次の瞬間、十尾の姿は消えていた。


「……え……?」


誰の吐息の声だっただろうか。


「……カナ?」


先ほどまでそこに横たわっていた巨体が、呑み込まれたのを誰もが見た。
カナの体から一瞬、巨大な鳥獣が現れた。その鳥獣が十数メートルに及ぶ大翼を広げて、十尾を包み込んだように見えた。そしてその瞬間、呑み込まれたのだ。
そして鳥獣は再びカナの体へと戻った。

その、今、地面に膝をついている後ろ姿に。

「カナ、お前」

サスケが言う。ナルトもその隣で見つめている。口寄獣の上の二人の足は、貼り付いたようにその場から動かない。
銀色もしばらく動かなかった。だが、不意に揺れる。よろめくがそれでも立ち上がる。
汗に塗れた笑った顔が振り返った。



「…朱雀に呑み込まれたか」

遠目で見ていたマダラが呟いた。
目の前では、須佐能乎が、柱間の木遁分身を突き刺している。何度も生み出される木遁分身がマダラの足止めをしていたが、分身はさほどの敵にはならない。

「まあ…こちらが人柱力になるには、特に問題はないがな」

マダラはまだ笑っている。



振り返ったカナは、腹の上に手を置いた。息を呑んで動けないナルトとサスケに言う。

「大丈夫…朱雀のチカラで、十尾を押さえ込んでるだけだから…」
「それってば…人柱力ってことじゃ…!」
「ううん、私自身はそういうことじゃないみたい、朱雀が言うには…だけど。あくまでも媒体は朱雀だから」
「…ヘーキ、なのか…?」
「ちょっと疲れたのと、身体が重たくなった気がする…くらいかな。みんなのおかげで私と朱雀はやっとこの術に集中することができた。とにかく、この十尾を敵に奪われなければ、無限月読は発動できない」

カナは戦場を見つめる。本体は消えたが、分裂体となったものたちは別の意思を持って消えてはいないようだ。それぞれが雄叫びを上げて、手近な忍を襲っている。
マダラの姿はここからだと視認できない。だが、マダラからは十尾が消えたことは当然見えるだろう。そうすると、恐らく狙ってくる。
とにかくカナさえマダラに捕まらなければ。

「…カナ」
「…なに、サスケ」

写輪眼がカナを見つめていた。いや、睨んでいる。

「お前はそうして、尾獣たちをオレから守るつもりか」
「…おい、サスケ、お前な…いい加減に」
「黙ってろナルト。…カナ、お前は十尾を最終的にどうするつもりだ?」

カナは一度口を閉じた。やはりサスケがどこを目指しているのか、カナには分からない。ただ分かることは、サスケが先ほど尾獣を殺すと言ったこと。

「…少なくとも、尾獣たちを悪いようにはしない…十尾を解体して、最終的には彼ら自身が行きたいところへ行かせるよ…必ず」
「…分かった」

サスケの口が静かにそう言った。
そして写輪眼が力を宿し、須佐能乎が現れる。現れたその剣が、静かに、カナへと向けられた。カナはそれでも敵意を見せず動かなかったが、ナルトのほうが青筋を立てる。

「てめェ、サスケ…!」
「話し合いをしている時間が惜しい。マダラどもに渡すわけにもいかない。大人しくオレに捕まってろ、カナ」
「…それに私が頷かないって分かってるから、そうやって刃を向けてるんでしょ?」

やはりまだ、隣で笑い合うことはできない。
だが、この緊張を破ったのはカナでもサスケでもなく、十尾の分裂体だった。確実にカナを狙った攻撃が影となり、全員がこの場から退避する。
カナとサスケ、二人はそれで少し離れたが、睨む視線は交わったままだった。



ーーー第八十一話 「リン」



胸に風穴が空いた。
異空間。暗闇の世界。異質な世界。
二人の男の、過去を、現在を、未来をかけた闘いは、その瞬間勝敗がついた。

風穴が空いたのはオビト。雷切をまとったクナイが、オビトの胸を反対側まで差し抜いた。それを手に持つカカシは、致命傷を喰らったオビトよりも苦痛に表情を歪ませている。
二人とも地面に膝をつく。ボタボタと、オビトの胸から血が滴り落ちる。

「終わりだよ…オビト」

オビトの耳が拾う、かつて、仲間だった男の声。
笑う。心が軋むような苦しさに笑う。合間合間で咳き込んでも、それでも笑う。

「この闘いは……お前の、勝ちでいい……だが、戦争の勝ちは譲らん……!」

オビトの万華鏡がくるりと螺旋を描いた。それと同時に現実への扉が開かれ、オビトの姿が消えていく。
もちろん、自分の名を呼ぶ友の声を聞いたが、止まるわけもない。

オビトはその間、いつまでもその脳裏に居続ける人の名を呼ぶ。ぜいぜいと肩で呼吸をして朦朧となる意識の中でそれでも、あの姿だけはいつまでも鮮明にあり続ける。

───リン。



「…!!」

そしてその姿が吐き出されたのは、カナの頭上だった。
当然だ。オビトは十尾を目掛けて戻ってきた。そしてその十尾は今、カナの中、朱雀が隠し持っているのだから。

「え…ッ」

思いがけず大の男が降ってくる。
オビト自身も動ける体ではない。そしてカナも先の術で、チャクラも体力も枯渇している。カナの体はオビトの重みに耐えきれず、そのまま地面に転がった。

「カナ!!」
「チィッ…!」

ナルトとサスケがそれに気づくが、その前に十尾の分裂体が二人を囲って足止めを喰らっている。

カナの頬に、ぼたりと血が垂れてきた。朦朧としているオビトの口から垂れたものだった。
息を呑んでいるカナは、ただ真上にあるオビトを見つめるしかない。その写輪眼と輪廻眼の双眸が、真下に敷いているカナをカナと認識しているかどうかも怪しかった。
なにより、オビトの口がこう呟いた。

「……リン」

カナは眉をひそめる。その口が確かに誰かの名を呼んだ。
誰の名だろう。カナには聞き覚えのない。だけれど、オビトはそう呼んで、まるで見間違いでもしているかのように、その手をカナへと伸ばす。

「リン………」

オビトの手がカナの頬へ届いた。確かにカナへと触れた。
その瞬間、オビトは我に帰ったかのように目を見張る。まるで、触れたことがあり得ないかのように。───ここにいるのは、当然、リンではない。


「…分かってんだよ…ッ」


オビトの口が苦しげに吐いた。

そしてその瞬間だった。
オビトの半身が唐突に、深淵のような黒に侵食され始めたのだ。

「ぐぁァあ…!」

うめき声を上げたオビトの頭が、カナの頭の横に落ちてくる。それでカナも我に帰ってそこから逃れようとした。

だがその前に、黒に侵食されたオビトの右脚がカナの胸を地面に押し付けた。容赦なく。

「かはッ……!」

オビトはそれが、自分の意志での元かどうか、自分でも分からなくなっていた。
黒の意志───マダラの意志が侵蝕してくる。見えてもいないのに、マダラの愉快そうな笑みが頭に浮かぶ。その口が、オビトの頭の中で言っている。

───輪廻天生をやれ。

それが。
それが、マダラが、かつてオビトを、生かした理由なのだから。

カナを組み敷いたままで、その両手がぐぐぐと勝手に動こうとする。黒の意思に抗えない。オビトの意識が消えていく。
オビト自身を礎として、うちはマダラという男を生き返らせる───二人の十余年越しの契約のために、オビトは。


「…うちは…、オビト……!」
「…!」


消えていく意識を引き戻すかのように、掻き消えそうな声が下から届いた。
オビトの目の中で、カナの姿がブレる。先程そう見えたように、オビトの胸の中で永遠に生きている人に重なる。

「…オレは…まだ…!」

オビトの手が、印を組んだ。
その黒髪が何かに吸い取られるように白髪へと変わっていく。



この間、誰もがオビトを目掛けて動いていた。

マダラを相手にしていた木遁分身の柱間は、目の前でマダラの意図しているところ───オビトを糧に生き返ろうとしていることに気づき、声を上げた。

「少年たちよ!!お前たちが近い!!今すぐその男の術を止めてくれ!!」

ナルトとサスケ、二人は言われるまでもない、元よりカナが捕われたところから目を離していない。だが、それを分かっているかの如く、幾百の分裂体が前から横から上から一斉に二人を囲う。

「ちくしょう…!邪魔だ!」
「どけナルト、オレが先に行く。アオダ!」
「サスケ!」

従順な大蛇、アオダが身を捻った。器用に数多の分裂体の間をすり抜けていく。
途中、アオダの身体が捕まるが、その瞬間サスケの命令が飛び、アオダは煙となってすぐさま退避した。煙から飛び出したサスケは、オビトとカナまであと十数メートルというところまで来る。

「カナ!!」

現れた須佐能乎が攻撃を投げるが、それはオビトの黒い半身から飛び出した黒い骨が跳ね除ける。オビトの視線はひとつも動かず、両手印を組み続けている。
凄まじいチャクラが練り込まれている。

「(動けない…!)」

カナは身動きができない。脚で押さえつけられているだけでない、何かのせいで。オビトの両手印が関係しているのか。
───朱雀の呻き声が脳内で響いて、カナは瞠目した。
胸がどくりと波打った。



たった十数メートルの距離が異様に遠い。誰もが、オビトを、マダラを、止めようとしていた。

そして真っ先に届いたのは、閃光だった。
黄色い閃光───ミナト。

直前までこの四赤陽陣を発動していた彼は、しかし、異空間から出てきた人物を確認して、影分身を残して瞬身したのだった。
かつて───木ノ葉を九尾が襲ったかつて───対峙した、あの命日に、たしかに刻んだマーキングの元へと。

ミナトの手がオビトをカナから引き剥がし、そのまま正面からチャクラ刀を振りかざしていた。
腹から胸にかけて、血飛沫が舞い上がる。

朦朧とするオビトの輪廻眼が、刹那で現れたその人物を映した。

「せん…せい…」

ミナトは目を見開く。この瞬間まで、ミナトは気づいていなかったのだ。

「オビト…お前、だったのか…」


戦場全体に沈黙が降りたような感覚。
オビトの体がカナの体の横に転がった。うつ伏せで倒れたその体から、どくどくと血が流れ続けている。
それを見つめるミナトの胸には言いようのない無力感が漂っている。なにせ、ミナトはかつて、オビトの師であったから。

「飛雷神のマーキングは決して消えない……それは教えてなかったね…オビト…」

返事はない。

「生きていたなら、火影になってほしかった………なぜ………」

己や妻を殺したという怒りなどは決してない。ただ、無念によって生まれる言葉を吐いたが、やはりそれに対して返答はなかった。
無言の空間に新たな影。辿り着いたサスケが血溜まりを見下ろした。

「案外呆気なかったな…あとはあの生き返り損ねたマダラを封印すればこの戦争も終わりだ」

そしてその隣の銀色のそばに膝をつく。

「おい、カナ…」

仰向けに、ただ顔が横を向いていたせいで、銀色の髪がその顔を隠していた。
───サスケの声かけに返事がない。サスケは眉根を寄せる。一瞬躊躇したその手が、カナの髪を掻き上げた。

カナの瞼は閉じられていた。

「おい、───?」


「何をもって終戦と決めつける……裏切り者の同胞よ」


その声は血溜まりの中から。

そしてその瞬間、突風がサスケとミナトを襲っていた。
二人の身体がその場から浮く。

「カナ!!」

サスケは咄嗟にカナを掴もうとするが、その手が空を切った。
カナの姿が渦を巻いて歪んで───消えた。

風に飛ばされながら、サスケは目を剥く。

「サスケェ、父ちゃん!!」

突風に巻かれていた二人の身体を掴む黄金色のチャクラ。尾獣化したナルトが二人を引き寄せた。ナルトだけが唯一この現状を理解していた。

「マダラに操られてるのを振り払って、こいつは最初からずっと、これになるために印を結んでた…!!───十尾の人柱力だってばよ!!!」


突風の中心に立ち上がったのは、凄まじいチャクラを放つ男だった。



ハッと顔を上げた。

「…わたし…」

顔の前で手を閉じたり開いたりしてみる。
自分という意識はある。ついさっきまで完全に気を失っていたことを思い出す。オビトに押さえつけられて───その両手が印を組んだ時、凄まじい力の吸収力に耐えきれず意識を手放した。
あれからどのくらいたっただろうか。そんなに時間は経っていないと思うけれど。

いや、そもそもここは、どこだ。

周囲を見渡した。
不思議と自分の体は見えるが、辺りはまるで何も見えない。一寸先は闇、だ。

「ここは…みんなは…!?」

状況がまるで見えない。
ここは間違いなく異空間だ。戦場が消えたわけではない。他の誰の姿もなく、カナだけがここにいる。自分だけがここに入り込んだ。
連れ込まれた。───まさか。


『バカな…あの四赤陽陣を!!』


その時、空間全体に声が響いた。咄嗟に周囲を見渡す。やはり何も見えないが、確かな現実味のある声が空間に木霊した。


『みなの者気を抜くな!!向こうで十尾の力を我が物とした輩が現れた…何をするかわからぬぞ!』


何度か聞いた声色…初代火影、千手柱間だ。
その内容を理解して、カナの体は震えた。

「私…自分ごと、吸い取られたのか…!」

抵抗もできないまま、オビトに全てを吸い取られた。朱雀も。朱雀の中に一度は隠した尾獣たちも全て。

「朱雀…!聞こえる!?」

返事は聞こえない。もう全てが手遅れなのか───
いや。握りしめた拳から何かが溢れ出す感覚があって、カナはハッと手を目の前にかざした。見慣れた朱色のチャクラが自分の手から溢れ出している。

「…まだ、朱雀はここにいる…」

自分の腹の中に。

「(尾獣たちの気配は消えてる…朱雀だけ、まだ私の中に残ってる…。もしかしたら、私も一緒に呑み込んだのは、想定外だったのかも)」

人柱力になるためには九匹の尾獣が。そして、人柱力としてのチカラを制御するためには、神鳥が要る。
しかしその神鳥を宿す神人の存在は必要なかったのに、そのまま呑み込んでしまったものだから、まだ神鳥はカナのものになっているのかもしれない。


『やめろオビト!もうやめるんだ!』


これは四代目火影の声だ。
その力強く、同時に切なさも入り混じった声色に、酷く心を揺さぶられた。


『オビト…!聞こえてないのか!』


察するに、尾獣たちだけ取り込んで、神鳥を我が物とできていないうちはオビトは、暴走している。

拳を強く握りしめる。眉根を寄せて、両目を強く閉じた。───すると、まるで何かを透かすかのように、瞼の裏側に戦場の光景が映り込んできた。
その、絶望的な状況。人としての自我を失い、ただ強大な力を取り込んだ男が、手当たり次第に周囲に当たり散らしている。

「(無限月読どころじゃ…なくなってる…)」

うちはオビト。
その存在は、どこへ行ってしまった。


このうちはオビトがどういう人物なのか、カナは未だに知らなかった。
初対面に抱いた印象は、底知れぬ渇望を抱き、まるで手の届きそうにないほどの闇を抱えた人間。目的の為なら何でも手にかけるだろう、という予想は的外れではなく、カナ自身も、彼がサスケを手に入れるために、記憶までも奪われた。
けれど、この戦争で、彼の顔を覆っていた面が割れた。
ナルトの手が届いたから。
顔を隠す面がなくなったうちはオビトは、カナの目にもやっと、ただの一人の忍であると思えたのだ。

