は殆ど中身の残っていなかったジュースを勢いよく吸った。ストローに空気が入り込んでずこー、と間抜けな音がする。
「ごめんね、豪炎寺くんはもう少し遅くなるらしくて、先に虎丸くんに話をしておいてって言われたからさ」
「ヒロトさんはいつ聞いたんですか」
赤い髪に白い肌の、どこか現実離れした先輩は虎丸とは違う制服を着ている。豪炎寺を追いかけて同じ高校にまで入学した虎丸じゃなくて、違う学校に行ったヒロトのほうが知ってるというのはどう考えたっておかしい。
しかも今日だってヒロトには連絡がいっているのに虎丸には一言も無かった。同じ校舎の中にいるというのに、だ。メールを打つよりも教室に寄って言ってくれれば早いではないか。
考えていたら気持ちが沈んできた。くわえていたストローを離して、テーブルに崩れ落ちる。
きっとひどい顔をしているのだろう、ヒロトが困ったように笑って、いつだったかなあと呟いた。
「俺も迷っていたからね。豪炎寺くんに相談して、そしたら彼からも相談されたんだ」
「……プロになるかならないか?」
「どのチームにしようか、だったよ」
ああやはり、と虎丸は思った。豪炎寺はサッカーに魅入られている。サッカーが彼を手離さない。だから、サッカーを続けないなんてことは起こり得ないのだ。
しかしどのチームにしようか、とは贅沢な悩みだ。入団テストに何度も赴いては夢破れ心折れる人も多いというのに、選ぶ権利が豪炎寺にあるなんて。
「どのチームにしたかだけは言わないでくださいね。それだけでも俺は豪炎寺さん本人から聞きたいです」
「うん、俺も言わないつもりだった。俺はメッセンジャーじゃないしね」
ヒロトの晴れやかな顔に、この人ももう行く道を決めたのだと思い知る。四年と少し前は、ただサッカーボールを追いかけるだけで、みんな同じ道を走っていくのだと、そう思っていたのに。
虎丸は身体を起こした。ドリンクバーに行く気はおきない。
「ヒロトさんはどうするんですか」
「俺は大学に行って経営学を学ぶつもり」
「経営?」
「父さんの会社を、復活させてみようかなと思って」
遠い地にいるというヒロトの父のことについて、虎丸は全く詳しくない。父と言ってはいるが血の繋がりがない、とある事件に関わっていた、知っているのはその程度だ。当事者だけが知っていればいいと思う。どうせどんなに言葉を尽くして説明されたところで、ヒロトの父であること以外は忘れてしまうのだから。
自分の父が昔に他界してしまったせいか、虎丸にとって父親というものに特別な感情はない。気が付けばいなかった、その程度の認識だから、特になんとも思っていない。
ただ、それが虎丸にとっての母親と同じように大切な存在であることは理解できる。
ミルクポーションを半分入れただけのコーヒーをヒロトが口に含む。虎丸はまだ砂糖を加えないと飲めない。こんなところでも年齢という壁にぶち当たった気がしてしまうのだから、今日はとことんネガティブ日和のようだ。
「何年かかってもいい、待つつもりはある。でも、どうせなら立派になって出迎えてあげようと思ったんだ」
「いいんじゃないですか。豪炎寺さんたちがプロやめた時の再就職先が決まりましたね」
「コーチとして引く手数多じゃないかな。まあ、俺の会社に就職するならばしばし働いてもらうつもりだけど」
そう言いながら、人を使うのが上手なこの先輩はきっと豪炎寺を甘やかすだろう。子どもサッカークラブの指導の片手間にできるような仕事ばかり回して、好き勝手させるに違いない。
サッカーを取り上げたら生きていけなさそうだから、とかなんとか言いながら。
虎丸が空っぽのグラスにカルピスを入れて戻ってくると、待ち望んでいた人物がようやく登場した。やあ、とヒロトが手をあげる。
「悪い、待たせた」
急いで来たようだったが、息を切らしていなければ、乱してすらいなかった。これが他の人間なら本当に急いできたのか疑うところだが、豪炎寺のことは無条件で信じている。それくらいには虎丸の中の豪炎寺の存在は大きい。
大体、サッカー選手になろうという人間の運動量では学校の近くのファミレスまで走ったところで軽く流す程度でしかない。虎丸だって軽く息を乱す程度で済むだろう。
しかしそんなことはどうでもいい。虎丸は頬を膨らませて豪炎寺を見上げた。
「本当ですよお!豪炎寺さん人のことは待たせるくせに、俺が追いつくの待ってくれないし」
「先に行ってないと、お前を迎えられないじゃないか」
さらりと返され、言葉に詰まった。そうだった、この先輩はこちらが恥ずかしくなるようなことをさらりと言う人だった。しかも、加えてそれが大真面目な心からの言葉だというから全く手に負えない。
頬を赤くした虎丸の代わりにヒロトが着席を促し、声をかけた。
「それで?」
「ああ、卒業式の前に何か大々的な発表をしたいということらしい」
「何をですか」
「俺の入団が決まったこと」
「どこにですか」
豪炎寺がさらりと答えたのは、J1の中でも人気の高いチームの名前だった。超攻撃的な戦略が売りのチームだ。一点取られたら三点取るを信条とし、守備も一定の水準を保っているが、特筆すべきはその攻撃力だ。なんと3−2−5という布陣を敷き、時にはキーパーまで参加して総攻撃をかけることもある。
ちらりと、無理が通れば道理が引っ込むを体現するキャプテンを虎丸は思い出した。どうせあの人もプロになるに決まっている。
あの頃の仲間たちは、虎丸を置いてどんどん先に行ってしまう。
虎丸にとって進路はまだ考えはじめたばかりの未来の話でしかない。もしかしたら、例えば、そんな仮定の話よりも今の話をしたいのに、豪炎寺とヒロトにとってはそれが今の話なのだ。
ぷすん、電源が落ちた。ショートした。虎丸はまたテーブルに崩れ落ちる。
「どうかしたか」
豪炎寺の声音が他の人に対してよりほんの少しだけ優しいのが、虎丸は嬉しい。嬉しいけど、寂しい。
「……俺、とらやどうしようか悩んでて。母さんはサッカーやっていいよって、店は気にしなくていいよって言うんです」
「うん」
「母さん前より丈夫になったし、手伝いしてくれる人もいるけど、俺一人っ子だし」
「ああ」
「明日のことも分かんないのに、今日の続きじゃないかもしれないのに、大丈夫好きにしていいのよ、って」
うん、二人の声が重なった。三人だけの必殺技を作った時から、仲間の中でも二人は虎丸にとって他の人よりもちょっと特別で、虎丸も二人にとってちょっとだけ特別だった。
「たくさん悩んでいいんだよ」
ヒロトが言った。豪炎寺よりほんの少し高いトーンの、でも穏やかな声で。
「後悔しないように、たくさん悩んでおけ」
大人びた響きの静かな声で、ちょっとだけ優しい音を混ぜて豪炎寺が言った。
「その時に話が出来るように、俺たちは先に行くんだよ」
「先輩らしく、な」
頭を撫でられる。きっとこの手は豪炎寺だ。小さい子供じゃないんですよと言っても何度も撫でてきた手の動きくらい、分かる。虎丸は唇を噛んだ。
やっぱり隣を歩けない。けれども二人は先で待っていてくれるようなので、とにかく追い掛けるつもりだ。足にはちょっと自信がある。きっとすぐに追い付けるだろう。その時には笑顔で捕まえたと言ってみよう。大人しく捕まえられてくれるとは、思ってないけれど。
グラスの氷が溶けて、からんと涼しい音を立てた。



―――
うりさんと話をして誕生した話。イグニ組は年齢差があるのがいい。あとこの子ら片親だな……?なんでL5は家庭環境に難ありの子ばっかにするん?普通の家庭に不満があるの?
ところで虎丸はプロになったの?どうなの?大事なとこ教えてくれてないじゃん!とりあえずパターンいっぱい用意しておきますね。だから外伝小説とか出してくれていいのよ!

ご無沙汰の間に作品整理しました。でもまだ100あるんだぜ……昔の私の勢いが怖い。

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