振り返ったナルトの目を見て、誰もが悟った。ナルトの瞳の奥からは、今まで密かに抱えていた闇が消えていた。
───この滝は、その人物が奥底に抱える闇を映す鏡。ナルトにとってそれは、他人が知るよしもない、怨みを抱えた闇の部分。九尾と繋がっていた深淵。だが、ナルトはそれを見事打ち破ってみせた。

「うまくいったんだね!」
「オウ!」

ヤマトの声かけに、ナルトは笑いながら戻ってくる。「喜ぶのはまだ早いぜ、バカヤローコノヤロー!」とぴしゃりとビーが言ってるが、その顔も満足げに綻んでいるようだ。
ナルトの本題はここからだ。九尾がナルトを乗っ取る原因だった闇の部分を打ち消したのなら、今度こそナルトは九尾のチャクラをコントロールできるようになるだろう。

だが、ナルトは次の段階にいく前に。
笑顔が次第に真剣なものに変わる。ナルトの青い瞳に、自分を真っ直ぐ見つめてくるカナが映った。カナは視線を逸らさずに、じっとナルトのことを見つめていた。

「……カナ?」
「……ナルト。……ひとつだけ、答えてもらってもいい?」

何かの予感があるかのように、カナの鼓動は高まっていた。

「記憶のある私は、どんな人だった?」

ドドドド、と暫く滝の音だけが二人の間にあった。ナルトの瞼の奥に、すっと過去が蘇っていた。
カナと初めて言葉を交わした夕暮れの公園。アカデミーでのにぎやかな日々。第七班で多くの苦難を共にした。里抜けしたカナの瞳の奥の願い。牢獄でうずくまっていた小さな姿。多くのカナを目にしてきた───でも、いつでも。カナの信念は変わっていなかった。


「仲間のことを大切にする、誰よりもやさしい人だってばよ!」


ニカっと笑ったナルトは、カナの背を後押しする。───カナは、その言葉を受け止めた。ほんの少し口の端を噛み、そして、不器用な笑顔を作った。

カナはそのまま無言で再び浮き島へ行こうとして、一瞬止まった。
次に見たのはアオバの顔だった。突然見返されたアオバは戸惑いの表情を見せている。アオバ───もとい、情報部は、幾度となくカナの記憶を探る要員であった。
ここで終わらせたい、とカナは思った。
きっと終わらせられる、と予感した。

「あの。……今までお世話になりました」
「は?」
「最後に、お願いを聞いていただけませんか……これ。外して欲しいんです」

目を瞬いたアオバの目に、カナの掲げられた腕に巻いた、チャクラ封印の札が目についた。「いや、それは…」できない、とアオバは続けようとしたものの、最後まで言葉にはならなかった。
冷静な頭で、冷静な判断。臨機応変。カナはこれから、真実の滝へ向かおうとしている。裏の自分と本気で向かい合うために、カナは自分につけられた枷を外したいと望んでいる。───それに、私情を挟むようだが、アオバは今のカナに到底縛ろうと言う気持ちなどは持てていない。

無言でアオバの手がカナの腕の封を解く。
自由になった腕を見て、カナは、ありがとうございます、と口にした。

「カナ」

それらを黙って見つめていた周囲の者のうち、ナルトは、不意に口を開く。カナの視線がまたナルトに戻る。数秒の沈黙の中、カナはナルトの言葉を待った。ナルトはいろんな言葉を逡巡してから、やっと口を開いた。

「がんばれ」

カナは笑って頷いて、今度こそ視線を浮き島へと向けた。
その足がチャプチャプと水面を渡り、辿り着き、その場に座り込む。ひとつ、大きな深呼吸をして、その目は深く閉じられた。


ーーー第六十七話 ただいま


忘れてはならない。かけられた多くの言葉を。“カナ“が得てきたつながりを。今のカナは何も知らない、だが、何も知らないこのカナでさえ、助けようとしてくれた多くの想いを。

