"黒"が消える。それがあまりにも一瞬の出来事で、ネジとテンテンの二人は数秒、動くことすらできなかった。

「...! 待て!!」

ハッとしたネジはそれようやく白眼を以て"黒"を追う。テンテンもやっと我に返ってそれに続き、ギリッと歯ぎしりをした。
忍として、二人はその数秒を"黒"にしてやられたのである。それほど一瞬だった、刹那だった。

「(クソ......どこだ!)」

ネジは更に視界を広範囲に広げる。そしてやっとチャクラの断片を見つけ、"黒"の後ろ姿を捉えた。「テンテン、急げ!」と後ろを振り向かずに叫べば、その後方から「分かってるわよ!」という怒鳴り声が返る。全力で地面を蹴り、白眼でないテンテンもその"不審者"を見つけ、「逃げるんだったら追うまでよ!」と叫んだ。

すると"黒"は僅かに振り向く。しかし、何も返しはしなかった。



ーーー第五話 滑稽話



その頃、デイダラもまた、木ノ葉の熱血師弟・ガイとリーに追われていた。両腕を失ったためにデイダラには反撃するすべもなく、クナイを銜えて逃げ回るばかりである。しつこく追尾してくる暑苦しい二人にデイダラはチッと舌打ちした。

「ダイナミック・エントリー!!」

不意に飛んできたガイの足を危機一髪で避け、木の幹にチャクラ吸着するデイダラ。ガイの蹴りはそのまま地面に突き刺さり、ドガンと巨大な穴を空ける。あっぶねえ、と吐いたデイダラだが、またすぐにその場から退避する。今度はリーが背後から。

「中々しぶといですね!」
「今はもう何もしねェから見逃してくれねェかな!うん!」

後方に跳びながらデイダラはガイとリーに叫ぶが、それは一秒とせず断られる。

「そんなバカな」
「取引をするわけないでしょう!!」

途端、リーはその場からパッと消えていた。上空を見上げたデイダラ、しかし、その目に捉えていたはずのリーはすぐに消え、今度は下方に現れて無防備なデイダラに猛打を喰らわせた。「ハァアア!」と気合いをいれたリーはデイダラをどんどん蹴り上げる。

「表蓮華!!」

そしてリーはデイダラを地面に突き落としていた。バッと離れた時には僅かに息切れしていたが、デイダラに与えたダメージは半端ではないはずだ。
だが次の瞬間には、デイダラがいた場所にボンッと煙が吹き出していた。後に現れたのはデイダラの形を象った粘土。

「変わり身の術!」
「惜しかったな、リー」

悔しそうに言うリーの肩にぽんと手を置くガイ。粘土はどろりと崩れ最早 原形を留めていない。それを暫く眺めていたガイだったが、突然ぴくりと反応し、手裏剣を飛ばした。

「チッ......!」

隠れていたデイダラは苛立たし気に舌打ちしてまた逃げる。ガイは「落ち込んでる暇などないぞ」とリーを促してから、再び命をかけた鬼ごっこが始めた。



「双昇龍!!」

テンテンの声と共に上空から多種多様な忍具が降ってくる。二つの巻物から大量に口寄せされた忍具。"黒"は立ち止まってそれを見上げ、素早く印を組んでいた。

「水遁 網落(もうらく)」
「_!」

ネジが焦って草影から顔を出したのも束の間ーーー半透明の水の膜が"黒"の頭上に張られていた。全ての忍具がそこで阻まれ、金属音が響く。
そしてそこに落下したのは、跳んでいたテンテンも同様だ。しかし、身構えて落ちたはずのテンテンは、特に何も起こらないことに逆に目を丸めていた。今の隙にいくらでも攻撃ができたはずなのに。

「え......?」

"網落"が消え、テンテンは無数の忍具と共に落ち、地面に着地する。だが"黒"はその隙につけ込もうとすらしない。様子を見ていたネジもテンテンの横に並んだ。

「攻撃する気はないということか?」
「......」
「しかしそうすることでこちらの油断を誘っているともいえるからな......やはり正体を見せてもらおうか」

冷静極まりないネジの声があたりに響く。"黒"は身じろぎ一つしない。相変わらず顔はフードで隠れている。確かにそこから殺気は全く見られないが、里に仕える忍として、二人は"黒"を疑わないわけにはいかない。テンテンもまた複雑な顔をしながら集中して"黒"を見つめていた。
だがそれでも数段速い"黒"の動きは二人の目に追いきれなかった。


ボフン___!


「煙玉か...!」

広がった白い煙。二人の視界から"黒"の姿が消える。テンテンに「ネジ!」と促され、ネジはすぐさま血継限界を発動させた。チャクラを捉える白眼に目くらましは通用しない。
しかし、途端にネジは目を見開く。チャクラがそこら中に蔓延していたのである。

「どうしたのネジ、アイツは!?」
「......どうやらこの白眼のことが知られているようだ」
「ど、どういうこと?」
「オレがチャクラを当てにして追っていることに気づいたんだろう。かなりの量のチャクラを広範囲に散布しながら走っている......これでは見つけにくい」

よくこれだけのチャクラを無駄遣いができるものだ。ナルトじゃあるまいし......と思ったネジだったが、雑念を振り切り周囲を注意深く見渡す。白眼の視界を多量のチャクラが邪魔するが、もし動いているチャクラがあればそれである。

