感謝


この時期になると、無意識にあちらこちらをキョロキョロしてしまうのが私。一方で、分かりやすくいつもそわそわしてるのが恋する女の子たちだった。

「ねえねえ、今年はなに作る?」
「そうね、去年はカップケーキだったしィ......」

ほっぺたを赤く染めて、友達同士でこそこそ囁きあいながら、たまにちらちら別方向を見たりして。そしてその視線をたどっていくと、必ず彼女たちの意中のお相手がそこにいたりする。
……まあ、大概はサスケがクールに歩いてたりするんだけど。

「バレンタイン、かー」
「?」

アカデミーの休み時間。ぼやっと呟くと、隣の席、授業が終わってもまだ真面目に復習していたヒナタが不思議そうに顔を上げた。
私はそれに「邪魔してごめんね」と苦笑して断った後、答が分かりきった質問を投げかける。

「ヒナタは誰に渡すの?」
「えっ」
「チョコレート」

きょとんと目を丸めたヒナタだったけど、みるみるうちに赤くなっていく。持っていた鉛筆も投げ出して、慌てて両手で顔を隠すそのかわいさったら!
思わず笑ってしまうと、指の隙間からヒナタの目がじとっと私を睨んだ。

「カナちゃん、意地悪......!」
「なーにまた爆笑してんのー?」

すると、今度は後ろから声が。
笑いが収まらないうちに振り返れば、いのが。「アンタほんといっつも笑ってるわよね」とサクラも一緒にそこに立っていた。

「おはよ、二人とも」
「自覚しなさいよねー。アンタの笑い声って、教室のどこにいたって分かるんだから」
「えっそうなの!?」
「何がそんなに毎日楽しいのか教えてもらいたいくらいよ」
「う、うーん。フツーに楽しいよ?ナルトくんのイタズラ見てたりとか。ね、ヒナタ」

話を振ってみたものの、ヒナタは慌てて真っ赤な顔をなんとかしようと頑張ってる最中だった。いのとサクラに突っ込まれないうちに。そんなことしたってヒナタの思惑はこの二人にはバレバレだろうけど。
案の定、いのが真っ先に「ははーん?」ってニヤッとする。

「さてはバレンタインの話してたわねー?で、ヒナタのお相手は〜と」
「わっ、わっ、やめていのちゃん!!」
「ちょっとー、こんな純粋に恋してるヒナタにちょっかい出しなさんなよ、いのブタ!」
「あ〜らデコリンちゃん、自分がサスケくんに釣り合わないからってこんなとこで株上げかしらー?」
「なんですってー!?」
「ふ、二人とも、ケンカは......」
「二人は今年誰に渡すの?」

いのとサクラの恒例の口ゲンカが大きくなりそうになって、ヒナタがおろおろし始めて、私は慌てて話題を変えた。するとピタッと止まってこっちを向いたお二人。心なしか、「何言ってんのアンタ?」って言われてる気がする。ていうか絶対言ってる。

「当然、サスケくんに決まってるでしょ!」
「だ、だよね」

知ってました。

「でも毎年この時期は悩むのよね。だってホラ、サスケくんってただでさえモテモテじゃない?毎年毎年たくさんたくさん貰うわけよ。その星の数ほどの貰い物の中でコレ!っていうものを作らないといけないのよね」
「そーそー。しかもサスケくんに限れば、甘いものが好きじゃないっていう二重苦よー?そんなとこもカッコいいポイントだけどー、バレンタインはやっぱ甘いチョコが定番だし、中々難しいのよねー」
「でもそんなハードルも全部越えてやるの!絶対私のモノが一番おいしいって食べてもらうんだから!......と、ゆーことでー、いのはサスケくんにあげなくていーのよー?」
「アンタこそ!アンタなんかの手作り食べた日には、サスケくん失神しちゃうんじゃないかしらー!」

恋する乙女は基本過激派のようです。せっかく仲良く語り始めたと思ったのに、またお互いを蹴落とすかのような流れに......。
ヒナタがすごく困った顔をしてるけど、正直もう手がつけられない。いのブタ!デコデコ!って言葉の応酬が飛び交うのは止められそうにない。

「ヒナタはもうなに作るか決めてるの?」

二人は置いといて、改めてヒナタに聞くと、白い頬がまたほんのり赤くなった。こちらの乙女は純情派で嬉しい。しゅ〜っと赤くなって俯いてる。

「うん......一応。で、でも、渡せるか分からないし......」
「絶対大喜びで受け取ってくれるよ」
「そうかな......」
「うん。ヒナタが作るお菓子はすっごくおいしいんだし」
「えっ、ホント!?ヒナタお菓子作り上手なの!?」

すると、また二人がぐわっと。頭を勢いよくヒナタの方に突き出した。ヒナタはびくって跳ねて大慌てで首を振ってる。

「そんな、上手ってほどじゃないよ!」
「ヒナタのお菓子は絶品だよ」
「カナちゃん!!」
「ねー今度教えてくれない?できればあんまり甘くないヤツ!」
「おいしく作るコツだけでもー!」

あわあわしてるヒナタと、ぐいぐい詰め寄ってるいのとサクラ。初めは躊躇ってたヒナタも勢いに飲まれて頷きかかってる。
ホントに恋のパワーってすごいなあ。普段はケンカばっかりなのに、こんなところは息ぴったりだ。もちろん元々気が合うんだろうけど。

「じゃ、じゃあコツってほどのことは教えられないけど、気をつけてることだけなら、今度メモして2人に渡すね?」
「ありがとーヒナタ!これで一歩サスケくんに近づけた気がするわ!」
「千里の道も一歩からねー。サクラに至っては、やっと千里から一歩進めたところでしょうけど!」
「いのアンタ、さっきから!......ってまた笑ってるし、カナ」
「あはは、気にしないで続けて」
「続けてってアンタね......。......そういや、アンタはどうなのよ?」

どう?
何のことか分からなくて、目尻の涙を拭いながら首をかしげると、いかにもやれやれって感じのため息をつかれた。ヒナタまで苦笑してる。

「誰かに渡すのかって話だと思うよ、カナちゃん」
「そうそう!なに一歩下がったところで傍観してんのよ。アンタだって立派な乙女なんだからね!」
「そんなこと言われても。私は三人みたいに好きな人いないし。このイベントは私、毎年不参加だよ」
「......ねーカナ」

ないない、って正直に手を振ってたら、突然いのが真剣そうな顔をして私の肩に手を置いていた。
え?と思ってると、いのはもう一度口を開ける前にキョロキョロと周囲を見渡した。まるで誰かの目を盗むように。
サクラとヒナタも不思議そうな顔をしているうちに、いないことをちゃんと確認できたのか、またいのの水色の目が私を真剣に見た。

「シカマルは、どう?」
「シ、シカマル......?」

話が見えなくて眉根を寄せる。

「どうって?」
「だから、チョコをあげる相手に......!」
「えっ。なんでシカマル?」
「何でって」

いのの目が何か信じられないものを見るように私を見る。本気で意味がわからなくて私は首を傾げる。
そのうち、サクラとヒナタのほうが口を開いた。「えっウソ、いの、まさかシカマルって…!」「ホントに…!?」なんて、サクラは口を抑えて、ヒナタはまたほんのり赤くなって。

……何で?

「......そうよね、サクラ、ヒナタ!それが普通の反応よねー!?カナ、アンタ鈍すぎ!」
「えっ、何が?シカマルがどうかしたの?」
「あーもう、みなまで言ってやりたい!だけどさすがにここまで意識されてないなんてアイツが不憫すぎて......もー!」
「へー、あのシカマルがぁ......?」
「何でニヤニヤしてるの、サクラ。ヒナタ、どういうこと?」
「う、うん......な、何でもないよ。カナちゃんは気にしないで」

ヒナタは何でか照れたように笑って首を振る。そんなこと言われても、すごく気になるんだけど。
シカマル?シカマルがいのの幼なじみなのは知ってる。そのシカマルの名前が出たのは幼なじみだから?だけど、なんで私に?
私、シカマルに好意持ってるような行動したことあるかな......。

「あーもういいわよ、考えなくてー。絶対正解に辿り着かないし」

いのが完全に諦めきった顔をしてて、ちょっと傷つく。教えてくれればいいのに。

「誰かにあげたい気持ちができたら真っ先に教えなさいよねー」
「うっ、はい」
「サスケくん、とか言ったら容赦しないからね!」

いのに引き続いて、サクラも私の頭をぽんっと軽く叩いてから自分の席に戻っていく。ちょうど休み時間終了間近、スズメ先生が教室に入ってきたところだった。今日はこれからくノ一クラスの授業だ。
くノ一らしく、女の子らしく、乙女らしく。私に誰かにチョコをあげたいって思う日は来るのかな。

「......ね、カナちゃん」
「うん?」

スズメ先生の声が教室に響き始めた中、隣のヒナタの声に反応して顔を向ける。

「あのね、バレンタインってもちろん、その......想いを伝える日......でもあるんだけどね」
「うん」
「友達とかで交換したりして、いつもありがとう、って言ったりもするんだって」
「そうなの?」

うん、と頷くヒナタ。それを聞いて、私の中でぱっと開いた花があった。
なんてそれは、素敵な日。

「そうなんだ。じゃあ、私も今年は参加しようかな。みんなにありがとうって伝えるために。もちろん、ヒナタにはいっぱい」

すると、ヒナタは嬉しそうに顔を綻ばせる。私もカナちゃんに作ってくるね、なんて言ってくれて、顔を見合わせて笑いあった。
いつもはただただ恋する乙女たちの顔を追うだけの時期だけど、今年はどうやら私も楽しめそうだ。






当日。授業終わりの放課後。予定通り、友達、先生、とにかくお世話になった人たちに作ってきたものを渡してた私のところに、見慣れた人影が訪れた。
それはそれは大きな紙袋を両手に下げた私の幼なじみだった。見るからにムスッて顔をしてて、私は思わず笑ってしまった。

「最高記録じゃない?」
「うるせえ。どうしろってんだ、こんな甘いモンばっか」
「まあまあ。多分みんな甘いもの苦手なサスケのことを考えて、甘さ控えめにしてくれてると思うよ」

こないだのサクラといのの話を思い返してフォローを入れる。それでも無視できないほどの甘い匂いが漂ってるけど。「何でオレが甘いモン嫌いって知られてんだよ......」とげんなり顏のサスケにまた笑う。人気者は悩み事も多いようだ。
クスクス笑ってると軽く睨まれたけど、不意にその目が私の持ち物にとまった。

「......お前も今年は何かしたのか?」
「うん、まあね」
「......」
「うん?」

無言。

「......お前のこったから、恋だの何だのじゃねーな」

よく分かられてるみたいです。

「友チョコっていうんだって、こういうの。義理みたいなものかな。日頃の感謝を込めてって......サスケ?」

すると、言い終わらないうちにずいっと手を伸ばされていた。
また無言。無言で、こっちを見てる。
言いたいことはわかる。けど、あんまりにも意外で、数秒止まってしまった。

「......甘いもの、欲しいの?」
「......オレには感謝してねーのかよ」
「そ、それはもう。いつもありがとうって思ってるけど。誰より」

正直に言うと、ふいっと顔をそらされる。
また笑ってしまった。思わず溢れる笑みが抑えきれないまま、私は持ってた紙袋に手を突っ込んだ。

「はい。サスケの分」

後でわかるようにって、ちゃんと他の袋と分けた、少し形が違う袋。

「あんまり甘くないように作っておいたからね。でもお菓子だから、多少はしょうがないって思ってね」

サスケの目がまたこっちを向いた。

「......他のと分けて作ったのか?」
「特製だよ。はい」

こっちから近づいて、サスケが持つ紙袋のてっぺんに乗っけておいた。
でも、それなのにサスケはまだ少し機嫌が晴れていないような顔をしてる。私が置いた包みと、私の顔を順番に見た。

「なんで早く渡しに来なかったんだよ」
「だってサスケ、この日は朝から忙しいでしょ?引く手数多だもんね」

これだけたくさんの子たちからハートを受け取っておいて、まだ何が不満だっていうんだろう。

「......来年は真っ先に渡しに来いよ」
「うん?」
「あと、今日これ家まで運ぶの手伝え。まだ教室にある」
「えっまだあるの!?......っていうかそれは私に関係ないんじゃ」
「日頃の感謝、なんだろ」
「それはそうだけど、それとこれとは」
「半分」
「……」

無理やり、チョコの包みで山盛りな紙袋を一つ渡された。
わりと、重い。お菓子しか入ってないはずなのに。自分で持ってきた紙袋の中身は今はもうほとんど渡したところとはいえ、その元の重量よりも何倍も重い気がする。

抗議のつもりでサスケを見ると、今度はなんだか満足そうな顔をしてる。それで歩き出したかと思うと、無理やり私の手を引っ張っていくんだから、ホントにたまに思うけど中々横暴だと思う。

「自分で受け取ったものなんだから、最後まで自分で責任持ちなよ」
「お前も重さを増やしただろ」
「サスケが欲しいって言わなかったっけ?」
「言ってねーよ」

ホントに家まで荷物持ちさせる気かな。手を引っ張られてるから、多分ほんとにさせる気だ。
でも、まあいいか、なんて思う自分。
こうして引っ張ってくれる手にいつも感謝してるから。

「ありがと、サスケ」

ちゃんと言葉にすれば、振り返ったサスケも、少しだけ口元を上げてくれた。

 
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