ピーヒョロロロ、と耳慣れた鳥の鳴き声が、雲隠れの上空を飛んでいる。空を切るように一直線、向かっている先は雷影邸。今もまさに五影とその付き人たちでの会議が進んでいるその部屋に、バサリと羽音を立て降り立った。

「なんだ?」
「連絡だな。どこの鳥だ?」

風切り音に真っ先に気づいて窓際に寄ったのは砂のテマリだった。そのテマリが腕を伸ばすと、鳥はテマリの腕に移動する。シカクがそれを目に「木ノ葉ですね」と反応する。

「ナルトたちに付いているアオバからかと」
「なんじゃ?ヤツらに何かあったか」

テマリは言われずとも、その鳥の足に付けられた伝書を取り外し、すぐさま紙を開いた。その目は数秒後には見開かれる。「どうした」と我愛羅がすぐに問いかけた。
テマリはぱっと顔を上げ、歓喜の滲む顔で弟を見返した。

「カナが、記憶を取り戻した……!!」


───そこに書かれていたのは、カナの記憶についてと、カナが提供した戦争に有益と考えられる情報についてだった。
その情報は、ここにいる十人と、今回の戦争にあたり編成された戦闘部隊の、各隊長たちにのみ伝えられることとなる。


ーーー第六十九話 想いの名前


今まで精神世界だと思っていたこの場所での修行は、時間感覚を忘れさせる。一体どのくらい時間が経ったのかわからないが、とにかくカナは今、床に仰向けに転がっていた。

「き、きっつい……!」

顔は汗まみれ、なぜか体は引っ掻き傷だらけである。周囲には朱色の羽毛が散っている。
この瞬間朱雀の姿は消えていたが、数秒後、ゆっくり再び朱雀のチャクラが集まり、鳥の形を模していった。金色の瞳が寝転がるカナの顔を覗き込む。

「チャクラの量が圧倒的に足りないな。一度が限界か」
「こんなにキツいのは初めてかもしれない…」
「こればかりは仕方がない。発動するタイミングを見誤らないことだ。下手をすれば、そうやってバテた瞬間に即死だ」
「笑えない…」

元々朱雀のチャクラがなければ、カナはチャクラ量が多いほうではなく、人並みだ。こればかりはナルトが羨ましいな、とカナは働かない頭で思った。動きたくないと言っている体に鞭を打ち、なんとか体を起こす。

「でも…これで、一応、全部習得した…?」

この空間で発動した術の一つ一つを思い返して言うと、朱雀は頷いた。

「もうここで教えることはない。あとは実践でなんとかしろ」
「ええ…すごい投げやりじゃない?」
「いつ争いが始まるか知らん。この緊迫した状況で、いつまでも修行だのなんだの言ってられん。チャクラは常に満タンを維持しておけ。それだけだ」

朱雀の声は淡白さもあったが、最後に、カナを覗き込んでいた顔がさらにカナの頭に近づいた。大きなくちばしがコツンとカナの頭に軽く、優しく当たる。その瞬間、ゆっくりその存在が消えていく。素直じゃないなりの励まし方だろうかと、カナは笑って、頷いた。

空間を出て、階段を降りていくと、一瞬足がすくむほどの高さにいたことを思い出した。そうだった、神殿の天井にいたのだった。チャクラをほとんど使い切ってしまったカナは、足を踏み外さないように慎重に跳ぶ。
風が体に纏い付き、落下スピードを減少させる。十数秒後やっと地面に降り立ち、一息ついた。

「(ナルトのことも気になるけど…そんなこと気にしてられないくらい、疲れた…)」

まだこの神殿内にいるだろうか、と一瞬思ったが、一度休もうと思い、神殿の出口に向かった。

水面───滝。滝に打たれて、何時間かぶりの外気にあたり、日光に当たる。
思わず空を仰いで眩しさに目を細めたカナの視界に、何かがよぎった。

「…?」

太陽を遮っている何か小さなものが、ゆっくりとカナの視界で大きくなっていき、近づいてくる───


「カナ!!」


「し…紫珀!?」

それは、久方ぶりに見る、紫色の相棒。

「紫珀、なんでっ…!どうやって!?」
「やかましい!!」
「ええ!?」
「オレ様もお前に言いたいこと問い詰めたいこと山積みやけどな、ちょっと別に優先することできたからはよ来い!!」
「えっうわっ」

紫珀の姿があっという間に煙に巻かれ、巨大化し、そのくちばしがカナの首根っこを掴んだ。羽ばたきと共に急上昇し、首が締まったのも束の間、ぽいと背中に投げられる。衝撃は応えられることのないまま、カナは真実の滝から連れ去られたのだった。




少しだけ時を遡る。実は、この島ではすでに戦闘が勃発していた。
ビーの背負っていた“暁”との戦利品・鮫肌の中に、その倒したはずの干柿鬼鮫が潜入していたのだ。

九尾とのチャクラの綱引きを終え、九尾チャクラを使えるようになったナルトがそれに気付き、鬼鮫との鬼ごっこが始まった。
神殿を抜け、真実の滝外部でビー、ヤマトが追いついたが取り逃し、ちょうど出くわしたアオバ、モトイ、そしてガイがそれを追いかけ…鬼鮫対ガイ戦は、ガイの凄まじい空圧正拳で勝利となった。

しかし、情報を抜き取られる前に、鬼鮫は自らを口寄せの鮫に食わせて命を絶ったのだった。彼なりの、仲間を売らないために選んだ死に様だった。

とにかく、それで一時は“暁”に情報を漏らさずに済んだのだが、鬼鮫から奪取した、情報を記載しただろう巻物を開いた瞬間だった。
水牢トラップ───ご丁寧にも凶暴な鮫付きの。
巻物から飛び出した、人数分の水牢と鮫にかかり、結局はその隙に鬼鮫に飼い慣らされた鮫が巻物を持っていってしまった。しかも残った鮫は全員を食い殺さんばかりの勢いで。

そこに通りかかったのが、紫珀だったのだ。

『ん!?お前ら木ノ葉の忍か!?』
『お前ってば……どっかで見たこと……どこだっけ!?』
『覚えとけや!オレ様はな、』
『紫珀!?』
『お前…テンゾウか!』
『オレもカナの記憶で見た!カナの口寄せ忍鳥だろ!?これどうにかできるか!?』
『ホンマに悪いけど、そのレベルのやつすぐどうにかできるほどの能力はないんや…!』
『なら、カナを呼んできてほしい!』
『!! アイツ、ここらへんにおるんやな!?』
『カナなら多分、真実の滝あたりでまだ…!』



ガボガボととんでもない肺活量の何人かと会話して、紫珀がまたカナを探しに行ったのがつい一分前。凄まじいスピードと、タイミングの運の良さでカナを連れてきたのがたった今。
上空からのカナの目に、水牢の中で鮫と交戦しているナルトたちが映った。

「えっなにこれ…!?」
「分からん!良いから助けたれ!」
「うっうん!みなさん、遅れてすみません…!」

全員が救世主を見るような目でカナを見上げている。カナはすぐさま紫珀から飛び降り、風で水牢を切り裂いた。

「っはー!死ぬかと思ったってばよ!鮫ェ!!」

その瞬間水は弾け、それぞれ自由になった身で鮫を薙ぎ倒した。鮫が次々と煙に巻かれて消えていく。ガイだけは鬼鮫戦の名残で今にも鮫に食べられそうだったので、代わりにヤマトが木遁で縛って消した。

「ガイ先生…大丈夫ですか?えらく疲れてますけど、もしかして敵襲が…?」
「ちょっとね…!誰かアレ、一応まだ追えますか?」
「オレが行くぜ戦犯、よく考えりゃ八尾化すりゃ良かった鉄板♪」

相変わらず愉快なビートを刻みつつ、ビーがすぐに去っていく。もう情報を持っていった鮫が消えてから数分は経っているから、望みは薄いだろうが、念のためだろう。
唯一状況を掴めていないカナのその肩に、元のサイズに戻った紫珀が舞い降りた。

「カナお前、えらくこの場に馴染んどるやんけ。記憶無いんやなかったんか?」
「え、なんでそのこと…」
「紫珀、久しぶりだね。カナを連れてきてくれて助かったよ、ありがとう。あと、僕のことはこれからヤマトって名前でよろしく」
「ああん?めんどくさいやっちゃな」
「……」

