あやかし奇譚(照豪パロ)

2013/10/31

もうし、呼び掛けられて私は振り返つた。髪を二つのおさげにした少女が立つてゐる。名の知れた女学校の制服を着た、花のやうな少女だ。
「この人を知りませんか」
細く白ひ手が差し出したのは、一枚の写真だつた。少女よりも年の若い、しかしどこか面差しの似た少年が写つてゐる。
「いゝえ。残念ですが、見たこともありません」
私が言ふと、少女はあからさまな落胆を顔に浮かべた。人攫ひにあつた弟だらうか。頭を擡げた好奇心に逆らひ切れず、私は逆に少女に尋ねた。
「その少年は誰です」
「私の、兄です」
少女は躊躇ひがちに答へた。道理で面差しが似てゐる訳だ。私は頷く。
「居なくなつてしまつたのです」
「さうでしたか。失礼なことを訊ねてしまひました」
私が頭を下げると少女はそつと首を振つた。居なくなつてしまつた兄を捜して、私のやうに見知らぬ人間にも声を掛ける少女に胸を打たれた私は、すつかり彼女に同情してゐて、少女の兄を捜すのに協力しやうと思つた。
「もつと歳が上の写真や肖像画は無ひのですか」
「いゝえ」
「さういつた物がお嫌ひな方だつたのですか」
「いゝえ。……ちやうどこの写真を撮つた後に、兄は居なくなつてしまつたのです」
私が二の句を継げずにゐると、少女は兄の写真を丁寧な所作で仕舞ひ、頭を下げて私の前から去らふとした。
「待つて下さひ」
周章てて声を掛けると彼女は大きな目で私をじつと見た。
「私の友に新聞社で働く者が居ます。若しかすると何か分かるやもしれません。詳しく聞かせて頂けませんか」
首が小さく縦に動いた。
場所を移して、私は彼女から今度はもつと詳しく話を聞ひた。
「兄が居なくなつてしまつたのは、ちやうど元服を迎へた日の夜のことでした」
これで成人(おとな)の仲間入りだと大層喜んでいた兄は、不意に障子の外に目を向けました。
私の家では子供が元服を迎へるか嫁に行くまで、夜に出掛けることを禁じてゐます。理由を聞ひても父は教へてくれませんでした。ただ、兄が居なくなつてしまつた翌日に酷く悲しさうな顔で守つてやれなかつたと言ってをりました。
さう、兄が障子の向かうを見たことまでお話ししましたね。あれ、目を向けただけでしたか。しかしそんなことはだうでもいいのです。兄は障子の向かうを見てしまいました。
私は見てをりません。ただ兄は呆とした様子で私を振り返り尋ねました。
「彼は誰だらう、と」
「彼、ですか」
「はい。彼と兄は確かに言ひました。私は兄のやうに障子の向かうを見ましたが、何も居りませんでした」
少女は淡々と言葉を重ねていつた。彼女の兄は奇麗な男を見たのだといふ。金色の髪で赤い瞳をした、大層美しひ男だつたと言つていたのださうだ。
「この辺りではまだ外国の方は珍しひですが、その当時はもつと珍しかつたので、私は不思議でした」
「外国の方でも赤い瞳は珍しひと思ひますよ」
さうですか。少女は頷ひたが興味は無ひようだつた。
「朝には兄は居なくなつていました。私が眠つてゐた時分に忽然と姿を消してしまつたのです。何も持たずに」
「それではまるで」
「ええ、さうですね。まるで鬼にでも攫われたやうでせう」
少女の笑顔には陰りがあつた。信じてはゐないのだらふが、そんな風にでも考へないと諦めがつかなひといふことだらふ。彼女が立ち上がる。
「つまらなひ話をしてしまひましたね。私はこれで失礼します」
さう言つて、彼女は頭を下げると店を出ていつた。残された私はじつと珈琲を見つめたまま、彼女の話を考へてゐた。きつと彼女の兄は帰つてこないだらふ。写真の姿の少年が金色の髪に赤い瞳の男と連れ立つて歩く姿を想像する。
鬼が哂っている声がした気がした。



―――
読み辛いでしょうが私も書き辛かった。かな遣いが正しいかも分からないしね。
鬼の照美に誘拐される豪炎寺さん。ハロウィンということでこんな話。

戻る




×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -