影分身の印を組むナルトの背後に、どんどんと人影が増えていく。

「カカシ!ガイ!任せたな!」

朱色のチャクラを身に纏った状態で、着地した瞬間にそれが霧散する。

「すっごいバケモノいんじゃないー…!」
「ナルトくんカナちゃん大丈夫!?」

聴き慣れた声に「オウ!」とナルトが一切の驚きもなく返す。

「蟲邪民具の術!」
「霧隠れの術!」
「…よし、これで簡単には感知されねーだろ」
「ビー様!思ったより大丈夫そうね!」
「ガイ先生、まさか昼虎を!?」
「遅くなりました、カカシ隊長」

術を放ち、正面の敵を惑わす、その間に、それぞれの親しき者へと声をかける。
カカシとガイは次々と突如現れる気配に「これは…?」と戸惑っている。何もかも把握しているナルトは頼もしそうに後ろを振り返った。
一時的にチャクラを使い切ったカナは、肩を大きく上下させつつ、それでもナルトに笑みを返した。その肩にポン、と手が乗り、カナは振り返る。

「サクラ…」
「言いたいことがありすぎるわよ、カナ…!」

もう泣いた形跡が残っているサクラ。

「おかえり!!」
「…ただいま…!」
「絶対に全部終わったら引っ叩くけどね…!とりあえず、回復!」

それは怖いな、とカナは思ったが、他に何を言う気力も出なくて甘んじてその手を受け入れた。
忍連合軍が、着々と到着する。戦争開始当初からは減ったとはいえ、その数はまだ、万とある。各戦闘部隊、医療部隊、感知部隊───

「これでもうウゴウノシュウってのじゃねェ…!」

ナルトが得意気に十尾の上で見下ろす二人へと叫ぶ。

「今ここにあるのは、忍連合軍…の、術だ…!超スゲー忍史上最高最強の忍術だってばよ!!無限月読に勝る術だ、覚えとけ!!!」



ーーー第七十八話 仲間



十尾とそこに乗るオビトとマダラ、その前に、何万と勢揃いした各国の忍が見渡す限りに集まった。

「忍連合の術か……神人がチカラを溜めてたのは、この為だったか。こじつけもいいところだな」
「この術でお前らを止める…!」
「違う。お前らがここでオレたちを止めようが無意味なことに、なぜ気付かない。その術とて、この戦争の後には脆く崩れ、そちら側の誰かがオレたちと同じことをするようになる」

絶望に苛まれ、闇で生きてきたオビトはひたすらに暗い目で連合を見つめる。

「この世界でもがいても勝ちは無い…この世界に希望など、どこにもないということを、もう知れ…!」

しかし、ナルトはひたすらに未来を見る。

「どうだろうが、あることにする!!」

そのナルトのひたむきな意志に引っ張られ、背後の忍はみな笑みをこぼしていた。
マダラは鼻で笑った。

「戦争中にあるないと言い合うのも無意味だ…。そろそろ決着をつけるか」
「意見が割れた時は多数決ってのが決まりだろ…大体。どうする!」
「いい案だ…なら一人残らず消してからにしよう。そして…」
「やっぱそうくるか。けど、この世界は」

ナルトとオビトの意見は真逆に火花を散らした。

「終わらせねえ!!」
「終わらせる!!」



───連合軍の忍たちの十尾への攻撃が始まった。
本部のシカクから届いていた作戦通りに全員が動く。各里の忍たちの得意技を連携させた詰将棋だ。

まだ九尾チャクラを回復しきっていないナルトも仙人モードで動き始めたのを見て、カナも立ち上がろうとして、フラついた。

───無茶だ、カナ。トバネの力を一気に使った上に、不完全ながら我も引っ張り出したのだ。お前のチャクラが持たない。
「(まだ動けないか…!)」

無力感に苛まれて、カナはぐっと拳を握る。サクラは別の忍の回復に向かった。外傷は無いカナが他の忍をと優先を促したためだ。
周囲の連合軍の者たちがバタバタと作戦通りに動いている。

「まだ動きなさんなよー、カナ」

トン、と背中に温もりが当てられて、カナは目を丸くした。

「いの…」
「ってうわ、チャクラすっからかんじゃない!」
「…いのも医療忍術使えたんだ」
「まあね。サクラに負けたくなくってねー。ま、これに関しちゃサクラに勝つのは無理なんだけどさ」