神鳥のコントロールで疲労した肉体と、突然の紫珀との再会、そして読めないこの状況に疲れて、カナの頭はまったく追いついていなかった。ナルトは疲弊して激痛が走っているらしいガイの体で遊び始めているし、ヤマトは大慌てでそれを止めに行く。アオバとモトイは何やらコソコソ会議をしている。

「…落ち着いたら全部聞こう…」
「お前はお前で、落ち着いてんちゃうぞ、カナ」

疲れ切った体を休めようと木の影に座った瞬間、ドスの聞いた声が降ってきた。そういえばそうだった、とカナはぎくりとした。
この緊急事態で余韻も感傷も感動も何もなかったが、カナと紫珀の邂逅は、北波との戦い以来───カナは紫珀の存在は覚えていたが、口寄せ契約しているとは記憶になかった為、一切呼び出すこともなく───この状況。

「お前…洗いざらい全部吐いてもらうからな!!カカシのやつに大体は聞いとるが、お前の口から、抜けてるとこもふくめ、全部!!ホンマにお前ってヤツは…!」

紫珀のこの剣幕を見るのは久しぶりだな、とか、カカシ先生がしゃべったのか、とか、なんでカカシ先生が紫珀に会えたんだろう、とか、呑気に構えてる余裕もない。

「ま、まァまァ。紫珀…だっけ、そんな怒らねーでも…」

その喧騒を聞きつけてナルトが助け舟を出してくれるが、

「やかましーわ元気ボーズ!!お前には感謝しかないわ!ほんまに頭が上がらん!!さすがオレ様の見越した男や!!ほんまありがとう!!」
「おおう!!?……ん?褒められてんの?」

思いのほかナルトは紫珀のお気に入りのようだった。



疲弊しきったガイを寝床に運んだりだとか、とりあえず紫珀を大人しくさせたりだとか、とにかくその場の状況を片付けた後は、すっかり日が暮れていた。

雲隠れのこの地は本当に霧が深い。夜闇に包まれたこの時間帯でも、霧が覆っているからだろう、星はほとんど見えない。
風に乗って漂う海の匂いをカナは目を瞑って感じていた。宿として借りている建物の屋根の上。肩には相変わらず紫珀が乗っている。

「眠くならないの、紫珀」

紫珀は、カカシによって元の住処から連れ出され、一度木ノ葉に向かったという。しかし、その時にはすれ違いで、カナはナルトたちと共にこの島にたどり着いていた。それを聞いて雲隠れへと追いかけて来て、その間、ほぼ休まずで飛んでいたらしい。

「むちゃくちゃ眠いわ阿呆」
「あはは。なら、早く寝ればいいのに。私の部屋使っていいよ」
「鳥類なめんなよ。このままでも寝れんねん」

暗に離れたくないのかもしれない。本当に心配させてしまったなと、カナは思う。カカシから聞かされる話は驚愕の連続だったに違いない。何から感傷に浸ればいいのか分からないくらいだ。
だが、二人の空間で話すなら……カナは小さく口を開いた。

「北波兄さんのこと」
「…なんや」
「…忘れちゃってたこと、ごめん…」

二人の脳裏に、幼い頃のカナと北波、そして紫珀で戯れていた時のことが思い返された。戯れていた…というには、北波の顔はいつもどこか、辛そうだったかもしれない。

「…別にお前のせいやないやろ。アレは、アイツの意志やった。オレのほうが…アイツの、あの間違った意志を変えることができんかった…。それに、忘れたお前に本当のこと言う勇気も出んかったんや」

紫珀は懺悔するように声を震わせる。後悔しても遅い、過ぎ去った日々、永遠に失くした重み。紫珀と北波も長い付き合いだった。北波がいなくならなければ、きっと紫珀は北波の忍鳥になっていただろう。

「何が最善なんか分からんまま、過ぎ去ってもうた……悪かった」
「…ううん。ちゃんとぶつかり合えてよかったとは思ってるの。じゃないと私、一生兄さんの本心を知れなかったと思うから」

