夜空で星がいくつも輝いている......下で、カナは一人 佇んでいた。実に悩まし気な様子である。
とある店の前。カナが入店するにはまだ年齢の足りない飲食店、いわゆるバーの前で少女がぼんやりしているのだから、店に訪れた人たちの好奇の視線は当然といえよう。できる限り気配を薄く保っているカナは、もう何度目になるか、そうっと店内を覗き込んだ。
女優・富士風雪絵が一人、カウンターで酒を飲んでいる。
有名人は狙われやすい。それに昼の一件_何故か鎧武者の格好をした男たちから逃げていたこともある。せめて付き人を雪絵が呼ぶまでと思っていたカナは、しかしその気配が全くないことに困惑していた。そうすること一時間弱......紫珀に七班へ伝言を頼んだのだが、返事はないまま。

「(......来ないからって、私を残して皆で任務してたらどうしよう......)」

まさか今回の任務に雪絵が関わっているなどとは知らないカナにとっては、深刻な悩みだった。

一方で、頬に朱色を走らせている雪絵はグラスを手にしつつ、彼女自身のペンダントを眺めていた。_六角形型の水晶は、まるで中で何かが煌めいているようで、不思議と人を惹き付けるような光を放っている。それをいつも肌身離さずつけている雪絵は、酒を口にしてから、ぽつりと「冗談じゃないわ...」と呟いた。

「...誰が、雪の国なんかに...」

憎々し気に言った雪絵は再びぐっと酒を口に含んだ。ーーちょうどその時だった。

いち早く気付いたのは、外で待機していたカナ。ぴくりと反応し、一気に忍の顔に変わり、そっと店内を盗み見た。...カナからは死角になっていて見えないが、誰かが椅子から立ち上がった音がした。それから聴こえたのはただの酔っぱらいの足音のようだが、カナの頭の中で警鐘音が鳴っている。
演技だ。足音は確実に意思を持ち、雪絵に向かっている。

「(...男性...)」

カナはポーチに手を忍ばせた。手裏剣の冷たさを感じ、すぐにでも仕掛けられるよう準備する。放つなら不審者と雪絵の間。正確に、そこを狙うーーー!!

「(......来____)」

る。

と、カナが思い、殊更強く手裏剣をとった直後だった。
「...え」向かってくる風に気付いたカナは、ハッとして振り返っていた。「ナ、__」

ナルト。


確かにその姿を確認したカナは、目を見開く。止める暇などあるはずもなかった。一直線に走ってきたナルトは、カナを認識もしなかったようだった。


「見つけたぞ、風雲姫ェエ!!!」


ここがどんな店だったからといって、ナルトは気にも留めなかっただろう。酒屋に堂々と踏み込んだナルトは、息切しながらびしいっと雪絵を指差していた。

「(...ナルト.........)」

一瞬呆れたカナだったが、すぐに意識を集中させる。突入してきたナルトに憚ったのか、男はわざとらしくふらつき方向を転換した。ふらりふらりと出口に向かい、カナの横をすっと通過していく。

その数秒、カナは意味深な視線を感じた気がした。



「言ったでしょ、あたしは風雲姫なんかじゃないって」
「そんなこたァわかってらい!!よくもこの男の純情を踏みにじってくれたな!女優サマがどんだけ偉いか知らねェが、オレは絶対ゆるさねェぞ!!」

その間も、バーの中で場違いにも進行する妙な組み合わせの二人。マスターや他の客の訝しがる視線は当然。数秒外でその様子を眺めていたカナも、諦めたように店内に踏み込んだ。
「女優サマ...偉い?」そう口にした雪絵がいかにも可笑しいというように笑い出したのは同時だった。

「アハハ......バッカみたい。女優なんて、最低の仕事。最低の人間がやる仕事よ」
「...!?」

言葉を失ったナルトの横に、カナは静かに並んだ。それにようやく気付いて「カナちゃん...?」とナルトが目を瞬く。そんなチームメイトを一瞥したカナは、朧げな視線を向けていた雪絵と目が合った。「あら...アナタ、まだいたのね。とっくに帰ったかと思ったわ」_カラン、と雪絵が持つグラスが音をたてる。

「...アナタに言ったことはこういうことよ。自由に自分の物語を歩めるアナタと、嘘ばっかりのシナリオを辿るしかないあたし。...クク、天地の差でしょ」

自嘲するように笑う雪絵。カナは眉をひそめるだけで、何も言う事はない。代わりにナルトが口を出した。

「姉ちゃん...酔ってんのか?」
「っうるさいな!とっとと消えてよ!」
「んなッ...!」

一旦落ち着いた怒りをまたもぶり返すナルト。そんな少年を無視する雪絵。カナはやはり何も言えずーーただ、ハッとして出入り口に目を向けていた。
ばさりと鳥が羽撃く音。「カナ!」と怒鳴る声は、ナルトも聞き覚えがあるもので、「この声...?」と反応する。出入り口から現れた紫色の翼。カナの相棒、口寄せ忍鳥。

「紫珀!」
「ゆ、雪絵様!」

そして紫珀の後に続いて入ってきたのは、カナとナルトにとっては初対面だが、女優・富士風雪絵のマネージャーである浅間三太夫。はばたいた紫珀がカナの肩にとまったと同時、更にナルト・カナ以外の七班が現れ、バー店内はあまりに賑やかなものになり始めていた。
「連れて来たったで」「あ、ありがと...?」と小声で紫珀とカナが会話する脇で、三太夫は雪絵に詰め寄っていた。

