目蓋の裏(黒裂くんと豪炎寺)

2013/12/31

革命は成された。
中学サッカー界を支配していたフィフスセクターは新しく聖帝となった響木の手により解体され、シードと呼ばれ、体制を維持する為に勝敗指示を遂行してきた少年たちも元の、ただ純粋にサッカーを愛する子供に戻った。
それは前聖帝イシドが監督を務めていた聖堂山とて例外ではなく、彼らは今、伸び伸びとサッカーを楽しんでいる。
砂木沼はコーチを辞任し、彼の育った日だまり園という施設で働き、施設の子供たちに時折サッカーを教えているという。スパルタ指導を受けていた記憶のある聖堂山の選手たちは苦笑いと共に心配したが、意外と優しい指導をしているとたまに伝えられる練習風景には素直に笑顔を見せた。勝つ為の指導で、強くなる為の指導だったが、砂木沼と彼らは思っていた以上に良い関係を築くことが出来ていたのだ。
コーチがいなくなり、誰が指導するのかと思っていた彼らの前に現れたのは、とうに見慣れた顔の、見慣れない姿をした男だった。二年程前はその髪を逆立てていた。つい先日までは下のほうに色を入れた髪を遊ばせていた。色の付いた髪を切ったか何かした男は、白よりは金に近い髪を後ろで一つに束ねて、赤いジャンパーを着ている。
呼ぼうとして、どう呼ぶべきかが分からずに戸惑った子供たちの前に背筋のぴんと伸びた美しい姿勢で立った男は、朗々と名を告げた。

「今日から君たちの監督をすることになった、豪炎寺修也だ。よろしく頼む」

そうして、先の聖帝であり元日本代表プロサッカー選手の豪炎寺が聖堂山の監督に就任した。
後に聞くところによると、この配属は響木からの指示だったという。全ての責任を負い、表舞台からは完全に姿を消して後始末に奔走するつもりだった豪炎寺を、仕事は手伝わせるが一番すべきことをさせる、と有無を言わさずに指名した。彼が最も関わったチームとして責任をとるべきだ、と。
そう言われてしまえば豪炎寺も辞退する訳にはいかず、行く末を案じていたこともあって、再びの監督業となったのだった。
聖堂山の選手たちはこれをとても喜んだが、中でも一番それに歓喜したのは黒裂だった。聖帝イシドに従い、もはや崇拝の域に達しようかという程の尊敬の念と信頼を寄せていた彼は、豪炎寺修也その人に憧れていたのだ。伝説の雷門イレブン、そのエースストライカーであり日本サッカー界の至宝と名高き男に憧れてサッカーを始めた少年は少なくなく、黒裂もポジションこそ違えども彼を目指し、彼と同じ技を覚えるほどだった。
聖帝として振る舞う豪炎寺から指導を受けていた時も心弾むのは抑えられなかったが、これでもう彼は憚ることなく豪炎寺修也としてその持ちうる技術を発揮することが出来るのだと思うと、黒裂は居ても立ってもいられず、授業に身が入らずに怒られてしまった程だ。堤美がそう豪炎寺に伝えたせいで笑われてしまったが、それすらも嬉しく思ってしまうのだから大概である。
――あの人がこんな日常の些細なことで笑えるようになった、と。

「黒裂、今の踏み込み、もう少し体重を掛けてみろ。速さはいいが威力が足りない」
「はい!」

言われた通りにぐっと力を入れ、左足を振る。先程よりも速く、鋭さを増して飛んでいくボールを見て豪炎寺が頷く。

「いいぞ、その調子だ!」

そうして褒めてやるとはにかんだ笑みを浮かべる黒裂に、豪炎寺も笑う。
純粋に慕ってくる子供たちは可愛い。大人たちの身勝手に振り回されて辛い思いも苦しい思いもしただろうに、自分たちの選択が正しいのか悩むこともあっただろうに、目の前にいる元凶とも言える男を監督と呼び、教えを乞う。誰一人として豪炎寺を憎まない。誰も責めない。
では詰られたかったのかと言えばそれは違うのだが、時折考えてしまうのだ。こんなに幸福で良いのかと。

「監督」

不安になるのだ、これは都合の良い夢ではないのかと。

「どうした、黒裂」

近付いてきて見上げてくる子供を見つめる。十年前は同じ歳だった。身長は、少し違う。この歳の自分はサッカーのことだけを考えていたくて、いられなくて、それでもサッカーを愛していた。彼らは、どうだろう。

「俺、幸せです」

にこりと整った顔立ちを笑みに崩して、黒裂は言う。

「あなたが監督に戻ってきてくれて、本当に嬉しいです。豪炎寺さん、いつかあなたと同じピッチに立ちたい」

そうか、と豪炎寺はようやっとのことで答えた。どんな返事をしたらいいのか分からなかった。ゆっくりと考えて、言葉を絞り出す。

「……なら、鍛練を欠かせないな」
「そうですよ。俺がプロになるまで、現役でいてもらうんですから」

黒裂が笑うのに、豪炎寺も笑って返す。
戻ってこいと言う仲間がいる。ここにいて欲しいと言う子供たちがいる。
ぬるま湯のような幸福に浸って、いつか慣れきってしまうのだろう。それでもこの場所を離れることをもう考えられないのだから、人とは欲張りなものだ。
罪を抱えたまま幸福に沈んでいく自分を、豪炎寺は閉じた目蓋の裏に描いた。

それは、とても甘美な悪夢だ。





―――
KOKIAさんの『大事なものは目蓋の裏』を聞きながら書いてました。最後の「幸せに堕ちていく」って歌詞がね、いいなあ、ってね。
年の瀬の更新が暗いってどうよと思いながら通常営業かな、とも。
ちなみにこれ、コミケの後にリトブルライブ行ってファミレスで食事しながら大枠作った話です。うりさんありがとう!
昨年も似たようなことしたなあ、と思った。やっぱりうりさんからリクエストされてヒロ豪書いた。
来年はどうしてるでしょうね。

こんなところでなんですが、今年もお世話になりました。月に一度の更新もしなくなったサイトなのに見捨てずに来てくださる方々には、もう頭が上がりません。これからも遅い更新だと思いますが、良ければたまに様子を見に来てくださると嬉しいです。そして感想をくださると嬉しいです。どのサイトの管理人さんもそうだと思うけど、見ているよ!好きだよ!と言っていただけるとやる気が出るので、気が向いた時には一言くださると嬉しいです。
では良いお年をお迎えください。今年一年ありがとうございました。

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