カナはゆっくり噛み締めるように言う。幼い頃の自分は、何も知らなかった。自分の一族のこと、自分の宿したもののこと、一族の犯した罪のこと。そうして北波を苦しめていた。こうなって良かったというには失った命が多すぎるけれど、ああやって北波がぶつかってこなければ、どんな展開であってもカナは一生北波と真に通じ合えなかった気がしている。

「……そうか。……お前の口から、またアイツのこと、兄さん、て呼んでんが聞けて、嬉しいわ」

紫珀の声は低い。カナは励ますように、うん、と頷いた。

「もう、兄さんのことは忘れないよ。ずっと、大事に覚えておく……」

紫珀の目がすっとカナの横顔を見つめた。感じた、少しの違和感は、きっと気のせいではない。紫珀はそれほど長くカナの横にいたし、カナの性格なんて一番わかっている存在だった。

「……お前、なんか、強くなったな」

紫珀の本心からの言葉だった。嫌な感覚ではないが、カナの心が一歩成長している気がしたのだ。カナは紫珀の視線を見返して、ほんのり微笑んだ。

「…記憶の無い私の感情とか、思いとかが、残ってるからだと思う。ちょっと幼稚で、冷たい人間だったんだけどね…記憶のない私のほうが、断然“忍”らしかった」
「……オレ、カカシのやつに、お前の記憶を戻せだのなんだの言われて来たんやけどな。一歩遅かったわ」
「あはは、思い出しちゃった……随分長くかかってしまったんだけどね。謝らないといけないこと、いけない人、たくさんだ……」

記憶を取り戻して、まだ一日も経っていない。こうやって夜更け、静かな時間になってやっと、色々と実感が湧いて来ている。

「里抜けして……記憶を失って。色々あって今、たまたまここにいさせてもらってるけど、まだそれに関しては解決できてないし……ケジメをつけなきゃいけない」
「…せやな。有耶無耶にすんのは都合が良過ぎや」
「木ノ葉丸も泣かせちゃったし……ナルトたちには記憶をなくしてまで、迷惑ばかりかけた。里にも散々時間を取らせちゃったし……ああ、あと、五影会談にまで乗り込んだんだっけ……」
「めちゃくちゃやらかしとるやん」
「本当に……何も覚えてませんでした、じゃ、済まないことがたくさんだ」

乾いた笑いを漏らす、その目は真剣そのものだった。都合が良すぎる終わらせ方をするつもりは毛頭ない。カナはそういう決意をして、サスケと共に里抜けをしたのだ。───帰ってきたサスケと、一緒に罰を受けようという決意の元に。

その時、がちゃり、と屋根の下からドアの開く音が聞こえた。
カナはそうっと下を覗き込むと、漏れ出る屋内からの光に当たって、見慣れた金色がキョロキョロと何かを探していた。「ナルト」と声をかけると、その目が一瞬声を探して、すぐカナを発見する。

「カナちゃん!……じゃねえ、カナ、だった」
「あはは。呼びやすいほうでいいけどね」
「探してたんだってばよ」

「え?」とカナが目を瞬かせている間に、ナルトは身軽に跳んできた。紫珀が止まっている肩とは逆側に座り込み、夜空を見上げる。「ここ、星全然見えねえなあ」とさっきカナが思っていたことをそのまま口にした。
カナも深く聞かずに、同じようにもう一度空を見上げた。やはり霧が濃い。けれどなぜか明るい気がするのは、隣に明るい人が来たからだろうか。

「……ナルト」

空を見上げたまま言う。

「みなまで言わなくても、って言ってくれてたけど……やっぱり、ちゃんと言うよ」

ナルトの目は動かなかった。二人して、空を見上げている。

「たくさん心配かけて、ごめんなさい。嘘をついたこと、みんなの気持ちを傷つけたこと、迷惑をかけたこと……全部、謝る。本当に、ごめんなさい」

これを言うまで、長い長い道のりだった。
───カナは、ナルトたちに何も言わずに里を出た。サスケのようにわかりやすい理由もなく、ただただ勝手に姿を消した。そして二年半後、大蛇丸のアジトで再会して、心にも思ってない言葉で、わざとナルトたちの心を切ろうとした。アスマの一件で木ノ葉に一度捕まった時も、ひたすらに本心を隠した。

