もしカカシと同期なら1


「じゃ、自己紹介から始めようか」

あの時、今は亡き"木ノ葉の黄色い閃光"、こと波風ミナト先生はそう言った。それを合図に話しだしたのはうちはオビト。けどオレは今でも覚えてる、オレはあの時 オビトの話なんて聞いちゃいなかった。昔から腐れ縁だったオビトのことなんて大抵知っていたから興味がなかった、ってのもある。でも多分一番の原因だったのは、リンの隣で笑ってた銀色の少女、こと風羽カナ。

それまでのオレはカナのことなんて全く知らなかった。全く、ってのは言い過ぎかもしれないけど、知っていることといえばくノ一クラスでトップだったことくらいで、その他はまるで知らなかった。理由は簡単、カナは今と同じくアカデミーでも大人しかったからだ。オビトのような問題児だったなら否が応でも耳に入っただろうけど、オレは噂話とかにも興味なかったし、とりあえず石段にちょこんと座るカナの笑顔は目新しかった。

第一印象。弱そう。第二印象。忍にゃ向いてない。
オレの中でカナの姿はぐるぐる回ってた。でも時間は経過するし、オレも大雑把に自己紹介を済ませたんだろう。覚えてないけど。オビトの自己紹介も、リンのも。今でも覚えてるのはカナの歌うような声だけ。

「風羽カナです。鳥と風が好きで、苦手なものは蛇。余暇には大抵里内を散歩してます。オビト、リン、カカシくん、ミナト先生、これからよろしくお願いします」

そう言って深々と頭を下げたもんで、リンもオビトも先生も笑ってた。オレは?......多分 大げさなリアクションは示さなかったんじゃないかな。変な顔でカナを見てたかもしれない。とりあえずオレはカナをじっと見てた。だってその後、カナがオレに向かって笑ったのを覚えてる。
第三印象。温かい。



そんな昔のことをふと思い出してたオレは現在、カナと任務に狩り出されてる。今日の任務は抜け忍狩り、ついさっき里を抜けてあっさりバレた忍を追ってるところだった。

オレたちは、暗部だ。つまり任務内容は、里抜けした忍を殺すこと。
その任務自体はオレたちには雑作もないことだ。里を出たのはついさっきのことだけど、きっと三十分後には任務を終えてる。言ってしまえば楽な任務だと思う。

けど、オレはよく知ってる。カナはこういった任務を一番苦手としてること。例え面識がないとしても、今の今までは里の仲間だった一人を、始末しなければならない。それはカナにとって精神的に一番応えてるようだから。カナは口にはしないけど、オレはわかってしまう。
暗部のくせに、カナはいつだってカナのまま。

「やっぱ、オレがお前に抱いた印象ってのは、少なからず外れてなかったってことだよね」
「え?なんのこと?」

互いのことをよく知っているからこそ、今は面なんてものも必要なくて、どちらも素顔を晒してる。そのカナの顔がワケが分からなそうに振り返った。

「まだお前をよく知らなかった時は、失礼なこと思っちゃったなって感じだったけど、うん、やっぱオレの感は正しかった。カナ、お前は暗部どころか忍にも向いてないよ」
「......カカシくんは昔から、オブラートに包んで物を言うってことをしないよね。忍者に対しての最大の侮辱でしょ?それ。私は軽く流せるけど、ちゃんと人を選ばなきゃダメだよ。下手したら乱闘騒ぎ」
「心配されなくても大丈夫だーよ」

いつも通り会話を進める。今も平穏な時間を過ごしているかのように。けどやっぱり、カナの声は少し固い感じがする。通常を装ってるだけだ。カナは昔から、他人に寄りかかるってことを得意としてないから。昔から付き合ってるオレにだって結構気を使う。
それがカナの良いところのようでもあるけど、オレとしては、少し哀しい。オレにとって今ではカナしかいないっていうのに。大切な人、ってやつ。それが特別な気持ちなのかどうかは置いといて。

「でも真面目な話、何でカナは忍になろうと思ったの?お前、頭がかなりいいとは言わないけど、結構オールマイティでしょ。人付き合いもいいし。正直オレとしては、忍者よりも平々凡々な職業のほうが向いてると思うけど」

カナが誰かと対話するとき、大抵その顔には笑顔がある。ふわふわした、安心できるような微笑み。
けどオレは今この瞬間、カナの顔を見てぎょっとした。こんな責めるような目つきで見られたのは初めてかもしれない。

「そんなの、カカシくんだって知ってるくせに。何で今更そんなこと」
「いや、ごめん。オレが悪かった。なんでもないよ。でもオレが聞きたかったのはそんなことじゃなくて......要するにオレは、何で自分の本当の幸せを捨ててまで戦ってるのかってことなんだけど......うん、なんでもない」
「そこまで言葉にしといてなんでもないって?わざとでしょ」

まさか、と言ってオレは笑った。半分正解で半分外れだ。別にカナに嫌なことを言わせたいわけじゃない。
オレはよく知ってる。こいつの両親が、こいつが小さい頃 他国の忍に殺されたこと。もっとよく知ってるのは、だからといってカナは他国を恨んでるわけじゃないってこと。忍世界はそういうものだって、カナは分かってる。
といっても、冷徹なわけじゃない。カナはただ分かってるのだ。無惨に殺されていった両親も、同じように、他国の忍たちを手にかけていたこと。なのに殺されたから他国を恨む?不条理極まりない。カナは分かってたんだ。でも、カナは悲しんだ。だからカナは、忍になった。自分のような思いをする人たちを増やさない為に。殺すためじゃなく、護るために刃をふることを選んだ。

ここまで知っていて、オレがわざわざ質問した理由。多分それは、オレがもう、カナにキツい思いをさせたくないから。カナには笑顔が似合う。返り血まみれの顔なんて、全然、まったく、これっぽっちも、似合わない。

「お前は笑ってれば良いんだよ。忍なんてやめたらいいのに」
「笑ってるよ?十分。たくさんの仲間がいるから」
「忍者じゃなくてもオレたちとは笑えるよ。こんな苦痛を感じる任務に出ることもなくなる。一番幸せだ」
「......私の幸せを知ってるの?」
「?」
「今はカカシくんといれば幸せだと思えるんだよ。仲間として、隣にいられることが」
「......」
「"大切な人"だからね」

カナの顔はよくわからなかった。別に意図的に表情を消してたんじゃないと思う。カナはそういうのが苦手だから。だからオレは困惑する。カナは恥ずかし気もなくそんなことを口にするけど、いくらオレだって気が狂う。

「お前、誰にでもそういうこと言ってんの?」
「えっ、まさか。カカシくん、一体私を何だと思ってるの?」
「鈍感。バカ。方向音痴etc.etc」
「......悲しくなってきた」

とりあえず、一時はそれで会話が終了された。追いかけてた抜け忍の気配を感じ取ったから、どちらからともなく口を噤んだのだ。

面をして、暗部の顔になった。

言葉も交わさずオレとカナは左右に別れる。挟み撃ちのほうが手っ取り早い。抜け忍の男は思ったよりも早くオレ達の気配に気付いたようだった。その点では天晴だが、咄嗟に"土竜隠れの術"を使ったのはいかがなものか。既に居場所が知れてるというのに、その術はほぼ無意味だ。

オレは溜め息をつき、雷遁を一帯の土地に張り巡らせた。すぐさま男の居場所を察知する。カナもきっと気配を読み取ったんだろう、男の居場所をピンポイントで狙い、"風波"を発動させた。抉られた土から男の姿が出てくる。男は瞬時に後方へ跳んだ。

「もう追っ手か......!」
「どーも。何で抜けたのかなんて知らないけどね、容赦しないよ」

オレの右手に目に見えるほどのチャクラが迸る。千もの鳥が囀っているような音が響く。忍は怯んだようだったが、瞬発力はそこそこのものなのか、なんとか雷切は避けきった。けど、背後にはカナが控えている。"風車"を纏わせた拳が男の腹に叩き付けられる。男は吹っ飛ばされ、オレの視界の中で、カナもそれを追った。

そこまで、容赦はなかった。カナは多分、手加減しなかっただろう。自分が"木ノ葉の忍"であり、これからその木ノ葉に害を成し得る者なら、始末しなければならないから。

......けど、男が大木に体をぶつけ、カナの手にあるクナイが男の頸動脈を断とうとする直前に、カナは動きを止めていた。男は驚いていたが、オレは予想していた。カナは、こういうヤツだった。

「どうして里を抜けたりしたんですか......どうして、誰かに相談しなかったんですか!こうなることはわかっていたでしょう!?どうして、どうして自分の命を考えなかったんですか!!」
「なっ......アンタには関係ないだろう!!」

男は見るからに狼狽えていた。目の前に迫っている暗部の冷たい面のその下から、激情の籠った声がかけられたことに動揺したようだった。
けれど。カナはそれでも、暗部。どれだけ似合わなかろうと、里に仕える忍。"里の意志"に背くことなど許されない、忍者だから。


「......さようなら」


涙はなかった。涙こそその面の下から零れなかった。だが、始末をする最後まで、カナは俯きっぱなしだった。
返り血を浴びている。カナは静かに亡骸を見下ろしていた。いつも通り、魂の抜けたような姿だった。

「......やっぱりお前は、忍にゃ向いてないよ」

背後から声をかければ、カナは振り向く。そのあまりに頼りない姿を自然と抱き寄せ、その無機質な面をはぎ取った。予想通り、悲痛の滲んだ表情が隠れていた。

「じゃなきゃ、誰かに寄りかかれよ。......オレは、お前がそんな顔してるとこなんて見たくないけど、そんな顔をしなくなるようにくらいは、してやるから」
「......暗に自分に寄りかかれって言ってるんだよね、カカシくんは。ありがとう、嬉しいよ」
「それじゃ答になってないよね」

カナの目から死体を隠すように、銀色の頭をオレの肩口に押し付ける。固まったような体をほぐすように、何度も背中を撫でてやった。同じくらいの体躯だったあの頃からは成長して、今はこうやってコイツを包んでやることができる。オレだって強いわけじゃないけど、強がりなコイツをこうやって慰めてやることはできるようになったんだ。
片手でカナを抱きながら、片手で自分の面も取る。口布越しに、カナの頭に顔を寄せた。

「オレさ、お前が好きだよ」

そう言ってしまった後、あれ、これって告白なのかな、って思った。
どんな反応するかなと少し離してやってカナを見てみれば、カナは意外にもきょとんとしていた。上目遣いの目がまじまじとオレを見てくる。ちゃんと意味は飲み込めているらしい。言ってしまったな、と数秒後に思った。遂に、言ってしまったのだ。

「......カカシくん?」
「ん?」
「カカシくん?」
「なーによ」
「いや、ちょっと本当にカカシくんなのかなって思って......よく恥ずかしがらずにそんなこと言えるね」
「別に恥ずかしくないでしょ。それに、お前だって恥ずかしがってないみたいだけど」

カナはあはは、と笑った。少し気は紛れたらしい。
ホッとする。笑顔じゃないカナなんて嫌だ。カナに一番似合うのは笑顔。そこにいて、笑ってくれてさえいれば、その場が華やぐ。"色"だった。

「......別にさ」

もう一度カナの頭をすっぽりと包んで言った。

「お前が忍をする理由だって分かってるつもりだし、やめろとまでは言わないよ。けどさ、強いワケじゃないお前をこうやって抱きしめてやることくらい、オレにさせてくれないか」
「......それじゃ、カカシくんにばっかり負担がかかるよ。私、そんなことさせられない」
「何言ってんの。......お前がこうしてそばにいてくれるだけで、オレって結構救われてるんだよ」

口が上手いなあ、ってカナは苦笑して言う。冗談っぽく言うけどね、お前は。
そうは言うけど、本心なんだよ。オビトもリンも先生もいなくなってしまった今、オレはお前にまで消えてほしくないんだからさ。それを感じ取ってくれて、お前は暗部になってまで、オレの隣にいてくれようとしたんでしょ。
本当に、救われてるんだよ、お前にはさ。

「だからさ......ずっとオレと一緒にいてよ......カナ」



里に帰るまでの道のり。結局答は得られなかったけど、多分オレの気持ちは、一から十まで言わずとも伝わったと思う。
オレも無理には答を急かさなかった。告白なんてしちゃったけど、明確な形が欲しいわけでもないんだ。一緒にいられればそれでいい。お前が笑ってさえいてくれれば、それでいいんだから。

任務後の何気ない、いつも通りの「ありがとう」が、いつもと少し違った気がした。

 
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