誰もがその光景をただ見つめていた。
須佐能乎の剣に、朱色のチャクラが降りてきた。まるで待ち侘びていたかのように、呼応するかのように、自然と須佐能乎に神鳥のチャクラが馴染んだ。
オビト自身にももちろんまだ、朱雀の気配は残っている。だけれど、垂れ流しになっていたものだけは全て、サスケの須佐能乎が完全にまとった。

「…なんて…素晴らしい」

ずっとそれを研究してきた大蛇丸は目を細める。

「どういうことだ…」

オビトは動揺を口にする。

「…サスケくんが、カナの力を…」

シカマルを介抱しているままのサクラも目を見開いてそれを見つめていた。
目に涙を残すナルトも、息を呑んでそれを見守っていた。両手を地面について、折れかけてしまった心が、再び戻りつつあるのをどこかで感じていた。

サスケはそのどれもに視線を返さなかった。
ただ、目を瞑って、たった今自分を覆っている、ずっと隣で慣れ親しんできたチャクラを感じる。


『(…サスケ。今だけは私の代わりに…よろしくね)』


頭に声が聴こえた。
───その言葉に、サスケはしょうがなさげに、口元に笑みを浮かべてやった。

その力を纏いながら、須佐能乎の剣が一閃、横一文字に斬った。
神樹の枝がひとつ、無惨にも斬り刻まれたのと同時。

剣から放たれた神鳥のチャクラが、風のように地上に流れていく。
その光景を連合のみなは既に一度見ている。


「これって…」
「あん時と同じ…神鳥の“安定”のチャクラか…!?」

チョウジが呆然と呟いて、キバが確信を持ってシカマルの顔を覗き込んだ。
十尾の最終形態前、挿し木が放たれネジが戦闘不能に陥った時も、同じように神鳥のチャクラを受けた。完全に死に至る前であったら、その力はチャクラの流れを戻してくれるほどの安定をもたらす。
───シカマルの体が動く。周囲に見守られながら、ゆっくりと自分から上体を起こした。

「シカマル…!」
「…サスケ越しってのが気に食わねえけど…カナの想いに、また、助けられたか…」

まだ完全に回復しきったわけでもないけれど、それでもその顔に生気が戻った。
シカマルが見渡す先でも同じような者たちがたくさんいる。それぞれが手近な者たちに介抱されながら、確かに意識を取り戻していく。


「すご…香燐の回復能力、顔負けじゃん」
「水月てめー!別にそこウチと比較しなくてもいーだろ!」

先ほど、大蛇丸と共に戦場にたどり着いていた“鷹”水月と香燐が空気の読めない感想を溢す。同じようにひっそりとサスケの傍にいた重吾も、須佐能乎の中のサスケを見上げながら、「サスケが何故、神鳥を…」と疑問を口にした。
大蛇丸がそれに応える。

「オビトの中で、カナの意思は残っているということよ…。空に垂れ流していたのはカナの意思…そしてカナはそれを使ってくれる者を待っていたのでしょう…。サスケくんならカナが任せないはずもないわ」

挿し木の時と違い、今回は純粋な負傷者は少ない。チャクラを吸い取られていただけだから、神鳥のチャクラの断片だけでもあれば、多くの者が立ち上がれる。
マダラと対峙しながらそれを見ていた柱間は、口の端を上げた。再びマダラへと視線を戻す。

「シギの意志は生きているぞ……マダラ」

マダラはその写輪眼をサスケに向けていた。───うちはの人間が、風羽の力を使うその光景を目を細めて見る。

「うちはと風羽が交わるのは、必然か…」


「………サスケ」

ナルトの口がようやく言葉を発する。ナルトはまだ両膝を地面につけたままだった。しかし、ぐっと歯を食いしばって、ダン、っと片足でしっかりと地面を踏みしめた。
須佐能乎に包まれるサスケの背中を見つめる。

「やっぱ、カナの心を察するのは、お前よりはヘタだってばよ…悔しいけど」
「…フン。諦めたんじゃなかったのか」
「…カナがまだオビトの中で闘おうとしてる…諦めてねえ仲間がいるんだ…」

また、カナの想いが多くの忍たちのつながりを繋いだ。

「伝えられるなら、カナに礼を言っといてくれってばよ、サスケ…!オレもまだ、諦めるわけにはいかねえ!!」


つながる。つながっていく。忍の数だけ、色濃く強くつながりは絡まる。
サスケが一番最初に。そして続いて、ナルトがその横に。
その身体に再び誰もの心を照らす九尾チャクラが宿る。───立ち上がる。

