「へへ……カナちゃんのこと、カナって呼ぶのは、なんか変な感じするな」
「……私はもう、そっちのほうがいいな」
「ちゃんと、忘れてた時のことも覚えてるのか?」
「うん……ナルトのおかげだよ。ナルトが“私”のことを、カナって呼んでくれたから。おかげで戻ってこれた。……あの、ナルト。本当に、なにから言ったらいいのか…、」
「いいって。多分全部分かるからよ、みなまで言わねーでもさ」

ナルトも少し涙ぐんだようだったが、それを見せることなく、カラッと明るく笑った。頭の後ろで手を組んで笑う、その仕草は昔のままだが、その口から出てくる言葉は本当に成長したものだった。

「……大きくなったね、ナルト」
「え、そうかあ?前とそんなに背丈は変わんねーと思うけど」

「ううん、そういうことじゃなくて……」とカナは笑う。カナの目に映るナルトは、あまりにも大きくて、たくましい、大人な男の子だった。
そのナルトの背後から、ゆっくりと別の人影が近づいてくる。この場にいる人間で、もう一人、かつてのカナと関わった人間がいる。ヤマトが、なんとも言えない表情で近づいてきた。

「テンゾウさん……」
「……もうその名前じゃないんだ。今は、ヤマトって呼んでくれた方がいいかな」

それきり、口を閉ざす。近づいてきたはいいものの、ヤマトはなんと言ったらいいか思いあぐねているようだった。それを見ていたナルトが、痺れを切らしたようにバシッとヤマトの背中を叩いて、ヤマトは思いっきり前につんのめった。

「だー!もう、カナに言いてえことがあるんなら早くしろってばよ!!」
「痛ッ!!ちょっと、もうちょっと感傷に浸ったっていいだろナルト!」
「オトコならハッキリしろって言ってんの!オレだってまだまだカナと喋りたいことたくさんあんだから!!さっさと喋ってさっさと交代しろってばよ!!」
「キミはもっと情緒ってもんをだね!」
「………あはは、」

目の前で言い合いを始める二人に、カナはしばらくポカンとした後、思わず口を押さえた。可笑しい、という思いが抑えきれなくなっていって、声に出した笑い声が口から漏れてしまう。
こうやって何の躊躇いもなく笑えるのはどのくらいぶりだろう。

「気持ちのいい笑い方できるな、最高♪改めて仲良くできそうだ、再度♪おい、もう一度拳を合わせろ!」
「え、あ、」

次に近づいてきたのはビーだ。言い合いしている二人の前で、カナは慌ててビーに向き合った。またしても問答無用で拳を突き出され、頭をフル回転させようとしたが、「今回はラップはいらねえよ」と救いの言葉を差し出されて、安堵した。

再びビーの浅黒い拳に、自分の拳を重ね合わせる───と、カナの中で意識が通り抜けた感覚があった。それは、記憶をなくしていた時の自分では掴めなかった感覚。


『よう、朱雀。お前とは六道のジジィと別れた時以来の再会だな』
『……驚いた。牛鬼、お前は人柱力とここまで通じ合っているのか』
『まあ、今はな。積もる話が色々あるかよ』
『別段無いな。我らは話などせずともこれで大体通じ合うだろう』
『ったく、相変わらず堅苦しくつまんねーヤツだな。とにかく、あれだ。もう分かってるとは思うが、これから色々ある。お前の宿主にも話をしとけよ』
『言われずとも』


「(朱雀の声と……だれ?)」
「八っつぁんだ。お前も頑張れよ」
「え?」

それだけ言ったビーは、カナからすっと離れて、未だにヤマトと言い合っているナルトの首根っこを掴んだ。「ナルト、九尾のコントロールだ!行くぜ修行、生き抜け苦行♪」と愉快なラップと共にそのままナルトをずるずると引っ張り、滝の奥へ消えていく。
ナルトの悲鳴の中でカナの名前が呼ばれていたが、カナは苦笑いと共に見送った。

「あ、あのビーさん!僕も行ってもいいですか!?」
「オーケー!」
「よし……カナ!積もる話はまた後で!僕はナルトを見ていなきゃいけないから!」

ポン、とカナの頭に手を置いたヤマトも、そのままナルトとビーを追って滝の奥へと入っていく。
残されたカナは、そのまま振り返った。まだ残っているのは他に二人、アオバとモトイだ。二人は少し居心地が悪そうにしていた。

「あー……オレは、雲隠れへの定期連絡があるんで、一度戻る。アンタらは?」

モトイが頭をかきながら口火を切る。問いかけられたカナはアオバを見た。アオバもカナと視線を合わせ、どちらからともなく頷いた。
───モトイを見送ってから、二人は改めてお互いに頭を下げていた。

「改めて、だが……」
「あの、まず、謝らせてください。本当に長いこと、お世話になりました。お手数をおかけして、すみませんでした」
「……ああ、さっきの“お世話になりました”って、そういう意味だったのか」

カナは頷く。そして、強い眼差しで言った。

「今、私にある情報は、すべて差し上げます」
「!」
「これから戦争が起こってしまう……私はなんとしてでも、木ノ葉を守りたいんです。そのために私ができることなら何でもします。どうか、使ってください」

アオバからの返答がある前に、カナはその場に両膝をつき、首を垂れた。
カナの中にある情報。恐らく、戦争が起こるにあたって、有用になるであろう情報。木ノ葉から離れた空白の三年間の、大蛇丸の、“暁”の、そして───サスケの。
情報部は、それを得たいがためにずっとカナの記憶を探っていたのだ。

目の前で頭を差し出す少女。アオバは頷いて、チャクラを込めた手でその頭に手を置いた。


ーーー第六十八話 それは、ひとむかし前のこと


戦争の始まりが刻一刻と近づいてきている。五大国───それと対する“暁”マダラ側でも準備は進んでいた。

今や、五大国の敵はマダラだけではなかった。暗闇の中で舌なめずりする男、かつて大蛇丸に仕えていた薬師カブトが、その身を蛇に注いだ体で、その一味に加わっていた。
新鮮な“うちは”、つまりサスケの体を引き渡すことを条件に、禁術・穢土転生で既に死んだ“暁”メンバーやその他手練れを戦力に加えることになっている。

マダラが持つ白ゼツの大軍は、その数およそ十万。“木遁”の術者、千手柱間から力を得た外道魔像により大量生産された白ゼツは、開戦の時を待ち、地中で蠢いている。

そしてもう一人。渦木イギリも、今、外道魔像に繋がっていた。
チャクラが止めどなくイギリの体に流れ続けている。イギリはその場の台座のようなものに座り、じっと印を組んでいる。結界の印。
その結界に入った者の行動は今、イギリの手にとるように分かる。外道魔像から与えられるチャクラは、イギリの結界の範囲を膨大なものとしていた。

「なにしにきた」

イギリの声は低い。その声は、ひたひたと近づいてきた者に向けられていた。

「冷たいなあ。一応仲間だと思って欲しいんだけど」
「別に冷たくしてるつもりもない。何しにきた、と聞いてる」
「キミのその後ろの。いつまでそこに居させとくつもりかと思ってね」

もう必要ないだろうに、カブトは未だに付けている丸メガネをクイッと上げる。その視線の先、イギリの後ろには、ひとつの物々しい棺桶が立っていた。
イギリが振り返ってチラリと見る…その中に入っているのは、銀色の髪の青年。
もう息を引き取って長い、北波、その穢土転生された姿が、意識もなく突っ立っていた。

「……」
「そんなに睨んだって、そいつは喋り出さないよ。僕の術式を入れないとね。まあ、僕も今はチャクラを温存したいから、やるつもりはないけど」
「……別にいい」
「そうかい?じゃあもう返してもらってもいいかな。キミに見せてから、そいつだけずっと直せていない……」

イギリはギラリとした視線でカブトを射抜いた。

「北波も戦わせるのか」
「当たり前だろ。何のための術だと思っているんだ」

呆れたようにカブトは応えた。その足がまたひたひたとイギリに近づき…通り過ぎ、北波を入れている棺に手を触れる。すると、まるでその地面が沼にでもなったかのように、ズズズと棺を吸い込んでいった。
後には何も残らない。イギリはその空間を見つめる。

