もし木ノ葉を選んだら2


あの日、打ち付ける雨が冷たかった。ゆっくり熱が高まって行く自分の体は酷く暑かったけれど。けれど、寒かった。どうやら熱を出していたらしい体だけではない、...心も。
『じゃあな』。驚く程大人びたサスケの声がそう言っていた。いつの間に彼はあんなに成長していたんだろう?私が砂にいた期間って、そんなに人が成長できる程の長さじゃなかったはずなのにな。そこにいたのはまるで別人。昔、無邪気に一緒に走り回っていたサスケは見る影もなく。兄さん、と兄を慕っていた彼は消えてしまった。復讐に取り憑かれ、闇に取り憑かれ。
サスケは変わった。
けれど、やっぱりそこにいたのは紛れもないサスケだった。
長い時間をずっと共有し、独りに怯えていた私に力をくれ、笑顔をくれた、サスケだった。

片手に握っていたクナイ?...それが役に立つはずも、なかったのだ。
私の手は動かなかった。動くわけがなかった。だって、そこにいたのはサスケだ。どうして彼に刃を向けられる?仲間で、幼なじみで、大切なひとであった彼に。__私は弱かった。
結局、私は何にも為せなかった。あの"終末の谷"で倒れていたナルトはあんなにもボロボロになっていたというのに。私は、弱かったんだ。涙が後から後から零れ落ちるばっかりで、闇の中に消えていくサスケの思いを知っているばっかりに言葉で引き止めることもできなければ、傷つけてまで止める勇気もなかった。
雨に打ち付けられた私の体は、私の意思なんておかまいなくぐらりと揺れ、...私は結局 何のためにあそこにいったのかすら解らなくなった。

ーーーでも。今は、違う。


「___サスケ」

遠かった彼が今、目の前にいる。大切でならないひとが見慣れない服に身を包まれ、大蛇丸とそっくりの剣(つるぎ)を携えて。私に背を向け、けれど私の声に僅かでも反応を示した彼が。
未だ闇の中に深く深く沈み、心底で助けを求めている彼が、そこに。

「今度こそ、私はクナイを真っ直ぐ向けるよ」

テンゾウさんに草薙の剣を刺したままのサスケに、一歩近づく。ゆっくりと振り向いたサスケの光のない黒い瞳が私を射抜いた。あの時はそれだけで怯んだけれど、今は大丈夫だ。

「あの時、私はサスケを傷つける勇気がなかった。クナイを持つことすら恐かった。あの日程クナイを恐いと思ったことはなかった。誰かを傷つける武器を、持ちたくないって思ったことはなかった」
「.........お前は甘い」
「...そう、だね。そう、"だった"よ。でも、今は違うんだよ、サスケ」

冷たい言葉を放ったサスケの瞳から感情は読み取れない。突き放すような言葉ならもう覚悟済みだ。サスケは知らないのだ、あの時 どれだけ私の心に耐性ができたか。
だけどサスケには解るんだろう、私が何を言おうとしているかなんてこと。感情を殺すことはうまくない。私に、忍としての覚悟は、まだ備わっていない。けれど今の私にいるのはそんな覚悟ではないから、いいんだ。私が今 一番欲しているのは、サスケと向き合う覚悟。この闇に落ちたサスケから目を放さない覚悟。

「ナルトとサクラ......二人と、サスケを連れ戻すって決めたの。サスケを傷つけて、サスケに傷つけられても。二人と一緒だったら、私は未来を諦めない。七班、みんなで、また笑い合える未来のために......覚悟、した」

私の持つクナイに風が集まる。鋭くなった切れ味をもって、私はサスケに駆け出した。サスケはテンゾウさんに刺していた剣を抜き、血を払う。_無言。何も言わずに、サスケは雷遁を走らせた剣で私のクナイを防いだ。
この程度でサスケが押されるわけがないいうことは私だって解っていた。だから、すでに先手は打ってある。ーーサスケの背後に現れる、二人目の私。風分身の私にサスケの目が向かった隙に印を組む。

"風遁 風鎌"

私の影分身は予想通りに一瞬で消されていたけれど、サスケは風鎌に反応しきれない。避けるにはあまりにも距離がなく、受け止めるにはあまりにも規模が大きいだろう。_案の定、サスケは咄嗟に草薙の剣で防いでいたが、いくら千鳥の走っている剣でも完璧ではない。雷では、風に劣性なのだ。サスケはさすがの身のこなしで横に流れていたけれどその頬に伝う血は確かで。
カナ、と呼んでくれる仲間の声が聴こえる。サスケの血を見ても私は震えたりはしない。その血が流れたのが、私のせいであっても。
頬に血を流したまま動かないサスケに、私はまたクナイの切っ先を向ける。

「戻ってきて、サスケ」

やはり、返事はなかった。サクラもナルトもこんなに真剣な目でサスケを見ているのに、サスケは蚊ほども動揺しない。

「復讐は...サスケを呑み込むばっかりだよ。近くでずっとサスケを見てた私には、それがすごく解る。でも、それでも、サスケは第七班になって、変わってたんだよ」

サスケに夢中だったサクラ。サスケにライバル心を燃やしていたナルト。サスケを聞かん坊といって子供扱いしていたカカシ先生。そのどれもが、私の持ち得ないものだった。その中で、サスケは確かに、笑ってた。

「あの時のサスケは...本当に、楽しそうで」
「...カナ」

その時。ふいにサスケの声で名を呼ばれて、私はびくりと解りやすく反応した。ナルト、サクラ、サイ君、テンゾウさん、全員が見ている中で、サスケは真っ黒の瞳を私に突き刺す。

「...一族を殺されても、復讐は無駄なことと割り切れたお前とオレは違う。うちはを殺したのはオレの兄だ。イタチだ。己の器を測るためとほざいたのはオレの肉親だ。無関係の人間に殺されたお前とは、違う」
「...だから私には、解らないってこと?」
「ああ、そういうことだ」
「......たしかに、そうかもしれないよ。でも私にだって、貫きたいことはある」

サスケには何度も助けられた。命の恩人とか、そういうことではないけれど。暴行を受けていたところを救われたとか、そういうことではないけれど。
サスケといると温かかった。一族を殺されてから、木ノ葉に引き取られても尚 一人でいることを恐れていたところに、舞い込んできた温かさ。恐れずに、笑えた。サスケや、...イタチ兄さんといることで。二人の笑顔に触れたことで。


「私は、サスケに誰よりも、幸せになってほしい」


そんな幸せをくれた人には、いつまでも笑顔でいてほしいんだ。

 
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