島だ島だと言っていたこの“楽園”の正体が、実はとんでもなく巨大な大亀だということは、ナルトとカナは未だに知らない。
が、とにかく今、木ノ葉上層部から仰せつかった“Sランク任務”のため、ナルトは邁進していた。全てはモトイやヤマトたちの指揮の下で、である。この島の異常に育っている動物たちを、洞窟───この大亀の甲羅の中───に連れ込みながら、生態調査をするというのが、その任務の内容だった。

この島のトップに君臨するビーに統制されているその列は、なんだかシュールである。

「えーと…コアラ…オス!カモノハシ、お前は、メス!」

その甲羅内部、生真面目にもバインダーを持って、逐一紙に書き込んでいるのはナルトだ。任務を命じられたのはナルトなので、率先して一生懸命に働いている。

「…いい風だなあ…」

カナはというと、密閉空間で動物たちの匂いが入り混じって籠るので、気持ち悪くならないようにと、風使いの力で延々と空気の入れ替えをしていた。能力の無駄遣い感はある。
ちなみに居場所はと言うと、この間も懐いてきた鳥が背中に乗せてくれたので、空間の上空にいた。この子はメスらしい。
上にいると、地上で会話しているナルトとビーの姿がよく見える。

「タコのおっさんー、こいつオスかメスか分かんねーんだけど…体が丸まってて」
「こいつは昔から恥ずかしがり屋のアルマジロ♪性別調べるなんて有るまじき♪」
「ダメだってばよ!これはSランク任務の極秘任務なの!生態調査だかんな!」
「…どっちでも構わない♪じゃあメスってことで報告かましとけ♪」
「でもさ!でもさ!背中んとこに思いっきし“男“って書いてあんだけど!」
「そりゃ模様のようだな」
「聞いてみてよおっさん…ここのボスなんだろ?」

巨大なアルマジロに、耳を寄せるビー。

「プライベートはプライバシー♪」
「あー!そうですか!!くっそー、やっぱSランク任務だけはある……のか?コレ!」
「オスとメス、ひっくり返るようなことがあってもよ……天地がひっくり返るわけでもねーだろ、バカヤローコノヤロー!」

マジメにやっているナルトに対し、ビーはどうにもどうでも良さそうだ。
上空で見ていたカナは思わず笑ってしまったが、同時に考えることはあった。ビーは恐らくこの任務とやらが口実であることを知っているのだ。今のところ、疑問に思っていないのはナルトだけ。

「なんや、結構もう緊迫した事態なんやな」

少しの間離れていた紫珀が、カナの肩に戻ってきた。

「どうだった?」
「”暁“が来るかもしれん、そんでお前らをここに避難させとるんやと」

カナは、紫珀をヤマトやモトイの元に行かせていた。紫珀の身の小ささを利用して、隠密に、である。カナが直接聞いたところで絶対に答えないだろうことを踏まえてだ。

「そっか……もうバレてるんだ」
「ここ、亀の甲羅の中らしいで」
「え?か、亀?」
「って言っとったけど。直接聞かれへんから詳しいことは分からんかったわ。とにかく、動物たちも含めて守るために、こーいうことやっとるんやってさ」
「そう……」

カナは視線をヤマトたちに向けた。このどう考えても不必要な任務の傍ら、彼らは深刻な顔をして話し合っている。特にナルトにはバレないように隠そうとしているが、もう余裕がないのかもしれない。
どうしたものか、とカナは思う。ビーは見たところどうやら五大国の意向に合わせているようだ。一方でナルトが知れば、すぐさま事態の中心に向かおうとするだろう。

「……カナお前、どうしたいんや?」
「私は……」
「…なんやったら外も見にいこか。なんかあったらすぐ知らせられるで」
「ううん、紫珀だけを外に行かせるのはなるべく避けたい。もう敵が迫ってるのなら尚更。紫珀は今、口寄せじゃなくて直でここに来ちゃってるんだから、今までみたいにダメージを負ったらすぐ帰還、ってことができないんだよ」