カナにはまだ彼がどういった人物なのかは分からない。カカシと何らかの繋がりがあるという以外には知りようもない。
だけど、それがきっと、重要なような気がした。


『ふざけんじゃねえ…!自分だってことから逃げてんじゃねえぞ!!』


「…ナルト…」

現実世界のナルトの声がカナの脳裏に強く響いた。
誰でもない人間であろうとした“トビ”から面をようやく剥ぎ取れたのだ。その男が今度は本当の意味で自分を失おうとしている。

それだけはダメだと、カナも強くナルトに呼応した。

「うちはオビト…!」

先の見えない闇に、それでもカナは叫び声を上げた。

「あなたはあなたであるべきだ!」

───朱雀のチャクラが溢れ出した。



現実世界。

十尾の人柱力となったオビトの力は圧倒的なものだった。
幾百の分裂体は姿を消し、たった一体の人柱力となり、全ての力を集結したその姿が放つ力は絶大だった。

十尾を縛り付けていた柱間の明神門はあっさりと崩された。
四方を囲って外界と断絶させていた四赤陽陣はまるで紙風船のように破られた。
その結界を張っていた四人の火影たちが集まるも、忍の神と言われた柱間ですら、木遁分身とはいえ───あっさりその身を削られた。歴代火影が順々に立ち向かおうと、ナルトやサスケも共闘しようと、まるで手が届かない。

しかしその瞳には、まるで人のものという生気が感じられなかった。
姿形は青白く変わったが、オビトの外見は残してある。それでも、そこにこれまであった人間の意思のようなものが消えていた。

「くっそ…全然近づけねえ…!」
「…おい、ナルト…!あいつの中にカナがいるのは確かなのか…!」

二人はたった今、ミナトの飛雷神の術で窮地を逃れたところだった。決して二人が目を離さないその先には、力を扱えきれず、地面に突っ込んでしまった人柱力の姿がある。

「…ヘッ…聞くのがおせーんじゃねーのか、サスケ…!」

ようやく素直に幼馴染の安否を気にしたサスケに、ナルトは鼻で笑った。サスケは睨みつける。

「カナの神鳥は、”安定”の力だろう…!アイツは力を制御できていない!」
「…そもそも、尾獣たちは神鳥が持ってたんだ…オビトが人柱力になった以上、カナも当然一緒に吸収されちまってるってばよ…」
「だけど確かに、サスケくんの言うことも一理あるね…もしかしたら、だからこそかもしれない」

ミナトが冷静に口を挟んだ。

「オビトは一緒に神人の子を呑み込んだ。尾獣たちと違って、神鳥は神人のものだ。彼女の意識がオビトの中ではっきりしているのなら、彼女の意思で神鳥を明け渡していないのかも」
「…カナはまだちゃんと居るんだな」
「可能性は高いね」
「でもさ父ちゃん、これじゃあ…!」

三人の視線の先で、オビトの白い皮膚が沸騰するかのようにぼこぼこと蠢き出す。明らかに制御できていない。だが、それでも目の前の敵を排除するという目的のもと、もう何度も見てきた白黒チャクラが集まり始めた。

「また尾獣玉…!」

ミナトは飛雷神の準備に入る。冷や汗が滲む。

「あんな規模、もう無限月読がどうとかという話じゃねーぞ…!ここら一帯まっさらにする気じゃねーか!」
「オビトの意思が反映されてないんだ…!冷静な対話もできない!」

尾獣玉が放たれた。だが、ミナトはそれを飛ばそうとして、止まった。
突然狙いが逸れ、尾獣玉が上空へと飛んでいった先で破裂したのだ。その爆発を喰らったのは直線距離で一番近いオビト自身のみ。そう、ただの自爆だった。

「大きすぎる十尾の力にオビトがどうにかへばりついてるだけで…やはりまるでコントロールできていない…!」

だが、今のは外れたからいいものの、爆発の規模を見るに本当に一瞬で決着がつきかねない。

オビトの体が再びぼこぼこと溢れ出す。
内側から湧き出てくる力を抑えきれず、その表面にまで変化を及ぼしていく。
溢れかえった皮膚が、オビトの顔を維持していた部分にまで侵食を始めていく。その口が苦痛を零した。

