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午前中の授業が終わり、チャイムが鳴ると同時にいつも通り教室がざわめき出す。お前今日もカップラーメンかよ、だとか、うっせー旨いんだってばよ、とか、お前駄菓子はメシじゃねーぞ、だとかの騒がしい声を左耳から右耳に流しつつ、オレは自分の教材をさっさと片付けてさっさと立ち上がった。

アカデミーの昼休み。
だからなんだという話だが、午前授業終了の合図はオレにとっての戦闘開始の合図となる。

自分で作ってきた昼飯を手に取ったオレがずんずん向かって行ったのは教室の窓辺。そしてガラリと窓を開けた瞬間、

「サッスケくぅーん!!」
「一緒にゴハン食べましょうよー!!」

背後から追うように甲高い声が上がったが、問答無用。

ガッと窓枠に足をかけて飛び降り、視線が追いかけて来る前に姿を眩ませるーーー毎度毎度の恒例事業、まったくあいつらは懲りもせず。今日は午前最後の授業がくノ一組と別だったのが幸いした。
逃げられたことさえあまり気にしないのか、更にカッコイイーなどと黄色い声が飛んで来るので溜息をついた。成績云々じゃなく、ああいうヤツらにはいつまでも敵う気がしなかった。


人目をなるべく避けて歩き出す。昼休み終了まではいつも通りくノ一の目に止まるわけにはいかない。
どこか適当な場所、と思いながらアカデミーの敷地内を歩いていれば、不意に悩むような唸る声を耳に拾っていた。

「(この声は...)」

何の迷いもなくその声の主を探す。雑木林の向こう側、ということは、あのベンチにでも座っているのか。
案の定その姿はそこにあり、幼なじみはたった一人で弁当にも手をつけずに唸っていた。

「なにやってんだお前」
「わっ」

背後から声をかければ驚いたらしい。素っ頓狂な声を上げたカナは、頭をそのまま後ろに倒してこちらを見上げた。上下反対の目がオレを映す。

「サスケ、何でここに」
「アホみたいな声が聞こえたからな」
「…そんなに声に出てた?」
「丸聞こえだ」

むしろ無意識だったのか。半ば呆れながらもベンチの向かいに回ると、恥ずかし気に頬をかいたカナはすっと横にズレた。空いた隙間に腰を下ろし、持ってきた弁当を広げる。それを見たカナも「そうだ、ゴハン」と思い出したように自分の昼食に手をかけた。

偶然だったが静かに食べれる場所を見つけた。ここならそう人も通らないし、この幼なじみは隣にいて嫌な相手じゃない。

「…サスケ、またみんなから逃げて来たんだ?」
「当然だろ。あいつらに捕まれっていうのか?」
「うーん......みんなサスケが好きなだけなのに〜、とは思うけど」
「…お前、一度オレの姿に変化して一日過ごしてみりゃどうだ?オレはお前に変わっててやるよ」
「いや、それはごめん被りたいかな…」

それ見たことか、と思いながら握り飯にかぶりつく。白飯を味わいながら想像もしてみた。

「…五分と足らずボロを出しそうだよな、お前の場合」
「私もそう思う。サスケのほうもね」

言われるとぐうの音もでないが。カナの場合は罪悪感に押し潰されて自分からバラすだろうが、オレのほうはコイツの常日頃の行動や仕草を全然マネできない気がする。
面白くもないのに笑ってられるかってんだ。

が、自分でも納得できるとはいえ、言われると腹が立ったので、握り飯を一つ食べ終えてからその頭を小突いた。今日一度目の制裁。いたっ、とさして痛そうもない声をあげるカナ。
…そのカナが、もう、と苦笑しながら指についた米粒を口で取る仕草を見てしまい、居心地が悪くなって目を逸らした。

普段はそこまで意識しているわけじゃない。それだけの月日を共に過ごしてきたから。けど、不意にいつも隣にいるコイツに呑まれてしまうことがある。それがなんとなく、悔しい。

「…そういやお前、」

気を紛らわすつもりで聞いた。

「さっきはなに考えて唸ってたんだ?」
「あっ。そうだ忘れてた。恋について考えてたんだった」


思いっきり振り向いた。


「は!?」
「え?」


二個目の握り飯を落としてしまった、が、どうでもいい。

「なっ…なっ、お前、まさか、」

気を紛らわすつもりの質問が意味をなさなかった、そんなこともどうでもいい。今コイツ、恋っつったか。魚の鯉か。鯉なのか。それならまだコイツが恋愛云々を口に出すよりよっぽど納得が、

