オビトの体から溢れる神鳥のチャクラは、ずっと天に登っていた。延々と垂れ流すかのごとく、朱色の光が天を覆い始める。

「これってば…カナの…!」
「…神鳥…明け渡されたか…まさか、神人の子の意識が、消えたのか」
「いや…違う」

カナが完全に呑み込まれてしまった為か。そう危惧して言ったミナトのその言葉を、否定したのはサスケ。ほとんど確信に近い声色で、完全に十尾の人柱力と化したオビトを見つめた。

「カナの声が聞こえた…アイツは恐らく、自分から十尾の力を制御させた」
「……」
「うちはオビトという男を憐れんだ…そういうヤツだ。アイツは」
「…オレもそう思うってばよ」

視線の先で、自我を取り戻したオビトが薄く笑う。

「そのせいでお前たちは無限月読を喰らうことになるのだがな」

だが、対するナルトもまるで引け目をとらない。

「呑み込まれたてめーが周囲をメチャクチャにするよか、その月読を発動する前にオレらがてめーを止めるほうが、ずっと良い結果になるってばよ。それにオレは、ちゃんと“お前”を止めてェんだ…オビト!!」

十尾の人柱力戦が始まる。



ーーー第八十二話 もうひとつの物語



明るくなった世界で、カナは暫く何も言えなかった。
無言の状況で、ただひたすらににっこりと笑っている少女が目の前にいる。
歳のころはカナよりも二、三は下だろうか。ちょうどカナとサスケが木ノ葉を抜けた頃のような。

「キミは…」
「あ、ごめん、驚いたよね。私、リンっていうの」

リン。何度かオビトの口から聞いた名前。
カナはおずおずとまだ手に持っていた写真に目を落とす。見比べるまでもなく、ここに写っている少女だ。

「リン…ちゃん?」
「あはは、リンでいいよ。ね、それ見てもいい?」
「あ、うん…」

頭がついていかないカナは、言われるがまま写真を少女、リンに手渡した。
受け取ったリンは、とても大事な何かを扱うように両手で写真の端を包む。慈愛に満ちた視線がしばらく写真を見つめていた。

「…ありがとう、これを直してくれて」
「……」
「優しい子なんだね、カナは」

この不思議な空間で、何で自分の名前を知っているのかとは、カナも聞かなかった。

「オビトが崩壊しそうになったのを、助けてくれた…。オビトをオビトでいさせてくれた。本当にありがとう」
「そんな…これは、優しいだなんて言えないよ。だって」

カナはすっと目を閉じる。こうすると何故か現実なのだろう戦場の様子が映る。うちはオビトは自我を取り戻している。そして再びナルトたち連合軍との戦いを始めてしまった。

「敵なのに、助けてしまったようなもの…。散々言われてるのに…私は甘いだけだ」
「ううん。カナは本当に正しいことをしたと思うよ」
「…どうしてそう言い切れるの?」
「あのままオビトがオビトじゃなくなってたら、オビトは本当に何の感情もない、ただの殺戮兵器になってしまっていた。そうしたら、本当に手がつけられなくなっちゃってた…人間じゃない人は、止められない。殺すまで…救えないもの」

リンは悲しそうに目を伏せる。カナはその様子をじっと見つめた。
写真の中の少女と全く同じ姿のリン。今は忍界全体の敵であるうちはオビトを、オビト、と親しみを込めて呼んでいる理由は。

「キミは…だれ?」

リンはきょとんとして、またにっこりと微笑んだ。

「私の名前はのはらリン」
「えっと…」
「あ、そういうことじゃない?そうだよね。…カカシとオビトの、チームメイトだったの」
「!」
「見ての通り、カナの年齢よりもだいぶ前に死んじゃったから、見た目ずっとこのまんまなんだけどね」

なんてことないように言うリンには、もう悲しみは感じられないが、カナにとってはそうではない。
カナは慌てて、「ご、ごめんなさい、私」と話し方も取り繕ったが、リンは「気にしなくていいよ!」とやはり明るく笑った。その明るさが更にカナの胸中を突き刺す。
自分が死んだと理解した上で、こうやって意識のみ残っているのはどれだけ心が痛いだろう。

「…亡くなってから…ずっと、ここにいるの?一人で…」

カナの口がおずおずと尋ねると、リンは少し目を伏せた。

「…実は、私にも分からないんだ」
「え…?」
「分かるのはね…オビトが、ずっとずっと、私を想ってくれてるってこと。ここにいる私は…本来の私なのか、それともただオビトが想像してるリンという存在が残ってるだけなのか、それは私にも分からないけど…」

その言葉でカナも理解する。オビトの面が取れてから見えていた、その写輪眼の奥で誰かを渇望していた、その誰かは、このリンという少女なのだ。

「でも少なくとも、生きてる頃の私と、今の私は変わらない。ずっと大事なの。カカシのことも…オビトのことも」

初対面のカナでさえ、こうして心を朗らかにしてくれる少女は、きっとかつてオビトが一番大切にしていた人だった。
全部は聞かなくても、なんとなく分かってしまう。うちはオビトという男の野望の理由。のはらリンという失われた少女の存在。

「…リン、あなたが、うちはオビトが取り戻したかった人なんだね」

カナの言った言葉はなにも間違いないのだろう。リンは悲しそうに笑って、小さく頷いた。自分で言うのもなんだけどね、と少しだけ恥じらいも滲ませながら。

「オビトは…ずっと私のことを想ってくれてる。だから私はここにずっといる…なのに、なんでかずっと会えないんだ。私はここにいるだけ…ずっとオビトを見守ってるだけ」
「…そんな…」
「初めてなの、ここに人が来たの」

そう言ったリンはじっとカナを見つめた。無垢な瞳に見つめられて、カナは分かりやすく狼狽える。
カカシと同期のチームメイトということなので、本来ならずっと年上のはずの女の子だ。リンのほうが強引にカナにずいっと近づき、カナの腕を引っ張った。

「そういうわけで、久しぶりに人と話せて、すっごく嬉しいの!」
「え、」
「カナも急いでるとは思うんだけど、ちょっとだけ私の思い出話を聞いてくれる?」

そんなふうにねだられればカナも断れない。
引っ張られるがままにリンの隣に座ってしまう。明るい空間でどこが床だかも分かりはしないが、なんだか体全体が陽だまりに包まれたみたいに暖かだった。
そうして有無を言わさず話し始めたリンの、その口が紡ぐ長い話を、カナは黙って聞き入った。

それは、長い長い、もうひとつの物語。



数多の十尾の分裂体は消えた。戦場では、今までの混乱の乱戦はなくなり、相対する忍連合の敵は再びたった二人───マダラとオビトとなった。
マダラは柱間が一人、相手取っている。巨大な木龍と須佐能乎の争いには何人たりとも手出しすることはできない。そして十尾の人柱力となったオビトに対しても、今、歴代火影たちとナルト・サスケ以外には相手として務まらない。

連合軍の忍たちはそれでも、息を呑んで戦火を見守り、自分たちが助けられるタイミングは今かいまかと常に気を張っている。
それは、いのの心伝身の術を使い、シカマルがみなに心を伝えたから。

───小さな力でも…要は使いようだ。役に立たねえかもしれねえが、役に立つ時が来るかも分からねえ。そしてその時があるなら…その力が、世界を左右することになる!


「ナルト…サスケくん…」

後方で負傷者たちを癒しているサクラ。その隣には、白眼で遠方を見通せるヒナタがいる。

「ヒナタ、二人は…?」

言われるまでもなくじっと状況を見ていたヒナタは、少しだけ躊躇いながら呟いた。

「…二人…笑ってる…」
「え?」
「…何でだろうね…こんな状況なのに…でも、ナルトくんとサスケくんの気持ち、わかる気がする…」

十尾の人柱力の力は圧倒的だった。間違いなく、これまで戦った誰よりも最強の相手だった。そんな絶望を前にして、二人は口もとに笑みを浮かべて戦っている。きっと本人たちに自覚はないんだろうけれど。

「…私も、カナちゃんと戦ってる時…今の二人と同じ気持ちだった気がするの」
「…そっか……。…そうね」

サクラもまた、第七班で背中を合わせた時、高揚感で笑っていたから、頷けた。少し目を伏せて笑ったサクラは、それからすっと上空を見上げた。
サクラにはオビトの姿は見える距離ではない。だが、オビトから───正確には、オビトの中のカナから溢れているのだろう、神鳥の朱色のチャクラがずっと空に蔓延っている。

「…ヒナタ、カナの気配はある?」

ヒナタの返事はすぐには無かった。サクラから顔を背けて、首を横に振る。

「さすがに、人柱力の中までは見えないの…カナちゃんが…今どんな状態なのかは分からない…」
「…そうよね」
「……」
「…大丈夫よ、ヒナタ」

あからさまに落ち込んだヒナタに、サクラは強く言う。それは根拠のない励ましなどではない。

「ナルトとサスケくんが笑ってるなら。…二人には、きっと確信がある。カナを取り戻せるっていう確信を持って、戦ってる。それだけは分かるから…安心して、二人に任せましょ」
「…うん。そうだよね」

今、驚異的な力を持つ敵を前に、サクラやヒナタにできることはない。力になれる時を待つしかない。だけれど、信じている。ナルトやサスケや、偉大なる火影たちのことを。



ナルトたちはようやく、十尾の人柱力の弱点を見極めていた。
普通の忍術は全て弾き返されてしまった。だが、仙術───この場ではナルトだけが唯一使える仙術チャクラでの攻撃であれば、オビトに手が届いたのだ。

再び強大な力の尾獣玉をいくつ作られようとも。そして今度こそ全員が尾獣玉から逃れられぬように、連合軍全体を囲う結界を作られようとも。
ナルトはミナトと拳を合わせてオビトを睨み据える。

オビトは、この尾獣玉が今にも爆発する結界の中、その親子を見下ろしていた。

「ナルト…そいつは何もできない…お前の母を守れもしなかった…」

己の部下も、とオビトの口が重々しく言う。

「…明日が何の日か知ってるな」
「……」
「ミナトとクシナの命日だ。両親の死んだ日だ……死ねば終わりだ。この世は、」
「そうだった…なら明日は、オレの生まれた日だ」
「!」
「いいか…終わりじゃねえ───オレがこの世にいる!!」


どんな状況だろうと、明るい未来を諦めない。
尾獣玉は確かに結界内で爆発した。逃げ場などどこにもないはずだった。
だが、親子が拳を合わせてチャクラを繋げたことで、連合のみなに渡した九尾チャクラから間接的にミナトのチャクラが伝わり、ミナトの十八番・瞬身の術で全員を結界から逃がしたのだった。

だが、オビトもまた、これ以上ナルトたちに猶予を与える気はなかった。

その両手を合掌させる。
すると、地面から凄まじい振動が起こり、果てしなく巨大な樹が生え始めていた。

それこそが、十尾の最終形態。
本当のこの忍の世の始まりの時、今はチャクラと呼ばれる力を人間に奪われた存在。

夜空に浮かぶ月にまで届かんとする大木───“神樹”。

時は、無限月読発動の一歩手前というところまで来ていた。

「もう…じっとしていろ…」

オビトは言う。

「お前らは……充分、耐え忍んだ」






うちはオビト。
その名を持った男の生き様。
本当なら、明るい道を歩み続けていたはずの彼は、まだその歳が十と少しを過ぎてから、一歩、一歩と、暗い道のりを進んでいった。

初めは、ただ火影に憧れる少年だった。チームメイトのライバルと切磋琢磨しながら、いつまでも続く忍界大戦を終わらせる救世主になるのだと、強い意志を掲げていた。

だが、その戦争がそこに暗い影を落とした。うちはオビトは、その時一度、死んだ───木ノ葉隠れにはその時、オビトの墓標が立った。
死んだと思われたその命を拾ったのは、もうこの世にいるはずもなかったうちはマダラであったから、オビトの生も明るみに出なかったのだ。

本当は生きていたオビトは、それでももちろん、戻ろうとした。仲間の元へ…何より、一番大切な存在の少女の元へ。

しかし、その道を閉ざしたのが、その少女の死だった。

オビトはその瞬間、自分の死よりも深い、この世への失望を抱えた。
両親の愛も知らず生きてきた少年に、一番愛情をくれた少女の死は、想像を絶するほどの絶望を抱かせた。


『リン………もう一度………もう一度、きみの居る世界を創ろう』


───無限月読は、うちはマダラが彼に与えた、唯一絶対的な一択だった。

リンが生きている世界を再構築する。自分がかつて幸せだった世界を取り戻す。
そして、かつて救世主を目指した者として、そういう“幸せな世界”を他者にも与えてやる。戦争ばかりの、争ってばかりの忍界に、有無を言わさぬ幸福を蔓延させる。

それが、救いなのだと、信じて。

これがもう一つの物語。
一人の少女の死から始まった、深い愛情を失った少年の起こした、永く哀しい闘いの真相だった。


「…泣いてくれるの?カナ」

全てを話し終えたリンは、隣に座る銀色の髪に肩を寄せた。もう十数年前に死んだはずのリンには、その温もりが分かるわけではないけれど。
片手で目元を覆っているカナの肩は震えている。嗚咽を噛み殺している。リンはそれを感じながら目を閉じる。

「私も、こんな存在になってから、ずっと泣いたよ…もう、最初に泣き過ぎて、しばらく泣いてなかったんだけど…」

その頬に一筋だけ涙が落ちる。

「泣いてくれる人がいると、私も一緒に泣いちゃうなあ…」
「ッ……」
「…ありがとうね、カナ。ここに来てくれて…って、カナが来たかったわけじゃないと思うけど。オビトが呑み込んじゃっただけだよね」

涙を払いながら軽く笑うリン。カナもようやく手で涙を拭き取り、ううん、と強く頭を横に振った。赤みの残る瞳でリンに微笑む。

「私も来れて良かった。リン…あなたに会えて良かった」

心の底からカナは言う。
ここに来れなければ、この戦争が終わってもずっと、オビトという男のことを理解できなかっただろう。

「オビトという人を、知れて良かった」

ここでリンに会わなければ、彼の生き様を知らぬまま、争いの決着を迎えねばならなかった。長く苦しんだ一人の男の生き様が、誰にも知られないのは、あまりにも哀しい。

「本当に…そう思ってくれる?オビトのことも…」

リンの唇が震える。カナは数秒目を瞑り、それから静かに言葉を紡ぐ。

「…もちろん、彼のしてきたことは…どうしても…ゆるされることではないと思う…」

哀しい真相があったとしても。
その壮絶な過去を背景に、オビトは木ノ葉を九尾に襲わせ、木ノ葉では四代目火影夫妻を筆頭に多数の死者を出した。それを皮切りに、“暁”という犯罪者組織を作り、忍界全体を支配するために、九匹の尾獣を我が物にしようとし、各忍里の争いを激化させた。
最終的な理想を得るために、多くの人々が犠牲になってきたのだ。

そして…カナ自身も。

「……そうだよね。カナだって…記憶まで奪われて、うちはサスケくんから遠ざけられて…オビトのこと、恨んでるよね…」

───まさに今想像した人の名前を出されて、カナは目を瞬いた。そして、薄く目を細める。

「…でもね、私もそう考えると、オビトさんと五十歩百歩だなあって思ったんだ」
「え?」
「私も、うちはの男の子を愛するあまり、他の全てを犠牲にしてしまったから」

今度はリンが目を瞬いた。

「…それは、あまりにも大きな五十歩百歩過ぎるよ」
「あはは…そうかもね。…でも、私にはオビトさんの気持ちも、分かってしまったんだ」
「……」
「リン、あなたという愛する人のために、他の全てを犠牲にしてしまった…一人の忍の気持ちが」

サスケのため、そしてサスケをいつか木ノ葉の里に取り戻すために、他の全てを置いてきたカナにとって。もちろんしてきた事の規模は違うかもしれないけれど、原動力がただ一人の人を想う気持ちの為という点において、カナはオビトの気持ちをあまりにも身近に感じてしまった。

だからね、とカナは続ける。ゆっくりと立ち上がる。

「オビトさんのしてきたことを、少なくとも私は…否定することはできなくなった」

振り返って、栗色の髪の少女に手を差し伸べた。

「だから……私のできる限り、もううちはオビトという人が、これ以上の咎を重ねないようにしてみせるよ」
「…」
「…オビトさんより、ほんの少し先に、自分のあやまちに気づいた忍としてね」

カナはもう他の全てを犠牲にしないと決めた。昔決めた道を後悔したわけじゃないけれど、新たな道の歩み方を選んだ。
そして今はその選択に自信を持っている。何よりナルトたちが一緒にいてくれるから。
カナは真っ直ぐにリンに手を伸ばす。不安げにカナを見上げるリンは、その手に自分の小さな手を重ねようとして、少しだけ躊躇う。

「…そんなこと、できるの?」

カナは困ったように笑う。

「自信満々にできるって言えるほど、自分を信じられるわけじゃないけど…私はまだ全然諦めてないよ」

まだ自分の手に重ねてくれないリンの手を、カナは自分から包み込んだ。優しく引っ張って、立ち上がらせる。

「だって、仲間たちが諦めてないのが分かるから。ナルトも、サスケも………それにきっと、カカシ先生も」
「…!」

リンはその目を小さく見開く。その瞳に、ふわりと笑うカナが映る。そして、その銀色が似ているからだろうか、大きくなったカカシの姿が見えたような気がした。
またじんわりと温かい涙が目に溜まる。リンがかつて大好きだった仲間たちを思い出す。
カカシのこともミナトのこともオビトのことも、リンは本当に大切だった、その身が傷付けばすぐに癒してあげたかった。だけれどそれがバラバラになって…リンの意識はいつしかオビトの中に留まった。
なのに、オビトがどれだけ傷つこうとも、どれだけ悪事に手を染めようとも、癒すことも、止めることもできなかったのだ。それが本当に苦しかった。───長い間、ただひとり、その苦しさに蝕まれていた。


「…お願いしても、いいの…?」


白い頬に伝う涙。

「カナに……あなたたちに……オビトのことを……」

潤んだ瞳の中で、カナがしっかりと頷いた。

「大丈夫だよ……リン」



張り詰めた想いが胸に溢れかえり、リンはカナの胸に抱きついていた。本当ならカナよりずっと大きかったはずの体は、カナよりずっと小さいままで、その肩を嗚咽で震わせていた。

カナの腕はしっかりとその体を抱きとめる。ただ一人の忍に愛されたというだけの少女の裏側の気持ちを抱きしめる。

「(止めてみせる…)」

この戦争が始まった頃と目的が変わったわけではない。世界を我が物としようとする男の野望を止めるという目的は同じままだ。
だけれど、気持ちは全然違う。───リンのため、そしてオビトのために、オビトを止めてみせるのだと。


リンを抱きしめながら、カナは強く目を瞑る。
戦場が瞼の裏側に映った。


巨大な神樹が、そのてっぺんで、大輪の花のつぼみを満月へと伸ばしている。
神話の大樹がその蔓を幾千と伸ばし、チャクラを持つ忍たちからチャクラを取り戻さんとして、もう大多数の忍たちの身体を捕まえている。
触れられた忍たちは…チャクラを奪われ、干からびていく。


だが、カナは絶望しない。
神樹が高く伸びている夜の暗い空には、カナがわざと垂れ流し続けていた神鳥・朱雀のチャクラが広がり続けている。



執念深い神樹の蔦はもう多くの忍を絡め取っていた。そして、忍たちのチャクラを一滴残らず吸い取っていく。
チャクラを溜め込めば溜め込むほど、神樹はかつての姿に近づく。そして無限月読の発動へと近づいていく。

