知り合いか、とビーが二人に尋ねる。カナは片方は見覚えがなく、眉根を寄せた。

「風羽カナ。…お前とは、ペインの姿でしか会ってないな」

目を丸める。そう言われて、思い出す姿は今の彼とは全く別物だ。
記憶をなくしていた頃、木ノ葉襲撃前に一度会話をしたペイン。平和とは、を尋ねられた時だ。長門もカナの反応で色々察したようだった。

「それが、本当の姿だったんですか」
「フッ……記憶を取り戻せたようで何よりだ」
「…記憶?」

今度はイタチが眉間に皺を寄せたが、それより前に長門が今度はナルトに言う。

「ナルトは…久しぶりに会ったことになるんだろうが…死んでたんで、すぐな気もするな。少し変わったな、ナルト」
「ああ…これか。これってば九尾のチャクラをコントロールした、チャクラモードってヤツだってばよ」
「なるほど…だから変わって見えたのか。顔つきが」

ナルトは頼もしい笑顔を見せる。ペイン戦で憎しみに囚われて九尾に乗っ取られかけたナルトは、今や九尾の憎しみを乗り越え、力をコントロールするまでに達している。

「兄弟子のアンタが教えてくれた痛み…ビーのおっちゃんとの真実の滝での修行や、父ちゃんや母ちゃん…とにかく、みんなのおかげでここまで来れた!」

イタチは黙ってナルトを見つめた。そして、自然とその隣にいるカナのことも。イタチの中では、カナはサスケと共にいるところまでしか知らない。

「ナルト、カナ。聞きたいことが山ほどある」
「…うん」
「…ああ、そういやオレもアンタに聞きたいことがあったんだ」

だが、唐突にイタチと長門の体が震えた。本人の意思に関係なく、イタチの指が印を切る。生み出された火の玉は、ビーの鮫肌で二つに裂けた。
唐突な開戦だった。



ーーー第七十四話 またね



「まだ喋ってんのに!!」
「後ろで操ってるヤツのいいなり!タイミングなんて関係ない!オーケー!?」

そう言っている間にもイタチはかかってくる。ナルトがすぐに飛び出した。

「サスケはどうなった!」
「木ノ葉へ復讐するつもりだってばよ!暁のメンバーに入っちまった!」
「…!なぜサスケは里へ帰らない…!?」
「アンタの本当の極秘任務のことを聞かされて、そんで里を潰すことを選んだんだ!」

一瞬目を見開いたそのイタチの口からまた火が飛び出る。カナが水遁を唱えて割り込んだ。水蒸気が発生して視野が遮られたところに、カナの手がイタチの関節を決めて抑える。

「イタチお兄ちゃん、本当なんだね…その話…」
「…随分逞しくなったものだな、お前も」
「はぐらかさないでよ。やっぱりお兄ちゃんはただ一族を殺したんじゃなかったんだ…うちは一族が里を乗っ取ろうとして、それを」
「もういい、カナ───目を瞑れ!」

イタチの口がそう言った瞬間、写輪眼がカナの目を捉えようとした。カナは寸でのところで視界をとざして幻術から逃れる、だが力はその瞬間弱まり、イタチの体はカナから抜け出した。
再び距離を取る。「そうなのかイタチ」と長門が隣を見やる。ナルトもイタチを真っ直ぐ見つめた。

「…マダラから聞いたんだな」
「ああ、そうだ。イタチ…アンタは里とサスケを守るため、自分を悪党に見せかけて死んだ。アンタの苦しみも、覚悟も、サスケは理解してるはずだ。でもサスケは、アンタの意志を受け継ぐどころか木ノ葉を潰す気でいる!それは大好きだった兄貴を苦しめた、里への弔い合戦のつもりなんだ!」

───カナはそのことを、“鷹”から聞いていた。記憶のない間はどこか他人事だったことだ。一層苦しく、拳を強く握りしめる。

「…カナ、お前は、だからサスケと道をたがえたのか」
「…ううん…違うの。私は、あのお面の人に記憶を一時的に奪われてしまったんだ」
「マダラに記憶を…?…そういうことか…だから、サスケは」

十を説明されずとも、イタチはすぐに分かった。もしカナが何事もなくサスケと一緒にいれたならば、結果は違っていたはずだ。そしてマダラも恐らくそう踏んで、カナの記憶を弄ったのだと。

「…その事を里のみんなはもう知っているのか」
「…カカシ先生とヤマト隊長は一緒にいたから…でも、マダラの言ったことは確証もねえから、カカシ先生に口止めされてる。他は誰も知らねえと思う」
「なら、この事は里のみんなには決して言うな。名誉あるうちは一族には変わりはないのだからな」

それと、とイタチが続けようとして、次に動いたのは長門だった。

「万象天引!!」

ぐん、とナルトの体が長門の手に引き寄せられる、同時に転がっていた大岩も共に凄まじい勢いで引っ張られる。ぶつかる直前でナルトの九尾チャクラが岩の方を弾いて、その衝動で引力から逃れた。そう簡単には捕まらない。

「…それと、サスケはお前に任せる」
「ハナからそのつもりだ!」
「…やはりお前に託して正解だった…」

意味深な言葉にナルトは首を傾げた。しかしまたも、先に長門が動く。

「ナルト、まずはオレを引き離せ!オレは機動力がない…」

そう言う長門の意とはあべこべに、その手が二匹の怪獣を口寄せした。

「…事も、ないか」
「アンタそんなキャラだったかァー!!?」
「で、でっか…」

ビーが尾獣化した時並みの大きさの、頭を二つ連ねた犬と鳥のバケモノだ。ナルトのツッコミも関係なく、長門とイタチは再びかかってきた。
イタチはビーのほうへ向かう。カナは鳥が羽ばたくのを見てナルトに叫ぶ。

「ナルト!私は飛んでる方に!」
「オウ!犬はオレがやるってばよ!」

瞬間、ゴウっとカナの足元に風が吹き、カナの体が著しく跳躍する。羽ばたいた鳥と、そこに乗る長門に余裕で高さで追いついた。
「さすが風使いだな」と長門が笑うのを聞きながら、カナは鳥に乗り移ろうとするが、難なくかわされる。

「あまりオレに近づかない方がいい!」
「え!?」
「チャクラを吸収する能力がある!あと、術も吸収する!」
「そっ…そんなこと言ったら、あなたに攻撃できないじゃないですか!」
「オレにはどうにもできない!どうにかしてもらうしかない!」

無茶苦茶だ。だが、とにかく今は確かに長門本人は動く力がないらしい。とりあえず鳥のほうを地面に落とすために、カナは風遁の印を組んだ。

「風遁 風落下(かざらっか)!」

風の圧が天から地面に集中する。鳥がうめき声を発し、翼が風圧に耐えきれずに地面へと急降下した。
長門が鳥の上でバランスを崩している。今ならとりあえず、後ろから羽交い締めにできるか───そう思って、カナが今度こそ鳥の頭に乗った瞬間、

「うっ…!」
「すまん、カナ…!」
「カナ!!」

長門に手を伸ばしていたカナを、後ろからイタチが絞めた。首にぐっと腕が入っている。

「(お兄ちゃん…!)」
「今は抵抗するな…この距離だと何でもできてしまう…!」
「イタチ、カナを離せってばよ!!」

多頭犬を抑えていたナルトが焦ったように叫ぶが、イタチの意でないことは分かっている。それに、何も考えずに突っ込むわけにもいかなくなった。
じわりと汗をかいたカナの耳に、イタチがぽつりと、「そのままじっとしていろ」と呟いたのが聞こえた。

「ナルト!」
「な、なんだってばよ!」
「オレの目を見ろ!」

その瞬間、ナルトが反応するよりも早く、イタチの目に万華鏡写輪眼が発動された。天照か、月読か、どちらでも、食らった瞬間終わりだ、と思う暇もない。
それを見てしまったナルトが突然前のめりになった。その口から出てきたのは───カラス。

イタチ以外の全員が動揺する。その全てを吐き切って、ナルトは思い切り咳き込んだ。

「な……なんでオレの口から、カラスが、出てくんだよォ……」

飛び出たカラスがバサバサと羽ばたき、ナルトの前に止まる。イタチに羽交い締めされたままのカナは誰よりも早く気づいた。
ただのカラスじゃない。

「(左目が、写輪眼…!?)」
「ナルト!!天照だ!!」

長門が叫ぶ。イタチの目から赤い涙が溢れ出る。
ビーが反応してそれを発動させまいと刀を投げるが、長門の力がそれを防いでしまう。万事休すか、と、誰もが思った。
黒炎が上がる。

しかしそれは誰もの予想に反して、ナルトが足蹴にしていた多頭犬が燃えていた。

「え?…天照を外した!?」
「…あ」

ナルトが驚いて犬を見るのと、カナの首を絞めていた力が弱まったのは同時だった。呆気なく解放されて、目を丸めたまま振り向くと、イタチが軽い笑みを浮かべている。

「大丈夫か、カナ」
「う…うん…あれ、なんで…?」

イタチはそのカナの問いに答える前に、もう一度カナの手を引いたが、今度はその力が優しい。振り返ったイタチの目が、今度は長門に天照を食らわせる。そのままイタチはカナを連れ立って、ナルトの横に着地した。

「うわッ来た!?」
「落ち着け…もうオレは操られてはいない」
「え…!?」
「この敵の術の上に、新たな幻術をかけた。よって穢土転生の術は打ち消された。“木ノ葉の里を守れ”という幻術だ」

ナルトの肩にカラスが止まり、そこでやっとナルトもカラスの目が異様なことに気づいた。近くに跳んできたビーが「どういうことだ?」と怪しむ。

「そのカラスは、オレの万華鏡写輪眼に呼応して出てくるように細工しておいたものだ。もしもの時のために……そのカラスの左目に仕込んでおいたんだ」

それは、うちはシスイという男の目だった。かつてイタチの本当の意味での同志のものであったその目は、うちは一族の中でも最強の幻術“別天神”を使う。対象者に気づかれることなく幻術をかけることができる瞳術───それが、今のイタチを可能にした。

「なんでオレに、そんなの」
「…永遠の万華鏡を手に入れるために、サスケはオレの眼を移植すると踏んでいた。そうなった時、移植したオレの眼に呼応して、お前からそのカラスが現れ…サスケに別天神をかける……“木ノ葉を守れ”と。万が一にも、オレの残したサスケが里の脅威にならないためにだ…」

イタチは───と、カナは兄と慕った人を見ながら思った。
どこまでも、誰よりも最も、里を考えていた人だった。死んでから先のことまで尚、全てを背負いこんで。そして本当に誰にも言わずに、ただの悪党として消え去ろうとしていた。

「カナ、お前は…あまりにもサスケに近かった。サスケを引き込もうとしているマダラが、まずサスケからお前を奪う可能性は、ずっと考えていた…」
「……」
「そうなった時…もうお前だけしかいなかったんだ。ナルト」
「!」
「お前はサスケを兄弟だと言った。だからこそ、最後にサスケを止められるのはナルト、お前だけだと思った」

だから最後、イタチはナルトにシスイの眼を託したのだ。
イタチの目が真っ直ぐナルトを見つめる。ナルトはその視線を受け取って、ナルト自身もまた、イタチの真実を胸に刻んだ。

「イタチ…信頼してくれてありがとう…。もう心配ばかりしなくていい。…アンタは、里のために充分すぎるほどやったじゃねえか。後はオレに任せてくれ」
「……弟は、お前のような友を持てて幸せものだ」

イタチは笑った。

その時、また凄まじい気配が四人を襲った。───長門だ。
天照を自らの能力で引き剥がし、その勢いのままここら一帯の木々を薙ぎ倒していく。

「カンタンにはいかねーぜ、バカヤローコノヤロー!」

ビーが真っ先に尾獣化して飛び出していったが、すぐに捕まった。いやそれどころでなく、チャクラを吸い取られ───長門の髪色が本来の赤色へ、肌が若々しいものへ変化する。
八尾の強いチャクラで、長門はさらなるパワーアップを果たしてしまった。

「ビーさん!」
「ビーのおっちゃん、大丈夫か!?」

カナがすぐさま風遁で長門に攻撃を仕掛けるが、そういえば術を吸い取ってしまうのだ。だがとりあえずビーは奪い返してカナは一旦下がり、その間にナルトが長門に向かう。
引き寄せ、突き飛ばし、口寄、吸い取り……長門の大方の術を既に知っているナルトだったが、やはりすぐに捕まった。

「長門、オイ!!返事しろってばよ!!」
「……」

しかももう完全に操られてしまっている。

「おいカナ行くぞ、ウィー!」
「はい!」

ナルトに腕が取られているうちにと、ビーとカナが再び飛び出す。ビーは右から、カナは左から、どちらかは腕が足りないはず……だったが、突然長門の腕が変形した。
両肩から別の肩が阿修羅のように生えて、二人の首を掴んだのだ。

「(しかも、なんか、力が…抜ける…!)」
「カナ、ビーのおっちゃん…!」

阿修羅のわりには機械仕掛けの手が、カナとビーに照準を合わせた。
だが、それにひやりとした瞬間、三人とも全く別の存在に体ごと引っ張られていた。


「須佐能乎!!」


イタチの万華鏡による須佐能乎が、三人を助け出していた。
禍々しくも力強いチャクラで覆われた骨が、イタチの体から現れている。

「助かったってばよ!」
「ありがとうイタチお兄ちゃん…!」
「何だこの忍者は!?はっきり言ってむちゃ強ぇーじゃねえかよ、バカヤローコノヤロー!」
「ペイン六道っつって……六道仙人の力を持ってんだから、そりゃ強ェよ!それに今回は死体操ってんじゃなく本人だから、力も動きもケタ違いだってばよ…!」

単純な力だけじゃなく、それぞれの術が特殊すぎて対抗し辛いのだ。だが、言っている暇はない。「来るぞ」とイタチが冷静に上空を見上げた。

「地爆天星」

長門の手から放たれた、それは黒い球体だ。
そう思っているうちに、あちらこちらの岩、木、地面に至るまで吸い寄せられ始め、無論ナルトたち四人も引きずられ始めた。ふわっと足が宙に浮く。

「あの黒い玉、相当の引力があるようだ」
「なんだありゃヨウ!?」
「足場が…!」
「こ…この術を前にやられた!マジヤベーんだってばよ!!これも食らったら終わりだ!!」

地面ごとなんだから、逃げ場があるはずもない。

「おい…ナルト」
「なにィー!?」
「食らって終わりならお前は何で生きてる?」

空気を読めずに、カナが真っ先に声をあげて笑った。

「あはははっ…!」
「なら大丈夫♪この勝負♪」
「笑ってる場合じゃなーーい!!何でこの状況で余裕ぶっかませんだァ!?」
「余裕でいるんじゃない。分析には冷静さがいる…」

いつでも落ち着き払っているイタチは、今まさに引き寄せられている上空を見上げる。

「さっき長門が投げた黒い塊が中心の核になっていると見ていいだろう。恐らくアレを破壊すればいい。四人各々の最強遠距離忍術で、一斉に中央を攻撃する!」

狙わなくても大丈夫だ。あちらから術を引き寄せてくれる。この吸引力を、逆に利用すればいい───どんな術にも弱点となる穴は必ずある。
イタチの言葉を疑おうはずもない。カナは目を金色に光らせた。

「八坂ノ勾玉!!」
「風遁 螺旋手裏剣!!」
「尾獣玉!!」
「有翼式・風神々楽!!」

全ての術が間違いなく、核となる球体へと直撃した。
爆発が起こる。引き寄せが止まり、四人の体が落ち始めた。それを須佐能乎が全て受け止める、そして───須佐能乎の持つ剣が、長門の体を突き刺していた。
その瞬間、長門を縛っていたものが、すっと解けていた。

「…すまないな…イタチ」
「元へ戻ったか。十拳剣だ…すぐに封印する。何か言い残すことはあるか?」

長門の体が崩れていく。解放されたように笑みを浮かべた長門は、「そうだな…」と呟いて、まずカナの顔を見た。

「平和を、よろしく頼む」
「…!」

短い言葉だ。長い言葉を交わすほど、カナと長門は親しみはない。だが、平和への執着心は二人とも一致している。
カナも笑った。強く頷くと、長門も満足そうに頷いて、そしてナルトを見つめた。

「ナルト…オレは師匠のところへ戻って、お前の物語を見ておくとするよ…。オレから言わせりゃ、お前は三部作目の完結編だ。一部が自来也…完璧だった。だが、二部作目ってのは大概駄作になる…オレのようにな」

師にも認めてもらってない、と自嘲する言葉に、しかし全く心残りはなさそうに…長門は瞳を弓なりにして笑う。

「シリーズの出来ってのは三作目……完結編で決まる!駄作を帳消しにするくらいの、最高傑作になってくれよ……ナルト!」

ナルトはぐっと親指を立てる。特に言葉はなくとも、長門の言葉を受け止めた証だった。長門は安らかな顔を浮かべて、完全に塵へと変わった。

中から出てきたのは、やはりもう死した忍だった。
生きた魂を犠牲に成り立つ術。ナルトが強く眉根を寄せる。

「この、エドテンとかいう術……気に食わねえ。戦いたくねえ人と戦わされる…他の戦場でもそうなんだろ」

カナがうん、と頷く。ナルトが今こうして長門を、カナが自分の一族を倒したように、今もどこかで誰かが自分の心と戦ってるだろう。
須佐能乎が完全に姿を消した。

「穢土転生はオレが止める。マダラはお前たちに任せる」

言ったのはイタチだった。

「…ここへ来る途中にエドテンセイのヤツと戦った。砂の忍がそいつを封印はしたが…どうやら殺せはしないヨウだオーケー?この術は弱点のない完璧な術だそうだオーライ?」
「さっき言ったはずだ。どんな術にも、弱点となる穴が必ずあると」
「…いや、オレが止めるってばよ!さっきオレも言ったはずだ。後はオレに任せてくれって!」

ナルトがいつものように影分身の印を組んだ。
だが、その威勢とは反対に、現れたのは一体のみ。しかも急に九尾チャクラが消え、ナルトがいつもの姿に戻る。

「ナルト…もうだいぶ疲れてるよ。ここに来るまで、かなり無茶してきたんじゃないの」
「一人で全部解決しようとするな。この穢土転生を止めるためには、オレが打って付けだ。考えがある…」
「この戦争は全部オレ一人でやる!!全部オレが引き受ける、それがオレの役目なんだ!」

懲りずにナルトは強く言うが、疲労感は否めないのだろう、かなり肩で息をしている。ここまでほとんどの戦闘で九尾チャクラを使って一瞬で終わらせようとしてきた結果だった。
イタチは目を細めた。

「…お前は確かに前とは違い、強くなった…力を得た。だが、そのせいで大事なことを見失いかけてもいるようだな」

ナルトは目を丸める。
それは、誰かに頼る心だ。他人を意識する心だ。ナルトはこれまで、他人に認められたいがために一途に頑張ってきた。だから、今のナルトを認めてくれる者が多く集まった。

「力をつけた今、他人の存在を忘れ…驕り…個に執着すればいずれ…マダラのようになっていくぞ」
「…!」
「どんなに強くなろうとも、全てを一人で背負おうとするな…そうすれば、必ず失敗する」

まるで自分自身を振り返るような言い方だった。「お前は…火影になりたいんだったな」とイタチは真っ直ぐナルトを貫く。

「覚えておけ……“火影になった者”がみなから認められるんじゃない。“みなから認められた者”が火影になるんだ。…仲間を忘れるな」


ナルトの脳裏に、ナルト自身が積み上げてきた、自分へ向けた信頼の笑顔が思い返された。そしてそれは、隣のカナからもだ。
カナはぽん、とナルトの背中に手を置く。言葉を為せずに振り返るナルトに、カナはふわりと微笑んだ。

「未来の火影様。私もこれから別行動をとるよ」
「え…!」
「どういうことだ?」
「穢土転生の術者の他に、もう一人…捕まえないといけない人がいる。今、それを紫珀が探してくれてる…多分、もうすぐ帰ってくる」

「そんな…一人で行かせるわけにゃあ、」とナルトの両手がカナの肩を掴む。単純な心配ももちろんあるだろう。だが、ナルトの目の焦燥が、どこまで他人に任せていいものかと迷っている。

「こっちの件は、私と紫珀が適材なの。二人で大丈夫」
「でも…」

ぎゅっと肩を掴む力を強くするその手を、イタチが離した。
二度は言わない。イタチの目を見て、ナルトはカナから離れて項垂れる。ビーが励ますように笑った。

「ナルト。オレはイルカってのと約束してんだ、大体。お前を守るってな…全部一人でなんでもさせねーぞ!そもそも」
「……確かに…オレがなんとかしなきゃ駄目なんだって……思い込みすぎてたかもしんねえ……」

イタチはフッと笑った。そして次に、自分の肩に乗っているカラスを見て、天照を発動させる。全員がぎょっとした。

「何で!?」
「シスイの眼は十数年は役に立たない…もうサスケの時には使えない。それに、今のお前はシスイが本当に渡したかった“心”をもう持ってる。今のお前なら、こんな眼を使わなくてもサスケを止められる」
「…お兄ちゃん、サスケには会わないの?」

カナが不意に口を挟む。本当の意味でサスケが耳を貸すのは今、このイタチしかいないだろう。それに、そうでなくとも、兄弟にまた会ってもらいたい。
だが意に反して、「いや」とイタチは首を振った。

「オレは一人で何でもしようとし…失敗した。今度は…それこそ仲間に任せるさ」
「…ただ強いってだけの忍じゃないな、アンタってやつは」
「キラービー、ナルトを頼む」
「オウ!ヨウ!」

イタチが背を向ける。カナはその背を目で追った。

そうやって頓着なさそうに去ろうとするイタチは、昔のままだ。
じわりと、カナの胸に苦しい感情が広がる───だが、カナの想像を裏切って、イタチがカナを振り返っていた。

「…カナ」
「!」
「…途中まで一緒に行くか」
「…、いいの…?」

カナの唇が少し震える。行くぞ、とイタチの手が小さく手招きをしていた。
カナがぱっとナルトとビーを振り返ると、二人は小さな笑みを浮かべてくれている。

「…ナルト、ビーさん。後で必ず、また」
「待ってるぜ」
「絶対無事でいてくれよ、カナ!」

力強く頷く。それからすぐにイタチの背中を追いかけた。



お前は、どこに行くんだ。結界術を張ってる人がいるみたいで、それを今紫珀が探してるの。紫珀にはそいつの場所がわかるのか。紫珀が使える術と同じ術だから、仕組みを知ってるんだって。紫珀がそういうものを使えるとは、オレは知らなかったな。お兄ちゃんは、どうやって術者を探してるの?オレは───

二人の口は淀みなく動いていた。今この状況、この戦争について。
イタチが先を走り、カナがそれを追いかける。カナはじっとイタチの背中だけを見つめていた。力強い足どりも、風でなびく長い黒髪も。

「…そんなにオレばかり見てると、そのうちつまづくぞ」

不意に言われて、カナは目を丸めて笑う。

「後ろに目があるみたい」
「それだけ視線を注がれるとむず痒くもなるさ」
「…久しぶりだな、って思ったの。イタチお兄ちゃんの背中を追いかけるのが、許されてるの」

ずっとずっと引き離されていた。嘘で塗り固められた壁を高く作られて、追いかけることを許されなかった。許されていたのは、木ノ葉で過ごしていたあの短い間だけだ。

「…そうだったな」

突然イタチの足が速度を弱める。カナはすぐに追いつき、「どうしたの?」と首を傾げた。隣に来たカナの頭を、イタチの手が優しく撫でる。

「…少しだけ隣で歩いて話そう。急ぎ足だが」
「…うん。嬉しい」

カナは心からの笑みを溢す。こうやって並んで歩くのも、本当に久しぶりで、そして本当なら一生訪れないはずの時間だった。

「…サスケは」
「…うん」
「お前が記憶を失った時…どうしたんだ」

カナは少し前のことを思い返す。記憶を失くしたカナに、サスケが初めて会った時、サスケはいつもの強気な表情を崩して、絶望的な目でカナを見つめていた。
そしてそれから共に行動する間、サスケは。

「…何もかも忘れた私のことを…拒絶してた」

サスケはずっとカナと話したがらなかった。許せなかったんだろう。

「お兄ちゃんが死んで、その真実を知って…サスケはきっと、私を待ってた。唯一、一緒の思いを抱えられる、私を……だけど、それが叶わなくて、サスケは戻れないところまで行ってしまった…」
「…お前はどうして木ノ葉に?」

問いかけられて、カナは自然と閉口する。きっかけはサスケがカナを千鳥で刺したからだ。サスケはそうなったカナをもう拾おうとはしなかったし、カナも自力で動けなくなって、そのまま木ノ葉に連れ帰られた。
色々あって、と口を濁す。イタチははぐらかされたことに気づいただろうが、何も言わない。

「でもね、木ノ葉に来れたから、私はまだ希望を捨ててない」

それは確かだ。

「今は、ナルトと一緒に前に進める。ナルトはずっとサスケを諦めないでくれる」
「…そうだな」
「ナルトと約束したの。一緒に、取り戻そうって」

微笑むカナは、イタチの記憶の中でも、久しぶりに見るものだった。
サスケの隣にいたカナはいつも自分を戒めるように、硬い表情をしていた。それを最期の戦いの前に会ったイタチは知っている。

「…お前はオレに似ていたな」
「え?」
「お前はサスケの為に…自分の心を犠牲にしてくれていた。アイツを、一人にしないでやってくれた。きっとそんなお前に救われていた部分はあったはずだ」

イタチの歩が止まる。そして体ごとカナに向き合って、昔のような笑顔をカナに向けた。

「ありがとう」

イタチはどこまでも誰かのために……弟のために言葉を唱える。
カナは真っ直ぐイタチの目を見上げた。こんなにも近くにいるのに、イタチはやはり遠い存在だ。

「…お兄ちゃんのそばにもいたかったよ…」
「…その言葉だけで充分だ」
「お兄ちゃんは…」
「悲しまなくていい。オレは後悔していないんだ」

またイタチの手がカナの銀色に触る。指先で髪の毛の先をすくいとる。

「…こうしてお前と話したがったのは、オレの…最初で最後のわがままだった。それだけ受け取ってくれたら…それでいい」

決して感情的な言葉ではなかったが、イタチがほんの少しだけ感情を見せてくれた気がした。

本当ならこうしている暇はない。各地では戦いが続いている。イタチもカナもするべきことがある。すぐにでも行かなければならない。
もう時間はない、だがせめて───カナはイタチの方に身を寄せた。

「…そんな積極的だったか?」
「お別れだもん。…もう会えない…でも…会えてよかった…」

溢す。けれど、涙は堪える。ただ体温のないイタチのほうに体重を預ける。
イタチの腕もカナの背中にまわる。その、ほんの少し触れるような優しい重みが、ますますカナの涙腺を刺激した。それでも泣かない。
ゆっくりと体を離すと、イタチも抵抗せずに力を緩める。
記憶のままの優しい瞳と目が合った。

「またな、カナ」

トン、とイタチの指がカナの額を押す。それで少し後ろによろめいて、二人の体は離れた。

また。
また、なんてものは、もうきっとない。
けれど、カナもそんなこと言わなかった。また、とでも言わないと、今胸に湧き上がる悲しい気持ちが決壊してしまいそうだった。
だから、カナもなるべく笑顔を作って言う。いつかの再会を願う言葉を。

「うん───またね、お兄ちゃん!」


 
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