渦中ではうちはオビトが、その奥に渇望を満たした眼差しで、かつての戦友を見下ろしていた。
左目に輪廻眼、右目に写輪眼。
変わり果てた眼差しに、カカシは絶望を抑え切れていなかった。
それを見るナルトにはそのカカシの胸中は分からない。だが、分かることならある。
何があろうと今、ここで心を折るわけにはいかないということだ。

オビトの手が印を組む。

火遁・爆風乱舞───

ナルト、カカシ、ビー、ガイを襲う凄まじい炎を、尾獣化しているナルトの尾が振り払う。

ちょうどその時だった。
諦めないナルトの眼差しに眉間を寄せているオビトの隣に、何かが舞い込んだ。
その速度は、地面の瓦礫を吹き飛ばすまでのものだった。


「こっちは楽しそうだな……オビト」


うちはマダラ、その穢土転生された肉体が意志を持って、そこに到着していた。
腕には無論、カナを抱えている。



ーーー第七十七話 神鳥“朱雀”



すぐさま口を開いたのは、目を見開いたナルトだった。

「お前は……マダラ……!?」

そして誰もの目に、その腕に捕らえられている銀色が映る。
カカシとガイは、この戦場で初めて見るその姿に「あれは……まさか」と動揺した。

「カナか…!?」
「カナ!!」
「オイオイ、もう捕まってんじゃねえか、バカヤロー…!」

ナルトとビーは確信を持って叫んだ。対し、マダラは全く冷静な手際で、腕に抱えていたカナの首元を掴んだ。首にかかった力がカナの体を浮かす。
カナの口から「く…」と小さい声が漏れた。オビトが横目にそれを見る。

「穢土転生の術に逆らうとは…実にアンタらしい。しかも手土産も一緒か」
「まァ…ついでのようなものだった」
「マダラてめェ、カナを…!!」

そのまま怒鳴りかけたナルトは、不意に我に返ったように言葉を切った。

「いや…待て……、だとしたら……向こうのみんなはどうした!!?」

───ナルトはこのマダラを、五影たちがいる戦場で見た。そこでこのうちはマダラを五影たちに任せて、オビトのほうに集中していたのだ。ナルトの頭に、別れ際の彼らの言葉が木霊した。

『勝つぞ!!』

マダラはただその手にかけるカナを眺めながら、平然と口にした。

「さあな……恐らく……無事ではあるまいな」

マダラの手がカナを落とす。だが、そのカナの足が地面に着く前に、足元から生えてきた木遁の木が体を掴み、天高く持ち上げていった。
成長していく木に持ち上げられていくカナの目が薄く開き、遠くなっていく地上を見下ろす。

「(ナルト…カカシ先生、みんな…)」
「カナ!!くっそ…!」
「神鳥を入れ込むのは一番最後だ…しばらくそこで高みの見物をしていろ」

カナの視界の中で、ナルトが頭に血を上らせている。カカシがいつになく力無い目で拳を握っている。そしてその時、凄まじいうめき声がカナの傍から聞こえた。
カナの目がそちらを向き、それを映す。───火遁の結界の中で守られ、今にも十尾に変化しようとしている、外道魔像だ。

───これだ、カナ。

脳内で朱雀の感情を抑えた声が聞こえ、カナは唾を飲んだ。

「(これが、十尾…!)」

「八尾も九尾も入れ込む前に、中途半端に計画を始めたのか…オビト」

カナを掴む木遁の根の元で、マダラがそれを見て言う。

「焦ったな……オレをこんな形で復活させたのもそのせいか。今まで何をやっていた…長門はどうした」
「……」
「時を見計らい、輪廻天生の術でオレは甦る…そういう手筈だったハズだ」

目の前で行われる二人のやり取りに、ナルトが青筋を立てた。

「長門を…利用しようとしてたのか…」

どこまでも卑劣を極めている男二人の前に、ナルトの怒りが限界に来ていた。


「死んでた奴が引っ掻き回すな!!」


九尾チャクラモードのナルトがドッと足元を蹴った。その手に尾獣玉を形成していく。向かう先は一途マダラ、そのマダラが優雅にかざした巨大な団扇に、ナルトの尾獣玉がぶつかった。
しかしその瞬間、何も起こらない。爆発を予期していたナルトは目を見開く。

「うちは返し」

マダラがそう唱えた瞬間、ナルトに向けて同じ力が暴発した。
凄まじい爆風がナルトを襲い、思い切り吹っ飛ばしていく。ナルトの姿は影分身だが、その勢いはカカシたちまでを覆った。

「オレが八尾と九尾をやる……オビト、お前はこいつらをやれ」

マダラの足が跳躍して、ナルトの本体と尾獣化しているビーのほうへと向かう。
必然的に残されたカカシ、ガイ、だがガイはそのマダラを追い……カカシとオビトだけが向かい合う形となった。


カカシ対オビト、そして、ナルトたち人柱力対マダラ。
二つの構図が出来上がっている。


───今のうちだ。

朱雀の声がカナの脳裏に響く。

───トバネに使っている力を解き、こっちに集中させるべきだ。今はマダラもあのオビトとかいう男もお前を意識していない。今ならお前一人で十尾を叩ける。
「(……今、)」

カナは今、容易にここから抜け出せる。マダラもオビトもカナが動けると思っていない。すぐ横で火炎陣に守られている外道魔像が呻いている。


だが、そう認識しているカナの眼下では、カカシが既に両膝を地についていた。
カカシは明らかに戦意喪失していた。オビトを前に、チャクラ切れだけではない要因で、浅い呼吸を繰り返している。

「オビト…なぜそうなった…」
「……」
「リンが…関係してるのか…?」

少し離れた場所では、マダラが操る木龍が八尾の体を縛り始めている。その大揺れのそばで、かつての戦友同士が視線を交わす。オビトは既に刃をカカシに向けている。

「クズは口を閉じていろと言ったはずだ」
「……オレは、お前との約束を守れなかった…そう、オレはクズだ……」
「……」
「だが、お前は…!木ノ葉の英雄だ……!お前まで、そうなる必要はないだろ……!」
「……クク……これが現実だ。託した側も、託された側も、この世界で生きながらえた忍はみな…クズになる。オレたちがいい例だ……カカシ」


───おい、カナ…!


朱雀が急かすような声で呼びかける。だが、カナはその意識を今十尾に向けることはできなかった。自分の中を迸る激しい怒りに呑み込まれていた。

「カカシ先生は…クズなんかじゃない…」

その呟きは、低い声となって地上に降りていた。オビトが顔を上げ、カカシも追うようにそれに気づく。カナの瞳が怒りに揺れている。
「……そういや記憶を取り戻したらしいな」というオビトの声に反応する間もなく、カナの風が自分を縛る木を切り刻んだ。そのまま重力と共に足が地面に着地して、瞬時にカカシの前に立つ。

ごめん朱雀、という脳内の謝罪に、返事はなかった。

「あなたが何者なのか知らないけど……何者でもなく、顔を隠して、名前を隠して、自分を偽って生きてきたあなたに、カカシ先生をクズだなんて言わせない…!」
「そうか。他人のために生きてきたお前らしい言葉だな。なら、お前自身はどうだ」
「……」
「あっさりと記憶をなくして大切な男を闇に落としたお前は……どうだ?」
「……どの口が……!」
「この世界のクズを生む輪からは、みな逃れることはできない。だからオレは、この世界を作り変える!!」

オビトの手が風魔手裏剣を掲げる。カカシが背後で「カナ、お前」と口を震わせたのが聞こえる。カナは一切微動だにせず、そのまま“それ”を待っていた。

振り落とされた刃はカナに届くことなく、目前に現れた金色の手がそれを抑えていた。

「オレはクズじゃねえ!!この先クズにもならねえ!!」

怒りを目に宿したナルトは、カカシとカナ二人の前に。
そして八尾とガイを殺そうとしていたマダラの前にも立ちはだかる。

「オレは、させねえ…!!オレの仲間は、絶対に殺させやしねえ!!!」

それはかつてカカシが第七班に説いた、一番最初の教え。ナルトにもカナにもずっと根付いている言葉。───そしてそれは、カカシが、幼いオビトに突きつけられた言葉だった。
カカシの目に光が戻った。

「雷切!!」

再び迫っていたオビトの手裏剣を、雷光が弾き返していた。

「オビト…かつてのお前の意志は今でも……オレの隣にいる…!今のオレにできることは、今の仲間を守ることだ…!」
「カカシ先生…!」
「ナルト、すまないな……カナも」

