戦争が始まった。各地で戦火が上がり始める。
第一に、奇襲部隊同士のぶつかり合い。ここで穢土転生による襲撃があった。そして別の場所では、地下を大軍勢で移動していた白ゼツたち対近距離部隊の争いが、ほぼ同時に。忍連合側もトビ側も、互いに目指すべき場所は同じ。互いの大将を落とすのみ。

その戦争が始まる少し前に、カブトを追っていたはずの紫珀は、戦場のすぐ近くまで来たところで、その翼を止めていた。

「(なんやねん、この結界…!?)」

結界術を使ってカブトを追っていた紫珀には、それが見えていた。それは、膨大な範囲の結界だった。しかも紫珀はこの結界に見覚えがある。なんと言っても、紫珀が今まさに使っていたものと同じ術だった。

「(渦木の結界術やんけ…!誰がこんなん使えるんや!?)」

その結界の中に踏み込むことはできるが、紫珀自身が結界術を発動させながら踏み込めば、その瞬間感知される。一瞬の躊躇いがカブトの姿を見失わせた。
舌打ちと共に、紫珀は上空へと急上昇を始める。紫珀の目に延々と映り続ける結界範囲は、球状の形をしている。これが術者を中心に張られているものだとしたら、相当の範囲だ。

「(……北波は死んだはずやろ……まさか蘇らせる術か?それとも、生き残りがおったんか……?)」

上空まで上がった紫珀の視界に、結界内で、各地で上がる狼煙が見えた。
戦争が始まったのだ、と悟る。紫珀はそのくちばしにくわえている朱色の羽根を噛み締めた。───これでカナを呼び寄せられる、という。タイミングを誤れば、みすみす相棒を敵に渡すことになるだろう。
だが、ここで足止めを喰らっていても、何にもならない。

「(術解除して突っ込めば、ただの鳥か思われるやろ!)」

決意して、紫珀はその結界に踏み込んだ。



その瞬間、イギリは顔を上げた。

「……チャクラを持つ鳥が入ってきた」
「ああ、多分それ、カナの忍鳥だと思うな。大亀からずっと追ってきたし」

穢土転生の術を暗がりで行使しているカブトが笑って応える。

「キミの探知能力のおかげで、ヤツらに当てたい戦力を当てることができる……心を揺さぶる相手をぶつけることができる。こんなに楽しいことはないね……さあ、そいつの場所も教えてよ」
「…どうするつもりだ?ただの鳥だろ」
「さあ、どうしてみようかな。忍鳥だけを寄越すとは思えないし……出てくるつもりなんだろ。カナ」



ーーー第七十一話 風の導き



甲羅の中から、アオバたちがいなくなった。といっても、「ちょっと外の様子を見てくる」と軽く言って出ていっただけだが。
残されたのは、ナルトとビー、カナだけという、腹の中に力を飼っている者たちだけとなっていた。
そしてナルトとカナは、ビーに連れられて、例の神殿の奥の空間へと連れてこられていた。先ほどの甲羅から繋がっていたらしい。

例の如く、自動ドアのように開いた中は、カナが朱雀と会った場所のような、ただっぴろい無の空間だった。代わり映えしねーってばよ、とナルトが言って我一番と入っていく。
そこに入る前に、カナはビーに声をかける。

「ビーさん、私たちも外に行きませんか…?」
「…ナンのことだ?突然の話ナンセンス♪」
「今はビーさんが監視役なんですよね。今外で何が起こってるか、知ってるんですか?」
「ブラザーの言いつけ守るオレ、それを破るのは弟の名折れ♪」
「…雷影様の言いつけなんですね」
「冗談はさておき、何も考えず出ていくのは得策じゃないな。お前の気持ちもわかるが、オレたちは捕まった瞬間ゲームオーバーだ。それに、ここでまだ出来ることは終わっちゃいない、オーケー?」

カナが首を傾げる間に、ビーはナルトに続いて空間に入っていった。先に入っていたナルトが振り返る。

「で?ここで何すんの?」
「これから人柱力が使う最強の術を教えるオーライ?♪」
「うん!ちゃんとモノにしてコントロールしきっとかねーと!」
「尾獣モードで尾獣化しろ!ここがオーイチバン♪」

その瞬間、ビーの体が一気に巨大化していった。浅黒い体が見上げるほどの体躯になり、牛の体とタコの足がナルトとカナを見下ろす。簡単そうにやってのけるそれが、尾獣化だ。

「次はお前の番♪オー急ぎィ♪」

今度はナルトがぎゅっと両掌を胸の前で合掌してチャクラを練った。ヴン、とその体に黄金色のチャクラがまとわりつく。凄まじいチャクラを感じるが、まだ人型だ。更にナルトが唸り声を上げてチャクラを練っていく。
しかし、遠巻きに見ていたカナの目に映ったのは、

