宝石(立豪パラレル)

2013/07/16


喉を押さえているのを見咎められて、風邪かと問われた。それならどれほど良かっただろう。
豪炎寺は思うが、今となってはもう取り返しのつかないことだ。だから、泣くのをやめてほしいと言葉の代わりに煌めく石を吐き出しながら一つ下の男の頭を撫でた。

豪炎寺がその奇病にかかったのは、もっと幼い、と言ってはなんだが、少年の頃の話だった。
決して口数が多いほうではなかった豪炎寺は、ともするとサッカーのこと以外ほとんど会話をせずに一日を終えることもあって、それを気にしたのかよく話しかけてくる者が隣にいることが常だった。

「豪炎寺さん」

学校も、住む地域どころか地方も違う少年は、どちらかといえば言葉少ななほうではあったが、豪炎寺相手にはよく話しかけてきた。栗色の髪とよく似た色の丸い瞳でじっと見てくる様は、犬のようだと密かに豪炎寺は思っている。

「風邪、引いたんですか」

言われて、喉に手をあてていたことに気がついた。何気なく触れてしまう、そこには微かな違和感があった。

「かもしれない」

手を離す。何かが引っ掛かっているような、妙なもどかしさがあり、咳払いを一つしてみる。
かん、小さな音がした。

「何か落としました?」

さあ、豪炎寺は首を傾げる。この時、注意深く足下を見ていれば気がついたかもしれない。純度の高い透明な石が輝いていたことに。
しかし、二人はさほど気にすることなく、グラウンドへ向かっていった。
そうして、ベッドに散らばる色とりどりの石が宝石と呼ばれるもので、それが豪炎寺の口から零れていることに気付いた時には、既に三ヶ月が過ぎていた。

見落としてしまうほど小さかった石は少しずつ大きくなり、言葉と共に吐き出されたそれは小指の爪ほどもあるようになった。奇病だ、と一言で片付けてしまうには、豪炎寺が生み出す物の価値は高過ぎた。
豪炎寺は部屋に閉じ込められた。何をせずとも生まれくる宝石を、人びとは欲しがったのだ。
ルビー、サファイア、エメラルド、ダイヤモンド、ペリドット、トパーズ、アメジスト。法則性が無いと思われた石の生まれ方は、その実豪炎寺の感情に強く左右された。彼が悲しめば小さく、輝きの鈍い石が。逆に彼が喜べば大きく、煌めく石が。怒るとそれは荒々しい原石となり、そしてとても傷付いていた。
石が出てくるせいで、豪炎寺は呼吸を阻害されることもあり、あれほど思いを捧げたサッカーが出来なくなった。
彼の存在意義は、たかが光る石に奪われてしまった。
何か食べる気も起きず、部屋の中央でただ人形のように座る豪炎寺を心配して、友人たちは幾度も訪れた。差し入れと言って彼の好物を渡しても、疲れた笑顔を浮かべ首を振るだけで、石を出すことも、声を出すこともしなかった。

「何か食べてくれよ」

円道の懇願は柔らかく拒絶された。

「食べないと死ぬぞ」

鬼道の脅迫は静かにはね除けられた。

「食え」

染岡の命令は穏やかに却下された。
ただ緩やかに、豪炎寺は人であることをやめようとしていた。

豪炎寺が食事をやめて、一週間が過ぎようとしていたある日のことだ。
少年が訪ねてきた。一時期同じチームに所属したことのある、年下の少年。夕暮れの太陽の匂いがする町から来た彼は、水だけで命を繋ぐ豪炎寺を見て丸い瞳を一際大きくしたと思ったら、くしゃりと顔を歪めて駆け寄った。

「ごめんなさい、ごめんなさい」

少年は豪炎寺にすがりつき、謝る。何が、と豪炎寺は思う。

「俺が、あの時、病院に連れて行っていたら」

思い当たる節は、あった。少年の前で喉を押さえていたあの日。あの日から、豪炎寺の喉は常に何かで塞がれているような感覚があった。しかし、誰もそれが病の始まりだと気付かなかった。本人ですら気付けなかったのだ、少年に何の科があるだろう。
それでも少年は自らの不甲斐なさを悔やむ。無力を嘆く。彼だけのせいではない。そう言うために豪炎寺が口を開いたその時だった。
ぽろぽろと、石が零れ落ちる。ビーズのように床に転がる石を、少年の手が払いのける。

「こんなもの!」

悲鳴に似ていた。

「こんなものがあるから!」

まるでゴミを払うように手を振り、少年は叫ぶ。

「豪炎寺さんは!」

それ以上は言葉にならないようだった。ぽろぽろと落ちていく端から少年の手が払いのける。二人を取り囲むように石が散らばり、歪つな光の中で少年が豪炎寺を抱き締めた。
ごめんなさい、嗚咽混じりの声が耳に届く。豪炎寺はそっと、少年の髪を食んだ。
しょっぱい。でも、食べたい。
がちん、耳の後ろで歯が鳴ったのに気が付いた少年が身体を離す。栗色の髪を食べて、豪炎寺は自らの肉体の変化を思い知った。
どうしよう。口から石の代わりに途方に暮れた言葉が零れ落ちた。

それから、豪炎寺は色々な人の髪を食べた。風丸の長く青い髪、基山の赤い髪、妹の桃色の髪だって食べた。自分の髪だって食べた。
しかし、豪炎寺の身体は初めて食べた少年の、立向居の髪を主食として選んだようで、他の人の髪は味がしなかった。立向居の髪は大抵がしょっぱかったが、甘い時も苦い時もあった。それが彼の感情に由来するのだと、今は知っている。

豪炎寺は、立向居との同居と宝石の提供を条件に監視から離れることが出来た。自由というには少し窮屈だが、それでもずっと石を吐くのを待つ目から遠くなれたのは、嬉しかった。見つめられているうちに自分が人でないと錯覚してしまうような、あの欲ばかり詰まった視線が怖かったのだ。

立向居は豪炎寺を壊れ物のように扱った。咳をすれば口を開けさせ喉を覗きこむ。石が詰まってないことを確かめると安堵の表情で豪炎寺を抱き締める。そんな時の立向居の髪はしょっぱいのにどこか甘くて、彼の髪はいつも耳の後ろだけ異様に短い。

豪炎寺が吐く石はとても高く売れることがあって、二人が住む部屋や食事や衣服などの金はそこから出していた。
というより、豪炎寺は自身が得る収入を全て立向居のために使った。立向居がいなければ豪炎寺は生きていけない。豪炎寺を人に戻してくれた彼のために、出来ることは全てしようと思っている。

「このグローブなんかどうだ」

スポーツメーカーのカタログを見ながら立向居に話しかける。宝石はまだ落ちてこない。口を開けばいつも零れるとは限らないのだ。

「あ、新作ですね」
「このカラーリングとかきっと似合う」
「そうですか?」

うん、頷くと宝石が落ちた。純度の高い赤い石。小指の先ほどの大きさのそれを豪炎寺は傍らの箱に入れる。クッションの敷かれた箱の中には色とりどりの石。そろそろ売るか、人体から生まれながら実際の宝石と組成の変わらない石に、豪炎寺は何の感慨も無い。

「ああでも、立向居が実際に着けてみないと感触が分からないか。今度」

メーカーに直接行こう、と言いかけた言葉は大きな肩にぶつかって弾けた。立向居が豪炎寺を抱き締めている。少年だった身体はもう何年も前の話だ。高い身長、長い腕、大きな手、立派な体躯。立向居はプロサッカーの世界に身を置いている。豪炎寺の夢見ていた世界を、立向居は生きている。

「ごめんなさい」

ああまただ、そう思う。立向居は豪炎寺に負い目を感じている。治せない病、奪われた夢、変わってしまった食事、全て彼のせいだと思っている。あの日、すがりついて泣いたことを何度でも繰り返す。

「ごめんなさい」

立向居に謝らなければいけないのは自分だ。豪炎寺は秘密を抱えている。
立向居の髪以外の物で、一つだけ食べることが出来るものがある。基山がくれた隕石の欠片を、豪炎寺は食べた。黒い石、輝きも何もない無骨な石は、豪炎寺の宝石を止めた。宝石を吐かなくなって、人と同じ食事が取れた。しかし豪炎寺はその一度以来、隕石を食べていない。

「豪炎寺さん」

痛いくらいの力で抱き締めてくる立向居を、離せないでいるのは自分だ。隕石を食べればこの奇病は治る。隕石などそうそう手に入るものではないだろうが、皮肉にも豪炎寺は宝石を売って得た金がうんざりするほどある。幾らでも、とは言えないが、買う術が無いわけではない。
それなのに豪炎寺はそのこと、隕石を食べれば病が治ることを伝えようとはせず、治そうともせず、ただ立向居との生活を続けている。
彼は自分の髪の味を知らない。こうして豪炎寺を抱き締める時、立向居の髪は苦く、そして甘い。きっとそれは罪悪感と喜びの味なのだと、豪炎寺は知っている。いや、思っている。
彼が抱く気持ちが自分と同じであってほしいと願っている。
醜い欲望が宝石になる。煌めく石はそれを欲しがる者たちよりも貪欲な男の気持ちから生まれるのだ。
だから泣かないで。言葉にする代わりに立向居の頭を撫でる。

「ごめんなさい」

ごめんなさい、重ねるように囁く想いはしかし赤い中に青を閉じ込めた美しく煌めく石となって落ちた。



―――
豪炎寺は喉からぽろぽろと宝石が出てくる病気です。進行すると普段はとても食べないようなものが食べたくなります。星のかけらが薬になります。

っていうツイッターの診断がツボだったので。
タテタカコさんの『宝石』って歌の悪臭を放った宝石って歌詞を思い出したのは秘密でもなんでもない。
あとこれ立向居もやったけど、
立向居勇気は喉からぽろぽろと宝石が出てくる病気です。進行するとひとつひとつ記憶をなくしていきます。珊瑚が薬になります。
って診断出てうわあってなった。
あとなんで立豪かっていうと私が立豪が一番好きだからです。立向居相手しかナチュラルに考えてなかった。

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