カカシの目がカナを振り返る。

「おかえり」
「…!」

湧き上がる感情を唇を噛んで抑えて、カナは頷いた。
オビトはそれを全く意に介さない。嘲笑うような表情で、「今の仲間を守る?」と吐き捨てる。

「写輪眼頼みの雷切…随分左目を使いこなすようになったな…万華鏡まで。だがその状態で、もう一度時空間から戻って来れるか?」

オビトの手がカカシへ伸びる。

「クズカゴに入ってろ、カカシ」

ちょうどその時、カカシの膝が落ちた。ナルトとカナは目を見開く。今の雷切が限界で、カカシのチャクラはとうの昔に切れているのだ。
「カナ!」とナルトが叫び、カナは頷き、すぐさまカカシを引っ張って後退する。ナルトがそれと交代するように、オビトの額に頭突きをくらわせた。

「カカシ先生もオレと一緒だ!!」

その衝撃に、オビトは数メートル後方に吹っ飛んだ。

「ありがと、ナルト…」
「いや、カナもサンキューな…!完全に捕まってると思ってた……けど、」

ナルトが少し焦った目でカナを振り返った。

「カナも結構、消耗してねえか…?」
「……ううん、違うの。今はチカラを集中してて、こっちに出せてないだけ…ナルト」
「ん? ───!」

数秒。
腹の中に異形を飼っているもの同士、彼らを通して意思疎通を図れる。
カナは真剣な表情でナルトを見つめる。ナルトは少し悩むような表情を見せて、だが、最後には頷いた。
ナルトの視線がまた前を向く。頭突きを喰らってよろめいたオビトが、また立ち上がってきたところだった。

「ヘッ……今度はハッキリわかんぜ……てめーの苦しがるツラがよ…!」
「……」
「カナ!」

ナルトがオビトを睨んだまま言う。

「そっちのことは任せた!」
「…うん!カカシ先生をお願い…!」

肩を延々と上下させている消耗しきったカカシ。
以前までのカナならば、このカカシを放っておくことはできなかったかもしれない。だが今は、ナルトという信じるものがあるからこそ、任せられる。
背中を合わせて戦うという感覚。

一人後方に下がったカナは、すっと目を閉じた。

「……なにをやるつもりかは知らんが……そんな無防備な奴を狙わないと思うか?」
「んで……そーいうのを、オレが守らねーと思うのかよ」
「影分身のお前と、その使い物にならないクズだけでオレを止められると思っているなら、舐められたものだな…!」

オビトが再びナルトに向かって走り出した。
…外道魔像を囲う火炎陣の結界が、ぴしりと音を立てて割れ始めている。



───先ほどの選択は、誤りではなかったか。

チカラを集中させているカナの脳裏で響く朱雀の声。
意識は頭の中へ。ほんの少し前修行をした、あの神殿の上の、何もない白い空間へと辿り着く。朱雀が懸念している目の前で、カナは動揺せずに、じっとチャクラを練っている。

「さっきの…って?」
「分かっているだろう。お前は、あのチャンスを無碍にしたのだ。もしかしたらあの瞬間に十尾を破壊できたかもしれんところを」
「もしかしたら…でしょ。もしかしたら、をしている間に、カカシ先生が死んじゃってたかもしれない」
「それは甘さではないのか」
「それが甘いって言うんだったら、私はもう二度と仲間を持てなくなる」

朱雀が口をつぐんだ。それに、と続けたカナが思い起こすのは、イタチの言葉だった。

『他人の存在を忘れ…驕り…個に執着すればいずれ…マダラのようになっていくぞ』


「私は“マダラ”になりたくないんだ」

カナの頭には今、多くの人々の想いがあった。

「チカラを通して、今、みんながナルトを想ってる気持ちが伝わってくる。それを、投げ出したくない」



『───トバネをお持ちの皆さん、聞こえますか』

カナがマダラに遭遇する少し前、カナが脳内で唱えた言葉は、言葉通り“トバネ”を持っている忍たちに届いていた。
トバネはナルトの影分身の手から各地の戦場に確かに渡っていた。それは、各部隊の隊長であったり、部隊を任せられる実力者だったりに。

『私は、“神人”風羽カナです』

海側の戦場ではそれを持っていたのは第四部隊隊長代理のシカマルだった。突然トバネが朱色のチャクラを放ち、光り始め、シカマルは目を見開いていた。
そして聞こえた声は馴染みのある者の。

「(カナ…!)」
『今、連合本部の山中いのいちさんの声が、私にも届きました。そして、私もナルトのところに向かっています』

医療部隊では、同じく隊長であるシズネがそれを持っていた。だがそのシズネはすぐにトバネをサクラにも触らせて、サクラにも同じように声を届かせた。
呆然としてしまったサクラの瞳に涙が溜まる。

「カナ、なんで…」
「…サクラ、実は各部隊の隊長だけに取り急ぎ知らされてたの。カナの記憶は戻ってるわ」
「…!」
『私は単独行動です。おそらく、一番早く、ナルトたちの元に着くでしょう。…私がこのチカラで、みなさんをそこに集めます』

マダラに圧倒され、五影の誰もが瀕死となった砂漠の戦場。我愛羅は口から大量の血を流しながら、それでもほんの少し残っている意識がその声を聞いていた。懐かしく、温かい光を放つトバネを薄い意識の中で握っていた。

「(…カナ)」

カナは今持てる限りのチャクラを練り込みながら、ただ真っ直ぐにナルトたちを目指していた。

『然るべきタイミングを見計らって、みなさんを一斉に飛ばします』

ただもちろん、懸念はあった。自分がどれだけ信用されているか、ということだった。

『…私は、木ノ葉の抜け忍です。そんな私にこんなことを一方的に言われて、信じてもらえるかは自信がありません』

トバネを持つ誰もがじっとその羽根を見つめ、声を聞いていた。
まだ大人になっていない少女の声。少し震えている。緊張している。しかし、真っ直ぐで確かな意志の籠る声。

『だけど私は…平和を願った風羽一族の末裔です。そして、ナルトに助けられて、ナルトを助けたいと思っている一人です。どうか…私に力を貸してください』

トバネを通しては神人であるカナからの一方的な伝達しかできない。あちらの声は聞こえてはこない。
だがその数秒後、カナは泣きそうな笑顔をこぼした。言葉はなくとも、自分の気持ちに同調してくれる心は伝わってくる。
神鳥の能力、“神位”は双方の想いが一致して初めて、発動する。





───火炎陣の結界に、更なるヒビが入った。
十尾の復活が近い。
カカシと影分身のナルトは焦ってそれを見る。オビトは涼しい顔でそれに目をやる。
そして同時に動いていたのは、マダラに対抗していたナルトの本体とビーのほうだった。

尾獣化している二人の口に、尾獣玉が集まり始める。

「復活する前にチリヂリに吹き飛ばす!!ありったけ溜めろ!!」
「オウ!!もう行けっぜビーのおっちゃんに八っつぁん!!」
「よし!!───撃て!!!」

今持てる限りの尾獣チャクラを全て火炎陣のほうへ解き放った。

「これで終わりだァアア!!!」

地面を揺らすほどの衝撃波が全員を襲った。
尾獣玉は真っ直ぐ魔像のほうへ。魔像よりも遥かに巨大な黒い爆発がその存在を呑み込んでいく。
黒い輝きが闇夜を照らす。爆音が低い唸りを上げた。煙がそこかしこを覆っている。
魔像がいたところも、煙が覆われてまだ晴れない。

「終わった、のか…?」

誰の言葉だったか、誰かが呟いた。
しかし、ナルトたちの後方、暫く守られていたカナが唐突に顔を上げる。それは脳内で朱雀が囁いたからだった。

「ああ」

返したのはオビト。



「この世界がな」



九尾と八尾の最大級の尾獣玉の威力を嘲笑うかのように、ちっぽけな力をものともしない、正真正銘の怪物が、この世に解き放たれた。

凄まじい咆哮。
耳をつんざく。
輪廻眼と写輪眼を併せ持つ一つ目。
足元の物という物を全て破壊する巨体。
夜の暗闇の中を蠢く十の尾。

十尾。


「さてと…始めるか」

涼しい顔で座っていたマダラが立ち上がる。
この凶悪な怪物を復活させる為、何十年もかけて計画を練っていたたった二人───マダラとオビトは、その地を蹴って十尾の上へと飛び上がった。

まだかろうじて尾獣化を保っているナルトとビーが、すぐさまカカシとガイも共に退がって並ぶ。

「魔像の悪ィチャクラは消えたハズなのに…!」
「くそ…やられた…!」

尾獣化して具現している九尾がカナに振り返った。

『おい、朱雀…!てめェが一番役に立つ時が来たぞ…いつまで引っ込んでやがる!』
『懐かしい対面だというのに、口が悪いな九喇嘛…』
「(…朱雀、私の口使う時は断ってよ)」