「…かわいいキツネだあ」

コンコン、と鳴きだしそうな、小さな小さな小狐だった。
どうしようもない沈黙ののち、ボンっと音を立ててナルトの尾獣化が解かれる。

「きっつ…」
「ダメか…残念♪」

倒れていたナルトに手を貸して、カナはそのままビーを見上げた。

「例えば、神鳥のチャクラで九尾のチャクラの安定を図っても、ナルトの尾獣化は難しいですかね?」

しかし、それに答えたのは他でもない、カナの口が『難しいな』と声にした。
カナは思わず手で口を押さえる。怪訝な顔をしているのはナルトとビーだ。当たり前だ、自分で聞いといて、自分で答えたんだから。だが、もちろん心当たりはある。朱雀が許可もなくカナの口を借りたのだ。

『我の力は九尾のチャクラを引っ張り出すものではない。尾獣化できんのは、うずまきナルト自身の問題だ』
「ど、どうしたんだってばよ、カナちゃん」
「神鳥だな」
「ご、ごめん…朱雀が出てきたみたい…」
「朱雀?」
「あ、神鳥の名前」

言いたいことだけ言って朱雀は黙ってしまったようだ。心の中で朱雀に文句を言うが、返事はない。

「カナも中のやつと仲良しなのか……オレってば一人だけ……」
「まあ、ナルトは九尾と本当に仲良くなったわけじゃないからな。尾獣化は惨敗、だが気は落とすな」

とにもかくにも、ナルトはビーのように巨大な尾獣化はできないらしい。尾獣化できないのでは、尾獣化最大の武器・尾獣玉が撃てない。代わりにできることといえば、ナルトの必殺技・螺旋丸を、九尾チャクラで最強まで持っていくことだ。
それが、実は尾獣玉に深く繋がっていることなど、この時まで知るよしもなかった。

「ナルト、なんか螺旋丸、いつもと色違ったよ…!」
「え!?」
「螺旋丸!これは尾獣玉とそっくりのやり方!共通♪尾獣のこの技を参考に考案された技、それが螺旋丸だったんだ!強運!♪」

作ったのはナルトの父、ミナトだ。先代人柱力のナルトの母、クシナがいてこそだったのかもしれない。
だがバランスが難しいらしく、ナルトの手の中で何度も弾け飛んだ。

「いって…!」

かつてナルトが螺旋丸修行を積んだ時のように、手の平がボロボロになっていく。

「人型では無理があるな…重労働♪少し休め、両手の傷が術の反動♪」
「細けえことは気にしてらんねー!感覚を掴んでいく…!」

そうは言っても、かなりの負担があるようだ。ナルトの体をまた黄金色の九尾チャクラが覆う。黙って見ていたカナは、不意にナルトのそばに寄った。

「カナ?」
「ナルト、私も手伝ってみるよ」

ナルトは螺旋丸を作ろうとすると、胸の前に自分の両手で椀を作り、そこを受け皿として九尾チャクラによる手でチャクラを引っ掻いて丸めている。カナはその、実際のナルトの両手の下に、自分の両手を重ねた。

「おいおい、ラブコメ始める気か、バカヤローコノヤロー!」
「ど、どうしたんだってばよ」

少しドギマギとしたナルトだが、すぐに気がつく。カナの瞳が金色に光った。そしてナルトの手も含めて、朱色のチャクラで覆われていく。
カナの瞳は真剣そのもので、先ほどからナルトが螺旋丸を生み出そうとしていたその手のひらを見ている。「…よし!」と意気込んだナルトは、再び唸り声を上げた。

白と黒のチャクラが混ざり始める。この白黒のチャクラを二対一に持っていけば、尾獣玉が完成するらしい。だがさっきまではその細かい選別が難しく、それも手早くしないと反発し合うため、何度も弾けてしまった。ナルトのこめかみに冷や汗が伝う。

「大丈夫……ゆっくりチャクラを選んで……抑えてるから」

カナはナルトの間近で呟く。二人して真剣にナルトの手のひらを見つめる。一つずつ…ゆっくりと。


「…! できた…!」
「こいつはびっくり、案外あっさり♪」
「やったねナルト…!」

ナルトの手の中で、黒い球が定着した。さっきも作れてはいたが、すぐに破裂しなかったのはこれが初めてだ。ナルトとカナの達成感溢れる笑顔が向き合う、が、すぐにその距離感を意識してしまったナルトが集中力を乱した。