「雪絵様、雪の国行きの船がもうじき出航します!さあ、急ぎませんと!」

...しかし三太夫とは対照的に、雪絵には焦り一つ見られなかった。

「...もういいの。風雲姫は降りるわ」
「え...そんなっ」
「な、何を言っているのですか!」

サクラが声をあげ、三太夫は目を見開いて抗議する。だが雪絵の態度は変わらない。

「いいじゃないの。よくあるじゃない?ほら、続編になったら主演俳優が変わったり、監督が変わったり...」
「黙らっしゃい!!」

より声を荒げた三太夫に、さすがの雪絵もぴたりと止まった。酔いで朧げな瞳が三太夫を捉える。
三太夫は何故か異様に真剣で、こめかみには汗が流れていた。

「この役は...この風雲姫の役者は、雪絵様以外にはおりませぬ!!...それに、...ここで降りてしまったら、この業界で仕事などできなくなってしまいます...」
「...いいじゃない、別に」
「雪絵様!」
「...いいじゃない。こんな、バカみたいな仕事...」

呟いた雪絵はふいと顔を逸らす。三太夫は言葉を失っていた。カラン、とまたグラスの中の氷が音をたてた。
ナルト、カナ、サクラも、無論サスケも、二人の会話に口を挟めるわけもなかった。
ただ、七班の一番後ろで事を見つめていたカカシは、一人暫く目を瞑っていた。それで何を思いだしていたのか。

「...仕方ないですね...」


この状況で、まず動いたのは"写輪眼のはたけカカシ"。
振り向いた雪絵は、その左目の赤を真正面から見てしまっていた。「あ...」途端に雪絵の意識が遠のいていく。見事幻術にかかった雪絵は、吸い込まれるようにして眠気に誘われていた。

気を失い 椅子からずり落ちた雪絵をカナとナルトが二人掛かりで支える。抵抗をなくした雪絵はもう連れて行くのも簡単だが、その場にいた誰もがまだ納得のいかないような表情をしていた。
特に三太夫の瞳はもの悲し気でーー。

ーーそしてその場にいる誰もが気付かなかった。店の前で未だ佇んでいた先ほどの不審者が、ニヤリと笑ったことなど_。





「そうか...六角水晶を持っていたか」

狭い空間に、どこか愉快気な男の低い声が響いた。
中心に陣取った大層立派な椅子に座る巨漢。その前方で、きっちりとひざまずき淡々と報告する影が一つ。藤色の長髪を一つに束ねた男である。

「女優・富士風雪絵が、風花(かざはな)小雪であることは間違いないようです」
「この十年間、探し続けた甲斐がありましたね...」

続いて、女の高い声が響く。同じく一歩退いたところでひざまずく桃色の髪のくノ一である。そして、ヘッと鼻で笑い、「小娘一人だったら楽勝だ...」と口にしたのは鎧をまとった男。そして最後に、「で?だったらさっさと行こうじゃないか」と高飛車な態度で不敵に笑う白髪のくノ一。

藤色の髪の男・浪牙ナダレ。桃色の女・鶴翼フブキ。鎧の男・冬熊ミゾレ。高飛車な女・雪季ツララ。
そして椅子に座る巨漢は、この四人の忍を束ねる男・風花ドトウ。

三人の十人十色な性格の忍を背後にするナダレは、呆れた様子で「落ち着け」と声をかけ、もう一度目前の主人を見上げた。

「小雪には、あのはたけカカシが護衛に就いているようです」
「はたけカカシ...!」
「へえ?面白そうじゃない。因縁の対決ってわけね」
「力のない小娘を殺すよりはずっといいね。うずうずしてきたよ」

彼らの前にそびえる巨大なスクリーンには、女優 富士風雪絵ーー否、風花小雪が演じる"風雲姫"が大きく映し出されていた。彼女こそが今回 彼らのターゲットとなったのである。

__だが、現在ただ一人ナダレだけは、今目にしている雪絵に集中していなかった。
あの酒屋で変化していた時に見た少女。特徴的な銀色の髪に茶の瞳。ナダレはその姿の情報を、確かにどこかで仕入れたことがあるのである。
決め手は少女が扱っていた紫色の忍鳥だった。

「...ドトウ様。もう一つ、報告しなければならないことが」
「なんだ」
「今回 風花小雪の護衛についたはたけカカシは、数人のガキ共を連れていたのですが...その中の一人の小娘。あれは確かに、_」


"神人"でございました。

目を瞬いたドトウの脳裏にその言葉が巡る。"神人"ーーあるいは"尾獣"とも匹敵すると言われていた、"神鳥"をその身に宿す者。風羽一族の生き残りという情報だけがどこからか漏洩していたが_。
「"神人"だと」と疑り深く問うミゾレと、「へえ」と愉快そうに唇を舐めるフブキ、フッと笑うツララ。他者多様な反応を示す前で、
ドトウの瞳はより暗く燃え盛った。

「フフ...どうやら天は我らに味方をしているようだ......こんなところでそんなモノに巡り会えようとはな...!」

ドトウが欲するもの。全てを支配下に置くためには。
莫大な財産と、強大な力を。

 
|小説トップ |
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -