もし木ノ葉を選んだら1


夢の中で。
夢の中で私は、深く暗い闇を遠くも近くもない半端な距離から眺めていた。闇の中から不気味な黒い手が何本も何本も這い出てきても、眺めているだけで私は微動だにしなかった。ああ、闇へと導く手が私の手を足を頭を掴む__。引か、れる。このまま闇の中へ連れ込まれて、私は私でなくなってしまうのか、と呑気に、考えていた。
けれど。そうはならなかった。
反対側から私の手を握るものがあった。そこで私はやっと動けるようになったことに気付いて、なにが私を引き止めているのかと気になって、振り返った。闇の反対側は光。どこまでも目映く輝く世界。無表情だった私は、目に映ったものに頬が緩んでいた。
そうだ。私はもう、昔とは違う。こんなにも大切で大好きな仲間達が、たくさんいるのだからーーーー



「___カナ?」

うっすらと瞼が開いたとき、視界に広がったのは白すぎる天井だった。幼い頃のあの事件後の記憶が鮮明にある私は、それを認識した途端 すぐにここが病院の一室だとわかった。声に吊られて 少し顔を動かすと、私は鮮やかな桜色を見た。

「良かった...!」
「......サクラ......」
「っあれから何日経ったと思ってんのよ、この馬鹿!」
「あいッ!?」
「無駄に心配しちゃったじゃない!毎日お見舞いに来てたんだから!」
「だからって叩かなくても...!!」

突然 チョップをかまされた額をさすりつつ起き上がろうとすると、すぐさま鬼の目になったサクラが「まだ寝とく!」と言って 私の肩を押さえ込む。「何日も寝てたんだから、安静第一よ?解ってるわよね?」。なんだかとんでもなく素晴らしい笑顔でそう言われてしまうと、とりあえず私は引き下がるしかなかったというか、多分 そんな笑顔のサクラに逆らえる人なんてこの世にはいないんじゃないか、とか。思ってしまって、やれやれと丸椅子にどっかり座り込んでいるサクラの前で、ぷっと笑ってしまった。

「...なーによ?」
「ううん。なんでも............それより、何日寝てたって......何日なの?」

私が表情を戻して問いかけると。サクラもすっとふざけた雰囲気を正して、数秒沈黙してから「十日もよ」、と答えてくれた。十日、と私は復唱した。十日も、私は寝ていたのかと。たった一日の出来事、様々なことがあったあの日だけれど、十日も寝たままになっていたのはきっと、疲れていたからだけじゃないと思う。

「そっか、十日も.........ごめんサクラ、いっぱい心配させたみたいで......お見舞いも、」
「......何謝ってんの。ほんとに怒ってるわけないでしょ!」
「でも、それじゃあもう、知ってるんだよね」

暗い雰囲気から脱しようとしてくれたサクラには、申し訳ないけれど。私は言わずにはいられなかった。この話を無視して通るなんてことはできなかった。あの日のこと。私たち第七班に最大の亀裂が走ったあの時のこと。無力だと思い知った...あの日のこと。
沈黙は、そんなにも続かなかった。サクラが丸椅子から立ち上がり、簡易机のほうへ向かった音があった。私はその後ろ姿を目で追って。...その行動が強がりからくるものだと感じてしまった。そう、サクラが知らないわけがない___一番に知らされておかしくない、当事者なのだから。

「ごめん...ほんとに、ごめん......サクラ...」

私はサクラに注意されたことも忘れて、ゆっくりと上体を起こしていた。震える両手で拳を作り、俯き、きゅっと目を閉じる。こうしたら、その十日間の睡眠があったにも関わらず鮮明に思い出す。あの時、体を打ち続けた、冷たい雨のこと。

『どうしても...?どうしても、行くの......?サスケ.........!』
『......ああ......オレの意志はもう変わらない。オレはもう、木ノ葉を捨てたんだ』

サスケの想いは強固だった。信じられないくらい、頑固だった。......いや、知っていたはずなのに。サスケの復讐心のことなんて。簡単に揺らぐものじゃないなんてことくらい。なのに知らないフリをしていたのは、私で。___サスケとのつながりがこんなにも大事で捨てられない絆だということを、初めてあんなにも恨んだ___私には、サスケを傷つけてまで引き止める勇気なんて、...。

「安心してなんて言っておいて......嘘ばっかり。ナルトはあんなにボロボロだったのに、私は...全然ダメだった。手を出すこともできなかった。サスケを傷つけることが怖かった。私は、弱かったんだ......」

終末の谷で気絶していたナルト。服は色んなところが裂けていて、ナルト自身も傷だらけで。精魂使い果たしたように仰向けに寝転がっていて。一目見ただけで、ナルトはナルトなりのやり方で精一杯サスケを止めようとしたんだと解った。
対して、私は?