音が遠くなっていく。意識の奥に沈澱していく。その感覚の中で、カナは“自分“が芽生えた時のことを思い出した。

初め、風羽の森で目を覚ました。原型を保つのがやっとだと言わんばかりの有様だった我が家に、ただ一人目を覚まし、幼い自分を襲った恐怖に絶叫した。
しかしそれは、遠い遠い過去の惨劇の話だという。信じがたい話を、その場にいたイギリに聞かされた。到底信じられなかったが、成長しきった自分の手足を見れば真実であることは明白だった。幼い自分だったら絶対に無理だった、小難しい話し方が自分の口から自然と出ることも、これまで確かにカナが生きてきたことを証明していた。

そしてすぐ、自分を突き動かすような衝動を感じた。忘れてしまった“私”を、すぐにでも思い出さねばならない、と胸の奥で誰かが叫んでいた。
それで、分かった、と胸の奥で叫ぶ誰かに、“寝起き”のカナは頷いたのだった。

何があっても、何に代えても、それが非情であろうとも、自分は生きねばならないし、記憶を取り戻してやろうと。


『がんばれ』───先ほどナルトに言われた、単純な言葉が頭に響く。頑張るよ、と頭の中でその言葉に応えた。


目を開く。目前にある滝が数秒後、その水面を揺らす。光に眩い銀の色が見えてくる。その銀色の隙間から、暗い暗い瞳が顔を覗かせた。

「……嘘、だと思わないほうがいいよ」

その口が開いた。つい先ほど見た時よりも、暗く、恨みがましい表情な気がする。

「……さっきの会話、聞いてたんだ」
「当たり前でしょ。私はアナタそのもの……そしてアナタなんかより、アナタのことをよく知ってる」
「でも、記憶があるわけでもないんでしょ」

ビーとヤマトは、この滝から現れたカナが“記憶のあるカナ”であるはずがないと断言した。カナも今はそう思っている。ここにいるのは、記憶のある別人格などではない。

「どうして記憶があるなんて嘘をついて、酷い言葉を使ったの?まるで───思い出すな、なんて言うみたいに」

図星のようだった。滝の中の“カナ”は顔を歪ませた。
問いかけておきながら、カナはもう、理解していた。

「アナタは、私と同じなんだ。何も覚えてない……何も知らない。私と同じ、家族を殺されて、絶望して、気を失って、そしてついこの間、十年ぶりくらいに目が覚めたばっかりの……幼稚で、独りよがりな人間だ」
「ッうるさいな!!!」

風が吹き上げる。頭に血が上ったような表情をした“カナ”はその手で印を組んでいた。幼さの残る言動だと、カナは頭の片隅で思った。

最大級の風鎌が“カナ”の背後、滝の裏側から二対現れる。しかしそれよりも先に、“カナ”の印を見たカナも同じ印を組んで、同じ術を発動した。つまり、二人の術の発動にそこまでの時間差はなく───風鎌は相殺して霧散する。

直後、カナの目の前の風が跳ね上がり、視界を遮った。風が水を跳ね上げたのだ。目の前の“カナ”が見えなくなり、カナは数メートル背後に跳躍して周囲を警戒する。
風はそれからも水面を攻撃して幾多の水の壁を作り続けている。風で直接攻撃は来ない。この状況で攻撃するなら裏をかいて、背後からか───いや、自分なら。

カナの視線が下に向いたのと同時、カナは勢いよく足元の水面を掴んだ。
目を見開いた“カナ”と目が合い、そのままカナは力一杯腕を引いた。

水中からカナに狙いを定めていた“カナ”は、引っ張り上げられ、しかしその場で留まることなく体術を仕掛ける。カナは咄嗟に腕を離し、もう一度距離を取った。
二人の髪から水が滴り落ちる。そこに、叫び声がこだました。


