秘密


木ノ葉での対音忍・砂忍戦から何日か経った。三代目のじいちゃんや、たくさんの人たちが逝っちまったけど、いつまでもぐじぐじしてらんねえって空気が町に流れてる。あっちこっちで復興作業中だ。空は快晴、風も心地いい。最近はいつも通りの任務も少なくて、どっちかっつーと作業の手伝いが多かった。

「おー、ナルト!」
「あ! イルカせんせー!」

声をかけられて振り返れば、てきとうにほっつき歩いてたらアカデミーの近くだったことに気付いた。イルカ先生が手招きしてて、迷いなく走り寄る。

「今日は任務は休みか?」
「んー、まあね。先生は何やってんの?」
「見ての通り、アカデミーも修理中だよ。お前と違って、今の生徒たちはマジメなヤツらが多いからな。手伝いもたくさんだ」
「一言多いってばよ。大体、木ノ葉丸がいんじゃん」

木ノ葉丸はお前のマネしてるんだろうが、って微妙な目を向けられる。なんてシッケイな、アイツが勝手にオレの後をついてまわってんのに。なにも考えずにアカデミーの敷地内に入ると、確かに、ちびっ子たちがあちらこちらで働いてる。正直なんか危なっかしいけど、先生たちがうまくサポートしてるみてえだ。

「そうだ。ナルト、あっちにカナがいるぞ」
「え? カナちゃん? なんで?」
「暇があったら手伝いに来てくれてるんだよ。助かってるぞ。なんせ面倒見もいいからな」

イルカ先生が指差すほうを見れば、見覚えのある銀色の髪。なにやってんのかわかんねえけど、走り寄ってきたアカデミー生と話してる。なにか頼まれてるらしい。それからカナちゃんは手元から何かを取り出して、それを子供に渡した。ありがとー姉ちゃん、どういたしまして、ってそんなやり取りが聴こえてきた。
「カナちゃん、何やってんの?」「地味だけど面倒な仕事をやってもらってる。暇なら手伝ってこいよ」。イルカ先生はそれだけ言って自分の仕事場に戻った。オレは、とりあえず声をかけようと、カナちゃんに近寄ることにした。

「よっカナちゃん!」
「? ......あれ、ナルト。どうしたの?」

振り向いたカナちゃんは目を瞬いてから、いつもどおりの笑顔を向けた。なんかそれだけで安心するから不思議だ。

「たまたま寄ったんだってばよ。そしたらイルカせんせーがカナちゃんがいるって言ったから。なにやらされてんの?」
「......やらされてるわけじゃないけど。釘の仕分けだよ。長いのとか短いのとか、混ざってるから。後で使いやすいようにね」

大きいケースには色んな長さや種類の釘が入り混じってて、どうやらカナちゃんはそれを違うケースに分け入れてるらしい。確かに地味だけど面倒だ。オレならすぐ飽きる。小さい子にはちょっと危ないからね、とカナちゃんは笑って手を動かしてる。
オレも手伝うってばよ、って言って向かいに座り込む。カナちゃんはありがとうってほんわか笑った。

「なんか懐かしいなあ。アカデミーには結構来るけど、同期と一緒なのは久しぶりかも」
「カナちゃんってばそんなにここに来んの? なにしに?」
「木ノ葉丸に会いに、とか。そしたら結構たくさんの子たちと話すようになったから。たまに術のお願いもされるの。アカデミー生って元気だよね」
「うげー、オレなら多分逃げまくる......」
「なんで?」
「だってしつけーんだもん。疲れるってばよ」

木ノ葉丸やモエギ、ウドンだけでも体力消耗すんのに。ぶつくさ言えば、カナちゃんは面白そうに笑った。しかも結構長い。カナちゃんって基本大人しいほうだけど、笑い始めると意外と止まらないんだよな。でも今そんなに面白いこと言ったっけ?

「あははは......ナルトだって、あんな感じだったのに」
「えー! ひでえってばよ、オレってばあんなんではなかった! もっと大人!大人!」
「そうー? いいじゃん、イタズラっ子ナルト見てると面白かったよ? 今はあんまりしなくなっちゃったけど。寂しいなー」

くすくすと笑い続けるカナちゃん。それ絶対寂しいって思ってねーってばよ。
なんかオレまで懐かしくなって、色々アカデミー時代を思い浮かべる。まあ、正直、イタズラばっかして先生にゲンコツされてた思い出が多いんだけど。シカマルたちとはしょっちゅうサボってたっけ。サクラちゃんがサスケサスケってうるさいから、いっつもサスケをライバル視してたんだよな。で、ケンカすると必ずカナちゃんが笑ってて......って、カナちゃんは笑ってばっかだな。下忍にゃならなかったけど、たまに一緒に話すヤツらもいたっけ。

「......寂しいっていえば」

カナちゃんがぽつりと呟いて、きょろりと校庭を見渡した。

「いなくなっちゃったよね。私たち三班以外の、他の同期の子たち」
「......あー」

全員第一試験は受かったけど、それぞれの担当上忍に落とされたヤツら。受からなかったらアカデミーに逆戻り。だけど、あいつらはもうここにはいない。

「なんかやめちまったんだって。家業継いだりしてるらしいってばよ」
「そうなの? よく知ってるね」
「イルカ先生に聞いてさ。まあ、オレってば卒業試験に二回も落とされてっけど、気持ちいーもんじゃねーもん。わかる気がする」
「そ、そうなんだ......。でも、そっか。やっぱり寂しいな。せっかく一緒に頑張ってたのに」