「本当に、私なんて.....................っ」
「カナ」



気付けば。その声はすぐ隣でした。
ハッとして顔をあげればーーーーーーーー

「わぶッッ!!?つっつめッ?!!!」
「看護婦さんが置いてってくれた水よ!!ちょっとは頭冷えたかしら、ねえ!?」
「なななんっ......う痛ッ」
「あと寝とけっていったでしょこの分からず屋!」


__サクラの看病は手荒だった。


「い、いたい...今容赦なかったよねサクラ......ひりひりする...」
「謝らないわよ」
「いえもちろん、謝罪は要求しませんけど...うう」

冷たいし。
頭に思いっきり水をぶっかけられ、おまけにその上からべしんとはたかれ、私は枕の上へ逆戻り。絶対安静とか言ってたの誰だっけ...。髪に水が染み込んでるし、布団にもかかってるし、被害は中々に甚大だ。これ風邪ひくんじゃなかろうか、と思っていると、やはりその点 用意周到なサクラは上からタオルを被せてきた。「わ」、と対応できないでいると顔や髪を拭いてくれるサクラ。
「まったくもう、馬鹿なんだから...」。......お怒りは全然お収めになっていないようだけれど。

「なに?アンタはナルトと同じようにケガいっぱいして帰ってきたかったわけ?そんなマゾヒストだったの?」
「マゾ...!?違うけど!...違うけど......でもやっぱり、あの時のナルトを思い出すと、」
「アンタだって何もしなかったわけじゃないでしょ?アンタはアンタなりに何かしようとしたんじゃないの?」
「............でも...」

ある程度の水分を拭き終わったサクラはタオルを近くの手すりにかける。ちらっとサクラの顔を見れば、...睨みつけるようにむすっと私を眺めていた。普通に謝罪していただけのはずだったのに、私はひょんなことでサクラさんのお怒りのスイッチを踏んでしまったらしい.........何故だ。

...けれど。そんなとき、私は違う所で気配を感じた。サクラの視線から逃れるようにその出所を捜す。けど、この気配の正体って.........。私が「あ」と間抜けに口を開ける瞬間と、サクラが「さっさと入ってきなさいよ」、という瞬間は同時だった。

「......サクラ......意地が悪いよ......」
「黙らっしゃい。私が聞いとけって言ったわけじゃないわよ」
「わりーってばカナちゃん、別に立ち聞きするつもりはなかったんだけど、思わず」

私が謝罪したいもう一人の相手・大切なチームメイト、ナルト。ガラッと扉を開けて 苦笑いと共にそこに立っていたのは彼。「いいけど...」もし私がナルトの立場でも思わず立ち止まってたと思うし。__小さく溜め息をついてから、...私は改めてナルトの姿を見た。頭や腕、足にまでたくさん包帯を巻き付けて、病院服を着て。顔にはいっぱいガーゼがテープで張られていて。でもナルトはなんでもないことかのように、いつもどおり、ニカッと笑う。
...胸がきゅうっとなった気がした。

「......聞いてたんだよね...ナルト......」
「ああ、聞いてた」
「怒って、いいんだよ?」

言ってから、...下唇を噛み締める。ナルトの表情に負の感情なんていっこも感じられない。きょとん、として。「なァーに言ってんだってばよ、カナちゃん」そう言って、私の前、サクラの隣に立って、私の頭に手を伸ばす。くしゃ、と。頭も動かす勢いで髪の毛を撫でられ、私はぐらぐらと動く。

