♯ミルクとソーダ(立豪)
2011/11/27
「暑いな」
「…そうですね」
シャツの襟首で扇ぐようにしながら豪炎寺がぽつりと漏らすと、暑さに完全にダウンした立向居が力なく答えた。扇風機が回っているが生ぬるい風ではやりきれないらしい。机にべったりと身体を倒してどうにか熱を逃がそうとしている。
「九州の方が暖かい地域だろう」
「そうでもないです。雪だって降りますよ」
「そうなのか?」
豪炎寺が初めて聞いたと驚きをこめて尋ねると、頭を重そうに持ち上げて額の汗を拭う。
「はい。この暑さが平気なのなんて綱海さんか土方さんぐらいなもんです」
「ああ、沖縄は暑いからな」
温帯を通り越した亜熱帯気候の地域出身者の名前を出されて豪炎寺は頷いた。見るからに暑さをものともしなさそうな二人なら、この気温でもここまでバテることはないだろう。立向居は少し可哀想に思うほどぐったりとしている。
「豪炎寺さんも平気そうですよね」
「沖縄に少しいたし、やっぱり炎に慣れてるしな」
「なるほど…」
人より多少強いという程度だが、その多少がこういうときはアドバンテージになる。もう一度突っ伏した立向居を団扇で扇ぐ。気休め程度にしかならないが、少しだけ表情が和らいだ。
「アイスでも食べるか」
「はい」
買いに行かなきゃいけないけどな、と豪炎寺が笑うと、それでもいいですと立ち上がった。シャツが背中に張り付いて気持ち悪いのか、裾をばさばさと動かした。近所のコンビニまでは五分。炎天下の五分は、けっこう長い。
クーラーの効いた店の中で、汗が引くのを待ちながらアイスケースを覗きこむ。家に帰ってから食べるよりは行儀が悪くとも歩きながら食べたい。夏というのはそういうものだ。自然とカップアイスは選択肢から消える。
先に決めた豪炎寺はさっさとレジで会計を済ませて、コンビニの軒下でアイスの袋を開けた。店頭のゴミ箱に袋を入れると立向居が出てきた。
「何にした?」
小さな袋からアイスを取り出しながら立向居が答える。
「ソーダです」
「俺も少し迷った」
立向居がアイスの袋を捨てるのを確認すると、豪炎寺は先に立って歩き出す。その足取りが少しだけ遅いのは、追いつくのを待っているからだ。隣に並んだ立向居がアイスを片手に尋ねる。ポケットから小銭の音がした。
「豪炎寺さんは何にしたんですか?」
「バニラ」
「シンプルなのがいいときもありますよね」
せっかく引いた汗が日差しのせいで滲んでくる。内側から冷やしてもこの暑さでは仕方の無いことだが。
「一口もらってもいいか?」
「は、い…!?」
立向居の手を掴んで一口。突然縮まった距離に、声がひっくり返った。豪炎寺は何事も無かったかのように身体を離して唇を舐める。
「次はやっぱりソーダにしよう」
硬直した立向居をよそにひとりごちて自分のアイスを食べようとした豪炎寺だったが、ふと思いついたようにそれを立向居の口に向ける。
「立向居も食べるか?」
「…ああもう、からかわないでください!」
暑さだけが理由ではなく顔を真っ赤にして叫ぶ。往来のど真ん中だが、みんな冷房をつけて家にこもっているのか、人の数はそう多くない。立向居の声を聞いているものは少ないだろう。
「ははは」
「笑い事じゃないです!」
豪炎寺は笑いながら早足で逃げる。ぎらぎらと照りつける太陽が二人を見下ろしていた。
―――
七月のときのペーパーに載せていた話です。忘れていたせいですっかり時期外れ…。
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