「今の私を否定しないでよ!!」


暗い瞳から涙のようなものが伝ったようだった。

「私は幼い!私は何も覚えてない!サスケもナルトもサクラも知らない!!でも、それの何が悪いの!?」
「……うん」
「アナタがそう思ったはずでしょ!だから私がいるんだから!だって私は、アナタから生み出されたんだから!!」

ここに現れるのは、そこに座った人間の裏側。本当の自分。決して別の人格の自分でもなければ、作り物の自分なんかでもない。
子供のように泣き出してワガママを散らすこの“カナ”は、紛れもなく、カナがずっと表には出さないようにしてきた想いの塊そのもの。

「本当のカナなんて知らないよ……そんなの思い出しちゃったら……私は、どこへ行けばいいっていうの……!」


これが自分の本心だと、カナはその震えてうずくまった姿を見ながら思った。今も本当は自分の心に燻る、駄々をこねる自分の姿だ。

カナはそっと自分の腹部に手を添えた。もう完治した傷は、痛むこともないが、しっかりとした痕になっていた。───サスケに殺されかけた痕。大切な人間だと感じた人に、拒絶された痕。

『オレの知る“カナ”は、お前じゃない』

何度も脳裏によぎったあの言葉。あの瞬間、カナは、記憶のある自分との乖離を感じたのだ。ここに生きている自分がかつての自分とは違う人間だと思い知らされた。そして、あの瞬間から、カナの中に、今の自分への小さな執着が生まれてしまった。


「……いいでしょ、もう。思い出さなくても」

泣き腫らした目をした“カナ”がカナを見上げる。その、自分が消える恐怖に怯えている目で。

「ナルトは受け入れてくれたよ……私たちを、カナって呼んでくれた……」
「……そうだね」
「サスケが大切なのも分かるよ。……私たちには、なんでサスケなのかも分からないけど。でも、今大切なら、それでいいじゃない。今の私たちがサスケを大切に思ってあげたら、いいんじゃないの」
「……でも、私もアナタも、もうわかったでしょ。それじゃ良くないってこと……それだけで良かったら、私たち、サスケに殺されかけてないんだよ……」

ちゃぷり、と水面が揺れる。カナはゆっくりと“カナ”へと近づいて行った。自分の幼い心へと身を寄せる。うずくまったその体の前に、膝を寄せて、抱きしめた。

これは、カナが本当は大事にしたかった、自分の心だ。だけれど、誰にも見せるわけにはいかなかった、密かな重い、想い。なぜなら、周囲の人間は誰もが、カナが記憶を取り戻すことを望んでいた。だからカナは押し殺して、だが、それが本心だからこそ───カナはいつまでも、記憶を取り戻せなかった。


「……もう、返してあげなきゃ」


カナは、自分の心を抱きしめてあげながら、唱えた。

「私たちがそんなことを思ってしまったから……木ノ葉隠れの里っていう、何よりも記憶に近い場所でさえ、記憶を呼び戻せなかったんだ。私たちのせいなんだよ……ずっと。だからもう、返してあげなきゃ。でしょ」

カナは、自分の目頭も熱くなっていることに気づいていた。けれど、それを押し殺すように、腕の中で震える存在を抱きしめる。今は、この存在こそが、幼い自分の一面だ。だから、ここにいる自分は、大人にならなきゃいけない。

「やだよ……どうして、返さなきゃいけないの……!」

駄々をこねる自分を慰める。

「大事になっちゃったでしょ。ナルトのこと」
「……!」
「ナルトだけじゃないよ。きっとこれから、他のみんなのことだって……大事になっていく。私たちが、私たちの気持ちで、意思で、大事だって思っていく。サスケのことも……」

聞き分けのいい大人にならなければいけない時だ。

「大事な人たちの想いを、大事にしてあげたいって、叶えてあげたいって、これからますます思うようになってしまうんだよ」

二人の心に蔓延る複雑な想い。今のカナがどれだけ大切に思おうと、本来のカナには叶わないであろうことを、もうわかってしまっているのだ。大切になってしまった人たちは、ずっとカナに求め続けるだろう。カナが記憶を取り戻して、自分たちとの記憶を共有できるようになることを。