「わ、」
「オレがカナちゃんに怒ることなんてなんもねェ!カナちゃんってば、オレよりずっとよく考えってっからなぁ......オレは足下にも及べねえし」
「当たり前じゃない、バカナルト。アンタになんか物事を考える頭がちょっとでもあるわけ?」
「ちょ、サクラちゃん、さすがにそれは傷つく......」
「...!?...驚いたわ......アンタに傷つくなんていう繊細な心があったなんて.........」
「.........泣くってばよ?」

こっちは真剣に尋ねているのに。ナルトとサクラはそんなのお構い無しで、......ううん、ちがう。ナルトとサクラは私に気を使ってるからこそ、こうやっていつも通りの日常を演じてくれてるんだ。二人はこんなにも...優しい。............でも.........前に進みきれてない私は、こんな光景を見ただけで、瞼の裏が熱くなる。二人の優しさに触れたから、それもあるけれど、.........前は、ここに。サスケもいたのに。

「...?カナちゃん?...泣いてんのか?」
「......ううん.........泣いてない、よ。......ただ......サクラとナルトはもう、前に進んでるんだなって思ったら、やっぱり私ったら不甲斐ないなって思っちゃって...」

危ない、もう少しで涙が落ちるところだった。慌てて手の甲で目を拭いて、いつも通りのつもりで笑顔をつくる。...本当...情けない。二人はもう、過去を乗り越えて、次へ進もうとしているのに。私の今の頭の中は去って行くサスケでいっぱいで。

「当たり前じゃない」

そんなサクラの声が聴こえた時も、頭がサスケから逃れられなくてすぐには理解できなかった。「へ」、という馬鹿みたいな声だけが出て。...サクラは、怒ったような、それでも優しいような、難しい表情をしていた。

「私たちにとったら、もう十日も経ってんの!十日よ?と、お、か!!十日もうじうじしてたら今頃私たちの頭にはキノコが生えてるわよ」
「き、きの...?」
「うっわー...サクラちゃんそれ想像したら結構......キノコとか......おえーっ」
「想像すんな馬鹿!!......だから、カナ。ずーっと死んだみたいに寝てたアンタからしたらまだ一日目なんだもん。しかも起きたとこ。...それにアンタは...」

サクラは少し眉を落として、でも綺麗に笑う。

「サスケ君と、誰よりも近かった。昔からいつも一緒で、多分、サスケ君が一番心をゆるせる相手で。アンタもサスケ君といるといっつも心地良さそうにしてた......」

私は何も言えなかった。サクラの口からそんなふうに言われるだなんて、思ってもみなかったし、...思いたくなかった。だってサクラが想いを寄せてるのはその私がいつも一緒にいたサスケで。私とサスケの間、そこに特別な感情がなくても、...他でもないサクラにそんなことを言わせてしまうなんて。

「サ、クラ、」
「そんなアンタが簡単には立ち直れないなんて、当たり前のことよ。ずっと一緒にいた相手が......突然。いなくなったんだから」
「......っ」
「...へへっ......そうそう、だから、カナちゃん。ゆっくりでいいんだってばよ!急いだってなんもいいことねェって!でもいつか、ちゃんと心が追いついたら、そん時は...」

サクラも、ナルトも。笑顔が、言葉が、すごく、温かい。温か過ぎて、...涙が出るくらいに。二人は優しかった。サクラはゆったりと私の手を握って、ナルトはまた私の頭に手を伸ばして、今度は丁寧に撫でてくれた。
仲間。友達。色々なつながりの代名詞。たくさんあるけれど、とてもそれだけじゃ言い表せない、大切な人たち。共に歩んで、共に泣いて、共に笑ってくれるひとたち。

「「一緒に」」
「サスケ君を」「サスケを」
「「取り返しに」」
「いきましょ!」「いこうってばよ!」

この人たちは、待ってくれている。私の少し先で、手を伸ばして、私がその手を取るのを待っててくれている。なんて、ありがたいことなのだろう...うれしいことなのだろう?私は、まだ一人じゃない。もう昔の私じゃない。私にはこんなにも、大好きな人たちがいる!

「...っうん!!」



ほんの一筋の涙とともに、
私は決意した。
サスケとの約束を、帳消しにしないために。
私は、この二人とーーーーーー。

 
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