「……北波は一度殺された。カナに……風羽に、また、殺された。そして今度はその穢土転生とやらで……また何度でも殺されなければならないのか」

ぽつりとイギリは言う。

「オレたちはいつまでこの苦痛を味わわなければならない」
「……深いね。死んだ方がマシなんじゃないか」
「ああそうだな。だが、死ぬ前に、一矢くらい報いないと気が済まない……もう木ノ葉でも風羽でもどうでもいい。……もう、なんでもいい」

───イギリのその目は、絶望に満ちていた。



どのくらい時間が経っただろうか。カナは自分の頭から手が離れるのを感じて、数秒後目を開いた。目の前にはあからさまに疲れた様子のアオバがぐでっと座り込んでいた。

「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫だが……半端ない情報量で、さすがに疲れた……オレにはいのいちさんほどの技術もないしな……」

カナの中で蓄積していた情報は数年分だ。その能力を持たないカナにはその疲労は分からなかったが、とにかくねぎらいの言葉をかけつつ、アオバの手を引いて立ち上げた。
ありがとな、と言ったアオバは、フゥーとため息をつく。

「さて……あともう一仕事だ。この情報を木ノ葉に送らないといけない。オレは一度戻るが……お前はどうする?」

選択肢を与えられ、カナは思わずきょとんとした。カナはこれまで木ノ葉で散々暗部やら上忍やら、挙げ句の果てナルトにまで見張りをされていたのだ。もちろん当然のことだが。

「……私に付いてなくていいんですか?」
「今のお前にわざわざ見張りがいると思うほど馬鹿でもない。人を見る目くらいはあるつもりだ」

目を逸らしてアオバは言う。カナは少しむず痒い気分になり、ほんのり笑顔をこぼした。

「じゃあ、お言葉に甘えて……私はまだ残ります」
「何をするんだ?」
「私の中の神鳥と少し話します。話すことが山積みで」
「そりゃオレには分からない話だな。まあ、分かった。じゃあまた」
「……あ、でもその前に、ひとつ聞いてもいいですか?」

ひらひらと手を振って去ろうとしていたアオバを、カナは引き留めた。しかし、振り返ったアオバにすぐに次の言葉を発せない。
自分の頭を整理するような感覚で、カナは言葉を選ぶ……それは記憶の無かった“カナ”が今のカナに残した違和感のこと。そもそも、なぜカナがナルトと共に、こんな場所まで連れてこられたのか。
カナはナルトほど素直ではない。Sランク任務です、はいそうですか、とはならない。

「……私たち、今、隔離されてますか?」

そんな話題だと思わなかったからだろう、アオバのポーカーフェイスは保たなかった。つまり、動揺を表してしまった。
その一瞬でカナは察するし、アオバも察されたと気づいて、再び長いため息を吐いた。

「まあ……そりゃ気づくわな、さすがに……」
「あはは……なんか、すみません。……ナルトには言うつもりないんですか?」
「まさか、言うつもりか?」
「いえ……隔離の意味も分かりますし……」

この戦争は人柱力を中心とした争いだということは、カナも知っている。「それに、ナルトが知ったらナルトは黙ってないでしょうし」と、ナルトの性格もよく知っている。守られるだけで良しとする人間では一番ない。

「さすがに五大国の決定を考え無しに潰すような真似はしない……です」
「……良かったよ、お前が大人なヤツで」

ただし、守られるだけで良しとする人間ではないのは、カナも同じだが。カナはそのことは口にはせず、いえ、と短く返した。アオバはその言外の意味に気づかずに安堵している。

「この島の結界の中は、雷影様曰く、今の忍界の中で一番安全だそうだ。オレも詳しくは知らないけどな。申し訳ないがカナ、ナルトには黙ったままで、しばらくはここでじっとしといてくれな」

じゃあ、と今度こそアオバは去っていく。その姿が見えなくなるまでカナはじっと見つめていた。そして見えなくなってから、次にまた真実の滝のほうを見つめる。あちらの内部では今、ナルトが修行をしているらしい。

五大国の決定を考え無しに潰すほどの真似はできない。それは間違いない。だが、そもそも、本当にここにいるだけで平穏無事に終わるとも思えなかった。

「(……サスケを引っ張り戻すためにも、私もここでくすぶっているわけにはいかない)」

カナの足が再び滝へと向かうが、今度は散々座った浮き島を通り過ぎた。
水面を渡り、滝の目の前まで来る。一瞬の躊躇はあったが、そのまま思いきり中へと踏み込んでいった。


「………うわ、」


滝の中へと踏み込み、一歩、二歩。
水流の轟音に撃たれたカナが、次に目を開けた先には、とてつもなく巨大で、神格的ともいえるほどの空間が広がっていた。まさに神殿のようだ。
広大な空間で、中央の通路のような道の脇には、首の無い像が一列に並んでいる。その奥の方には扉のようなものが見える。かなり遠くに感じる壁には一面、この空間を覆うように、巨大な絵が描かれている。獣だ───その数は、九匹。
水に濡れた髪を掻き上げ、カナはその一つ一つを目に映した。

一尾の狸。二尾の猫又。三尾の亀。四尾の猿。五尾の馬。六尾の蛞蝓。七尾の蟲。八尾の牛。九尾の狐。

「尾獣たち……。って、ことは……」

尾獣ではない、だが五影会談襲撃時、イギリから伝え聞いた───マダラが言うには、神鳥はそれの仲間のような存在だった。
だが、壁面に鳥に近いような存在はいない。首をかしげた。だが、その動作で不意に、頭上高くにまで何かが描かれているのに気がついた。
頭上何十メートルというレベルだ。この神殿の天井にこそ、その姿はあった。神々しいまでの巨大な鳥の絵だ。まるでこの神殿全てを見守るように、一面に描かれている。

「朱雀……」
『あそこまでいけ』

突然脳内に響いた声とその内容にカナはぎょっとした。

「す、朱雀……この天井、何十メートルだと思ってるの。行こうと思って行ける高さじゃ……」
『風使いが聞いて呆れるな。そんなことまで忘れたか』

あまりの唐突さにカナの頭から抜け落ちていた。そうでした、とカナは頭をかいて、そして風を集めた。
風がカナの足元に集まり、突風となってその体を突き上げていく。ここまでの高さまで上昇したことはさすがに初めてで、このまま落ちたらすぐ死ぬな、と思っているうちに、銀色は天井の天辺まで到達した。

ここまで近づいてやっと分かるほどの凹凸が、この天井にはあった。
神鳥の瞳を描いている部分が、全体の天井より大きくくぼんでおり、そこから人が入り込めるような作りになっている。カナはそこまで風に運んでもらい、そこに降り立った。
目に入り込む。上瞼の部分には、階段が連なっていた。

「誰が、こんなものを作れるの……?」

このスケールの大きさにカナの足は慄いたが、ここまで来れば進まないわけにもいかない。階段を上がっていく……天井の更に上まで入り込んでいく。
最後には横開きの扉。だが、それはカナが触れる前に、勝手に開いていった。

そこに広がっているのは、今のところ、無だった。
しかし、カナは不思議とこの空間を知っている。

「ここ……いつも、朱雀と会っていた場所に、似てる……?」

いつも意識の奥でカナが朱雀と話していた、精神世界とそっくりだったのだ。そう思った瞬間だった。

見慣れた銀色の風が何も無い空間に吹き荒れる。これはいつも、カナが朱雀の力を引っ張り出した時に見ていたものだ───思わず目を瞑ったカナは、その数秒後、ゆっくりと目を開き、その双眸を見上げた。

赤い体躯に、金色の瞳を持つ、神々しい鳥がそこにはいた。

「朱雀……!」
「……ここまで来た主は、お前で二人目だ。カナ」

ここは精神世界ではない、だが、朱雀は確かにここに存在していた。目を見開きっぱなしのカナは、「どういうこと…?」と問いかける。

「ここはかつて、六道仙人が作った神殿だった。下の壁画を見たな。下ではそれぞれの尾獣と対話できる空間が広がっている。そしてヤツらを見守る天では、神鳥である我と対話できる場所というわけだ」
「…何度聞いても、六道仙人が実在してたことが信じられないな。でも私、朱雀とならどこででも話せるけど…?」
「その“どこででも”は、少し違う。いつもお前と話す時は、お前の精神をこの場所に引っ張ってきていたのだ。つまり、お前とはいつもここで会っていた」