「じゃあ……もう、今返してあげた方が、一番ダメージが少ないと思わない?」

無理に笑って言うカナの腕の中で、“カナ”がますます縮こまってしまった。
か細い声で、どうしてそんなに大人になってしまったの、と問いかけられる。抱きしめるカナは、アナタがここにいてくれたからだよ、と茶化した。

真実の滝は、本当の自分の心の内を見せる空間。己の弱さを可視化して、自覚させ、乗り越えさせるための場所。
カナは空を見上げて、深呼吸をした。───乗り越える時だ。

「信じてみようよ。“本当のカナ”を」
「……なにそれ」
「“カナ”は、どうしようもなく優しい人間らしいよ」
「……自分で言う……」
「きっと、こんな私たちの想いだって、受け入れてくれて、持って行ってくれるよ。私たちの存在は、きっと無駄じゃなかったって、思ってくれる。だからさ」


安心して、明け渡そう。


カナは優しく語りかける。腕の中の存在の震えが止まった気がした。銀色が揺れて、カナを見上げる。その瞳を染めていた、闇の色が、徐々に薄くなっていくようだった。
こくりと、その頭がようやく頷いた時。

二人はゆっくりと、水の中に沈み込んでいった。だが、恐怖はない。消えていく───いや、溶けていくように。闇の方の自分だけではなく、今の自分の意識が、水の中に溶解していく気分の中、ぼんやりと、この世界に別れを告げた。



あの日の記憶は遠いものだけれど、今でもこんなに鮮明に覚えているのは、本当に嬉しかったからだと思う。
幼い私は三代目様に連れられながら歩いていて、やたらと厳かな門を通り抜けた時、同じ木ノ葉の里のはずなのに、一風変わった街並みを物珍しそうに見ていた。

「ここが、ウチハ?」

たどたどしく言った私に、前を歩く三代目様は柔らかく笑った。「歴史を感じるじゃろ」と言われたが、歴史とかは私には分からなかった。
道ゆく人の風貌もなぜか統一されていた。みんな、三代目様に礼儀正しくお辞儀をしたり、笑いかけたりしている。みんな黒髪で、みんな黒い瞳。それが「ウチハ」なのだろうかと、私は逐一三代目様に隠れながら思っていた。

「カナ」
「は、はい」
「ご意見番に色々と言われたと思うが、気にすることはない」
「うん……?」
「お前が仲良くなりたい、と思った者と仲良くしなさい」

私は確か、ここに来る前、三代目様も敬語で喋るようなお二方に、何やらとやかく言われていた。そのことは事細かに覚えていないが、とにかくウチハの人間と仲良くしろ……いや、言い方を悪くするなら、ウチハに取り入れ、という言葉を使われたように思う。
今ならその意味が分かるが、当時はそこに潜む政治的な意味合いを読み取れるわけもない。それに加えて、その三代目様の言葉の意味も、その時の私はその場では理解できなかった。


それが理解できたのは。
私と同じ目線で語りかけてくれた、彼がいたからだった。


三代目様が私を連れてきたのは、その集落の中で一際大きな家だった。私たちを第一に迎えた大きな体格の男性は、三代目様の顔を見た瞬間、ひどく警戒していたように思う。

「フガクよ。突然の来訪、誠に申し訳ない」
「…なぜ、あなた自らこんな僻地まで?」
「僻地というほどではない。同じ木ノ葉の里の中じゃろう」

対する三代目は、いつものように物腰朗らかだった。フガクと呼ばれた男性とは対照的に、親しみさえ感じるほどに。
私は相変わらず少し三代目様の影に隠れていたけれど、向かい合う彼の目が不意に私を見つけて、見開いていた。私はますます隠れたけれど。

