もしイタチが残ってたら


目の前でなびいている銀の色の髪を見て、改めて、大きくなったな、と思った。時の経過を唐突に思い知らされ、しみじみと感慨深くなる。ただ、その銀色が優しく輝いていることは昔と変わりはないのだが。

「...どうかした?兄さん、急に黙っちゃって」
「......いや、なんだかな」

商店街をゆったりと歩きながら。人を避けるために一度前に出たカナは、自然にオレの隣に戻り、不思議そうに小首を傾げた。この、光で華やいだ瞳も変わらない。ほんの幼い頃に忍世界の苦しみを味わったというのに、なんの汚れもない瞳は、いつも真っ直ぐオレを見つめていた。

「少し、小さかったお前を思い出した」
「...随分と、急だね。自分の小さい頃とか、考えるだけで恥ずかしいんだけど...」
「そうか?...昔は、お兄ちゃんってオレを呼んでたのにな」
「あはは、なつかしい。確かいつからか気恥ずかしくなって、サスケの真似し始めたんだよね」

初めて会った頃のカナを思い出す。一見、サスケと同じようにただの無邪気な子供であったカナは、しかしいつからかオレはその顔に、とてつもない闇を見出していた。オレも当時は事情を知らなかったが、初めて風羽の末路を知ったとき、オレは妙に納得したのを覚えている。_恐らく、カナはオレ自身と似ていると、ずっと感じていたからだろう。

「お前とサスケが中忍になった頃だったな。...その時はむしろ、兄さんと呼ぶことに恥ずかしがってるように見えてたが」
「...でも、もし今でもお兄ちゃん呼びだったら、余計に変えづらくなっただろうし」
「新鮮だったが、若干悲しかったな、オレは」
「え?どうして?」
「どうもお兄ちゃん離れされてるようだと」

冗談めかして言えば、カナは一瞬きょとんとしたあと、くすくすと可笑しそうに笑った。「今だって、兄さんのことは慕ってるよ」「そりゃ、嬉しいな」。何気ない会話をしながら歩き続ける。オレの身長にも近くなるほど成長したカナだが、こうやって共に歩いている時に感じる穏やかな心持ちは、やはり何ら変わりはしていない。ーー究極の二択を迫られていたオレを救ってくれたのが、年端もいかない二人だったのだから、今となっては笑える話だと思う。その一方であるカナはふわりと笑って、「あ、兄さん、あそこ」、とずらりと並ぶ商店のうち一軒を指差した。あの店のものだったらどうかな、って前から思ってたの。そう言って微笑むカナに吊られて笑いつつ、オレとカナはその店に足を踏み入れた。
それから、流石わかっているな、と関心した。なんてことない雑貨屋は、とても女性が喜びそうなものは並べられていない。どの商品も質素なもので、だが曾末ではない。静かな印象を与える空間を見渡したオレが、そのまま「さすがだな」と零すと、カナは嬉しそうに笑った。

「サスケと一緒に来たことがあるのか?」
「ううん、自分で探したの、任務の合間に。木ノ葉の中の商店って言ってもかなり多いから、時間はかかったけど」
「...お前は普段、こういうところに興味を示さないしな。女子らしからず」

そう言うと反論はできないカナは、僅かに顔を背けてみせる。そういうところはまだまだ子供で、オレはクスリと笑ってしまった。そうしてなんてことない会話をしながら物色を始める。整然と並べられている品物はどれも"似合い"の色合いのものばかりで、本当にカナの努力の賜物だと思う。任務の合間ということは疲れてもいただろうに。そういうところがカナらしく、ちらりとその顔を横目で見やり、口元を緩めた。「何がいいだろ...これも違うなあ」。ぶつぶつと呟いているカナの目は真剣そのものだ。

「...それでも中々くっつこうとはしないんだな、お前たちは」
「え?なにが?」
「全く...わかっているのかいないのか」

目を瞬いているカナから視線を逸らし、再び品定めを始める。「え、わからないんだけど...兄さんってば」。不満そうに言っているカナの目は見ないが、思わず笑い声が漏れる。こんなところで嘘をつけるカナではないことは知っている。本当に女子らしからず、言い寄ってくる男は少なくないだろうに、疎いのはやっぱり昔と変わらないらしい。いい加減色んな意味で安心したいから、早く互いの気持ちに気付けばいいものを。
「ねえってば、」「ほら、そんなことより。どれにするんだ?」軽くいなしてやれば、頬を膨らませながらもカナも視線を商品に戻す。カナが歩くたびに揺れる銀色は本当になんの穢れもない。