「うわあッ!!」
「ええ!?」

せっかく出来たのに。再び破裂する音。
尻餅をついたカナに、慌ててナルトが駆け寄る。今のはナルトのせいだ。

「ご、ごめんってばよ…オンナノコのカオ近くで見ることねーから思わず…!」
「あはは…ナルトらしい理由だ」
「それが“安定”か…神鳥の能力、凄まじい戦力♪敵に奪られたらマジ最悪♪」
「だけど、私もまだうまく使えるわけじゃないですし、連発すると結構体力も使います…それに、いつだって近くにいるわけじゃないから、実践ではやっぱり難しいかも…」
「いや、でも!」

ナルトが希望を持てたかのように拳を握る。

「おかげで感覚は掴めたってばよ!今のをもっと早くする!ありがとな、カナ!!」
「ふふ、どういたしまして───」

その時だった。

『(───カナ)』
「!」

朱雀の真剣な声が脳内に響き渡った。



砂のカンクロウ率いる奇襲部隊は、サイの義兄・シン、赤砂のサソリの魂を浄化し、デイダラは確保することで、勝利を得た。その後、霧の忍刀七人衆や氷遁使いの白と接触し、そこにカカシ率いる近中距離部隊が応援に駆けつけている。

南側の砂漠では、連隊長我愛羅率いる遠距離部隊が、歴代風・水・雷・土影を視認し、慎重に引きつけている。

海側では、雲のダルイ率いる中距離部隊が、水中から姿を現した白ゼツの大群や、九尾のチャクラを纏う雲の金閣銀閣、かつて不死を誇った“暁”角都、アスマなどを迎え撃つ。

全ての戦況は、各戦地に送られた情報部隊のメンバーによって、忍連合の本拠地にいる情報班へ、そして五影たちへと伝えられている。
ここでは今、ダルイが指揮する海側へ、戦力の集中を指示したところだった。

そこに更なる情報がやってくる。いのいちが反応した。

「黄ツチ率いる第二部隊から連絡!!」
「何だ!?」

第二部隊、近距離部隊は、地面を進む白ゼツの大群を掘り起こした場所だ。その数は膨大だが、穢土転生による強敵の出現はなかった場所だった。秘伝忍術を使う忍や、侍たち特殊部隊も加わっている戦場で、ここまでさした問題もなかったところだった。

「……!」

いのいちが一瞬驚いたように口を動かす。雷影の急かす声が飛んだ。

「───銀色の髪の忍が十数名出現しました!!」
「銀…!?」
「まさか!」
「“風使い”───風羽一族かと思われます!!」





そこまで、近距離部隊の戦況は、悪いものではなかった。
柱間の力で強化した白ゼツとは言えど、個々の術が物凄く特殊なものというわけではない。ただ死にづらく、数が多く、全てゼツというだけあって連携を取られてしまう、というだけだった。

「獣人分身 牙通牙!!」

キバと赤丸がその体を回転させて唸りを上げる。

「秘術 蟲玉」

シノの体から湧き出る蟲がゼツの体を覆い尽くす。

「雲流 表斬り!」
「破断!!」

カルイの斬術が飛び、侍の居合斬りがゼツの体を一刀両断する。

「八卦空壁掌!!」
「八卦六十四掌!!」

ヒナタとネジが背中合わせに360度の敵を倒す。
その他、各里の忍が各々の得意技でゼツを倒していっていた。

ヒナタは息を荒げていた。白眼で見渡す周囲は目まぐるしい。余すところなくゼツがいる。耳には何度も悲鳴が過ぎる。怒号のような指示が飛び交っていて、常にそれが自分に向けられたものではないか反応する。
戦争はまだ始まったばかりだというのに、自分の頭が疲弊していくのが分かり、そのたび自分を叱咤した。

「(まだまだ…!)」

ヒナタの心を奮い立たせる理由がある。これは、世界を守る戦いであり、ヒナタにとってそれは、大切な者を守る戦いだった。
大好きな人と、大切な友人が常に脳裏にあった。二人を守るためならば、ヒナタの心は強くなる。

「柔歩双獅拳!」

ヒナタの両手がチャクラの獅子を宿し、目の前のゼツを破壊した。
大丈夫だ。周囲には信頼できる木ノ葉の忍も多数いる。ネジもそうだし、キバやシノもそうだ。ヒナタも前線に立たせられるくらいには強くなった。この状況なら乗り越えられる、と誰もが思っていたに違いない。

ヒナタの耳に今までと種類の違うどよめきが届くまで。

「ヒナタ!!」

どよめきと共に、次に聞こえたのがネジの声だった。

「ネジ兄さん!どうしたの!?」
「落ち着いて、五時の方向を視ろ…!」

いつも冷静さを欠くことがないネジが、やけに焦っている顔をしていると思った。ヒナタはすぐに白眼を動かした。五時の方向───この戦場の端、不意にゼツたちの姿が途絶える。