「............見つけた」
「ホント!?」
「ああ、行くぞテンテン!」



耳元で風が轟々と唸る。すぐさまここから立ち去ったほうが賢いのだろう、と"黒"は思う。だが、"黒"にはまだ気がかりに思っていることがある。それを見届けるまでこの場にいたいというのが"黒"の本音だった。

その"黒"をずっと見守っている目があった。上空ーーー"黒"の相棒である、紫色の忍鳥。
焦っている"黒"の姿に、しかし忍鳥は見ていることしかできない。しかし、忍鳥は上空から見ているがために、"黒"よりも早くまた別の影に気付いていた。


「横や!!」


風に乗って声が届くーーーハッとした"黒"はすぐその言葉に従って顔を向けた。
すると木々の間から現れたのは、赤雲模様の漆黒のコートを羽織った青年。

「まだいんのかよ、うん!」

"暁"。デイダラは"黒"からすれば不可解な言葉を吐いていた。"黒"は反応しようにも背後のネジが気がかりで動けない。そして"黒"を別の"木ノ葉"だと勘違いしたデイダラもまた余裕がなかった。

「上、邪魔するぜ!」
「!?」

デイダラは失礼にも"黒"の頭上を通過して行ったのである。
その上、"黒"は更に内心ぎょっとしていた。デイダラを追っていた二人が迫っていたのだ。

「む!?」
「先生、"暁"じゃないようです!!」

全身緑色の熱血師弟。
二人はそこでようやく目の前の人物がデイダラでないことに気付いたようだったが、二人は既に背中合わせで蹴り技をしようとしている最中だった。このままだと"黒"に繰り出されることは明白だ。

「ガイ先生、リー!」
「おお、テンテンにネジではないか!」

追いついたテンテンが叫び、ガイはにこやかに返事したが、"黒"にしたら迷惑なことに、二人の蹴りは既に"黒"の目前だった。


ガッ__!!


コートから出てきた白い手が、二人の足をそれぞれ受け止める。しかしその反動は止まらない。"黒"は問答無用で方向を変えられ、今はどの方向に飛ばされているのかもわからない。ただ今"黒"にできるのはリーとガイの足を止めようと踏ん張ることのみ。


ーーーだがその瞬間、"黒"の頭は真っ白になった。


「ゲジマユにゲキマユ先生!?」


唐突に響いた、声があった。それは間違いなく先ほどまで"黒"がずっと見ていた少年の声だった。

「......!!」

フードの中で酷く顔を歪めた"黒"は、それで、力を暴発させていた。

風が唸る。
その手に掴まれていた師弟はその豪風に耐えきれず途端に吹き飛ばされた。「うおおっ!!?」と叫んだガイはリーと共に後方の林に突っ込んでいく。

「ガイ先生、リーさん!!」

焦った少女の声もまた、"黒"の体を固くさせていた。

「チッ連れてきちまいやがって...!」

その場に先にいたデイダラが悪態をつく。だが"黒"はそれにはさほど反応を示さない。地上に降り立った"黒"は、震える手をただひた隠しにしていた。嫌な汗がその額に滲む。"黒"はじっとその場で俯き、ただ風が教えてくれる状況を感じていた。
"暁"デイダラと、造形物である巨大な鳥。吹き飛ばされた全身タイツ師弟と、その二人の身を案じてそちらに走ったネジとテンテン。そして、


「アイツってば......あの時の」
「なに、ナルト知ってるの?」
「ガイたちに追われてでてくるとはな......」


先ほどまで"黒"が見ていた、少年少女と、そのかつての上司。

「......!」

"黒"はすぐに、全員の視界からふっと消えていた。

「まッ待て!」
「ネジ!!」


ネジがまたもや追おうとするが、ガイがそれを力ある声で止める。むくりと起き上がったガイにそれほどダメージは残っていないが、風の衝撃はよく覚えていた。

「深追いするな。相当な力の持ち主だ。消耗したお前では敵わんかもしれん」
「お前もだ、ナルト。行くなよ」

元上司にそう声をかけられた少年・ナルトは、今まさに動こうとしたのを見透かされ、仕方がなく止まっていた。

ナルトは、自分がいつのまにか、手に汗を握っていることに気付いていた。






一羽の鳥が舞い降りる。紫色の忍鳥が降りたところはやはり"黒"の......いや、カナの肩の上だった。

そしてカナが茂みに隠れて見ているものは、やはり木ノ葉の二小隊。

「(また見つかったらどないすんねや......)」

忍鳥、紫珀は心中思ったが、決して口にすることはなかった。その紫珀の目にコートから出たカナの手の平が映る。ガイとリーの凄まじい蹴りをまともに受けたからか、カナの両手は少量ではあるが血で汚れていた。

「お前、その両手......」
「......うん、ちょっと痛いかな.......けど、どうってことないよ」
「......しょうがないわな。カブトにしか治療できんし」

過去、カナも医療忍術を会得しようとしたことがあったが、その性格には皮肉なことに、カナは戦闘タイプだった。「帰ったらちゃんと看てもらえよ。嫌でも」と口にしながら、紫珀も不愉快そうに顔を歪めている。

「......そういや......移動って」
「......」
「.........おい?」

ふとアジトの移動の時期を思い出した、紫珀はそう続けようとした。しかし、そこでようやく違和感に気付いてカナに声をかけ直す。
だがそれでもカナは反応しない。不安に思って紫珀はその顔を覗き込み、息を呑んだ。

哀しい瞳の色は、ただただじっと過去の仲間たちを映すばかりで、今にも思いを溢れさせようとしていた。


 
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