「そんな……その銀色。まさか、そんな......あの一族の、子供ですか。みな死んだと聞きましたが」

さすがにその言葉は私も理解できて、体を縮こまらせた。それに気づいてくれた三代目様が、優しく私の手を握ってくれる。

「うむ......わしらも驚いた。だがこの子は確かに唯一の生き残りでの」
「......詳しい話をお聞きしましょう。どうぞ中へ」
「済まぬな。それと、この子にもあまり聞かせたくないのじゃが」

え、と私は思って三代目様の顔を見上げた。ここで離れろと言うのだろうか、どんな話でもいいから私も一緒に連れていって欲しい、と縋る思いだった。
私のその気持ちに気づいてくれたのだろう、三代目様も私の顔を見てくれる。私の手を握っていた手が、私の頭に置かれ、優しく撫でた。

「少しだけ待っておけるか?」

頭をぶんぶんと横に振りたい気持ちは山々だったけれど、それでは三代目様を困らせてしまうのかもしれない、と思って、私は何も言えなくなってしまった。
その時、フガクと呼ばれた人が、突然口を開いた。

「サスケ」

物音がした。廊下の奥の方だ。私は思わずそちらを見た。目が合った気がする。

「この子と暫く一緒にいなさい。オレはこれから三代目とお話をする」

厳しい声。その声に、一拍、二拍間を置いて、その影は観念したように現れた。

その子も黒い髪に、黒い瞳。でも、黒い瞳の中に、確かな輝き。私と同じくらいの背丈の男の子が、気まずそうに歩いてきた。

私は不思議とまじまじとその子の姿を見てしまった。大人はたくさん見てきたけれど、風羽の子供たちではない、同い年くらいの子に初めて会ったからかもしれない。
その間、結構な沈黙があった気がしたけれど、私は一生懸命男の子を見ていたからか、あまり長い時間には感じられなかった。
不意に三代目様が笑った。

「そう緊張せんでくれ、サスケ。この子はお前とそう年も変わらんよ。初めての場所でまだ慣れていないから、優しく接してやってくれるか」

男の子は緊張していたのか。たしかにあまり目を合わせてくれなかったように思う。はい、とその口がぼそりと動いた。
三代目様はそのまま私を見て、優しいお顔で、私の背中を軽く押した。私も三代目様を見上げて、ようやく頷いた。それに、同い年くらいの子がいてくれたおかげで、少しだけこの場に感じる居心地の悪さが消えたような気がしていた。

「では、三代目。こちらへ」
「うむ」

二人が離れていく。その姿をぼんやりと見てから、私はまた男の子のことを見つめた。対して、男の子は私の顔を見ていない。二人の姿を目で追っている。
何秒経ったか分からない。なんと言うべきか分からなかった私の代わりに、男の子のほうが口火を切ってくれた。

「......お前、何歳?」

ちょっとぶっきらぼうに感じる、でも私と同じように幼い声だった。

「え......えっと……四」
「ほんとだ、オレとおんなじ。......お前、何しに来たんだ?それも火影様と」
「......なにしに?」
「うん」

男の子がようやく私を見てくれた。けれど、私は困ってしまった。私は何をしにきたのでもない。言われたからここに一緒に来ただけだ。そこに私の意思は特別なかった。
ただ、一つだけ思い当たって、取り繕うように口にした。

「あなたは、ウチハの、ヒト?」
「?......そうだけど」

そうだ。なら、これだ。

「......あの。あのね、私。仲良くしなさいって、言われたの。ウチハのヒトたちと、仲良くしなさいって。ウチハがなんなのか、私にはよく分からなかったんだけど、言われたから頑張らなきゃって......それで、ここに」