カナちゃんはアカデミー時代、仲良い友達多かったから、色々思うところがあるんだろう。今は任務で忙しくなっちまったから、会う時間もそうそうねーし。オレはあの頃より今のほうが断然楽しいから、昔思い返してどうこうってあんまりないけど。
気まずいわけじゃないけど、カナちゃんがなんか考えてるようだから、オレも口を噤む。喋りながら手を動かしてると結構作業が進んでた。すぐ飽きると思ったけど、わりと楽しいな。もしカナちゃんがいるなら、また手伝いに来てもいいかもしれない。

「あの先生もいなくなったよねー......」

カナちゃんがまたぽつりと言った。オレは首を傾げた。なにも考えてなかった。

「ミズキ先生」

だけど、その瞬間、手が止まった。

「なにかを教わった覚えはないんだけど......いつもにこにこしてる先生だったよね。でも、その割りに誰かと仲良くしてたりはなかったなあ......そんな印象しかないや」

カナちゃんは手元を見ながら話してる。オレはなんでもないふうを装おうとして、けど、手がうまく動かないことに動揺した。固まったまま動けない。これじゃ、カナちゃんにバレちまうのも当然だ。案の定、オレの手が止まったのを見たカナちゃんは、ぱっと顔を上げてオレを見た。

「どう、......」

どうしたの、って続けようとしたに違いない。オレは今どんな顔をしてるんだろう。
嫌な思い出だ。オレはアイツに勝ったけど、だからといって、トラウマが消えるわけじゃなかった。初めて大人がオレを嫌う理由を知った。周囲が恐ろしかったのに、突然自分も恐ろしく感じた。アイツが、オレに教えたんだ、オレが異質だってこと。

「......な、なんでもねーってばよ」

精一杯笑う。ヘタだろうけど、他にしようがなかった。誰かに言うわけにはいかねーんだから。
でも、その瞬間、オレはカナちゃんの秘密を知ってるんだってことを思い出した。カナちゃんは何も言わなかったのに、オレは知ってるんだ。その瞬間、沸き起こったのは罪悪感だった。

「......カナちゃん、ご」
「ごめん、ナルト。何も言わなくていいから」
「え?」

だけど、オレが謝る前にカナちゃんが謝ってた。カナちゃんはもう作業に戻ってた。オレの顔から目を背けたようだった。......いや、背けてくれた、のか。

「そういえばさ、一連の戦いで流れちゃったけど、中忍試験ってどうなったんだろうねえ。あれで誰かが昇格したりするのかなあ」

あまりに脈略なく、カナちゃんは言った。話題はなんでもよかったんだろう。カナちゃんが意図したことは明白だった。ーーそう感じた瞬間、オレの硬直はなくなった。あっさり、手が動く。胸のあたりに何か温かいものを感じる。表情ももう固くなかった。

「......カナちゃん。オレってばその話に応じなきゃなんねえ?」
「え? い、いや別に?」
「じゃあ、戻すってばよ。......ありがとなカナちゃん、気遣ってくれて。もう大丈夫だから」

銀色が揺れて、目が合う。本当に心からの言葉だ。もう怖くなかった。

「オレ、カナちゃんが聞きたいって言うなら言えるから。嘘無しに、全部言えるってばよ。この話を聞いても、カナちゃんは逃げたりしねえって、わかる。だから、大丈夫だ」
「............ううん。いいんだよ、ナルト」

だけど、カナちゃんはゆるりと頭を振った。オレも本心だけど、カナちゃんも嘘なんてついてないみたいだった。別に聞きたいわけじゃないの、と笑って言ってくれる。たまに見る、ちょっと子供っぽくない顔だった。

「私だって、聞かれたら言えることはいくつかあるよ。でもそれって、特別みんなに話そうとは思わないこと。言ってもいいけど、言いたいわけじゃない。そんな話が、私にもあるし、ナルトにもあるんでしょ?」
「......まあ、確かに、言いたいワケじゃねえけど......でも」
「だから、聞いてほしいって思った時でいいかなって、私は思ってる」

聞いてほしいと思った時。オレの中に九尾がいることを、皆に聞いてほしいと思う?まだ、よくわかんねえ。オレは仲間を信じてる。だけど今まで周りの大人たちがあんな反応をしてたんだ。まだ、あっさりと言えるわけじゃない。

「......来んのかな、そんな時」
「さあ。来るんじゃないかなあ。まだ来たことがないからわからないけど」
「カナちゃん、どんだけ秘密あんの?」
「うーん......わりとたくさん......」

首を捻ってぼやいたカナちゃんに思わず笑ってしまった。もう既に、カナちゃんが知らないところで一つ知ってしまってるけど、それでもまだたくさんあるらしい。いつもにこにこ笑ってるのに、人って見かけに寄らず、なんだな。......オレもそうなのか?
もっかい、笑う。「やっぱカナちゃんって、大人みてえだよな」。言えば、「そう?」と首を傾げられる。そんな仕草はたまに子供っぽいけど。

「オレにゃ兄弟はいねーけど、カナちゃんになら姉ちゃんになってほしーな」
「ナルトが弟かー。退屈しなさそう」

くすくすと、笑い合う。
もう何十回とやった仕草で釘を取ろうとすると、手が空を切った。終わったねと声がかけられ、やっと気付く。終わった、というか、終わってしまった、って感じだった。
ケースを持って立ち上がったカナちゃんを見て、オレも立ってうんと伸びをする。

「手伝ってくれてありがと。話しながらだったから、楽しかったよ」

さっき流れた暗い空気はなかったことにしてくれてる。にっこりと笑うカナちゃん。普段なら班行動で、二人きりで話す時間なんてほとんどねーから、なんだか新鮮だった。「また手伝いに来てくれたら嬉しいな」、と言ってくれた、姉ちゃんみたいなチームメイトに、オレは嬉しさ満点で「オウ!」と返した。

きっと、みんなに話したいって思う日は近い。

(第十章)


 
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