似ている、ではない。いつも見ていた空間こそがこの場所だったという。突飛な話についていけない気持ちが山々だが、そう言われると一番しっくりする気がする、とカナは見渡しながら思った。
そしてもう一度朱雀を見上げる。その、いつもよりも現実味を帯びた姿。

「つまり、ここにいる朱雀は、本物ってこと?」
「それも少し違う。あくまでも一部に過ぎない。本来の姿はお前も知っている通り、お前の中にしかいない。お前が我を呼び出せるようにならない限り本当の姿を見せるのは不可能だ」
「あ、そうか…」
「そして、もうすぐにでもお前は、我を呼び出せるようにならねばならない。でなければ、世界は滅ぶ」

あまりにも平然と言われた言葉に、カナの「え?」という声は一拍遅れた。朱雀の目は遠い過去を見つめていた。
───神鳥、朱雀。その能力は、かつて十尾から世界を救い、その力を抑えた六道仙人の能力に由来する、“安定”の力。

「あのふざけた面の人間が十尾を復活させる。ならば、我はそれを抑えねばならない。それが、我が六道仙人にこの世に残された理由だ」

本当にそんな時が来るとは思わなかったが、と朱雀は吐き捨てた。

「これからお前に我を呼び出す力を身に付けさせる。…これで呼び出せるようになったのは、かつての初代神人以来いない」
「…初代って…その時もその、十尾が復活しかけたの?」
「いや。その時はもっと規模の小さな争いだったがな。平和を創り出すために、お前の初代……風羽シギは、我を呼び出したのだ。木ノ葉隠れが創設された頃の話だ」

つまり、うちはと千手を始めとした、各一族同士の絶え間ない戦争の時代。それを規模の小さい争いと言ってのけた朱雀の脳裏には、今のカナよりも少し背丈の高く、銀色の髪を長く伸ばした、気高い空気を纏っていた女性を思い出していた。

目を瞬いたままのカナに、朱雀は語り出した。
それは、ひとむかし前のこと。



時代は木ノ葉創設よりほんの少し以前。各地で起こる一族単位の争いは、長きにわたり続いていた。
争いの発端はもうどの一族も忘れてしまったに違いない。ただ、戦争は人を殺す。友を、恋人を、親を、子を、兄弟を殺す。絶え間ない憎しみが生まれる。憎しみが憎しみを呼び連鎖する。そしていつしか理由のいらない戦になる。そういう闇がずっと続いている時代だった。

どの一族もが疲弊していただろう。だが、争いはどうしようもなく止まなかった。起こす理由もないはずなのに、止める理由も見つからないのだ。疲弊した心は冷静な対話を生まなかった。いつまでも…いつまでも。

だが、誰かが立ち上がらねばならない。誰かが先導しなければ、未来は変わらない。
そう思った者がその時代、二人いた。

一人は千手一族の柱間。木遁を扱える圧倒的強者であった彼は、幼き頃よりずっと夢を描いていた、一族同士の協定を長く望んでいた。
しかし、彼には障害があった。千手が初めに協定を結ぶのなら、長きにわたって争いあってきた、うちは一族・その長、うちはマダラとでなければ、この忍界全体の抑止力にはならなかった。しかし、マダラは延々とそれを拒み続けていたのだ。
戦いを、憎しみを交えながらの、柱間とマダラの話はいつも平行線を辿り、いつまでも協定は結ばれない───

そこにもう一人、柱間と同じように、この長い争いを止めたい、とある一族の長がいた。それが二人目。

名を、風羽シギ。長い銀色の髪を纏い、名のある風遁使いとして名を馳せた風羽一族の女長───


彼女はその時、泣いていた。ぼろぼろと大粒の涙を流し、表情をあらん限り歪めていた。その体は戦乱の時代を生き抜いているに相応しい傷が多数あった。癒えていない傷ばかりのようだった。

シギがその時立っていたのは、まさに今戦火が広がる森の中だった。
風羽一族は襲撃を受けたところだった。強すぎる風遁使いの一族は、多くの一族から恐れられていたのだ。そして、風羽一族を殲滅するために、一度限りの同盟を組まれ、多くの同胞が殺された、その争いの跡だった。

広がる戦火の中、生き残りは少なかった。だが、シギは一族の長として、僅かの命でも救った。そして家族を救う為に、他の一族の多くを殺した。
生き残った一族の仲間には手当を施して寝かせている。だがその一角を除いて…風羽も、他族も、全員が死んだ。

ぼろぼろと涙を流すシギのその瞳に映っているのは、古い石碑だった。苔生した石碑が、厳かな雰囲気で、戦火の中、異様にもキズ一つなく存在していた。

その石碑に、シギは吐き捨てた。


「いつまで寝てるつもりなのよ」


涙声ながら、意志の強い口調だった。

「莫大な力を持ってるんでしょう。戦を治めるための存在なんでしょう。いつまで寝てるつもりなのよ。いつまで世界を放っておくつもりよ!」

シギの体から噴き上がったチャクラが、石碑に伸びた。実力者のチャクラが石碑を包み込む。激しい怒りを感じさせる力が───

呼応する。
石碑から銀の風が噴き出る。
風に巻き上がるように、シギの物ではないチャクラが石碑から膨れ上がった。

現れたチャクラは、獣の形を模していくようだった。そう、それは、巨大な鳥獣。


「復讐か」


どこからともなく声が聞こえた。

「我を起こす者よ。悲惨な時代に生まれ、一族を殺され、復讐を望むか」
「馬鹿言ってんじゃないわ」

まるで嘲笑を含むかのような言い草のその声に、しかし、シギは鼻で笑って応えた。

「いつまでも復讐だのなんだの言ってられるほどおめでたい頭をしていないの。人が死ぬ。人が永遠と死んでいく。もう、馬鹿馬鹿しいのよ。いつまでこんな時代を生きなければいけないの。いつまで未来を殺さないといけないの」

シギは、柱間のことも、マダラのことも、知っていた。三人はかつて幼少の頃、語り合ったことがあった───まるで夢物語のような未来のことを。だが、幼少の頃を過ぎ、全員が族長を務めるこの時代でさえ、それは実現されない。
シギはもう耐えられなかった。

「アナタの力を貸しなさい」
「……我はかの災いを治めるための存在に過ぎない。貴様ら人間の争いなど、アレに比べれば大したことではない」
「だから、いつまで寝ぼけてんのって言ってんのよ。かの災いだのなんだの知ったことですか。その災いとやらが生まれる前に、このままだと世界が、人間が滅びるわ。滅びた後の世界でアナタは何を救いたいわけ?」

シギの言葉はどこまでも意志の通ったものだった。石碑から聴こえてくる声の主は、それで口をつぐんだようだった。

「私の体を貸してあげる。私の一族の体を差し出してあげる。そして、こんなところで眠っているよりずっと面白い世界を見せてあげる。代わりに、私に、私たちに、力を貸して。私がこの争いを止めるための抑止力になってみせる。この絶え間ない争いを終わらせてみせるわ」

その瞬間から、銀色のチャクラがシギの体に流れ始めていた。

「契約よ。───神鳥、朱雀」



「シギはそうして、半ば力づくで我をその身に取り込んだ。そしてそれから、風羽シギは真の意味で風使いとなった。風遁使いではない、風使いに」
「……どういう意味?」
「風羽一族は元はチャクラ無しで風を使えていたわけではない。その能力が身についたのは、我がシギと契約してからだ。そしてチャクラ不要の攻撃を行えるようになった風羽は、更に一族を強くした……それが、当時の忍界に莫大な影響を与えた。当時最強であった千手と並び、平和協定の意を唱え続けると……それを無視できる者はいなくなっていった」

カナの脳裏に、見たこともないはずのくノ一が像として浮かび上がっていた。気高く、強く、美しい、女当主。凄まじい戦乱の世を生き、人を殺し、家族を殺され、それでもひたすらに平和を求めて意志を貫いた“初代神人”。

「それから暫くして、千手とうちはを中心にして木ノ葉隠れの里が創設された。それを真似ていくように、多くの一族が協定を結び、それぞれの里を、国を作り始めた……そう遠い昔の話ではない」

「……風羽は?」とカナの口から当然の疑問が出る。風羽一族は大蛇丸に殺されるその時まで、どこの国にも所属せず、国境のどこともとれぬ森に生きていただけだった。

「風羽は……シギは、その立役者には名を連ねなかった。多くの一族間の間に立って仲介するに専念しただけだった」
「どうして……」
「……当時、我の他にも無論、尾獣たちも存在し、名のある一族が保有していた。九尾は木ノ葉に……一尾は砂に……というように。だが、国がそういったいわゆる兵器を持てば、それは互いへの牽制のための軍事力として扱われる。真の意味の平和ではない……シギはそれを良しとしなかった。だから、風羽一族は国に名を残すのをやめ、あくまでも各里の中立の立場として、現在まで一族のみで暮らしていた」

朱雀はまるで慈しむかのようにそのかつて相棒であった姿を思い出していた。「本当に意志の通った人間だった」とぼそりと言うその声に、カナは初めて朱雀が持つ強い感情を感じた。余程大事であったのだろう、と伺える声色だった。

「それって……孤独じゃなかったのかな」
「……いや。シギは一族のみなに強く慕われていたし、国に名を残さないといえど、他族とコミュニケーションは取っていた」

カナはそうか、と一瞬納得したが、すぐ疑問に思った。

「でも風羽って、すごく内向的な一族だったと思うけど……」

北波の父の例然り───と、北波との戦いの中、刻鈴の音に見せられた記憶を思い返す。“必要以上に他族の者と関わるべからず”という風羽の掟を木ノ葉の“根”に利用され、北波の一族は風羽に殲滅された。
カナが神人であったことも他国に知られぬようにしていたこともある。それに実際、カナは風羽の森で過ごしている間、一度長に連れられて砂隠れに行った以外に、他族の誰かに会ったことはない。

「シギが死んでからはな。それ以降は、我を真の意味で扱える人間が出なかった。風は扱えるとはいえど、それでは風羽は弱くなる…。シギが永遠と生きていればそうはならなかっただろうが。あやつが“殺された”という事実も影響した」
「殺された?」
「巻き込まれた……か。今は“終末の谷”と呼ばれている場所での、柱間とマダラの最後の戦いに……シギはそれを止めようとして、その生を閉ざした」

悲しい結末だ。カナの脳裏にかつてカナも実際に見たあの場所が思い描かれる。今は千手柱間とうちはマダラの像が作られ祀られているあの場所では、ナルトとサスケも戦っていた。

「……そしてあの場所で、うちはマダラも死んだはずだ」
「…!」
「…我は宿主が死ねば視界を失う。だが、シギの僅かに残った意識が、柱間に負け、マダラが死ぬところを…少なくとも致命傷を与えられたところを見ている」
「でも、マダラは今……」

カナの困惑したセリフに、朱雀は数秒目を伏せた。朱雀は一度、あの面をしたマダラと対面して、その時にマダラである可能性を否定している。アスマが死に、木ノ葉に捕まったカナが抜け出した時のことだ。

『貴様、何故"あれ"を......シギを知っている!』
『......聞いていなかったのか?容貌は変わっているだろうが』
『ふざけるなと言っている!貴様がマダラだと?笑わせるのも大概にしろ!!』

朱雀の中であの男がうちはマダラではないという感覚があったが、しかし、確証はない。朱雀の目が憎々しげに歪んだが、「いや、この際それはどうでも良いか」と吐き捨てた。

「ヤツが十尾を復活させようとしていることは事実だ。そうなるからには、カナ、お前はシギと同じように、我を真の意味で扱えるようにならねばならない」

カナは息を飲み、顔を引き締めた。滲む冷や汗は不安を感じている。───その首に、かつて大蛇丸につけられた呪印は消えている。

「記憶を無くしたのが幸いしたな。あの“蛇“の呪いは、縛るものを無くしたがために消えたようだ」
「あ、そういえば……じゃあ私、もう、朱雀を呼び出せるの……?」

これまでは、大蛇丸の呪印”柵“があったために朱雀の力は制限されていた。カナにチャクラを流し、その瞳を金色に変化させ、風を扱う力を膨大にすることのみによって具現されていた。その呪縛が消え去った今。
だが、それは朱雀の「いや」という言葉で打ち消された。
数秒の沈黙があり、朱雀の瞳はじっと目の前の小さなくノ一を映していた。───カナはシギに似ている、だがその志の強さは、まだシギに勝るものではない。

「生半可な覚悟しか持たぬ者には、この力の全てを明け渡す気はない」

朱雀の声は、カナの心を切るように鋭く尖っていた。

「お前はもう、人を殺したな」
「……!」
「覚えているだろう。記憶をなくしたお前が、自分の目的がため、他者の命を奪ったことを」

カナは震えて唇を噛んだ。
───サスケら”鷹“に遭遇する前、イギリと共に行動をしていた時、”暁“の差金でその部下と考えられる者たちが多くの襲撃を繰り返してきた。二人の行くさきを誘導するための行動だったのだろう。
記憶のあるカナは敵であろうと人を殺せなかった。だが、記憶を持たないカナは、自分の目的に仇為す者は見限り、その手にかけた。……それを忘れるわけがない。

「それは何も悪いことではない」

何故ならここは忍界だ。

「人は死ぬ。仲間はいつか殺されるかもしれない。敵は排除しなければならない……それがお前ら忍の定め、そしてこれから起こる戦争の定めだ。だからここで決意しろ。それを、己の意志で、できるようになると」
「……敵を、殺すことを」
「そうだ。でなければ、隣の仲間が死ぬ」
「……うん」
「シギの強さは語ったな。シギは平和を望んだ。その為に人を殺すこともした。ひたすらに気高く前進した。そして千手と共に、平和への第一歩を掴んでみせたのだ」
「……そしてシギ様がそうしなければ、世界は、変わらなかった……」

カナは呟く。自分の中に刻み込むように。じんわりと汗ばむ手を握りしめる。軽々しくできる決意でもない、だが、もう目を逸らしてもいい問題でもない。
これから“戦争”と名のつく戦いが始まる。それは、今までカナが立ち向かったものより遥かに重い、人を、命を、奪い合う戦いになる。奪わなければ、奪われる。一瞬の躊躇が隣の仲間を殺す。

「思い返せ……これまでの戦いを」

朱雀の声がカナの耳に木霊する。自分の甘さによるこれまでの戦いの苦難の数々が蘇ってくる。

「誰も彼もを殺せと言っているわけではない。必要な時に、容赦のない決定打を打てるようになれ。大切なもののために」
「……大切な……」

大切なもの。
カナの脳裏に思い浮かんだのは、サスケだった。木ノ葉を潰すと言っていた大切な人……闇から救いあげられなかった唯一無二の人。
そして次に浮かんだのがそれに対峙するナルトの顔。記憶のなかったカナが見た景色───サスケがカナを貫いた後、かつての第七班のメンバーが集まり、対峙していた時の記憶。あの時、ナルトが言っていた言葉。

『サスケ。お前も本当の心のうちが読めたかよ......このオレのよ。それに、見えただろ?お前とオレが戦えば……二人とも、死ぬ』


「主よ。お前が本当に大切なものはなんだ」
「……木ノ葉……仲間。……サスケ」
「……」
「サスケのことは……私は、殺せない。殺さない。私は……敵であっても、サスケのことだけは……譲れない……」

か細い声で、けれど強い意志が、カナの口から漏れた。
木ノ葉のことも、サスケのことも、と言うのは、難しいのは理解していた。対立する二つをどちらも大事にするのは不可能だ。だが、それでも、カナには選べない。サスケだけは諦められない。これを甘さと言うのかどうか、カナにはもう判断がつかなかった。

沈黙があった。朱雀の瞳に映る銀色は、俯いて拳を握っている。金色の瞳はすぅっと細まる。その双眸の中で、今の主人が、かつての主人の姿と重なる。

朱雀はかつて、二度、シギが泣いている姿を見た。普段は気丈で自分の負の感情などおくびにも出さなかったシギが、それでも涙をこぼしたのが、二度。
一度目は、朱雀との契約の時。二度目は───

『マダラを……止められなかった……。殺せなかった……!』

───女として、感情を表した時。


「……本当に、お前はシギによく似ている……」

朱雀の口から漏れた声に反応して、カナは顔をあげる。その瞳の輝きは、まだ甘さは残れど、確実に前進していた。

「おおよその決意は固まったか。うちはサスケのこと以外でいい」

カナの目が見開かれる。こくりと唾を飲み込み、数秒後、その頭は頷いた。それは決して生半可なものではない。人を殺さずとしていた信念を、本当の意味で覆す時。

「───では、これからお前に、我を扱うすべを叩き込む」


 
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