「記憶をなくして…何も知らない“私”が、私を見た時。いつも思ってた。なんて分かりづらくて、人の気持ちを考えてない人だったんだろうって」

おかげで木ノ葉に来るまでカナは自分の情報がほとんど分からないままだった。水月にも言われたことを思い出し、眉を下げて笑った。

「それで、わかった。大事にしているつもりが、蔑ろにしてしまってたんだって…。…本当に、ごめん……」


ナルトからの言葉はしばらく返ってこなかった。海の匂いが混じる風を感じて、木々のざわめきを感じて、最近また冷えてきた季節を感じる。忍界はもう十月に入って数日───

「…カナちゃんが本当に人の気持ちを考えてない人だったら」
「!」
「オレも、サクラちゃんも、カナちゃんのこと、信じて追いかけらんなかったと思う」

ナルトはまた、カナちゃん、と言う。昔のカナに向けて言うように。

「カナちゃんが優しいこと、仲間想いなこと、だけどちょっとその気持ちがいきすぎてることを知ってたから、オレたちは安心して追いかけられたんだってばよ。サスケのことも、大蛇丸から守りたくて、見ててくれたんだろ」
「……」
「もちろん、カナのごめんって気持ちは、受け取る。結構、色々、辛かったからな!」
「……うん……ごめん」
「こうしてちゃんと話せるようになったのが、オレってば、心底嬉しい。だからそれでもう、だいじょーぶ!」

ナルトの明るい声が、夜の澄んだ空気に滲んだ。
その時、空を覆っていた霧が、ちょうど薄くなっていった。完全に晴れたわけじゃないけれど、薄く、夜空の星の光が透ける。二人の目にその輝きが映る。霧が薄くなってしまえば、海原の星たちの明かりは強く、眼前に迫ってくるようで、二人で小さな歓声を漏らした。

「すっげー、キレー…」
「うん…ホント…」

ナルトは大きく腕を上げて、そのまま仰向けに寝転がる。カナも同じようにしようとして、そういえばと、肩に止まったままの相棒を横目に見た。ものすごく静かにしていると思ったら、紫珀は目を閉じて寝てしまっているようだった。やはり、相当疲れてたんだろう。
くすりと微笑むと同時に、カナは紫珀にもごめんね、ありがとうと、呟く。紫珀は自分のことになると強く言わないが、紫珀にも相当心労をかけてしまった。

「…なあ、カナ」

少し低くなったナルトの声。カナは改めてナルトの顔を見た。ナルトは相変わらず夜空を見上げていた。

「サスケのことについて、話したかったんだってばよ」

ナルトはその瞳に何を思い出しているのだろうか。カナは自然と手に力を込める。

「……うん。なに?」
「…カナは、さ。サスケのことが、」
「……うん」
「なんつーか……好き、なんだよな」

───好き。
その言葉が、重い。
軽い気持ちの話でもないことは、カナももう、分かっている。
自然と思い出していた。ダンゾウとの戦いを終え、サスケの千鳥に腹を貫かれて、もう死ぬだろうと思っていたところで、サスケと最期にと思って言葉を交わしたことを。凍てつくような表情をしていたサスケに、記憶のないカナはかろうじて伝えたのだ。


『あなたを、愛してた』


あの時サスケに伝えた言葉が、頭に響いた。記憶のないカナはずっと、サスケだけは特別な存在であると感じていた。そうして導き出した答えを、あの時、口に出したのだ。

あれは───確かだ。

何秒経っただろうか。カナの口はようやく、動いた。


「うん。……私は、サスケが好き」

友達として。幼馴染として。仲間として。それもある、けれどそれよりも、誰よりも大切な、そばにいたい人として。サスケの姿を思い出す。誰を思い出すよりも、胸が苦しくなる。愛情を感じる。これは、特別な想いなのだと、そういう名前をしているのだと、カナはようやく知った。

「好き……っていう気持ちだと、思う」
「…はは、カナのサスケへの想いは、強すぎるもんなあ」
「記憶のない私が、先に告白しちゃったんだけどね…」
「いのいちのおっちゃんから聞いたってばよ。結構、衝撃だった」
「私も。多分、記憶をなくさなかったら、一生こういう気持ちを自覚しなかったと思う。……しないほうが、良かったのかもしれないけど」