サクラは前線に走っている。体術に長けている上に回復能力も高いサクラは、カナの記憶の中の幼いサクラよりも数段勇ましく頼もしい。

「…ありがとう、いの」
「いの!カナ!」
「チョウジ!ちょっと交代!チャクラ回復は私のチャクラ量じゃ適役じゃなかったわ!」
「えっ僕にそれできるかな!?」
「できるかなじゃなくてやるのー!私も前に出るから!」

じゃあね!とカナの背中を叩いたいのも、あっという間にサクラと同じように前へ行った。医療忍術だけでなく、いのには心転身もあるから、いざという時に仲間を守る力もある。
代わりに、チョウジがカナの背中に手をついた。カナがチョウジ、と呟くと、少し照れ臭そうな笑みをこぼす。

「えっと…」
「再会の挨拶とか、色々は、今度聞くよ。いのもそういうつもりで何も言わなかったんだと思うよ」
「…うん。…チョウジなんだか、痩せた?」
「あー、えっと、術の効果で一時的にね。…こうして背中に手をやると、チャクラ回復できる?」
「うん、少し貰うね、ありがとう…」

二人の視界の中で、多くの忍たちの連携技が決まっていく。
初めは十尾への目眩しだった。雲隠れの雷遁と嵐遁が、まだ朱雀との争いで回復しきっていない十尾の目を襲う。
続いて砂隠れの風遁で砂埃を混ぜ返し、先の蟲邪民具も含めこちらの姿と気配を完全に失わせる。
次に岩隠れの土遁で十尾の足場を崩し、落とし穴にはめ込む。

「すごい…」
「みんな集まったら、百人力だよね。僕たちだって、ナルトやカナに負けないよ」

続いて溶遁使いの忍たちが落とし穴に石灰を流し込み、そこに霧隠れの水遁で攪拌を試みる。十尾を呑み込んでドロドロと溶け切ったそこに、仕上げに木ノ葉の猿飛一族による火遁。
石灰が一気に乾いて、固まった。

「よし…!じゃあ僕も行くよ!」

チョウジもカナから離れて駆け出した。

十尾を捕まえた。そうなってからのシカクの作戦はこうだ。
まず先に頭を叩く。オビトとマダラ。二人を倒せば、無限月読も何もない。
輪廻眼で術を吸収するマダラには物理攻撃が得意な忍が。神威ですり抜けるオビトにはとにかく五分以上の攻撃を。とにかく物量戦に持っていく。

それこそが、“忍連合の術“───

「…哀れだな」

言ったのは、かかってこようとする忍たちを見るマダラだった。オビトはああ、と応える。

「ヤツらのすがっている希望など…存在しない。今となっては、ヤツらの存在とてそれと同じ…。十尾も回復した。頃合いのようだ」


その瞬間、有象無象の攻撃を蹴散らすように、十尾の尾がうねった。
忍たちの術がかき消される。跳ね除けられた忍たちはそれぞれ地面へと叩きつけられた。

「みんな…ッ!」

声を上げたカナは咄嗟に風を這わせる。
せめて風が届く範囲の忍たちへは、風で衝撃を吸収させて受け止めたが、あまりに範囲が広すぎる。

「なぜだ!?十尾とやらの動きは止めたはず…!」
「ぐはッ…!」
「大丈夫か!?」
「クソ!!」

あちらこちらで悲鳴まじりの声が上がる。そして誰もが目を見開いて見上げる先に、その怪物は立ち上がっていた。
十尾の姿は変わっていた。ただの塊のような巨体だったその姿が、人間のような細い手足を生やしている。一つ目は変わらないが、耳や口までもが人間を模しているようだ。
ただの尾だった十の鞭は、その先が掌の造形になっていた。

咆哮が夜空に響く。

「そろそろ十尾のコントロールが難しくなってくる…」

マダラが視線を連合軍に這わせた。うめき声を上げている忍たちの間から、ただ一人の人間を探す。

「神人の捕まえ時だな…」
「…十尾の手綱はオレが取る」
「フッ。せめて柱間細胞を使って繋がりを強くしておけ」

マダラの言葉通り、オビトの体から管のようなものが伸び、十尾の頭に繋がった。その写輪眼がちらりとマダラを横目に見る。

「アンタの存在に気は使わんぞ」
「無論だ。下からこの状態の十尾の力を確かめるとしよう」



サクラ、いの、チョウジにチャクラを少しずつ分けてもらい、とりあえず動けるようになったカナは転がる忍たちを助け起こしていた。
視界の上のほうでは十尾が動き始めている。動けないままでは一方的に加虐されてしまう。土煙が舞う戦場に、カナは一人の見覚えのある姿を見つけて駆け寄った。

「サイさん…!」
「カナ…ごめん、ちょっと打ち所が悪くて」

今の作戦で、まさにオビトに仕掛けていたサイが、頭を抑えて倒れている。
カナはその手を取って引っ張った。

「ごめん、ありがとう」

サイとは正直カナ自身そこまで面識があるとは言えないが、今は気にしていられない。

「頭を打ったんですか?」
「うん、いや、大したことはないよ」
「フラついてるじゃないですか…。……」

地面が揺れる。二人が見上げる先で、十尾がまた尾を振った。
悲鳴が聞こえる。カナはやはり咄嗟に風を呼び寄せて、届く範囲の者だけは庇う。チャクラが足りていないカナが今できる唯一のことだ。

「この風、カナのだよね。そんなに消耗してるのに…」

サイは言いかけて、まだ自分の手を持って支えてくれるカナに違和感を感じた。

「…どうしたの?」

カナは応えなかった。代わりに、カナの瞳が金色に光って、サイは目を丸めた。
カナの脳内では朱雀が静止の声をかけてきているが、気にしない。カナから溢れた朱色の光がサイの頭を一瞬覆う。その数秒で、サイはハッとした。

「…治したの?」
「治ったなら、良かった」
「カナ」
「十尾を止めなきゃ」

サイが何か言いたそうなのを振り切って、カナはサイの手を放した。
喧騒が周囲に溢れかえっているので、一度離れたらすぐにサイのことも視界から消える。ナルトはどこだとカナはチャクラを探すが、これだけ混乱の中だとうまく感知も難しい。
十尾がその口に尾獣玉を集め始めた。カナの背筋が凍る。

身構えた、しかし尾獣玉が放たれた先は、ここではなかった。
カナは目を見開いてその放たれた先を見やる。この戦場のどこでもない、遥か彼方だ。岩隠れの忍の土遁で足場を崩され、だいぶ方向を狂わされたようだが、それにしても当てが違いすぎる。

「まさか、どこかを狙って…!」
「カナ!一人離れるな!」
「カカシ先生、このままじゃどこか遠い人たちが!」

言っている間に、二撃、三撃と放たれている。足場が延々と揺れ続ける。

「分かってる!だが、シカクさんの作戦を待て、一人で動くな!」

カカシが怒鳴っている間に、二人に突然暗い影が差した。
ハッと見上げた先に、十尾の尾が振りかざされる。咄嗟に飛びのいて二人は分断された。カナは十尾の頭を見上げるが、果たして狙われたのかは分からない。

「…!?」

そして見上げて、気づいた。
───オビトの姿しかそこにはない。
マダラはどこへ、と思ったその時だった。


「神人、貴様を捕らえねばな」


カナの目前に唐突に甲冑が舞い降りた。カナの背筋にぞくりと冷気が這った。飛び退く足がもつれる、だがカナが何かする間もなく、周囲の忍が一斉に動いた。

「マダラが神人を狙ってるぞ!」
「守れ!!!」

様々な術が一斉にマダラへと牙を剥く、が、マダラの団扇が優雅にひと仰ぎした───それだけで術が跳ね返る。
ひとまとめにされた術の効果が爆発のように連合の忍を襲った。

「みんなっ…!」
「鬱陶しい…」
「カナ!!」

カナは咄嗟に叫んだ。

「みんなは自分を守って!!!」

その剣幕に一瞬周囲が止まる。マダラは満足気に笑い、既にその口に術を含んでいる。
カナは咄嗟に背後に気を配る───ただでさえ十尾の尾が暴れ回っているここで、巻き込むことはできない。

「人柱式・有翼変化!」

カナのその背にチャクラの翼が宿る。
有翼変化の姿で地面を蹴れば、すぐさまその姿が空へと浮かぶ。追ってきた火遁を身を翻してかわした。

「シギの頃から思っていたが、その翼だけは羨ましいものだ」

マダラの手が木遁を呼んだ。地面から生えてきたそれにマダラ自ら乗り、空のカナへと近づいてくる。息つく間もなく、須佐能乎が現れて剣をカナに振るう。

「くっ…風遁、」
「忘れたか?オレに忍術は効かない」
「風鎌!!」

それはマダラへではなく、マダラが足場としている木遁へと放たれた。足場が切り刻まれ、マダラの足が落ちる。

「やるな」

愉快そうに笑ったマダラ、だがただでは終わらない。巨大団扇から放たれた風が気流を混ぜ、カナの翼がぐらついた。バランスを崩したところに、更に伸びた木遁がカナの足を捕まえる。

「大技は出せないようだな。有象無象を呼ぶために使った力はもったいなかったんじゃないか?」

その言葉に顔を歪めたカナが、再び風で木を斬ろうとする直前、

「そんなことないよ!」

墨で出来た鳥がカナを掻っ攫った。
白黒の鳥に乗せられ、カナは目を見開く。

「サイさん、」
「仲間がいるから助けられる…!みんなでこの戦争に勝つんだ!」
「忍連合の術とやらか。塵は積もったところで所詮塵だということが分からないか…この圧倒的な、十尾の前では」


マダラが天を仰いだ。カナとサイも釣られて十尾を見上げる、その口が更なる尾獣玉を吐き出した瞬間がその時だった。

マダラが高笑いした。十尾に乗っているオビトが何やら首を鳴らしている。真っ先に目を見開いて、まさか、と呟いたのはサイだ。
この連合軍の本部の場所を、カナは知らなかった。

その時連合軍の忍たちのみなの頭に声が届く。もうこの戦争で何度も聞いてきた奈良シカクの───

その声を聞いてしばらく、カナも理解した。


「…………シカクさん、いのいちさん」
「やっと当たったようだな…。頭を潰す…まァ、基本だろう」

異様に遠方を狙っていたのはそういうことだった。
数秒後、みなの耳に、微かな振動音が届いた、それきり、シカクの声は途切れていた。
誰もの心に衝撃が走る。戦場に動揺のどよめきが走る。司令塔を失った絶望感と、親しき者を喪った哀しみが一斉に蔓延した。

カナは一層、闇が心に侵食していく感覚がした。


「…平和を…」


カナのか細い声に地上のマダラはぴくりと揺れる。

「シギ様が願った平和を…なぜ、脅かす…」

十尾がまた動き出しているのを感じていながら、カナは目の前の敵に問わなければ気が済まなかった。

「マダラ、あなたは一度は、シギ様と柱間様と共に、平和を願って、手を取り合って…木ノ葉を作ってくれた。あなたが作った木ノ葉で、本当に多くの人々が幸せを得てきたはずだ。それなのに…あなたが、自分で描いたものを、どうしてここまで潰そうとするの」

カナの真っ直ぐな眼光がマダラを貫いていた。マダラの瞳の中で、それがかつての銀色に重なる。
シギ。ひたむきで強かったくノ一は、いつだってマダラに真っ直ぐな目を向けてきた。

「そうだな……木ノ葉を作ってからオレも、幸せだと思った日々もあった。柱間やシギと共に語り合った夢を実現できたことに満足していた時期もあったな。だが、ほんの束の間だ」

束の間で、マダラは木ノ葉を去った。ただ一人孤独に。

「人間の欲は底知れん。愛情も、憎しみもな。生きている人間がいればいるほど…どうしようもないきっかけで、あっという間に不幸に落ちる」
「不幸なことだってある、けどそれを乗り越えて得た幸せに意味がある…!」
「いや、結局は不幸が一番重たいのだ。だから戦争はなくならん…里ができようと、国ができようと、手を取り合おうと結局は最後、争い合うのだ。だからこそ、もうそういった争い事を種から消し去ってやる。無限月読による世界の統一でな」
「…あなたは一度死んでる…なんで生き返ってまで、今の私たちにそれを押し付ける」
「…それこそ…オレがまだ人間で…欲深いからだな」

十尾の尾が空に上がった。
再び無造作に暴れ出したその尾が、無数に地面を叩きつける。
「カナ、逃げるよ」と今まで黙っていたサイが言う。鳥獣戯画が羽ばたいた。

だが、唐突にその鳥の腹から、巨大な剣が生え、墨が飛び散った。

「サイ!!」

地上から伸びた須佐能乎の剣が鳥を割いていた。カナは咄嗟に叫ぶが、掠ってしまったのか、サイからはすぐに反応が返ってこない。
カナの翼が羽ばたいてサイを追おうとするが、その前に十尾の尾が遮る。
ドッと凄まじい衝撃が地面を叩く───カナはその光景を目に、歯軋りした。

尾の下敷きになった者は、少なくない。

「弱い者はすぐ死ぬ」

地面に着地したカナの前で、マダラはどこまでも涼しい顔をしている。
また尾が降ってくる。今度はカナは狙いをつけて印を組んだ。尾が狙った場所にいた者たちを風で防御する。
それに戸惑った者たちはみなハッとして自分の無事を確認している。

「そして風羽のお前はそれを見捨てることができない」

何度も何度もそうしているカナを、マダラはしばらく手を出すこともなく見つめている。

「忍連合軍を連れてきた意味はあったのか?」


カナの小さな努力を嘲笑うかのように、十尾の尾から新たな術が発動されていた。

木遁の雨───何百、何千と無数の豪雨。
マダラには須佐能乎が全てを弾く。カナは自分を含む届く範囲の者の周囲にまで風を───

「(ッ範囲が広すぎる…!)」

それに当たった者は、すぐに血反吐を吐いて倒れた。意識を乱すな、とカナは自分に言い聞かせる。動揺は一瞬で風を乱す。届く範囲の者も守れなくなる。
朱雀の厳しい声が頭に響く。

───無茶だ、やめろ。我との誓いを忘れたか。これは戦争だ。仲間も死ぬ。だが、それでもひたすらに眼前の敵を見ろ。

「カナ、お前は甘すぎるようだ」

須佐能乎が伸びた。捕まりはしないが、意識が散漫しているからか、防戦一方になってしまう。十尾の攻撃は続いている。木の雨が延々と───



それは、ナルトのところでも同じだった。そしてナルトもカナと同じく今、万全の体とはいえないため、周囲の者に守られていた。

ナルトはしっかりオビトの眼下に入っていた。オビトの冷たい写輪眼が、仲間に囲まれるナルトを睨んでいた。

オビトに操られている十尾が、ギョロリとナルトをその目に捉える。尾の矛先がナルトへと集中する。
挿し木の雨が、ナルトへと集中した。



カナはハッと視界を上げた。
ひたすらに降っていた雨が止んだのだ。いや、止んだのではない。ただ、このあたりの頭上から消えた。

「…人柱力を狙ったか」

マダラがカナの目の前でそう呟いて、カナはサッと血が冷えた感覚に陥る。
雨が集中している先は、それなりに離れていた。集中したからこそか、土煙がそのあたりだけやけに酷い。

「ナルト…!」
「守る者がいるから…そうなる」

動揺が意識を散らした。
須佐能乎の手が今度こそカナの身体を掴んだ。容赦の無い強さに、カナは声にならない悲鳴を上げる。周囲の忍が反応する───いや、その多くはもう、地に這いつくばっている。



ナルトのほうに、ドサリと人の重みがのしかかっていた。しっかりとした温もりが、しかし身動きひとつせず、ナルトに全体重を預けていた。

「…ネジ」
「ネジ兄、さん…!」

呆然とナルトが呟く。間近でその瞬間を捉えたヒナタの頬に涙が伝う。
ネジが、その身を呈してナルトを守った───ネジのその体に、挿し木が突き刺さっていた。

「仲間は殺させないんじゃなかったのか?」

オビトの声が冷たく響いた。

「その言葉…さあ、辺りを見て…もう一度言ってみろ」

散々たる現状だった。多くの仲間が挿し木に貫かれ、呻き声を上げている。そしてもう動かない者も多い。

「もう一度言ってみろと言っているんだ!」

ナルトの体から、ネジの体がずり落ちていく。

「冷たくなっていく仲間に触れながら実感しろ…………死を!」

ナルトは何も言えなかった。その手が震えている。

「これからコレが続く…お前の軽い言葉も理念も偽りになる。理想や希望を語った結果がコレだ。これが、現実なんだ」

十尾の攻撃が完全に止んだ。淡々と言うオビトが止めていた。ナルトという、かつての自分と重なる者を、自分と同じ場所まで引き摺り込むために。

「現実に居る必要がどこにある………いい加減こっちへ来い!ナルト……!!」

オビトの手がすっとナルトへ差し出される。
ナルトを手招きする。ナルトの目が揺れている。親しかった仲間を殺された動揺が、ナルトの判断を鈍らせた。
しかし、

パンッ───

ヒナタの平手打ちが、ナルトの頬に当てられた。




「もらうぞ…朱雀。貴様のチャクラを」

須佐能乎でカナの身体を捕まえながら、マダラ自身の手がカナの腹に充てられた。
その手が何かをグッと掴むように引っ張ると、カナの身体がびくりと震える。マダラの手が朱雀のチャクラを掴んでいた。その手を引いていくと、どんどんとマダラにチャクラが流れ行く。

「…なるほど…これが“安定”か。まるでオレのチャクラを包み込まれているような感覚だな…気に食わん、が、十尾にはこれが効くのだろう」
「う、くっ……!」

カナの口から吐息が漏れる。必死に朱雀のチャクラを留めようと腹に力を入れる。チャクラの綱引き───マダラの手が止まった。
綱引きとなれば、今までカナのチャクラに定着していた分、そう易々とは渡されない。

「渡す、もんか…!」
「…無駄な抵抗を。この状況だ。もうお前が守る仲間もすぐ死ぬというのに」

「そう簡単には死なねえよ!!」

威勢の良い声が響いた。
その瞬間、マダラの体が完全に止まった。
マダラが横目でそこに現れた人物を見る。カナも目を見開いて、緩んだ口から声が漏れた。

「シカマル…!」
「マダラ…アンタは神鳥のチャクラが欲しい。そんでまさにそのチャクラをぶんどる時が、一番油断する時だ…こんなちっぽけな力の忍にも捕まっちまうくらいにはな…!」
「フッ。本当にちっぽけだ。お前の影縛りの術など、」
「させない…!」

しかし、影を振り解こうとしたその時、マダラの動きが制される。カナの体から掴んでいたはずのチャクラに、逆にマダラのチャクラが掴まれている。マダラの禍々しいチャクラをぐっと引っ張っていた。

「小賢しいな」
「何と言われようと…!」

シカマルが口角を上げた。

「まだ心はやられてねえな、カナ」

目を丸めたカナに、シカマルは必死にマダラの体を縛りながらも言う。

「絶対に後悔すんじゃねーぞ。オレたちをここに呼び寄せたことを」
「…!」
「お前が考えるだろうことは分かる。この惨状を見て…お前は絶対に一度は思うだろう。自分一人…いや、ナルトやビーさん、自分たちだけでなんとかすれば良かったかって…。だが、それは逆に、お前らを仲間だと信じてるオレたちへの冒涜だ」

凄惨な光景が広がっている。だが、誰一人として仲間を恨んでいないことを、シカマルは仲間として、信じている。つい先程あの世に行ってしまった父親も含め、誰もが仲間を恨むようなことは決して無いのだと。

「オレたちは、お前やナルトと同じ立ち位置にいたいからここにきた。仲間だから、お前に願った。連れて行ってくれと願ったんだ」




「仲間は絶対に殺させない…その言葉も、信念も、偽りじゃない…!」

ヒナタの口から出るのは、いつものようなたどたどしい言葉ではない。

「ナルトくんだけじゃない…みんながそうやってその言葉、想いを胸に、お互いに命を繋ぎあってる…だから、仲間なの」

ナルトは頬に残る温もりをひたすらに感じている。

「その言葉と想いをみんなが諦め、棄ててしまったら、ネジ兄さんのしたことも無駄になる…それこそ、本当に仲間を殺すことになる…!もう仲間じゃなくなってしまう」
「…!」
「だから、私と一緒に立とう、ナルトくん。真っ直ぐ自分の言葉は曲げない…私もそれが忍道だから!」



───仲間。
ナルトの胸にもカナの胸にも、その単語が強く響いた。
ナルトは口元を引き締める。ヒナタの手を握って。
カナはシカマルに頷いた。溢れかけていた後悔の念を消し去って。

カナは改めてマダラを睨みつけ、そして腹の中に宿る意志へと語りかけた。「(朱雀)」と語りかけるその気持ちに迷いは消えていた。

「(あなたとの誓いは嘘じゃない。だけど、私が本当に信じるのは、私自身の強さではないみたい)」

そこにいてくれるシカマルであったり、気まずさを感じさせずに近づいてきてくれたいのたちであったり、いつまでも帰りを待っていてくれたサクラやカカシであったり、自分と同じように敵を睨みつけているだろうナルトだったりする、仲間のことを想った。

「(ここにいるみんなだ。ここにいるみんながいれば、私は、正しく立ち上がれる。どうなっても、絶対に、ここに戻ってこられるよ)」

そうか、と朱雀の半ば諦めたような、それでいて優しげな返事があった気がした。


 
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