死んでいった男の話(イシドと豪炎寺)

2013/03/26


実に二年間に渡って豪炎寺修也という男の足取りは絶えていた。表舞台から消えただけでなく、実生活においても彼は存在の匂いを少したりともさせなかった。
サッカー日本代表のエースストライカーの失踪という大事件に世間は騒ぎたて、マスコミはこぞってチームメイトや友人、家族の元を訪れたが、彼の足取りは杳として掴めなかった。背後にいた人物の力をもってすれば人一人を隠すくらい容易いことだったのだろうと今なら誰もが分かるだろうが、当時は神隠しかとすら噂されていた。
豪炎寺修也の人生は、ここで一端幕を引く。



イシドシュウジという男が存在したのは、二年間という実に短い期間だけだった。フィフスセクター設立と同時に現れ崩壊と共に消えていった、まるで蜃気楼のような存在だった。
傀儡であったと後に彼の側近を勤めた男は言った。死神のような印象を受ける痩せぎすの男は、イシドシュウジについて一度だけ語ったことがある。
曰く。
「彼は求められる像を演じていただけに過ぎなかった。誰をも惹き付ける理想的な組織のトップという、脚本に沿って生きていただけのことだ。運命という操り手が踊らせていた非常に出来の良い人形が、イシドシュウジだった」
張りぼての王国に飾られていた美しい人形はその器を満たされることなく壊れた。はじめからそんな定めだったとしても、あまりにもあっけなく。



豪炎寺修也の人生の幕は再び開かれる。イシドシュウジがいなくなるのと時を同じくして。

染めた髪の色は戻らない。であればと豪炎寺は自身の色づいた髪を掴むとハサミで躊躇いなく切り落とした。束となって落ちるエメラルドグリーン、これがイシドシュウジという男の最期だと思うとひどく寂しい気持ちになる。
はじめから存在し得ない人物であっても、彼は確かにそこにいた。いることを許されて、生きていたはずだった。
だがそれは豪炎寺が再び生きるまでという期限がついていたのだ。根源を同じくするものは同時に存在出来ない。どちらかが消える、その時に誰にも望まれないのはどちらか。

答えなど、最初から決まっていたのだ。

赤いスーツをやめてピアスを外した。流していた髪を束ねようと思って、鮮やかな色が強く主張するので、これを切ろうと思った。最後に一つだけ残ったこの髪が彼がいた証拠なのだと思って、それでも豪炎寺に躊躇いはなかった。
既に一人看取った。最初の豪炎寺の死は驚くほど容易くあっさりとしたものだったので、実はあまり印象にない。ただ、さよならは言った。当然だが返事はなく、それでも豪炎寺の生涯は一度終わっている。二人目ともなると奇妙な余裕すらあった。

「誰が労ることなく、イシドシュウジは消えていく。誰も存在を覚えていなくなっていく。それでも俺はお前に感謝している」

さようなら、最後の色を切り落とす。イシドシュウジは死んだ。最期の言葉はやはりなかった。



―――
イシドと豪炎寺はある意味では双子のようなものだったのではないかという話。二人いたんだよって設定で話を書いてみたい気もします。

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