サスケのことが、好きだ。そう思った時、自然と思い浮かぶことは必然、もう一人のチームメイト、サクラのことだから。そしてサクラももう気付いているはずだ、とカナは何度も面会に来てくれていたサクラのことを思い出した。たまに見せる暗い表情は、恐らくその奥に、サスケを見つめていた。

「サクラとは、ちゃんと話をするよ。全部……全部、終わったら……」

重みを込めた言葉を吐き出す。ナルトはうん、と頷いた。

「もう全部……終わらせなきゃいけねえ」

ナルトのその言葉の裏に滲む決意の色に、カナは気づく。ナルトはようやくカナを見つめ返していた。

「その役目は、オレが負う。サスケのことは……オレが連れ戻す。多分、オレしかアイツとぶつかれねえから。……オレにその役目を任せてくれねえか」

有無を言わせぬ視線の強さのように感じる。カナは、何度も何度もサスケとぶつかっていたナルトを思い出す。幼い頃もずっと……そういえば、カナは二人が喧嘩しているところを見るのが好きだった。

「……ナルトは昔からずっと、サスケの気持ちを引っ張り出してくれてたね」

ナルトの真っ直ぐさが、サスケを変えていたような気がする。

「……私はいつも、サスケに寄り添うことしかできなかった。誰かに話して、任せることもしなかった。そして、ここまで来てしまった……」

サスケが里抜けする直前もそうだ。あの時、サスケが里を抜ける前からそのことを勘づいていたのは、カナだけだった。そのことをカナは分かっていた。けれど誰にも言わず、サスケに真っ向からぶつかって引き止めることもせず……

「でも」

カナの声も強く、ナルトに返された。

「任せるとは少し違うかもしれない」
「!」
「ナルト。私も一緒に、サスケを救いたい。ナルトにしかできないことは、ナルトにしてほしい……でも、私にしかできないことは私がする。それにきっと、サクラにしかできないことは、サクラがしてくれる」
「……うん」
「一緒にできることは一緒に。それでも、いいかな」

二人の視線は交わり合う。よくないはずがないのだ。二人の思いは一致している。二人は今横にいる。昔のように、心のうちを隠すこともなく、全部さらけ出した。
だから今の二人は、それにサクラもきっと、一緒に歩むことができる。

「ッあーあ!!」
「え?」
「ホントに、嬉しいってばよ!こうやってまた、一緒にいれんの!」

静かな夜に、ナルトの感極まったような声が響いた。そのあまりの勢いの良さに、カナは紫珀が身じろぎしたのを感じた。

「なんやねん、うるさいなあ…」
「あっ悪ィってばよ。起こしちまった」
「相変わらず元気やなあ、金色ボウズは…サスケのアホにお前の爪煎じて飲ませてやりたいわ」
「え、紫珀もサスケのこと知ってんの?」
「あったりまえや。オレ様の次の目標はな、あのアホに一発ぶちかましたることや。アイツを連れ戻してからな」

ここにも、サスケを連れ戻したい者がいる。
寝ていたくせに、まるで話を聞いていたかのような言いように、カナとナルトは顔を見合わせて笑った。紫珀は意味がわからないというように首を傾げていたが、なんとなく気分を良くして、胸を張ったのだった。

サスケともまた、こうして笑いあえる日が来ることを、少なくともここにいる三人は望んでいる。

それからも、ナルトとカナは夜空の下、寝るのを名残惜しむかのように話し続けた。空白の三年を埋めるかのように、止めどなく、止めどなく、これまでのことを。笑ったり、驚いたり、時折泣いたりしながら。
星たちが再び霧に隠れるまで、いつまでも、いつまでも。



次の日には、事態は再び動き出していた。
鬼鮫が命を賭して運んだ情報はトビたちへ。その事を報告するために放たれたモトイの忍鳥は、雲隠れへ既に到着していた。
こうなれば、先手必勝だ。
トビ側からは、カブト、そして穢土転生のデイダラが。五大国側からは、土影オオノキと、その弟子赤ツチ・黒ツチが。人柱力たちを奪うため、守るために、それぞれが動き出す。
開戦の時は、もう、すぐだ。


 
|小説トップ | →
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -