ダムダム、と体育館に響く音。ぱしゅっとネットをボールがくぐる音や、たまに外れて、バックボードにぶつかる音。それから、ナイッシュ!とかドンマイ気にすんな!とか一々叫ぶ1人の青少年の声。...2人いるのに1人しか喋ってないのはまあ、もう1人の特徴なんだけれども。
私にはバスケはよくわからない。するのだけじゃなくて、観戦したりも全然しない。だけど、現在のクラスメートにして同じ中学から共に入学を果たした彼らが、いい汗かいて楽しそうにボールを追い回してるこの光景は、いつもながら好きだなって思った。

「上達したんだねえ、2人とも」
「ん?お、那雨!」
「!」

昼休み。たまたま体育館のそばを通ったとき、ドリブルの音を聞いたから覗いてみれば、そこには腐れ縁の2人の姿。数分間 見物させてもらってから声をかけると、小金井と水戸部くんは今気付いたらしかった。体育館シューズはもちろん持ってきてないので、ちょっと上履きのまま失礼しますよ体育館さん。「水戸部くん、お疲れ」と声をかければ彼はにっこり笑ってくれた。

「いつからいたんだ?声かけてくれりゃあよかったのに」
「青春してるお2人さんをほのぼの見たかったからね。中断させちゃってごめん、続けていいよ?邪魔だったら帰るし」
「いや、オレらもそろそろ休憩するつもりだったし、昼飯がてら...な!水戸部」

こくりと頷く水戸部くん。ていうか、昼食も食べずに練習してたのかこの2人は。バスケ大好きか、と呆れた調子で言えば、2人はニコニコ笑顔でモチロン!と叫んだり満足そうにしてたり。小金井もバスケ始めてから、もっと仲良くなったこの2人。そこには私は入れない世界があるので、ちょっとだけ?寂しかったりしたりする。「那雨は?弁当もう食ったの?」「ん。早弁してたから」「うわ〜ふりょー」「...小金井、漫画の見すぎで早弁=授業中に食べるになってない?」
テキトウに話してるうちに、水戸部くんと小金井は昼食の準備を始めた。どうやら持参してきたようで、水戸部くんは手作りのお弁当を広げて、小金井は食堂で買ったと見えるパンを出して。体育館の真ん中で広げるもんだから、なんだかなあ、と思ってしまう。那雨も座れよと言われて、帰るタイミングを逃してしまった。...でもま、正直にいうと、嬉しい。

「日向くんたちは来ないんだね。自主練かー」
「おうよ。2年になってから、1年ボーズ2人に出番とられてっからさ。見返してやんよ!ってヤツ」
「でもさっきも言ったけど、なんかうまくなってない?さっきの1on1、2人ともかっこ良かったし」
「マジで!?気付かねえうちにうまくなってんのかなー、そうだといいなー」

はぐはぐパンを食べる小金井は、ほんとに嬉しそうに左右に揺れ始める。水戸部くんが楽しそうだから...とか微妙な理由で入部したくせに、もう随分のめりこんでるみたいだ。同級生に向ける感情じゃないかもしれないけど、そんなとこちょっと微笑ましい。
...微笑ましい、なあ〜と思いつつ小金井を見てたのちに、ふっと水戸部くんを見たら目が合った。...ううん、合ってしまったというか。いつも何も言わない彼だけど、なんとな〜く、その目が何を言わんとしてるのかは伝わってくる。小金井ほどの以心伝心能力はないから本当に雰囲気程度だけれども。今はその小さな笑みの言いたい事が掴めてしまって、ぎくりと固まった。

...あれ、なんで水戸部くんに微笑ましそうに見られてんだ、私。

「...え、なになに?...あ、トイレ?わかった、もうあんま時間ないし、早く戻ってこいよ〜」

唐突に小金井が喋りだしたかと思えば、水戸部くんが何か言った(?)らしい。えええ、このタイミングでですか、水戸部くん。小金井にこくりと頷いた彼は、もう一度私を見つめてにっこり笑顔。オマケにその大きな手でぽんぽんと私を撫でてから、無言の"仕事人"の彼は体育館から退場した。
...こんな時まで仕事しなくていいのよ水戸部くん。別に私は望んでないのよ水戸部くん。お礼なんてないのよ水戸部くん...いえ、本当に。
胸中複雑ながら小金井に目を戻せば、彼はまだ水戸部くんの後ろ姿に手を振ってる最中だった。...その姿に、またまた少々笑ってしまう。いやあ...我ながら、よくわからない。

