試験


分身の術、と唱えた瞬間、ぼんっと白い煙が噴き出した。とくりとくりと静かに鳴っていた鼓動が少しだけ大きくなる。煙の向こうに、一つ、二つ、三つといつも姿見で見ている人影を確認して、ようやく息ができた。

「よし!カナ、合格おめでとう!」

イルカ先生の笑顔を見て、こちらも自然とほっこりと笑みが零れる。

「ありがとうございます、先生」
「お前はほんとに優秀だったよ。先生として誇らしい。忍者になっても頑張ってな」
「はい!お世話になりました」

手招きされて、両手でそれを渡されるーーー誇り高き木ノ葉のマークが刻まれた額当て。冷たい感触、想像より少し重たい。手に受け取ってしばらくはじっとするばかりで動けなかった。
感動してますね、と横からミズキ先生に言われてやっとハッとする。それで笑ったイルカ先生がぽんぽんと撫でてくれて、照れ笑いした私は最後にしっかりと頭を下げた。

願いは、サスケと歩み続けること。
そしてこれまでの夢は、忍者になることだったーーーそれが叶った。

教室を出てからも額当てから目が離れない。出口に向かって歩みながらも、両手でしっかりと包んで、目にしっかりと木ノ葉の印を焼き付けた。この感動をどう言い表せばいいのかわからないまま、出口に近づくたび、賑やかな声が大きくなってくるのに気づいた。
その先の校庭にはもう多くの生徒や大人たちが集まっていた。見慣れた同期たちが一様にうれしそうな笑みをたたえ、大人たちはそんな子供たちを誉めそやしている。幸せな一風景。

「(…そっか、家族が来てるのかな)」

しばらくその場に留まって、口の端を引き締める。一つもなにも思わなかったと言うのは嘘だけど、必要以上には落ち込まなかった。確かに本当の両親はどうしたってこの場にこれないけれど、私にはここまで育ててくれた人たちがいる。おじいちゃんのような人、お父さんのような人、弟のような子が。
それに、今はやっぱり、手の中のこの存在が私を励ましてくれているような気がする。

「あれ、カナ。どしたの?」

ふと声をかけられて振り向けば見慣れた姿が。相変わらず手に駄菓子を持ってるチョウジが首を傾げていた。出口にぼうっと立ってた私は邪魔だったんだろう、慌てて道を開ける。

「ごめん、とおせんぼしてたね」
「そんなことはないけど。あ、合格したよね、おめでとう」
「あ、ありがとう...チョウジもだよね?」
「うん。ほら、この通り」

にっこり笑った彼は私のものとなんら変わらないものを差し出す。おめでとう、と言えばウン、と照れ臭そうに頭を掻いた。
じゃあ僕は父さんたちのところに行くから、との言葉を最後に走って行く彼に、手を振って別れを告げる。まだ下忍説明会が残ってるらしいので、同期たちとの離別には実感が湧かないままだ。

ようやく歩きだす気になって、人混みの中に入って行った。
たくさんのおめでとうの言葉が耳に届いて、今は羨みよりも微笑ましさが勝っていた。ゆっくり歩いて、アカデミーの校門のほうへ向かっていく。人波を乗り越えながら、ようやく視界が広がった時、想像していた姿があった。沈みかけている太陽に照らされた彼は少し眩しい。

「合格おめでとう」
「たりまえだろ。…お前も」

ずっと隣を歩いてきた存在の彼は、私と同じように手に額当てを握りしめて、校門の傍に立っていた。遠回しな言い草に笑いながら近寄ると、いつも通りの手加減されたゲンコツが頭に落とされる。痛いとは言ってみるけれど、ただの習慣みたいなものだった。

じゃり、とサスケが踵を返すのを、自然に隣に並ぶ。ゆったりとした歩調で、賑やかな学校から遠ざかって行く。

「思いのほか難しくなかったね」
「…落胆したほどにな」
「みんな合格してるかな…してるといいなあ」
「どうだか。特にあのドベは」

言われてナルトくんを思い出し、無事ナルトくんも合格してますようにと祈った。分身の術は苦手だと言ってたかもしれない。変化の術は無駄に完璧なのに…

「きっと大丈夫だと思いたいな…ナルトくんには大きい夢があるんだもんね」
「火影か?無理だろ」
「さあ。でももしかしたらって…サスケは主席だけど、火影ってガラじゃないし」
「どういう意味だよ。お前だって違うだろ」
「実力がどうとかって話じゃないんじゃないかなってこと!私ならナルトくんこそを応援するよ」

そう言えば存外微妙な顔をされる。なにがそんなに気に入らないのだか、私にはよくわからないのだけど。

私もサスケも額当てを片手に握ったまま、ポケットやポーチにしまうこともないまま。それに気づいてなんとはなしに笑みが零れる。ーーー手放したくないのだ。この、自分たちを忍と認めてくれる重みを。

交差道に差し掛かって、サスケの足が止まった。それに吊られて足を止めて首をかしげれば、なぜかサスケのほうが訝しそうに眉をひそめ、顎で左の道を指す。そちら側には火影岩や火影邸がある。対して、右側は私たちのいつもの帰り道。

「なに?」
「行くんだろ?三代目んとこ」
「あ…ううん、今日は行かないよ」

言えば、サスケは意外そうな顔した。だけど、これは前から決めていたことだった。夕焼けの赤を受けながら、少し照れ臭くなって頬をかきつつ、笑ってみせる。

「おじいちゃんやアスマさんには、合格しても当日の夜は行きませんって言ったの」
「…なんでだ?」
「……良ければ、一緒にお祝いしたいなって思ってたから…なんだけど…サスケと」

別に、サスケへの引け目があるからとか、そんなのではなかった。あの日にお互い約束をして、いつも隣で一緒に頑張ってきた人といたいなって、そう思っただけだった。忍になってからの目的は…違う。それでも。

サスケは少し目を丸めたみたいだった。それから数秒目をそらして、不意に、笑ったような声が聴こえた。

「祝うほどのことかよ」

ちらりと見てきたその目が暖かい。なにも言わずに唐突に歩き出すので、それを追いかけて隣に並ぶ。二人とも道は右、いつもどおりの帰り道。少し歩調が緩くなったような気がした。
サスケはあえて応えないけれど、いつものように私の言葉を受け入れてくれたのは感じた。私はそんな優しさを受け取って、溢れる笑顔が抑えきれない。

「簡単だったとしても、私たちの目標だったんだから」
「ウスラトンカチ、ただの通過点だろ。…で、なにするつもりなんだ?」
「…なにも考えてないけど…」
「………」
「…そ、それはともかく、額当てどこに結ぶ?」

ゆったりと歩きながら、いつもどおりのテンポで話して、たまに笑ったりする、幸せを感じる時間。
忍になってもこんな時間が続きますように。サスケもそう思っていますようにと、心中唱えて、目の前のかけがえのない人に笑いかけた。

(本編開始直前)


 
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