「...、」

ーー思わずそれに手を伸ばしたくなった自分を、そっと戒める。_オレと同じ色でありながら、誰よりもカナに馴染んでいるヤツのことを、オレは知り過ぎている程に知っているのだから。
やれやれ、と自分に呆れ笑いを零す。カナは店の奥のほうへ行ってしまったが、元よりそれぞれ違うものを買う予定なのだから、別に構わないだろう。オレはオレで一つ一つ商品に目を落とし、考え込む。先ほどはカナにああ言ったが、オレもこういうところには馴染みがない。何が売られているかなど皆目見当もつかないので、何がいいのかを考える前に、何があるのかを把握しなければならなかった。

ーーーだが、その二対の商品を見つけるのは、さほど遅くはなかった。そして直感した。
その瞬間 「兄さん!」と駆け寄ってくる音が聴こえたので、すぐさまそれを手にとってカナの視界から隠す。こういう時ポーカーフェイスとは便利なもので、オレは何事もなかったかのように「どうした?」と返した。
カナの微笑みの前に、オレがいつも自身の髪を結うのに使っている髪紐と実にそっくりなものが垂れ下がった。

「兄さんとお揃い!...って、喜ばないかな?」
「............突っ込んで欲しいのか?」

真剣なのかそうでないのかわからないカナに、オレは笑ってしまう。だよねえ、結べる長さじゃないもんね、とか言いながらカナはすごすごと戻っていく。
どうやら思いつくことは似たようなものらしいが。_オレは背中に回していた手の、その中の存在を確かめてから、カナに気付かれないよう会計へと足を運んでいた。



「あー!!おまーら!やぁ〜っと帰ってきよったなァ!!」
「っせえぞ、耳元で騒ぐなウスラトンカチ!」

自宅の中庭に戻ってきた途端 聴こえた声に、オレとカナは思わず顔を見合わせ、揃って肩を竦めていた。
我が弟サスケに、カナの口寄せ紫珀...の人型。どう考えても二人は組手をしていたのだろう体勢にしか見えない。ここを出る時にはそんな話はなかったはずなのだが。この二人を置いておくといつも喧嘩ばかりなのは相変わらずで、オレもカナも最早慣れっこと化していた。

「全くもう...また取っ組み合いしてたの?紫珀」
「違うわ、決闘や!」
「今日も今日とていきなりかかってきたクセに何が決闘だ!」
「ハン、毎回毎回油断しとるほうが悪いわ阿呆〜」
「てめェ.........」
「...ホラ、お前ら。紫珀は煽るな、サスケは乗るな。いい加減 仲良くする方法を覚えたらどうだ」

ぽんぽんと二人の頭に手を置けば、渋々離れる二人。紫珀は恐らくオレよりも長生きしているはずだが、どうにも元気が有り余っているらしい。何がそんなに互いを気に入らないのだか。...分からないでもない気がするオレは、本当にわかっていないカナを一瞥して、小さく笑ってしまう。

「まあ、それはともかく。急にすまなかったな、紫珀」

そう言えば、一番怪訝そうにするのはサスケだった。だが、「どういう事だよ、兄さん...」と言いかけるサスケはカナに任せ、オレと紫珀はその二人には背を向け 声量を落として話す。

「任務は完了だ。お前の主人が働き者だったおかげで、余計な時間は使わずに済んだ」
「...なあにが任務やねん。こっちはいい迷惑やったわ、なにが嬉しくてアイツの為にアイツの相手せなあかん」
「とか言いつつ、しっかり協力してくれたようだからな。助かったよ」

ちらりと後方を見れば、カナを問いつめているサスケと、サスケを宥めているカナ。「兄さんとどこ行ってたんだお前、しかも紫珀を置いていきやがって」「だから、少し買い物だって行く前に言ったでしょ?」「わざわざ兄さんと二人でか?」「サスケは紫珀と言い合いしてたじゃない。...あはは、なあにサスケ、兄さんをとられたからっていじけてるの?」
相変わらずなカナの切り返しに一人苦笑を零すと、「イタチお前、なに勝手に満足そうにしとんのや」とぶすりとした声がかかる。どうやら紫珀にしてみれば相棒をとられていることが気に食わないらしい。悪い悪い、と取り繕うように言えば、ぷいとそっぽを向いた紫珀は一瞬にして鳥型に戻り、ばさりと羽撃いた。

「どこかへ行くのか、紫珀」
「ったり前や。あないなヤツのご機嫌取りなんて絶対したらへん...大体オレ様の立ち位置はもう決まっとる」
「...フフ、さしずめサスケのライバル、ってとこか?」
「...誰があんな取るに足らんヤツ!」

照れ隠しか。盛大な舌打ちをしてみせた紫珀のその紫色の羽は、優雅にどこかへと消えていく。だが、なんだかんだで気を使ったに違いない。素直じゃないカナの相棒にまた笑いが零れて、それから改めて後ろを振り返った。
そこには顔を綻ばせているカナと、どことなく不満そうなサスケ。だがサスケも心の底から不機嫌じゃないことは十分にわかる。_微笑みが自然と漏れる。こんな二人を見れることが、いつだって幸せだから。

「サスケ」
「...なんだよ、兄さん」
「改めて、木ノ葉警務部隊入隊合格、おめでとう」

ーーそう唐突に言ってやれば、サスケはふてくされてた顔を一変、目を瞬いた。
逆にカナが「兄さん!」と慌てて声をあげる。まさかこんな急だとは思っていなかったのか。だが側に近寄ってホラと促してやれば、「もう...」と一言、カナも照れくさそうに口にする。

「おめでとう、サスケ。...合格基準、厳しいんだって?」
「...カナ、お前も...知ってたのか」
「兄さんから教えてもらったの。サスケったら何も言わないんだもん...訊きにくかったし。その後、すぐにお祝いを言いに行こうとしたんだけどね」

カナがオレを見上げる。この事を伝えた途端、「本当!?」とらしくもなく声をあげ、すぐさまサスケのところへ行こうとしたカナを止めたのは他でもないオレだ。
「...フフ、まだ驚いた顔をしているな、サスケ」と言ってやれば、サスケはようやく僅かに俯いて顔を腕で擦る。こちらもこちらでらしくもなく、照れているようである。人一倍努力した結果のことだとはオレもカナも知っている。顔を見合わせて笑ってしまうのは仕方がなかった。

「そんなわけだから、やっと三人一緒に休暇がとれた今日になっちゃったんだけど。紫珀は協力してくれたんだから、今日のことは許してあげてね、サスケ」
「...どういうことだよ」
「オレとカナが二人で町に繰り出す理由作りに、な。サスケ、カナからプレゼントだ」
「な、」
「私からはこれ。あまり捻ったものじゃなくて申し訳ないけど...写真選びは私も協力するよ?」

目に見えて狼狽えたサスケを知ってか知らずか、カナは自分のポーチからあるものを取り出した。丁寧にラッピングされているそれをサスケは躊躇しながらも受け取り、無言で開ける。深い藍色を生地にしたアルバムが現れた。「案外、サスケは写真を大事にしまってること、知ってたから」。筆頭はいつまでもサスケの部屋に飾られている第七班の写真だろう。気恥ずかしそうにうるせえよ、と口にしてから、小さく礼を言うサスケはなんと微笑ましいことか。カナもくすくす笑っている。

「本当は兄さんとお揃いの髪紐か、カカシ先生とお揃いの手甲とかにしようかなーとも考えたんだけどね。髪紐はもちろん、手甲も多分 サスケは恥ずかしがってつけないからやめときなさいよって、途中でたまたま出会った先生に言われちゃった」

おどけて言うカナにオレも笑う。サスケは若干赤くなった頬でますますぶすっとするばかりだ。過去の上司と同じ持ち物など決してつけようとしないサスケは自然と目に浮かぶ。

「そういえば、これも兄さんから聞いたんだけど。サスケは一番で合格したって」
「...当たり前だろうが。オレを誰だと思ってる」
「ふふ。じゃあ入隊一番のサスケさんはあっという間にトップになっちゃうのかなー。サクラも綱手様に並ぶ医療忍者になっちゃったし、ナルトも今や里中から次代火影だって言われてるし。寂しいなあ」

大げさに首を傾げて肩を竦めてみせるカナ。確かにその肩には、言われる程の大きなものが乗っているわけじゃない。_だがある意味では何より大きな役目を背負っている。「けどオレらの中で、"次"を育ててるのはお前だけだろうが」。言いつつサスケはカナを小突いてみせる。「うーん...カカシ先生大変だったんだなって、今 身に染みてる頃だよ」。何もかも包み込むようなその笑顔は、上忍師にぴったりのものだろう。

「...お前らは、あっという間に成長したな」

思わず呆れ笑いが零れた。なんだかんだ言って、サスケやカナの世代は今や、この里を大きく支えるものとなり始めている。きっとそれはこれから、火影となるナルトを中心として、更に強固なものとなっていくのだろう。
きょとりとしている、まだ成長途中の二人を見やって、オレは微笑んだ。

「...サスケ。オレからもプレゼントがあるんだ」
「...兄さんからも?」
「ああ。それに、カナにも」
「え?」

大いに戸惑っている二つの顔。その瞳。変わらず、同じ色。
誰よりも互いに似合いな二人。今までも互いに支え合ってきた二人。こいつらが、いつまでも共に在らんことを。


「サスケには銀色を。カナには藍色を。揃いのブレスレットだ...二人とも、受け取ってもらえるか?」


ぽかんとした二人は、差し出されたものを前にして、顔を見合わせる。
そうして二人にして僅かに紅潮し始めるのだった。

 
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