好き、なんだろう。でも別に、小金井とどうにかなりたい、というわけじゃない。例えばこんな時間が好きで、あるいは女友達といる時よりも落ち着くなあ、とか思うから。遠くからでも小金井の姿を認めた時とか、いつもほんのり幸せな気分になれるから。好きだなあ、ってのほほんと思い始めたのは、昨日今日の話じゃない。だから今更 告白とかは...正直、考えらんないんだなあ。

「ん?どした?那雨」
「...小金井って、好きな人、いるの?」

水戸部くんの(無言の)気遣いのせいで久々にはっきり自分の気持ちを思い出したから、なんとなくさりげなく聞いてみる。これで「いる」とか言われたら、さすがにダメージ喰らう気がするけど。きょとんとした小金井はえーと、とぽりぽり頬をかいてるだけだし、やっぱあんまり色気なんてなさそうだ。

「なんでまた、急に?」
「...いや、なんとなくだけども。ほら、もう花の高校生だし。青春って何もバスケだけじゃないでしょ?」
「うーん...好きな人、なあ。そりゃまあ、漫画みてーな恋の1つや2つ、したいと思わないこともないけど」

思うんだ。ちょっと驚いて言えば、そりゃオレだって花の高校生だし!と小金井は笑う。次のパンの袋を開けて、一口食べて、宙を眺めるその姿はさながら猫である。その口元のせいで私にはいつも猫に見えるけど。「んー......強いて言うなら」、と小金井は続けた。

「好きなヤツはー...水戸部と、那雨!」
「...ナニソレ、ただ気が許せるメンバーってだけじゃん」
「うわっそういうこと言っちゃう!?オレ今結構 自分で恥ずかしい事言ったなって思ったんだけど!それで片付けられるとか!」

うう、としくしく泣き真似をする小金井にはいはいごめんって、とテキトウに慰めた。内心うきうきだけどもね。ここでいきなり、那雨のことが好きだよ、とか言われるよりよっぽど嬉しいかもしれない。小金井もこういう時間が好きだって思ってくれてんだな。水戸部くんも、そうだろうか。
「じゃあ、那雨は?」と聞いてくる声に思わずむせた。いや、自然な流れだ、気にするな私!

「だ、だいじょぶか?」
「ああうん、平気、ごめん...。私に?好きな人?」
「うん。那雨なんて、花の"女子"高生じゃん!女友達と恋バナとかしたりすんじゃねーの?」

何気なく言ってるんだろうけども、うーん、この展開は色々辛いものがある。小金井には私に好きな人がいてもいいらしい。そりゃまあ、変な期待は最初っからしてなかったけどね。「いやあ、私はそーいうの、苦手だし...」ありきたりなこと言いつつ小金井を伺うと、「やっぱ那雨は色気ねーなあ」とか失礼なことを意言いやがった。くそう、私はお前のことが好きなんだぞ。そういうところも含めてだけど!

「...じゃ私も、強いて言うなら小金井と水戸部くんってことで」

当たり障りのない言葉でそろそろオチをつけとこう。これ以上根掘り葉掘り訊かれたらボロがでそうだ。小金井のほうも特になんとも思わなかったみたいで、「そっかー、じゃあ相思相愛だなオレら!...いや、水戸部はわかんねえけど...うーん、後で聞いてみようぜー那雨!」とか、人の気も知らずに宣いなさる。この猫め、飄々としすぎだもう。いくら付き合いが長くても、尻尾を捕まえるのは骨が折れそうだ。

「お!おかえりー水戸部!あのさあ...」

昼休みが終わる5分前。仕事人の彼はギリギリまで勤務を行ったらしい...気を使いすぎだよ。
小金井が水戸部くんにたった今の話をしてるのを小耳に、私はふーっと溜め息をついて丸くなった。なんか、色々HPを削られた気分だよ水戸部くん。とかなんとか思ってると、またもやぽんぽんと私の頭を撫でる手が。恐る恐る見上げると、そこには優し気な苦笑が。

頑張れ、って。いやいや、そんなあからさまに残念そうな顔をしなくても...。
...うん、でもね水戸部くん、暫くはやっぱり。

「なに水戸部、那雨って頭撫でたくなるの?マジで?」
「わっちょっとやめてよ小金井!」
「水戸部はよくてオレは駄目!?」
「え、いや、あのー...笑うなそこ水戸部くん!!」

3人でこうやって馬鹿騒ぎしたりする時間が、一番 幸せですよ。


 
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