「ぐぁあああああ…!」

そして一言。か細い声で、リン、と呟いたのが、ミナトの耳に届いた。
それでも侵蝕は止まらないようだった。オビトを成していた形が消えていく。人間という形を消していき、ナルトたちはどんどん大きくなるそれを見上げていく。

「オビト…!」
「…ただの化け物になっていくぞ」

ナルトは睨みつけた。再び“トビ”と対峙した時の感情を思い出していた。

「ふざけんじゃねえ…!自分だってことから逃げてんじゃねえぞ!!」


その言葉をきっかけにだろうか。
三人の目の中で、オビトの体の変化が一瞬止まった。

目を見開く。
そしてそのすぐ後、凄まじい勢いの風がオビトの体から溢れた。

「なんだ!?」

三人はすぐさま自分たちの体を庇う。吹き飛ばされないようにするのが精一杯だ。
風はすぐに周囲の土煙を蔓延させ、オビトを覆った。

「(…写輪眼!)」

動けないながらも、その瞳に力を宿すサスケは、その目で周囲を見極める。
───その目が朱色のチャクラを捉えた。
まだこの戦場に来て時間が浅いサスケも、ずっと感じていたチャクラの気配。それは大事な人が持つものだからこそ、鮮明に覚えている。

「…カナ…!」


『うちはオビト…!あなたはあなたであるべきだ!』

声が聞こえたのは、気のせいか。


「…風が…」

止んだ。
静けさの中で、土埃が収まっていく。三人の目が新たな姿を捉えていた。

“十尾の人柱力”は、爆発しようとしていた強大な力を止めた。泡立っていた肌は完全に整えられていた。
直前まで見ていた姿とも少し変わっている。
言うなれば仙人のような羽織りを具現し、その手に持つは真っ黒な錫杖。体の周囲には黒い球───求道玉が浮遊していた。

その目の写輪眼と輪廻眼が、再び確かな意思を宿す。

「…本当に甘い女だ」

その口から出た呟きは、誰にも届かなかった。





カナは暗闇の中、頭上を見つめていた。何も見えていなかったはずの闇から、何かがひらひらと落ちてきていた。何枚かの紙片だ。
無言のままそれらを両手で受け止める。闇から突然現れたそれは、四枚の紙切れ、いや、写真だった。

「…これは」

色褪せかけているそれらは、しかし、そこに映る人物をはっきりと写し出している。カナはその一人一人をまじまじと見つめた。

一枚目は、目に眩しい金色の髪の男性。
二枚目には、見覚えのある顔ながら、見たことのない生意気な表情をしている少年。
三枚目には、黒髪の活発そうな少年。どこか幼い頃のナルトに似ている気がする。

「四代目火影様……と、カカシ先生……と、これが…もしかして、”オビト”…?」

戦場で見ていた顔の面影は残る。顔の右側の痛々しい肌の傷だけないようだ。

そしてもう一人。最後の紙片。
本当に一切見覚えのないこの少女の部分が一番、色鮮やかに見えた。
栗色の髪の少女。無邪気に笑っている。そして不思議と、安心させてくれる気がする。

「そうか…これが」

四枚のバラバラだったものを、躊躇うことなく、つなぎ合わせた。


「本当は、あなたが大事にしたかったものなんだね」


朱雀のチャクラが溢れ出す。チャクラで写真を包み込むと、バラバラだったものが嘘だったようにくっついた。
一枚の写真はその途端、くっきりと彩りが戻っていた。懐かしくて、暖かくて、ずっとずっと長い間、大切にされてきたんだろう一枚だった。


「ありがとう」


その時、背後から声。

カナはハッと振り向いた。
それを合図とするかのように、カナの意識の中の闇がさあっと消えていっていた。
空間は様変わりし、温かな光を感じる。異空間なことに変わりはないはずだが、強い安心感が胸を満たす。

振り返ったカナの瞳の中で、たった今両手の中で見た、栗色の髪の少女が笑っていた。


 
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