「魚の鯉がどうかしたか」
「…恋愛のほうなんですが…」

冷静なんかでいられるか。

「どうしたのサスケ、いつものスカした雰囲気が」
「まさか、お前…!惚れたヤツが、」

だがオレがそう言った途端、目を大きく丸めたカナはぎょっとして、オマケにボッと赤くなった。珍しく。

「ちっ違うよ!!まさか!!私そんなまだ女の子へと男の子への好きの違いもよく分からないしサクラたちの話なんてちんぷんかんぷんだし正直なんでサスケがあんなに追いかけられてるのかとかも全然ワケ分かんないのに!!」
「…………」
「って痛い痛いごめんってば言葉のあやだから…っ」

唐突にものすごく失礼な発言をされたので、銀色の頭を掴んで思い切り力を入れてやった。二度目の制裁。そんなことはともかく、内心かなり安堵したのは絶対に口にしない。無駄に焦ってしまったのがバカバカしくなって長い溜息をついた。
今度は本当に痛がってたカナは涙目で頭をさすっている。もちろん罪悪感はない。

「お前の話じゃなけりゃ、じゃあなんだよ」
「…最初からそうやって普通に聞いてよ…。…ヒナタとナルトくんの話」
「ヒナタとドベ?」
「…いい加減素直に名前読んであげたら?」

苦笑するカナから目を逸らす。お前が結構そこそこの頻度でアイツの名前を出すからなんとなくイラついてる、とは言わない。大体オレはまともに会話したこともないヤローだ。

「その二人がどうかしたのか?」
「…サスケに、私以外にもう一人すごく仲のいい友達がいるとするね」

暗に他にいないと言われてる。いないが。

「で、その子にはすごく好きな子がいるとして」
「……」
「だけど私はそのサスケの友達が好きなの」

また過剰反応しようとした自分の体を必死に止めた。待てこれは例えの話だ、そいつが実際いるわけじゃない。

「そしたらサスケはどっちの恋を応援する?」
「友達とやらのほう」
「即答!?」

コイツは絶対に大前提を間違えてる。言わないが。
私を応援してくれないんだ、とショックを受けてるバカを見て、なんとも言えない気持ちになる。今に限ったことじゃないが、コイツはほんとにバカだ。むしゃくしゃする思いを最後の握り飯を噛む力に変えた。

「お前の言いたいことは大体分かったが、相変わらずウスラトンカチだな」
「サスケは相変わらず酷いよね…」
「ヒナタがドベを好きで、ドベがサクラを好きだから、大方どっちを応援すればいいのか迷ってるって話だろ?それも今更」
「…今更…」

本当に、なにを今更。あいつらが分かりやすいのは今に始まったことじゃない。オレには全く興味のない話だが。

「心配しなくても、お前の応援云々で結果が変わるとは思えねえぜ」
「う…確かに言われてみればそうだけど、そこまで言わなくたって」
「お前自身が恋愛だとかを一つも分かってねえクセに他人になにができんだよ」
「…思わず申し訳なくなって今日はヒナタとのお昼ご飯も逃げ出して来てたのに、サスケにそう言われるとすごい意味なかったなって思えてくる…」

無駄に考え込んだらしいが、それでもまたあーだとかうーだとか唸り始める。昼食を全て食べ終えたオレは暇なのでその顔を観察する目を向けた。
ヒナタやナルトほど分かりやすければ恋愛云々でも意識もするのか。その中身がよく分かってないなりの配慮をしようとしてるのかもしれない。ズレてるが。

「うーん…」

最後の握り飯を飲み込んでから、カナはやっと顔を上げた。

「どっちも応援するよって言ったら矛盾が生じるけど、二人は怒らないかな」
「そこまでオレが知るか」
「…根本的にサスケに相談したのは間違ってた気がする」
「…オレは相談されてたのか?」

だったら確かにお門違いにもほどがある。呆れた目を向ければ、「サスケほど話しやすい人はいないしね」とカナはなんでもないように言って笑った。
言葉に詰まってしまった。

「ありがとう、話聞いてくれて」
「…別に、お前が勝手に話し始めただけだろ」
「何唸ってたんだって、聞いてくれたでしょ?」

そうなんだが、言われると素直に受け取れない自分がいる。ニコニコ笑い出すカナから目を背けた。こんな時、コイツの性格は扱いづらいんだ。

「…教室戻るぞ。もう予鈴が鳴る」
「はーい」

返答が思いつかないのを紛らわすように立ち上がった。多分その事に気づいてるんだろう、カナは笑いながら返事をする。いくら癪でもこればかりはどうしようもなかった。互いの性格は分かり切っているから、隠しようもないことだってある。

ただ、歩き出したオレを追いかけていたカナが「あっ!」と声を上げ立ち止まったので振り返れば、

「ヒナタはナルトが好きで、ナルトはサクラが好きだけど...そのサクラはサスケが好きなんだった…。サクラのこと応援しても、サスケには問題ない?」


三度目の制裁を下した。

(アカデミー時代)


 
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