男の子の真っ直ぐな視線に突き刺されて、私はしどろもどろになってしまう。何も悪いことは言っていないと思うけれど、なぜかすごく後ろめたさを感じた。

「......ふうん。よく分かりもしないヤツと、仲良くなるために頑張んのか?」

思わず驚いてしまった。そして、後ろめたさの原因がわかった。

「オレはうちはだけど、そんなのはイヤだね。オレまだ子供だけどさ、仲良くしたいヤツくらいは、もう自分で決めれるぜ」

私と同い年の男の子のその目には、はっきりとした意思が映り込んでいたのだ。何もない私が恥ずかしいくらい、男の子のことが眩しくみえるくらい、強くて、明るくて、格好良い意思が。

「オレは自分で決めるよ。お前と仲良くしたいって」


その言葉が嬉しかった。
男の子は、男の子自身の意思で、私と、仲良くしたいと言ってくれた。
私という存在が木ノ葉隠れで認められた気がして、生きていいと言われた気がして、やっと呼吸ができたような気がして……私は彼に。サスケに、助けられた。

木ノ葉隠れの風羽カナは、この時生まれたのだ。

私は、風羽カナだ。
平和を重んじる一族の子供として生まれた。
その信念を抱えながら、木ノ葉隠れで生きた。
たくさんの仲間ができた。
大切な人がいた。
それが、それこそが、風羽カナだった。


───水の中に溶けていったカナの意識が、再び形成されていく。ただの水であったはずのものも巻き込み、大きな意思となり、形を成していく。

出来上がった体が、水中でゆっくりと浮上して、ぷかりと浮いた。ぼんやりとした瞳が、世界を映しとる。ゆっくりと腕を上げて、自分の視界の前に手をかざした。握ったり、開いたりを繰り返してみる。

……見覚えのある、慣れ親しんだ大きさの手だ。そう思って、深く、長く、息を吐いた。

「ワガママ言い過ぎたな……“私”」


流れた涙は、もう誰のためのものだか分からない。手が届かない間に、過ぎ去ってしまった色々が、多すぎた。

北波、イタチ、サスケ───

だが、すぐさまその涙を拭き取った。ワガママばかり言う“自分”が、ワガママをやめて、元のカナに明け渡したのだ。もう泣き言ばかり言っていられないのだから。
上体を起こし、その場に立ち上がる。もう滝の奥から人影は出てこない。全ての思いは“自分”が受け止めた。もう、大丈夫だ。

「“主”よ」
「……朱雀」

唐突に振ってきた声にも驚かず、カナは振り向いて苦笑いした。

「ほんとにごめんね。忘れちゃって…」
「……いや」
「また後で話そう。一度、戻るね。みんなに伝えなきゃ」

ああ、と神鳥・朱雀の返事が聞こえたのと同時、カナは再び目を閉じた。






滝の音が戻ってくる。現実の音が戻ってくるのと同時、そっと目を開けた。
先ほど座り込んだ位置と変わらずに、数メートル先には滝。そして、振り返らずとも分かる、後ろに並んでいる数人の気配。

カナがその場で立ち上がったのと同時、何人かが息を呑んだのを感じた。
そしてすぐ、くるりと振り返った勢いのまま、深く、深く、頭を下げた。


「長い間、本当に、ご迷惑をおかけしました」


久々に自分の口から出た、はっきりした意思を伴った言葉だったような気がする。

誰の言葉も暫く聞こえなかった。
カナもずっと、頭を下げたまま、動かなかった。

唇を噛んだまま動かなかったその視界に、しかし数秒後、水を渡ってきた足が入ってきた。その足はカナの前で止まる。
カナはそれでも顔を上げなかったが、唐突に頭に温かいものが触れて、思わずまた、涙が出そうになってしまった。

「カナ」

ゆっくりと顔を上げる。
さまざまな感情を滲ませた青い瞳と目が合った。

待っていた。本当に、待っていた。こうやって、もう一度、なんの気兼ねもなく、わだかまりも障害もなく、心からの言葉で話せる時が来ることを。


「おかえり!!」

「───ただいま。ありがとう……ナルト」


 
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