多くの、多くの仲間の命の源を吸い取り、神樹の動きはようやく鈍くなり始めたところだった。多くの仲間たちが地に伏してしまった───ナルトでさえも、ギリギリのところを、火影たちに助けられただけだった。
チャクラ量の多い者から神樹に狙われたのだ。ナルトはその筆頭だった。

消耗の激しいナルトの、その瞳に涙が滲む。
みなに渡した九喇嘛のチャクラを通じて、忍たちの犠牲の数が分かってしまう。その中には、シカマルもいる。

「シカマル…ッ」
「これじゃ…こんなんじゃ…戦う前に死んじゃうじゃない…!」

いのが、チョウジが、サクラが、そんなシカマルを囲っていた。
その真ん中で、もう息絶え絶えとなってしまっているシカマルが、薄く目を上げてただ、上空を見つめていた。
もう何かを言う元気すらない。かつてのアスマのように、遺言を呟くエネルギーも残っていない。ただ、シカマルは、自分の顔を覗き込む仲間たちの向こう側、神樹が貫く夜空をその瞳に映す。

「(……この……チャクラ……あれは……)」



「忍はもう終わりだ…」

宙に浮かぶオビトが静かな目で地上を見下ろしている。

「もう続けることはない。抵抗しないならば殺しはしない……後悔したくなくば、もう何もしないことだ」

未だ立っている者たちが、そのオビトの言葉に反応する。

「何も…しなければ…助かるって、ことか…?」
「そうだ…もう死に怯え、耐え忍ぶこともない…夢の中へ行ける」

もうこの戦場で何度も何度も仲間の死を見てきた忍たちに、冷静な判断をできる者も減っていた。そこに喝を落とすのは、木遁分身で連合のみなの前に立つ柱間だ。

「諦めるな!!幻術の中に落ちれば死人も同然ぞ!!」

だが、それでも顔を上げる者は減ってしまった。ナルトでさえ…涙を溜めたまま、ただオビトの睨みつけて、抑え切れない嗚咽を漏らしている。
そのそばで、先ほどナルトを窮地から救った二代目が、神樹を睨みつけていた。

「猿よ…」
「…何ですかな二代目様」
「連合の者共がもう動けぬと言うのなら、ワシら穢土転生が主導になって動くぞ」
「…この大樹は、チャクラを引き抜く手足…穢土転生と言えど迂闊に近づけませぬぞ」
「そんなことを言っておっても」

「しょうがないですよねえ…随分弱腰ですね、アナタらしくもない…猿飛先生」


二代目の言葉を引き継ぐように現れたのは、この戦地では初めて現れる姿───大蛇丸が、連合のみなの前に降り立った。
「大蛇丸…!」と三代目が溢す。大蛇丸は先刻火影たちを復活させた張本人だ。そしてしばし別行動をとっていた。

「五影たちはどうした…!」
「回復してあげたから…弱腰じゃなければここへ来るでしょうね。…それより」

大蛇丸の鋭い目が、連合のみなを舐め回すように視線を這わせた。

「アナタ方は、この気配に気付いていないんですねえ」
「…なに?」
「アナタだけを除いて…ね。サスケくん」


───ずっと黙っていたサスケの、その視線はずっと、遥か上空にあった。

大蛇丸の言葉で、周囲の多くの者の目がサスケに、そしてサスケの視線を辿り、同じように夜空を見上げた。
神樹の存在感が、その恐ろしい気配を放つ神樹のつぼみが、それを見下ろす満月が恐ろしく、みなはずっと、別のものの気配に気づくことができないでいたのだ。


オビトの身体からずっと天空に上がっている神鳥のチャクラ。
それは無論、オビトが人柱力として成り立つためのものでもあった。
だからこそ、オビト自身もそこまで気にしなかったのだ。

「…何を言っている?」

オビトが言う。大蛇丸は笑ってオビトを見上げる。
だが、応える先はオビトではない。

「サスケくん…ずっと一緒にいたアナタならきっと使えるわ。カナのチカラを受け取りなさい」


サスケの背は、何も語らない。
だが、唐突にその身体を須佐能乎が覆う。

そして須佐能乎の剣を天へと掲げた───


 
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