それの更に奥に、十数名の人影、それも人ではなく、穢土転生された姿が視えた。
落ち着いて彼らの姿を見る間もなく、強風が吹いた。
それも、斬撃のような。

即座に反応したのはこの部隊の隊長・黄ツチだった。

「土遁 土流壁!!」

連合軍の忍の前に広範囲で土の壁が広がっていく、それが一瞬で崩れ去るところまで、誰もの目に映っていた。少なくない忍が風に切り裂かれて悲鳴を上げる。それは、ゼツまでもを頓着なく切っていたのが印象的だった。

「風遁使い…!?」
「まずいぞ!ここにはほぼ近距離忍術使いしか…!」

どよめきが広がっていく。土煙が晴れた先に、その十数名は、誰もの目で視認できるほどの距離まで達していた。
誰もが目を見開いた。
だが、中でも種類の違う驚きを示したのが、ヒナタを含む、銀色の髪にとても見覚えがある者たち───


「───風羽一族…!!」




「(おいおい、まじで言っとんか…!)」

それは、上空にいる紫珀の目に捉えられていた。
いくつかの戦場のうち、ここに引き寄せられたのは偶然なのかもしれないが、運命かと思うほどだった。今まさに強力な風遁を使った十数名の風羽一族の人間が、忍連合の軍勢に迎え撃たれている。

この戦場にこれまでとは違う緊張が走っているのを、紫珀は体で感じた。
風羽一族は名の知れた風遁使いだ。これまでゼツしかいなかったこの戦場に激震が走っている。

紫珀は舌打ちした。悠長に上空で見物できるほど、紫珀も無関係ではなくなった。




一族の先頭にいるのは、ある程度年老いた男だった。その口が開く。

「あなた方…」
「…!」
「その額に結んどるのは……“忍”、ただ一文字の額当てか……」

思慮深い声。穢土転生は、そうさせられない限り、性格までは縛られない。周囲の銀髪の者たちは、先頭の男を気遣うように、長、と声をかけている。とてもたった今、殺さんばかりの勢いの風遁を放った者たちとは思えない。それが、この穢土転生の卑劣なところだった。

「まさか…カナちゃんの一族の人たちが…」

ヒナタの震える口が紡ぐ。ネジが隣で気遣うようにヒナタを見ている。

「……風羽一族の方々とお見受けする!」

黄ツチが先頭で口火を切った。

「あなた方は、平和を重んじた一族だったと聞いている……しかし、その穢土転生の術で蘇ってしまった以上、我々はあなた方を倒さねばならん…!」
「…うむ。どうやら、そういうことらしいな…」
「心苦しいが……」
「捨てよ。ぬしら一丸となった“忍”に殺されるなら本望だ。我らは一度、既に滅びた一族。情けなどは…」


「滅びてへんけどな、一応───よう、オシドリ!!」


そこに落ちてきた声に、誰もが一瞬で顔を上げた。見間違いかと思うほどに、この戦場では小さい体躯の紫色の小鳥だ。
鳥が喋ったことに何事かと驚くのが多数、紫珀に見覚えがあって目を見開く連合軍の者が数名。だが何より、その鳥に目の前を立ち塞がれたその老爺───風羽の最後の族長、オシドリが、息をのんでいた。


「紫珀か…!?」


オシドリは、あの日、北波を引き取り、紫珀を引き取った。紫珀にとって、元いた住処を焼け野原にした仇敵そのものでもあり、同時に恩人でもある存在だ。

「喜べや。オレ様がここに来たから、お前ら風羽は二度と会えへんと思っとったヤツに会えるんやで」

紫珀が最初に口を開いた瞬間から、紫珀のくちばしにずっと挟まれていた羽根がひらひらと落ちていっていた。たった一つのその朱色は、凄まじい存在感を放って、地面にたどり着く。



朱雀に名前を呼ばれた。
それと同時に、自分の中の力が引かれ、沸き立つのを感じる。
呼ばれている。

「カナ?」

真っ先にカナの表情の変化に気がついたナルトが声をかける。そのナルトの碧眼を見返して、カナは急いた言葉を紡いだ。───時間はない。

「ナルト、必ず、呼びに戻るから!」

その瞬間、そのカナを見つめた碧眼と、ビーの瞳に映ったのは、神々しいほどの朱色の翼。チャクラで象られた、片翼一メートルほどにも達するそれが、カナの背を覆った。


「有翼式・神位の術!」


一足先に、戦場へ。
カナの姿が、そこで消えた。


 
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