もし暁だったら


一族の記憶は、もうほとんどない。幸せだったことはなんとなく覚えていても、それだけで、父や母の顔ももう朧げで。幼い頃の記憶、というのが、一体どこまでを指すのかは解らないけれど、とりあえず今でも鮮明に覚えていることはただ一つ。イヤな記憶......大蛇が、どんどん迫ってくる悪夢。後に知ったことは、あれが大蛇丸という元"暁"のメンバーの仕業だということ。彼のせいで私以外の全ての風羽の人間が死んでしまった。今や風羽一族は私のみになってしまった。...やっぱり一族についてはあんまり覚えていないから、少し他人事っぽい。そしてまた後に知ったことだけれど、あの時 私だけが生き残ったのは、私の中に眠る異質な存在のおかげらしい。両親の想いの強さのおかげで私は事件とはなんら関係ないところに飛ばされーーーそしてそこを、"暁"のリーダー、ペインさんに拾われた。
S級犯罪者ばかりが集まる戦闘集団。現実離れした能力ばかり持っているメンバー。そんなところに放り込まれた私は、幼い頃から色んな所に連れ回され教育され修行させられ、でもまあわりとまともな感じ(多分、そう思いたい)のまま、現在に至っている。

「なにボーッとしてんだカナ、うん」

唯一光を差し込んでくる窓のそばで。たまに考える自分の不思議な経緯を思い返していたら、不意に背後から話しかけてきたのはデイダラさん。綺麗な金髪を一房、頭の天辺でくくっているのがチャームポイントの人。いつも何かを爆発させてばかりの人。
ぼうっとしていたわけでもないけれど、デイダラさんにはそう見えたらしい。というか、いつも言われている気がする。

「デイダラさん、いつも私がふらふらぼーっとしていると思ってる?」
「よく解ったな、正解だぜ」
「.........意地でもなに考えてたかなんて教えません」
「なっ......こんの馬鹿カナ......生言ってねーで教えろっつの、うん!」
「いたたたたたたたっ、デイダラさんっ痛いっ!」

冗談のつもりで軽口を言ったら米神を両拳でぐりぐりされて私は慌てて逃げた。ここの人たちは本当に容赦ない。ご自分達がS級犯罪者で通ってることを自覚してほしい。こんなところで鍛えられた分 慣れているとはいえ、痛いものは痛い。

「つーか、馬鹿はてめーだろ、デイダラ」
「あ?なんでだよ、サソリの旦那」
「サソリさん...!」

救世主が現れた!私はさっとソファにどっかり座っているサソリさんの後ろに隠れる。

ちなみに。"暁"は居場所を特定されないようにアジトを転々としているけれど、今私がいるこの森に囲まれているアジトだけは、ずっと前からひっそりとある。...ここはアジトというより、どちらかというと、"私がいたから作られた場所"。いくら遠慮のなく体力の無い子供を連れ回す人たちとはいえ、苛酷な任務に無力な子供を連れて行けるわけもない(それは私を思って、という優しい理由ではない、悲しいことに。ただ単に任務の邪魔になるというだけである)。だから、私には居場所が必要だったのだ。それが此処となって、今ではよくメンバーもここに訪れるようになった。...来てはまた無遠慮に私を連れ出すか、苛めるように無理難題な課題を突き付けていく場合も多いけれど。まだ"本格始動"の時期ではないから、メンバーも暇な時が多々あるらしい、便利な休憩所にもなっている。

で、その便利な休憩所で休憩も兼ねて傀儡の整備を行っていたサソリさんは、デイダラさんに目も向けずに淡々と言う。

「ソイツが考えることといったら馬鹿の一つ覚えみてェに同じことだろうが」

...救世主、だなんて考えた私が間違っていたようだ。

「やっぱりサソリさんって私を貶したいだけですよねそうですよね」
「そう思うならお前が自分自身を貶せる対象だと思ってるってことじゃねぇか」
「どう捉えたらそうなるのか私にはまったくわからない!」

"暁"のメンバーには色んな性格の人がいて、大抵 皆好き放題しているけど、大体のメンバー(数人例外もいらっしゃる)に共通しているのが、...何故か私を小馬鹿にする。遠回しにつついてくる。突っ込んでもらいたいのかな。

「また私たちの仕事のことですか?」

すると、突然気配を現したのは、メンバーの中でも割と柔らかな口調で会話する鬼鮫さん。戦闘中の凶悪な顔を見ると素直に柔らかい物腰の人だとは言えない。「あ、おかえりなさい、鬼鮫さん」そう言った私の頭をぽんぽんと撫でてくれるので、もうこの話は流そうかな流せるかな、と思っていたけどそうは問屋が下ろさない。「まーたその話かよお前」。口に出して呆れた視線を送ってくるデイダラさんがいた。さすがに無視するわけにもいかず...。私はしぶしぶ、しぶしぶ口を開く。

「だって......"殺し"を見てるのは、いつまで経っても気分の良いものじゃないもの」
「別にお前はいっつも見てるわけじゃねえだろ、うん」
「自覚してください。血のニオイがぷんぷんしてたら誰だって"殺し"を感じてしまいますよ」
「お前だって解ってんだろ?この世界の条理をよ」
「解ってますけど......。..."弱肉強食"。弱い者が殺され、強い者だけが生き残る。情けをかければ自分が死ぬ」
「その上、私たちは既に犯罪者となってこの組織にやってきましたからね」

今更どういったって変わるものじゃありませんよ。鬼鮫さんは苦笑する。
何度も言われてきた言葉だから私もそれは解っている。もう彼らは、狙われる身。"S級犯罪者"なのだから、ゆるされる程度の罪を負ってきたわけじゃない。殺さなければ、殺される。殺しをやめてほしいと思っているくせに彼らが殺されてほしくないのだから矛盾してる。
けどそれでも、いつものその事に頭を悩ませているのは、"暁"の皆が人を殺しているところを見る度に、大蛇丸という人が大蛇を使って一族を皆殺しにしたという事実が思い浮かぶから。...メンバーでも任務ならきっと、簡単に一族一つを落とすだろう、ということを考えてしまうから。
甘えだとは知ってる。
でも、ペインさんのいう"殺しという痛みを経て平和を作る"には、未だ賛同したことがない。

「みんなと"大蛇丸"を一緒にしたくないんだもん......」
「ふてくされんな、うん。空気が暗くなんだよ。またぐりぐりすんぞ」
「いや、それは本当に心の底から真剣に遠慮を......ってな、なに近づいて来てるのデイダラさんちょっ」
「待ちやがれ!」
「いやいやいやいやいやいや!!!」

私は走り出す。デイダラさんがその後を追って来る。サソリさんと鬼鮫さんは完全放置の傍観者。知ってましたけどね!いつもの光景ですもんね!悲しくなんかないですよ!
私はデイダラさんの腕に掴まる前に、咄嗟にチャクラを練って風分身を使った変わり身を使った。ぱっと位置変更した私はまた追いかけられる前に洞穴から抜け出す。...S級犯罪者に気付かれないうちに変わり身を使えるようになったのは、なんだかんだいっていっつも体罰(?)をしてくるデイダラさんのおかげかもしれない...。でも面と向かってお礼を言ったら更に攻撃を増やしてきそうだから心の中にだけ留めておこうと思う。

森の中に出た私は、なんとはなしに歩いていた。いつも中々ご自分からは入ってこようとはしない、メンバーの一人を捜すためだった。...デイダラさんから逃げたかったのは確かだけど、洞穴から出てきたのは、こちらの理由のほうが少し、大きい。
気になる人。一言でそう言うと、色事かと思われそうだけれど、そんな単純なものじゃない。彼は、不思議な人なのだ。冷静沈着、殺しの任務も淡々とこなしている人。でも、本当は、きっと、そんな冷徹な人ではないのだ。彼の瞳を覗き込む度にそう思わされる。
気配を感じて足を進めると、ちょろちょろと水が流れる小川についていた。彼はそこで立っていた。なにをするでもなく、ただ立っていた。またこの後ろ姿だ、と私は思った。

「イタチさん」
「............カナか」
「はい」
「......川辺は冷える。風邪をひくぞ」
「大丈夫ですよ。暁のコート、温かいし...それに、今デイダラさんと走り回ってたところだから、ちょうどいいです」

うちはイタチさん。彼の隣に並んでにこりと笑いかけても、イタチさんは表情を動かしたりはしない。でも、ちゃんと受け止めてくれる。私の感情を、ちゃんと拾ってくれる。

「今回の任務はどうでした?」
「いつもどおりだ。何も変わらない」
「ケガとか...」
「......いいや、それほどの相手ではなかった。大体今回の任務は秘密文書の強奪......相手をどうにかする必要はなかったから、てきとうにあしらっただけだ」
「...ふふ。鬼鮫さんは、最後まで戦いたがったんじゃないですか?」
「ヤツも、任務は任務と弁えているさ」

やっぱり無表情のまま。...でも、私はイタチさんと話すたびに、安らかな気持ちになれる。イタチさんは...そう、優しいっていうのかな。冷徹なんて、そんな言葉とは、本当はかけ離れている。今の会話でだって、何気なく、殺しを苦手とする私を気遣ってくれていた。実はとても優しい人。...なのに、どうしてこんなところにいるのだろう?
でも、この組織に入っている人に込み入った事情を聞く、それはタブー。...だと私は思っているから、尋ねたことはない。それに訊いたところできっとイタチさんは教えてくれることはないと思う。イタチさんは、冷酷に見えて優しい人、だけど、それを殻でしまおうとしている人だから。
...だから、私はイタチさんが"暁"に入ってきてからずっと、したいことがあった。


「......そういえば、イタチさん、今度、木ノ葉に向かうとか」

返事はない。見上げてみると、イタチさんは川の流れをじっと見つめていた。...その瞳で見ている景色は、一体どんなのなんだろう。本当に、私と同じものを見ているのかな。

「本格始動を開始するのはまだ少し先だけど、イタチさんたちが"九尾"を下見に行くって、ペインさんが言ってたのを聞いて」
「......チャンスがあればその場で貰って帰るが」
「ええ。まあ、それはともかくとして......私も一緒に行っても、いいですか?」

やけに私の最後の質問が響いた気がする。いつの間にか、イタチさんの漆黒の瞳が私を映していた。私は首を傾げることしかできず、イタチさんの言葉を待つ。...少し間を置いてイタチさんは口を開いた。

「...何故だ?」

それが否定の言葉じゃなかったから、ほっとして、私は笑って「見てみたいんです」と応えた。私の言葉に、イタチさんは眉を潜めた。
そう、イタチさんが入ってきて、イタチさんという人柄に触れて、私はずっと火の国にある木ノ葉隠れの里に行ってみたかったのだ。何故なら。__火の国、木ノ葉隠れの里は、イタチさんが育ってきた場所だから。

「見てみたいんです.......イタチさんがいた場所を......」
「......」
「あ、それと、」

私は少し、いたずらっぽく笑った。

「イタチさんが前に少し話してくれた、私と同い年っていう弟さんも、あわよくば見れたらいいなって」
「!」

イタチさんが一つだけ、彼自身の事について語ってくれたこと。今も木ノ葉で育っている、一人の弟さんの存在。私がイタチさんの不思議な優しさに気付いた切欠のお話。彼は決して自分の感情を語ったりはしないけれど、...それでも、そのたった一度きりの弟さんのお話の時は、どこか......寂しそうに。
イタチさんの、きっと大切に思っている弟さん。会いたいなって思うのは、変な気持ちではないはずでしょう?

「.........、」

__イタチさんは。
珍しく小さくも目を見開いたあと、...くしゃりと私の頭を撫でてくれた。返事は結局なかったけれど、私はそれが心地よくて、ふわりと微笑んだ。私が自分からメンバーに付いて行くなんてことは珍しいけど、今度は意地でも付いて行こうと、私は思った。

イタチさんが育ってきた場所を見れば、少しはイタチさんのことがわかるかな。
......イタチさんの弟さんも、きっとイタチさんみたいに、優しい子なんだろうな。

 
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