冷や汗を流しながら全員で睨む先には、十尾の上で悠々と見下ろしてくるマダラとオビトが静かな声で会話している。

「十尾復活までの間にヤツらを捕らえるつもりだったんだがな…意外にやるな」
「すぐに無限月読の儀式を始めたい。カナをもう一度捕らえるぞ」
「フン…あの神人は捕らわれていたフリをしていたか。まァそうだな…だがどの道、あの大幻術は月を呼ぶまでに時間がかかる。他のヤツらは邪魔だ。先に魔像の力で処理したほうがスムーズに事が運ぶ…違うか?」
「……マダラ、アンタは十尾の力を使ってみたいだけだろ。まるで子供だ」

オビトの言い様に、マダラは口角を上げる。

「違うな…ガキってのは、落ち着きのないせっかちのことだ」


十尾の尾が動き出す。その尾を一振りするだけでそばの地面という地面が抉り返り、幾百の瓦礫となって上空に舞い上がった。
そのままその巨体が迫ってくる。瓦礫を体を張ってガードをしながら、九尾が全員に怒鳴った。

『いいか、まずは距離をとってアレの出方を見ろ!!その出方に合わせて攻撃をかわし、できるだけ近距離でデカい一発を喰らわす!!神人は隙を見て朱雀を引っ張り出せ!!』

「は、はい!」とカナは風で自分を守りながら声を張り上げる。九尾チャクラの体内で守られているカカシは、「九尾、まるで隊長だな」と笑った。

『あ?文句あるか?』
「いや…なんだか嬉しくてね」
『……そういうのは勝ってからにしやがれ……行くぞ!!』

九尾と八尾を攻撃の核に、ナルトたちは動き出した。

カナの周囲には銀色の風が覆う。一見無防備だが、風は十分に周囲の攻撃を受け付けない。
どうする、と朱雀の声がカナの中で響く。数秒目を瞑ったカナは決断の意志を燃やした。

───トバネにチカラを使っている状態では、完全体にはなれんぞ。

「(それでいい。今のフルパワーでいこう。この場でナルトたちが死んだらその時点で世界が終わる)」

カナの手が長い印を組み始めた。



「口寄───六道朱雀!」



夜の闇に、輝きが灯った。
カナの足元に放たれた朱色が、瞬時に天へと昇っていた。
カナを含め、誰もが上空を見上げる。
神々しい朱色の存在感。尾獣に劣らない巨大な姿。その双眸が十尾を睨みつけていた。

空を斬るような鳥の雄叫び。

「あれが…神鳥…!」

十尾の攻撃が一瞬止んだ。十尾の目も空へと上がり、その一つ目がどことなく憎々し気に神鳥を睨みつける。朱雀の雄叫びに応じるかのように、十尾が再び金切声に近い咆哮を上げた。

「懐かしい姿だ。十尾の対極にいる存在…だとは、シギの時は知らなかったが…しかし知っていることもある」

十尾の体躯の上でマダラが朱雀を見上げる。
朱雀の一回の羽ばたきで空間を裂くような風が十尾を襲った。「さすがに不味いな」と呟いたマダラとオビトは一旦十尾の上から退避した。

『来たな朱雀…!』
「九喇嘛たちみたいに強ェのか!?」
『対十尾に関しちゃ諸刃の剣でもある!十尾の力を抑え込むには一番のヤツだ、だが捕まった時点で十尾のコントロールに使われる!』
「じゃあ…!」
『抑えてるうちにアイツに続くぞ!!八尾!!』

十尾の体が風で刻まれ始める。十本の尾を全力で払うが、空にいる朱雀には届いていない。とはいえ、地上にいる者たちにとったら大災害だ。
重たい巨体の八尾はその風圧に耐えきれずにうめき声を上げて進めなくなる。身軽な九喇嘛だけが凄まじい速度で十尾の近くに走り、その巨体の尾を押さえ込んだ。

「よし!!」
『タコツボに隠れてんじゃねェぞ、八尾!!来い、尾獣玉だ!!』


マダラとオビトは瓦礫の端からそれを見ている。

「マダラ…どうするつもりだ?」
「慌てるな…言っただろう、知っていることもあると」

マダラは相変わらず涼しげな顔を保っていた。その目で朱雀を見上げる。
朱雀はその羽ばたきで延々と十尾の肉体を削り続けている。

「シギが口寄せした時よりも小さい…おそらく他のところに力を集中させているからだろう」
「…アレで小さいのか」
「あとはシギですら、あれを口寄しておける時間は五分となかった。チャクラ量の多くない今回の神人がどれだけ持つか…ということと…」

怪獣同士の派手な争いが凄まじい土煙を為している。その、奥───
人影。顔からの汗が止まらないカナが、口寄した時の体制のまま、じっとチャクラを練り続けていた。

「そしてその間、神人は限りなく無防備になるということだ…!」



九尾と八尾の尾獣玉が再び十尾に放たれた。今度は至近距離で、しかも朱雀が抑えつけたまま。その衝撃波を受けるまま、十尾から飛び退る。
「やったか…!?」とカカシが九尾モードの中にいるまま言う。相変わらず土煙が激しくてすぐには状況が掴めない。
その上、ナルトとビー、二人の尾獣化が解けた。九尾モードで包まれていたナルト、カカシ、ガイが地面に落ちてしまった。

「九喇嘛!!こんな時になんで崩れんだよ!」

───約八分…前よりは長持ちしたが、これが限界だな。一旦ワシはチャクラを練り溜める!
───ビー!オレも少し休む…限界だ。

尾獣といえど無限のチャクラではなく、二人とも一斉に姿を消した。

「しゃあねェか……とりあえず仙人モードで…!」

ナルトの目に隈取が覆う。その瞬間、ハッとした。その変化に気づいたカカシが「どうした?」と問いかける。
ナルトはすぐさま振り返っていた。
仙人モードは感知に長けた能力を持つ。その能力が、チャクラの行方を探りとっていた。

「カナ!!」
「なに!?」

ナルトたちから見て十尾とは反対側に、先ほどの尾獣玉とは関係のない土煙が舞っていたのだ。
───神鳥は尾獣とは違う、尾獣化ではなく口寄だ。その間術者がどうなっているのか、ナルトはこの時まで知らなかった。

しかし、最悪の事態ではなかったようだった。


「……しっかり自分も守っていたか……」


マダラの火遁を掻き消した風は、銀色の輝きを放っている。
風に守られたままのカナは、汗を垂れ流しながら笑った。それを視界に入れたナルトはすぐさまその傍へと走る。

「カナに、近づくな!!」

ナルトの拳を身軽に避けたマダラは、愉快そうに笑った。

「存外きちんとしているようだな、小娘」
「……どうも」
「名をカナと言ったか…覚えておこう。この戦いの間だけだがな。しかし……自分を守ったりだのなんだの……しているおかげで、朱雀のほうは本調子ではないようだ」

十尾を覆っていた煙が晴れ出した。消耗はしているようだが、やはり、その原型はきちんと保たれている。その十尾の苦し紛れの尾獣玉が、空にいる朱雀を狙った。
朱雀の体はそれを避けるが、翼が掠る。嘶き。
カナがそれを見て叫んだ。

「朱雀!!一度戻って!!」

朱雀の金色の瞳がちらりとカナを見て、頷いたようだった。
朱色の輝きが空から姿を消す。それを合図としたように、マダラとオビトが十尾の上へと戻った。オビトがその手を十尾へと這わす。

「…相当削られたな」
「お互い様だ…あちらも今、九尾と八尾を出せない」


ナルトがスッと印を組んだ。もはや誰もが見慣れた印だ。

「お得意の影分身か?禁術の高等忍術とて、同じ不能が増えたところで所詮、烏合の衆」
「…あ!?ウゴウノシュウ…!?」

「…やはり無能だ」とマダラはにべもなく言い放つ。ナルトの姿をじっと見ていたオビトが口を開く。

「頭数だけ増やしても、その中身がまったく無ければ無意味だと言ってるんだ。オレもお前も所詮…無力な忍だ。お前も…いや、誰でもいずれ…オレのようになるんだからな」
「オレはてめェみてーにはならねェ…!何度も言ってんだろ!!オレがなりてェのは火影だ!!」

オビトは数秒、黙った。オビトの瞳の中で見るナルトが、何かと重なったような気がした。オビト自身も気が付かないまま、「なれるわけがない…」とぼやく。
その声を拾ったのは、金色の瞳を宿したままのカナだ。一瞬ふらつくが、ぐっと堪える。

「なれる…」
「!」
「だって、みんなに認めてもらえた人が、火影になるから」

カナの言葉に一瞬目を丸めたナルトは、すぐに自信のある笑みを浮かべた。

ナルトは火影になれる。カナも自信を持って言う。何故なら、朱雀のチカラを伝って、みんながナルトを想う心が届いている。


「ナルトはもうその条件を満たしてる!!───有翼式・神位の術、結!!」



 
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