そうすると、今まで顔を伏せていた者たちも、励まされる。顔を上げる。自分たちの心を煌々と太陽のように照らす金色に勇気づけられる。
立ち上がる。
チャクラを失いかけていた者たちも、神鳥のチャクラを受け取り、まだ諦めない。よろめきながらも、立ち上がる。

連合の忍たちに九尾のチャクラが戻っていく。神鳥のチャクラを上書きするように、荒々しくも力強い尾獣のチャクラに守られる。


「…何度も…何度も…。うずまきナルト…!」


そのつながっていく様を、オビトは見下ろしていた。
多くの忍たちが立ち上がっていく。そこに、今までいなかった者たちも加わり出す。


「…繋がれたからには、オレも立たないわけにはいかないからな…」

同じくオビトを睨んでいたヒナタが真っ先に振り向いた。その目が見開かれる。

「ネジ兄さん…!身体は!?」
「もちろん、本調子ではないが…起きた以上、オレもまだ闘うまでだ」

ネジの後ろには、挿し木で深傷を負ってからずっと治療されていた他の者たちも、そしてその必死に手当てしていた医療忍者たちも戻ってきている。


───そして。まだ、繋ぐべき者たちが現れる。
ナルトとサスケの後方、そして連合軍のみなの前に、突如として朱色の羽根が出現する。小さいながらもとてつもない存在感を放ちながら。

“神位のトバネ”は、まだもう一枚残っていた。


「───五影様たち!!!」


みんなの歓声が上がった。
朱色のチャクラに導かれて現れたのは、五人の影。
ここより遠い戦場でマダラによって戦闘不能にされていた彼らが、大蛇丸の手を借り、そして綱手が全員を回復させてやっと、この場に姿を現した。
我愛羅の持っていたトバネが、役目を終えて消え失せる。

「……待たせてすまない」



世界の命運を分けるこの戦場に、今、闘える全ての者たちが揃った。
木ノ葉も砂も霧も雲も岩もなく、全員が”忍”を掲げて同じ方向を見ている。そこには裏も打算もなく、ただ誰もが未来の夢を見て。

柱間の身体が打ち震えた。この光景は柱間が、初代火影として、今目の前にいるマダラと共に追った夢だった。そして生きているうちには遂に叶えられなかった…二度と見るはずのなかった未来の姿。

「頼む…我らの愛すべき子供たちよ」

その口が言う。


「今こそ…我ら”忍”の痛みから、苦悩から、挫折から!───紡いでみせてくれ!!我ら”忍”の、本当の夢を!!」


この戦争を終わらせたのち、大国の争いは必ずやなくなるだろう。だからこそ、負けられない。その夢を掴み取るために。



ーーー第八十三話 ちゃんと見てた



カナの膝ががくりと折れた。慌てたのはもちろん、たった今までその体に身を寄せていたリンだ。

「カナッ…!大丈夫…!?」
「うん…、大丈夫…」
「って、大丈夫って聞かれて、それ以外で返すわけないよね…!あんな…あんなに力を」

リンがカナの顔を覗き込む。カナの顔は想像以上に蒼白だった。この戦争が始まってから一番消耗している。それでもまだ口元に笑みを浮かべて、大丈夫だよ、と繰り返す。
リンはその顔をじっと見つめて唇を噛んだ。

「元々私、医療忍者だったんだよ…強がられても、どんな状態かくらい、分かる…」
「…」
「カナ…あなたの神鳥は今、ほとんどをオビトに奪られたはず…。それでもまだあなたが神鳥の力を使えたのは、カナ自身のチャクラにくっついたままほんの少し残ってた分があるから、ってだけでしょ…」
「…よく分かるね…」
「それも全部使っちゃったら、カナ自身のチャクラも引っ張られて無くなってしまう…!そしたら…」

続けようとするリンの口を、カナは優しく押さえた。リンは目を丸めてカナの微笑みを見る。

「大丈夫。死ぬ気はないから」
「……」
「まあ、いざとなったらどうするかは…その時にならないと分からないけど。でも私ももう、自分も含めて、明るい未来を諦めないから」

本心からの言葉だ。カナはもう、自分のこともきちんと大切にできる。仲間に想われていることは分かっている。そうして助け合った先の未来に辿り着くために、この戦争を諦めていないのだ。

「ナルトが…また立ち上がった…もう、きっと折れないでいてくれるよ、リン」

カナが瞼の裏に戦争を見るように、リンにもきっとオビトを通して現実が見えている。息を呑んでいたリンは、やっと軽く息を吐いて、こくりと小さく頷いた。

「…オビトに似ている子」
「…うん」
「火影を夢見て…みんなを照らす、明るい子……うずまきナルトくんは、きっと」
「絶対…オビトさんにも手を伸ばす」

それは確信だった。
何度、何度倒れても。何度心が折れかけても、ナルトは必ず立ち上がる。
ナルト自身の心の強さももちろんある。
だけれど何より、みんながそんなナルトを見て、ナルトを助けたくなるから。
そんな仲間が今は、ナルトのそばにたくさんいる。

「絶対………手が届く」



瞼の裏の現実では、オビトがまたナルトを解き伏そうとしている。

───何故起き上がる?お前は何のために戦っているというんだ?仲間のためか、それとも、この世界の為か?

オビトの顔には焦燥に近いものが浮かんでいるように思える。

───またいつ仲間がお前を裏切るかも分からない…連合がまたいつ戦争をするかも分からない。そして何より、このオレに勝てるかも分からない……!

オビト自身も分かっているだろう。ナルトが自分に似ていることを。この戦争の最中、何度もナルトに自分を重ねたことを。オビトが走っていたかもしれない明るい道がそこにあることを。

───こんな世界の為に、もう戦う意味はないはずだ……もう、この世界も数分で終わる……そうまでして、何故戦う!?

ただ、オビトは分かりたくないだけなのだろう。
目の前で、何度倒れようと、再び立ち上がるナルトのその姿こそが、自分がなりたかったものだということを。



「まっすぐ自分の言葉を曲げない……それが、ナルトの忍道だから」

何度も自分に手を伸ばしてくれたナルトの言葉を、カナは大切そうに唱えた。

「だから……多分、もうすぐお別れになると思う……リン」
「……うん」
「………」
「…ふふ。自分で言っておいて、なんでそんなに悲しそうな顔するの?」
「…だって…」
「私のためにそんなに悲しそうな顔をしなくていいんだよ、カナ……あなたは私やオビトのために頑張ってくれたんだから」

リンの小さな手がカナの手を包み込む。


「ありがとう」


心の底から絞り出すような声。たった一人重たい過去をずっと背負っていたリンは、やっとその荷を少しだけ分けあえることができた。やっと救われたのだ。
カナは目を伏せて、口の端を上げた。うん、と返す。

死んでいるはずの少女との、あり得なかったはずの出逢いは、もうすぐ終わる。目の前にいる存在は確かでも、もうその命にまで手を伸ばすことはできない。



───よっしゃあー!!みんなァ!!一斉にせーのォでいくってばよ!!



ナルトの声が一層近くで聴こえたような気がした。
カナもリンも、顔を上げる。そこにナルトの顔が浮かぶような気がする。

ナルトの手がまさに今、オビトに届いたのだ。
その手がオビトの中の尾獣たちのチャクラを引いている。そのナルトのチャクラを伝って、そこに集う全忍たちが綱引きに力を貸している。つまり、神鳥も、そしてカナの存在も引っ張られる。



───せーーーのォ!!!



呼ばれている。


「カナ。最後に、伝言を頼んでもいい?」


もう今にも消えるだろうカナに、リンは最後と言って、なんの心残りもない笑顔をこぼした。
一人の忍に深く愛された少女の笑顔の、なんと綺麗なことだろうか。弧を描いたその口が、静かに言葉を唱えた。


「──────」


消えるその直前に、カナは確かにその言葉を心にしまった。じんわりと熱くなる瞳は目を瞑ってしまい込む。
必ず伝える、という小さな頷きだけを残して───カナの姿はそこから消えた。


「……ありがとう」

残されたリンは、笑顔の端で唇を噛む。それでも最後まで笑って見送った。
出逢うはずがなかった未来の世代に全てを託して。



そのあとリンは、こことは別の世界の、二人の忍の対話を見た。

うちはオビト。
うずまきナルト。

繋がったチャクラの中で夢を見る。ナルトの言葉が、オビトに……届いた。





「抜けたァーーー!!!」


ナルトの声が、忍たちの歓声が、耳に届いた。
吐き出されるような感覚を得て、カナはうっすらと瞼を上げる。宙に吐き出されて、眼前に広がった夜空が急速に離れていく。

周囲には多くの気配があった。ナルトと連合の者たちはもちろん、その彼らに引っ張られて、十尾の人柱力から抜け出せた尾獣たち。神鳥・朱雀も同じように、朱色を羽ばたかせて姿を現している。

「(……戻ってきたんだ)」

一人、銀色が落ちていく。その時、力強い腕がカナの体を空中で抱き留めた。

「サスケ……」
「……ナルトから伝言だ。礼を伝えておいてくれと」

言われて、カナは目を細めて笑った。
二人の体はそのまま地面に降りて行く。地上に着地したサスケは、そのまま無言でカナの体を地面に横たえさせた。その足ですぐ立ち上がる。

「お前はここにいろ」

そしてすぐ走り出したサスケの背中をカナはもちろん目で追った。消耗しているとはいえ、動けないわけじゃない。
上体を起こして状況を理解したカナは、ハッとして叫んだ。

「…!サスケ!待って!!」



───忍連合軍に囲まれる中、十尾を抜かれ、満足に体を動かせなくなったオビトは、無防備に体を横たえていた。
ナルトが黙って見つめていた横をサスケが通り過ぎる。ナルトも反応して止めようとするも間に合わない。サスケはもう刀にその手をかけている。

「サスケェ!!!」

止めたのはナルトでもカナでもなく、オビトの上に突如出現した渦だった。


「…カカシ」
「サスケ……積もる話は後だ…急に出てきてすまないが」

神威の異空間で回復を待っていたカカシが、今この時出てきた。オビトの上に馬乗りになり、その手にはクナイを持っている。

「かつて、同期で友であったオレに…コイツのけじめをつけさせてくれ」
「カカシ先生!そいつは今…!」

しかしその手もまた、誰かが止めた。何も言わずにただ自分の最期を受け止めていたオビトの瞳に、温かい閃光が映っていた。



「ヤツにとどめを刺す時だ!!行くぞ!!」

周囲で見ていた連合のみなには各々の心情など知りようもない。うちはオビトが多くのものを手にかけてきたことは否定しようもない。
誰かが声をあげたのを皮切りに、全員が今にも動こうとした。だが、その全員に届くように、今までにないほどの声量で───カナが叫んだ。

「待って!!!!!」

一瞬、誰の喉から出たのか分からないほどの気迫に、誰もの視線が集中する。
声の中心にいたカナにはもう誰もが助けられた。だからこそ、全員がその声に止まった。全員の視線の中で、カナはゆっくりと立ち上がっていた。

「……待って、ください。全員で向かう必要は、ないんですから」

オビトが許されるわけではない。ここにいる忍は多くが奪われた者たちだ。だからこそ、カナは言葉を選ぶ。

「けじめをつけるのは、彼らだけで充分です……」



カカシの手を止めていたミナトは、カナの声を聞いて、小さく口に弧を描いた。

「ナルトといい…彼女といい…。強くて良い教え子を持ったみたいだね…カカシ」
「……」
「自分の息子を良い教え子、というのは親バカかな?」
「…父ちゃん…!」
「ナルト。お前はサスケくんと連合を連れて、初代様のサポートへ行ってくれ。マダラを封印するんだ」
「あ!そっか!アイツがまだだ!」

ナルトは素直にハッとして、くるっと踵を返した。「行くぞサスケ!」とすぐに隣に声をかけて動き出した。

ナルトの号令に従って、連合の忍たちはオビトから離れていく。喧騒がこの場から遠ざかっていく。ナルトを筆頭に、サスケも少し遅れてではあるが、木龍と須佐能乎が争っている場所へとみなが動き出す。

「………」

カナの足だけが、オビトたちから十メートル近くは離れているものの、そこから動き出さないでいた。



カナの視線の先で、ミナトの手はまだカカシの腕を掴んだままだった。去っていくナルトの背中を見ながら、ミナトは、覚えてるかい、と静かに問いかける。

「今のナルトよりもまだ小さかったかな…四人でこなした任務の数々を。リンは…医療忍者として、キミたち二人を必死に守ってた……こんな状態を望んじゃいなかっただろうね」

リン。
その名前は、カカシとオビトにとって永遠に大切な名前。
ミナトの掴んでいたカカシの腕から力が消えた。ミナトはそれを確かめて、そっとその手を離す。カカシの腕は項垂れた。

「でも、そうさせてしまったのは、オレの責任だ…」

リンが死んだその時、ミナトはその近くにも居れなかった。

「死んだはずのオレが、キミたちの前にこうして立っているのは偶然じゃない…リンがそうさせたのかもね。先生のくせに何やってんだって…。……リンを守れなくてすまなかった……」
「………リンは」
「!」
「オレにとっての、唯一の光明だった」

オビトの口がゆっくりと語る。

「リンを失ってのち…オレの見る世界は変わってしまった。真っ暗な地獄だ……この世界に希望はない。マダラに成り代わって世界を歩いたが、さらにそれを確信するだけだった。この写輪眼をもってしても、結局は何も見えなかった…なにも無かった」

だから最初から全てを創り直そうとした。オビトが信じた、幸せな未来を。それがオビトの新たな道だった。

「……オレも、正しい道なんてものは分からない」

言ったのはようやくカカシだった。

「確かに、お前の歩こうとしたのも一つの道だろう……本当は間違いじゃないのかもしれない」

カカシにももうオビトの心は分かっている。カカシも歩きあり得た道の可能性。カカシも多くを失ってきた……リンも、ミナトも、そして目の前にいるオビトのことも失ったと思っていたから。闇を見たのはカカシだって同じだった。
だけど、とカカシは繋げる。

「正しさなんてのはハッキリとは分からないが……眼をこらして見ようとはしたんだ。お前がくれた写輪眼と、言葉があれば、見える気がしたんだよ…」

カカシが見た光明は、このオビトと似ている、ナルトだった。

「それがナルトだってのか……ナルトの道が失敗しないと何故言い切れる?」
「いや…アイツも失敗するかもしれないよ…そりゃね。でもオビト、今のお前よりはきっと失敗しないと言い切れる」
「…何故だ?」

カカシは不意に立ち上がる。オビトから体を退き、視線を上げた。
───カナはまだ動いていない。ただ黙ってオビトを見つめていた。だが、カカシの視線を感じて、カナも目を上げた。
カカシは表情を綻ばせた。

「アイツが道をつまずきそうなら…オレが助けるからだ。それにオレだけじゃない、仲間たちが助けようと手を伸ばすからだ」
「…何故…ヤツを助ける…?」

カカシにじっと見つめられて、カナの足が躊躇いながらも近づいてくる。
オビトもその足音に気づいて目線を送った。ミナトは何も言わずにカナの存在を迎え入れる。カナの頭に手を伸ばしたカカシは、手が届くようになった存在を深く感じた。

「ナルトが助けるからだ」
「…!」
「どれだけ暗い闇に囚われようと…絶望しようと…ナルトは仲間を大切にして、つながりを守るために、最後まで諦めようとしない。そして自分の夢も…現実も、諦めたりしない……そういうやつだからさ」

カカシの手で髪をくしゃりと撫でられながら、まさにナルトに助けられてこの場にいるカナは、確かに頷いた。

「…この真っ暗な地獄に…本当にそんな希望の道があると…」
「お前だって見ようとすれば見えたはずだ…オレとお前は同じ目を持ってんだからな。信じる仲間が集まれば、希望も形となって見えてくる…オレはそう思うんだよ、オビト」

オビトはぼんやりと暗い空を見上げる。沈黙のあと、かもな、と呟いたその心はもう、敗北を認めていた。



「あなたを助けられなくてごめんって……言ってました」

カナが不意に、そして意を決してようやく言った言葉は、誰にもすぐ理解はできなかった。
オビトもカカシもミナトもただ黙ってカナを見る。カナはオビトを真っ直ぐ見下ろす。栗色の少女の最後の微笑みを思い出しながら。

「ごめんね、だけど───ちゃんと見てたよって」

オビトの目がぴくりと動いた。ゆっくりと、ゆっくりと、目を見開いていく。
その言葉を、オビトは聞いたことがある。何も特別な言い回しではないけれど、愛した少女の言葉の一言一句をオビトが忘れるはずがない。


「”オビトのこと、ずっとちゃんと見てたんだよ”って」


───ちゃんと見てんだから。


受けた傷を隠し通そうとした幼いオビトに、リンが言った言葉だった。
私がこれからもちゃんと見とくから、火影になって、カッコよく世界を救うとこ見せてと、リンは言っていた。

カナがそれを知るはずがない。そのカナがそれを言う。

「カナ………それは」
「あなたの中で会えた、リンからの伝言です。……もうリンを泣かせないでくださいね」

ほんの一筋の涙が、オビトの頬を流れた。


 
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