そりゃそうやけど、と紫珀は拗ねたように言う。相棒の助けになりたいという気持ちは有難いが、紫珀は身を守るすべをほとんど持ち合わせない。

「ナルトに言うべきか、その決断ができないんだ……」

カナが呟いた、その時だった。

地面が───亀が揺れた。
徐々になどではない、一気に───地震、いや、規模が違う。

「うそッ」
「うわあああ!」

上空から見ていたカナの視界で、地面がぐわっとひっくり返る。地面が天井に、天井は地面に、必然的に動物たちを含め全員が上から下へ叩きつけられようとしていた。

「風遁 風波・散!!」
「木遁 樹海降誕!!」

上空にいたからこそ天地逆転のギャップが少なかったカナと、長年忍をやってきて冷静なヤマトの声が被った。風で落下の勢いを相殺し、動物たちその他の体を地面から一斉に生えた木々が受け止める。
盛大な土煙が舞った。

「みんな、大丈夫!?」
「イテテ……すげー地震だってばよ…」
「本当に天地がひっくり返ったよ!バカヤローコノヤロー!」

カナは慌てて鳥に降りてもらい、ナルトたちの顔を覗き込んだ。だが、倒れていたナルトがふと違う方向を見る。恥ずかしがり屋のアルマジロは気絶していた、仰向けで。

「……天地ひっくり返っても、オスはオス…と」
「こんな時に生態調査してる場合かァー!!」

ヤマトのキレッキレのツッコミが飛んだ。



大亀の周りでは、すでに戦闘が勃発していた。
この亀にたどり着いたカブト・デイダラと、それを見越して応援に来た土影・赤ツチ・黒ツチの交戦だ。亀の上空での戦いはその亀を巻き込んでいる。カブトの口寄せ大蛇が亀の行く手を阻もうと攻撃しているのである。
それが大小規模の地震を何度も何度ももたらしていた。


そんなことなど今のところ知る余地もない亀の甲羅内部では、一番事態を予想できていないナルトが文字通り頭を抱えていた。

「い、いやー!今日はやけに地震が多い日だねー!」
「にしても多すぎだってばよ!それに地震で天地ってひっくり返るっけ…?」
「いやー、あまりに揺れたから天地ひっくり返って見えただけで…」
「…そうかなあ…?」
「(そうかなあ、ってなる…?)」

純粋なナルトにカナは心の中でつっこんだ。

「オレってばちょっち外見てくっから!」
「あ、じゃあ、私も」
「いや!ナルト、キミは大事なSランク任務中なんだから任務やんなさい!カナはちゃんとそれ見ててやってくんないと!」
「(私、一応まだ抜け忍なんだけど…)」

まだごねるナルトに、ヤマトはとうとうとそれっぽいセリフを並べて、なんとかナルトを宥めようとしている。カナは溜息をついて、少しだけ二人から離れた。今もどこからかの振動が空間に伝わってくる。
ナルトには会話が聞こえない程度の距離で相変わらずアオバとモトイが会議をしていて、カナは堪らず二人のほうに足を運んだ。

「お、もう直接行くんか」
「うん。───あの、アオバさん、モトイさん」
「な、なんだ、カナ」
「ナルトみたいに隠さなくて大丈夫です。モトイさんは、感知タイプでしたよね?もう外に敵が来てるんじゃないんですか」

カナの目の前で、アオバとモトイが視線を交わす。だが、確信を持った人物の前では意味がないだろうと判断したのか、モトイが観念したように頷いた。

「外に五人、来ている。亀がひっくり返されるほどの戦闘が起きているということは、こちら側の応援と、敵が交戦を始めてると思われる」
「…じゃあ、私たちも行くべきですよね」
「ああ、だけど」

カナが声を低くして言った時、ヤマトがカナの後ろから近づいてきた。ナルトの説得は済んだのだろう。ポン、とカナの肩に強く手を置く。

「キミやナルトは行かせないよ。僕たちだけで行く」
「…でも…」
「でもじゃない。カナ、キミなら分かるだろ。万が一があれば、どういう結果を招くか」

強い口調で言われて、カナは口をつぐむ。頷いたヤマトはカナから離れ、「アオバ、モトイさん、行きましょう」と声をかけ、洞窟の出口に走り出した。二人も一瞬カナを気にする素振りを見せたが、そのままこの場から去っていった。
また、ズン、と低い音が振動する。

「万が一ってどういうことや?」
「…紫珀は十尾の話は知ってるんだっけ?」
「おん」
「十尾は、ナルトやビーさんの尾獣を入れてしまうと完成するし、私の神鳥を入れると“安定”の力で思い通りに操れてしまうんだって。だから五大国側は、私たちを出したくない」
「…なるほどな。確かに」

ナルトもビーもカナもそれなりの実力者だ。戦争に出せば戦力になる。だがそれを差し引いても、リスクをなるべく避けたいと考えている。それに関しては納得できる……ただ、自分が当事者でなければ、だが。当事者であるから、これほどもどかしい展開はない。

「カナー!任務の続きすっから、手伝ってくれってばよ!」

遠くでナルトが呼んでいる。カナは「あ、うん!」とひとまず返したが、戻る前に足を止めた。拳が強く握られて、迷いを示している。紫珀はすぐにそれに気がついた。

「…どうした?」
「紫珀…ごめん、前言撤回していい…?」

カナの瞳が紫珀を見つめた。

「絶対に気づかれないで、テンゾウさん…ヤマトさんたちを追ってほしい」

大事な相棒を信じて戦場に送る決意だ。何故なら、もう甘いことを言っていられる立場でも状況でもないのだから。
紫珀は一瞬目を見張って、ふっと笑った。今まで甘さを捨てきれなかった相棒が、少し成長した瞬間だ。それを紫珀が受け取らないわけがない。そもそも紫珀も、忍と名をつけられた鳥なのだから。

「任せとけ」
「ありがとう。これを持っていってほしい」

そう言ったカナの瞳が、金色に染まった。体の目の前に右手を差し出すように広げると、そこにぶわりと銀色の風が集まり、何かを形成する。
現れたのは、朱色に輝く羽根だった。

「それは?」
「詳しいことは省くけど、私を呼び寄せられる」
「…そりゃ、すごいけど。使うタイミングめちゃくちゃムズイな」
「紫珀に任せるよ。信頼してる」

金色の瞳が姿を消し、元の色で微笑むカナ。金色の羽根を紫珀のくちばしに持たせる。

「…ま、信頼されたんじゃ、しゃーないな」

ばさりと紫珀は飛び立つ。地上で懸念した表情で自分を見つめてくるカナの上空で一回りして、そのまま真っ直ぐ甲羅の出口へと向かった。


忍の足は早い。紫珀の目にもうヤマトたちの姿はないが、甲羅を出てすぐ音を聞く。絶え間なく地響きが鳴っているが、あと一際大きいのは恐らく亀が悲鳴を上げている声だ。

「(こっちか!)」

紫珀は一度天高く上昇し、音の方向に、間違いなくおかしな土煙が舞っているのを見た。戦闘の印だ。



戦闘は、デイダラ対土影、カブト対その他で別れていた。
紫珀が今まさに向かっている亀のアゴのあたりでは、たった今カブトが捕まったところだった。黒ツチの石灰凝の術がカブトの足を固定して離さない。

「間抜け!これでてめーはもう動けねえ!」

更に念を入れて、黒ツチの口から石灰が吐き出され、カブトの体を覆った。

「よし!こうなればこっちのもの!オレが情報を抜き取ります!」
「頼む、アオバ。僕が木遁で足場を作るよ」

ヤマトの手が印を組む。途端に、その手からしっかりとした木が地面と並行に伸び、石灰凝の上を跨いだ。カブトまでの綱渡りだ。アオバはその木に飛び乗り、カブトの目の前まで足を運んだ。

「カブト、落ちたな……ますます大蛇丸みたいになっちまって」
「…僕のことより、キミがそこから落ちるなよ」
「アオバ、集中しろ!」

アオバの手がカブトに伸びる、その隙だった。カブトの口が異常なほど大きく開き、そこから大蛇がアオバを襲った。「うわ!!」とのけぞったアオバは思わず木から落ちる。
そしてそれと同時、カブトの頭が蛇のように伸びて、狙ったのは───ヤマト。

「(テンゾウ!!)」

追いついた紫珀の目に映ったのは、ヤマトが大口を開けたカブトに丸呑みされる瞬間だった。

「ヤマト!!」

誰もが叫ぶが、蛇化したカブトの速度に追いつけない。カブトはあっという間に亀から滑り落ちていき、海へと入っていった。
紫珀の決断は素早かった。

「(だてに長いこと寝とったわけやないぞ…!! 結界術 索眼の形(さくがんのけい)!)」

色の無い結界が紫珀を中心に広く広がった。その途端、紫珀の目に海の中のカブトの姿が見える。ついでに上空で戦っていたデイダラと土影の姿も捉えたが、今デイダラが姿を消したようだった。
カナと離れていた長期の間、渦木の滅亡した地で残っていた資料を読み耽っていた成果だ。

紫珀は、カブトの姿を追い始めた。どんどんと亀から離れていく───





甲羅内は、相変わらず揺れている。
おまけにあれから再び天地が逆転し、元の地面が戻ってきたが、おかげさまで天井にヤマトが生やした木が生えているという謎な現象が起きていた。
そこで、積み木で遊んでいる……いや、九尾チャクラのコントロール修行をしているナルトの姿が。

「くっそー、三回に一回は石を崩しちまうってばよー!」
「集中しろ、終始♪」

積み木を全て積んでいくだけの修行。それはビーによる、外に行きたがるナルトを止めるための口実でもあった。いつも愉快なラップを口ずさんでるが、意外としっかり考えているなあ、というのが、カナの感想だった。

「(それにしても…紫珀が戻ってこない…やっぱりヤマトさんの身に何かが…?)」

カナはちらりとアオバたちを見る。
アオバとモトイは戻ってきた。ヤマトだけが戻らない。聞いても「ヤマトだけ外で見張りを続けている」と平然と言われただけだったが、それが嘘なのかどうか判断がつかない。嘘であっても、カナに聞かれるに違いないと踏んで、決してバレないようにしようとしてるだろう。

その時また、一段と揺れた。
積み木をあと一つ積むだけだったところが、その揺れのせいで崩れていく。

「くそー!もう一回だ!」
「いい加減九尾チャクラは見飽きたな!ヨウ、カナ、お前もするか?」
「え、カナもこういうチャクラ使えんの!?」
「あ、いえ、私のはちょっと種類が違ったので……ナルト、がんばれ!」

ただでさえ朱雀の力を引き出すのには体力がいるのだ。これで消耗するのは遠慮被りたいと、カナは丁重にお断りして、とりあえずナルトを焚きつけた。



雷の国、雲隠れ。五影たちが長く会議を続けてきたその場所に、五大国の忍たちはもうほぼ集結を終えていた。

「自国自里の利益のために…第一次から第三次までの長きに渡り、忍はお互いを傷つけ、憎しみあってきた」

木ノ葉、砂、雲、霧、岩。これまで事あるごとに争いあってきた五つの里の忍たちが、今、この時のために作られた“忍”を刻んだ額当てを結んでいる。

「その憎しみは力を欲し、オレが生まれた。かつてオレも憎しみであり、力であり、人柱力だった」

部隊は五つに分かれる。
奇襲部隊、医療部隊、情報部隊、感知部隊、戦闘部隊。
そしてその戦闘部隊は、更に各々の得意な技に分かれ、全五部隊に。

「そしてこの世界と人間を憎み、滅ぼそうと考えた……今“暁”が為そうとしていることと同じだ」

その全てを統べる、戦闘大連長を務めるのは、若き砂隠れの影・我愛羅。
これまでの憎しみを忘れきれず、小競り合いを起こし始めた各里の忍たちを前に、我愛羅は普段饒舌ではない口を開いていた。

「だが……木ノ葉の一人の忍が、それを止めてくれた」

我愛羅が思うのは、その輝きで誰もを救い出す友だった。うずまきナルトは、一度は化け物となりかけた我愛羅を、心ある人間へと導いた。

「彼はオレを救った!敵同士だったが、彼は同じ人柱力だった……同じ痛みを理解しあったもの同士、わだかまりはない!」

誰もが我愛羅を見つめ、見上げている。もうここに彼を若造と馬鹿にするものはいない。

「今ここに敵はいない!なぜならみな、“暁”に傷つけられた痛みを持っている!砂も、岩も、木ノ葉も、霧も、雲もない!あるのはただ───“忍”だ!!」


五つの里は、若き風影の心ある演説を受け、今やっと一つになる。
戦争の火蓋は切って落とされた。これは、この世界を救うための戦いとなる。


ーーー第七十話 開戦


 
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