日常


うだるような暑さの中だって、忍者の下っ端・下忍たちの仕事に関係無い。見上げれば快晴、雲一つもなく、太陽殿は今日もしっかり働いているようだ。今日は雲だって風だってお休みをしているというのに...。
ギラギラ、ギラギラ、ミーンミンミン、ジャワジャワジャワジャワ............


「っっっだァーーーー!!!」

草むらから顔を上げ、真っ先に音を上げたのは少年ナルトだった。

「暑いし!うっせえし!終わんねえしィ!いい加減黙れってばよセミィ!!」
「うっさいのはアンタよバカ!余計暑くなるじゃないの!」

それに次いで少女サクラが顔を上げ、両手に雑草を持ちながら怒鳴りあげる。いつもは長い髪を下ろしている彼女も、今日ばかりは一つにまとめている。おかげでいつもよりは涼し気だが、露になった首元にはさんさんと日光が降り注ぐばかりだ。
更に釣られて顔を上げたのは、少年サスケ、少女カナ。あえて何も言わないが、額に浮かび頬を流れる汗が鬱陶しい。カナもサクラと同じように、前髪も全て含めて一つに結わえていた。若干ぐしゃぐしゃなのは否めない。

「叫ぶだけ体力消耗しちゃうよ、二人とも。さっさと終わらせちゃおう?」
「ったく下らねえ任務だ......オマケにアイツには殺意を覚える」

サスケがじろりと睨む先には、木陰に座って愛読書を広げている担当上忍。教え子四人の視線には気付いていないのかあえて無視をしているのか、ニヤニヤしながら本のページをめくっている。一方で下忍たちは熱い熱い日差しの真下で、腰を屈めて雑草抜きをしなければならない。なんなんだ担当上忍とかいう仕事は、一見ただの育児放棄した大人ではないか。

「......ダメだってばよ、オレ...もうやめたい」
「同感......」
「...あ!そうだ、サスケ、カナちゃん!二人の火遁とか風遁とかで、一気に燃やすとか、刈るとかさあ!」
「ったく、お前は相変わらずウスラトンカチのままだな。火事になったらどうすんだ」
「私たちの仕事は刈ることじゃなくて、抜くことだから、ナルト...」

サスケは呆れた視線を向けて、さっさと仕事に戻る。カナもあははと苦笑を一つ、地味に一束一束引っこ抜いていくだけだ。ナルトの発案に一瞬顔を明るくしたサクラも、ハァと溜め息を一つ、「やりましょ、ナルト...」とぼやく。もうなんとかと言うことも億劫なのである。
名案を思いついたと思ったのに。
ナルトは思うが、呑気な担当上忍の姿を一睨みしてから、また草の中に埋もれた。

今日の任務は草むしり。とある民家に住む高齢の女性からの依頼だった。腰が痛くて満足に動けないので、庭に生えた雑草を取り除いてほしいという。第七班はそれを承ったのだが、結構なお屋敷に住んでいるおばあさんの庭は広かった。任務についてから一時間、四人でせっせと働いて、ようやく半分といったところ。
縁側にかけられている風鈴がほんの時たまチリンと鳴る、それが唯一の心の救いだった。
本当に、うだるような暑さ。
じりじりと皮膚が焼けていく感覚がする...頭からは蒸気が漏れだしそうだ。
ナルトの明るい金髪も、さすがの大陽殿には負けてしまう。班で唯一の黒髪であるサスケの頭はおかげさまで熱の集会場だ。桜色、春色のサクラは、夏に完全に負けている。まだ最も涼し気なのはカナか。
ふと思いついたカナは顔を上げ、数秒考えてから印を組んだ。ぶわり、と風が吹く。

「おおー......?」
「......」

しかし、案の定吹いたのはただの熱風である。カカシが「カナ、こっちまで熱い風が来るから、やめて」と好き放題言っている。カカシにはともかく、カナは三人に項垂れるように謝った。こんな日は風だって救いにならないか。
その時、トタトタ、と縁側から聴こえた足音があった。しわくちゃで優し気な顔で依頼人が出てきた音だった。

「あ、ばあちゃん!悪ィーってばよ、もうちょっとで終わるから...」
「いいの、いいの。ごめんねえ、暑いのに」

実に朗らかで労り深い人だ。担当上忍に見習ってもらいたい。

「皆さん暑さにやられてるんじゃないかと思ってねえ、実はこんなものを持ってきたんだけど」
「え!なになに!?」
「よく冷えてるのよ。スイカ、おあがりにならない?」

おばあさんが両手いっぱいの大きな皿に乗せてきたのは、大きくざっくりと切られたスイカだった。第七班の目に潤いが戻る。えー!と真っ先に歓喜の声をあげたナルトは、きらきらした目を赤い果実に向けていた。釣られて三人も寄ってくる。

「わあ、おっきなスイカ!」
「すごくおいしそう...」
「ばあちゃん、いいの!?いいの!?オレら食べちゃって!」
「もちろんよ、そのために切ってきたんだからね。ここに置いておくから、冷たいうちに頂いてね。私の依頼は急がないから。先生も、もちろんどうぞ」
「すみません、お気遣いありがとうございます」

木陰に座っていただけのカカシにまで声をかけるなんて、本当になんて労り深い人だ。にっこりと微笑んだご依頼人は、皿を置いて、ありがとねと一言また歩いていく。その後ろ姿を救世主でも見るような眼差しで見ていた下忍たちは、途端にばっと担当上忍を振り返った。一応上司であるので意見をあおがねばならない、のだが。

「うん、ま!確かにこの暑さの中で続けて、倒れられちゃかなわんからな。ありがたく休憩させてもらえ」
「うっしゃー!!オレ、一番でっかいのね!」

その途端ナルトは嬉々としてスイカに飛びついた。丸ごと一個くらい切ったのか、大量に皿に積み上げられたスイカを見ては、争う気も起きないのに。続いてサスケが奪うように、サクラ、カナもありがたく一つとる。それからカナが一つカカシの元に持っていくと、カカシは笑って「ありがとさん」と受け取った。
みんなが一斉に、一口。しゃくりとかぶりついた口の中に、さっと潤いと甘みが広がった。

「うまい!あー、生き返るってばよー!」
「おばあさん、ほんとに良い人だわ......カカシ先生も、どうせいかがわしい本読んでるだけなんだから、これくらいしてくれたらいいのに」
「あのねえ、オレは別にお前らの保護者じゃないのよ?」

カカシも立ち上がって縁側に寄ってくる。下忍四人は縁側にずらっと座っていて、しゃくしゃくとスイカを口に含む。サスケが無心に食べているのを見て隣のカナは笑う。だが不意にとんとんと肩を叩かれ、振り向くと、サクラがほんのり頬を染めていた。

「ね、代わってくれない?」
「なにを?」
「だ、だからー...場所!」
「...ああ!うん、わかった。はいどうぞ、サスケの隣!」
「もう!」

笑ってカナが一旦縁側の内側にずりずりと引っ込むと、サクラはますます顔を赤くする。だが抜け目なく、すっとサスケの隣にスライド。その幸せそうな顔ったら。

「サックラちゃん、オレの隣だって空いてんのに!」
「バカね!なんで私がわざわざアンタの隣なんかに!」
「ううっ」
「ナルト、私がそっち行ってもいい?」
「カナちゃん...!もちろんだってばよ!」
「ウスラトンカチが」
「なにをォ!?」

七班結成時以来ほぼ毎日のように交わされる会話は、なんだか流れ作業みたいなものだ。一段とカナの笑い声が大きくなり、サクラが笑いすぎよ、とカナの背中をはたく。うっとなったカナはごくりと種まで飲み込んでしまった。
ナルトの隣にある皿に、カカシの手が伸びる。気を取られたナルトはそこでハッとした。既にカカシは一個目のスイカを食べ終わったようだ。そこを見ていない!

「......なに、ナルト。そんなに食いつくようにこっち見て、オレに穴でもあけたいわけ?」
「カカシせんせーだって、食べる時くらいはマスク外すはず...!」

未だ明らかになってない我らが担当上忍の素顔。ナルトの声にハッとした全員がカカシのほうを見る。縁側に座る四人対一人。が、カカシは動揺することもなく、マスクに手をかけた瞬間、四人にくるりと背を向けた。

「あー!ずりぃ!」
「ナルト、早く回り込め!」
「言われなくてもわかってるってばよ!」
「はい残念ー」
「...! くっそー!」

ナルトはばっとカカシの正面に回ったが、その前にカカシはにっこりとした笑顔を下忍たちに向けた。手にあるスイカにもう赤い部分はない。なにその早技、もっとゆっくり食べろよ、と全員の心の声が一致する。サスケに至っては喉を詰まらせろとまで思う。さすがにスイカじゃ詰まらない。

「先生、素顔を隠すわけでもあるんですか?」
「いや?ただ、そんなに見たいって顔されると、意地でも見せたくなくなるのよね」

カナの質問にカカシはあっけからんと答える。

「せんせー、それってすっげーガキっぽい...」
「本物のガキに言われたくないよ。さ、もう一個頂こうかな」
「あっ!オレも!」
「サスケくんも、もう一つどお?私がとってあげる!」
「ああ、くれ」
「おいしいねえこのスイカ......あ、風」

皿をめぐったやり取りをBGMに、チリン、と風鈴が音を鳴らす。先ほどのカナの熱風には程遠い心地いい風だ。スイカを食べながら目を閉じて、気持ちの良い風を感じていると、ふいに髪の毛を触られる感覚。カナが振り返ると、サクラがカナのヘアゴムを外したところだった。スイカを食べるのは一度休憩したらしい。

「もー、髪ぐしゃぐしゃじゃない!任務中も思ってたけど、カナはテキトーすぎ!」
「そう?サクラと同じじゃない?」
「いや、オレも思ってたけど、カナちゃんってちょっと不器用?」
「ナ、ナルトまで......鏡見れないからわからないんだけど」

サクラに髪を触られるのをなされるがままに、カナはサスケと目が合ったが、サスケは興味がないとばかりにスイカを食べている。確かにサスケが女子の容姿にうんぬん言うとは思えない。真上で「おーサクラちゃん器用ー!」という評価が聴こえるのと同時に、「はい、キレイにくくり直したわよ!お団子!」と軽く叩かれる。痛い。

「すごい、ほんとだ。動きやすい!ありがとサクラ」
「いーえ!さ、スイカスイカ」

カナは頭を触ってみて感動する。するとまたもやサスケと目が合う。今度は何故か焦ったようにすぐにそらされた。そのサスケの隣にカカシが座る。

「やー、青いねー」
「......何がだ」
「空が、だけど?何か他のことでも考えたかな、若き少年?」

嫌味ったらしい笑顔がサスケに降り注ぐ。そんな上司の顔をぶん殴りたい、という思いは内心にギリギリでとどめ、サスケはスイカにかじりついた。
ナルトがまた新しいスイカに手を伸ばす。全員が競うように食べているので、皿はもう少しでカラになりそうだ。しゃっくしゃっくと食べていたナルトは、急にピーンときて、口の中で舌先を操作した。果汁は全て飲み込み、今口の中に残るのはただ一つ。

プッと黒い粒が宙を飛ぶ。それは弧を描き、雑草をむしられてハゲた地面に転がった。

「やめなさいよ、汚い!」
「人様のお庭になんてことを...」
「まーまー、ちょっとだけ!後でちゃんと掃除すっから!」

サクラとカナの言葉は意にも介さない。ナルトはもう二、三粒飛ばし、それから更なる名案を思いついてライバル・サスケを見た。

「おいサスケェ!どっちのほうが長く飛ばせるか、勝負だ!」
「フン、下らねえ」
「じゃー賭けるってのはどうだってばよ?」

一言目にはにべもなく返したサスケだが、続いてのセリフに顔を向ける。してやったり、食いついてきたと、ナルトはにんまり笑って、カカシがやれやれと頭を振った。

「勝ったほうが、雑草いっぱいのゴミ袋を相手に全部持たせる!」
「......いいだろう。後で吠え面かくな」
「なめんじゃねーってばよ!こっちのセリフだ!」

なんで男の子ってそういうとこ協力できないんだろう...この二人だから?
サスケがナルトの隣に移動してくるので、カナは場所をゆずりながら、スイカの状況を見る。現在、サスケとナルト、サクラの手に一つずつ、カカシとカナは持っていない。皿に残っているスイカはあと三つ。カナはその中の一つをカカシに渡し、あと二つ載ってる皿はナルトとサスケの間に置いた。

「二人とも、もうこれだけしかないからね。勝負はこれで決めてね」
「オウ!サンキューカナちゃん!」

「アンタいらなかったの?」とサクラに聞かれたカナは、「もうお腹いっぱいなの」と笑って、競う二人の様子を楽しげに見ていた。

うだるように暑い気候はまだ変わっていないが、皿いっぱいのスイカのおかげで七班は今、大はしゃぎで笑っている。ナルトとサスケが叫び合ってるのが庭中に響き、皿を回収しに戻ってきたおばあさんは微笑ましそうに笑顔をたたえていた。
なんでも元気いっぱいの下忍に依頼したのは、子供たちが好きだから、という理由もあったのだとか。
勝敗が決して、一同は再び炎天下で働くことになったが、もう当初のような気怠さはない。全ての作業が終わった頃には夕暮れで、帰り際には、ナルトが重量オーバーのゴミ袋に押しつぶされていた。

(第一章〜二章)


 
|小説トップ |
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -