猫と密室(大人立豪)

2012/02/23

「かくまってくれ立向居!」

そう言って飛び込んできた豪炎寺が勢いよく閉めたドアにおそるべき速さで鍵をかける。部屋の中にいた立向居は呆気に取られた顔でそれを見ていた。
日本代表に選出されたメンバーの多くが、中学時代に顔を合わせている。当然合宿などになると、昔を思い出すのか羽目を外す者がそれなりにいた。あくまでそれなりのはずだった。

「豪炎寺ー!出て来いよー!」
「ここを開けろ立向居!」
「窓の鍵開けとけよ!今から行くから!」

ドアを叩く音と大きな声が響く。何がどうなっているのか分からずに困惑顔の立向居はとりあえず窓の鍵がしっかりかかっているか確認してカーテンを閉めた。ドアの向こうには円堂。あとノリが良くてイタズラ好きな者がおそらく四、五人。円堂の声以外は重なっていて聞こえ辛い。フィールドでよく響く声はどこでだって聞こえるものだ。
豪炎寺のほうを振り返る。じりじりと背中を壁につけたままドアから遠ざかっている。立向居はとりあえず声を出すなと合図して豪炎寺を招き寄せた。少しためらう素振りを見せたが、意を決したように壁から離れた。後ろを頻繁に気にするのは外が気になるからだろう。

「とりあえず座ってください」

囁き声でベッドを示すが、豪炎寺は座ろうとしない。すぐ逃げられるようにしておきたいのかとも思ったが、それにしては様子がおかしい。よく見れば気にしているのは自分の背後だ。何か隠し持っているのかと覗こうとしたが、素早い身のこなしで避けられてしまった。さすが日本代表のエースストライカーだ。妙な納得の仕方をする立向居である。

「ごーえんじー!」

円堂の声が廊下に反響しながら聞こえてくる。微かに窓ガラスが震えた気がしたのは見ないフリをする。

「何があったんですか?」
「……今日が何の日か分かるか」
「今日?珍しい練習のオフ日ですよね」

豪炎寺が首を振る。求めていた回答とは違ったらしい。顎に手をやり考え込むが、一向に出てこない。食事のメニューはいつもどおりだし、何かの記念日というわけでもない。誰かしらの誕生日はこのあいだ祝ったばかりだ。イベントといえばつい先日バレンタインデーで豪炎寺がチョコを大量にもらっていたのは記憶に新しいが、終わった話をしたいわけではないだろう。立向居は頭を振った。

「…すみません、さっぱり分からないです」
「今日は2月22日だ」
「そうですね」

斜め前のカレンダーに目をやり頷くと、豪炎寺は大きく溜息をついた。

「……猫の日って聞いたことないか」
「………あっ」

日本人は何かと記念日が好きで、ごろ合わせなどで毎日なんとかの日が制定されている。そして2月22日は猫の鳴き声と同じということで、猫の日とされているのだ。
ただ、こういった記念日はあまり浸透していない。立向居も言われてようやく気付く程度だ。こんな風に騒ぎになるほどのものではない。

「え、でも猫の日って何かするんですか?」
「……」

豪炎寺が不自然に目を反らす。見つめていると、視界の下のほうで何かが動いた。しまったという顔をする豪炎寺の視線を追いかけて顔を下げると、この場にそぐわないものが揺れていた。黒くて長くてふさふさして。

「…尻尾?」
「……無理やり付けられたんだ。なんだか新しいおもちゃらしくて勝手に動くらしい」

むっとした顔で呟く豪炎寺の感情に合わせてではないだろうが、尻尾がぶんぶんと揺れる。立向居はじっとそれを見る。

「耳つけよーぜー!なー!」

騒ぎの原因がよくわかった。おおかたお祭り好きのミッドフィールダー辺りが言い出して、あまりこういったことに乗ってこない豪炎寺が標的にされたのだろう。尻尾をつけられたところで逃げ出して今に至る、と。立向居は尻尾を掴んだ。

「…なんだ」
「いえ、なんかちょっと気になって」
「付けてみるか?」
「キャラじゃないんで遠慮します」

そうかもなと豪炎寺は笑って立向居の腿に手をつく。上体だけを倒す姿勢のせいか、尾てい骨の少し上につけられた尻尾が豪炎寺の肩越しに見える。

「それじゃ、猫みたいなことでもしてみるか?」

にゃーお、と大きな猫が甘く鳴いた。



―――
日本代表同士だったって言うから…!

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