「カナちゃんが、記憶を、なくした......!?」
鉄の国のとある宿屋。五影会談に混乱が起き始めた頃、ナルトはたった今聞かされた衝撃的な話に呑み込まれていた。
話はサスケの兄、うちはイタチの真実から始まり、サスケが闇に呑まれ始めたことへと続いた。そしてその決定打であったのは、ナルトがたった今呟いたことであったと。
マダラの背後で雷切を発動しているカカシも、ナルトを守っているヤマトも目を見開いている。それほど突拍子もなく、信じ難い話だった。
「ああ、そうだ。今のカナにはお前らと過ごした記憶全てが消えている......一族を殺され、木ノ葉で暮らし始めた、その時からの全てがな」
マダラは淡々と事実を述べる。赤色の瞳が、震え始めたナルトを映し出していた。
「......てめえが、そうしたのか......!!」
「ご名答。オレがこれからの計画のために消してやった」
「ふざけんなッ......ふざけんな!!」
ガン、とナルトは自分を守る木遁の格子を殴る。「ナルト!」とヤマトが制止の声をかけたが、激情した怒りは決して消えない。
「てめェはカナちゃんを何だと思ってやがるんだ!!カナちゃんが背負ってた色んなモンを、何でてめェなんかが奪って良かったんだよ!!なんでてめェなんかが、カナちゃんから、笑ってた記憶を奪って良かったんだってばよ!!」
ナルトが知っているカナは───笑うことが好きだった。その裏でどれだけ辛い過去を背負っていようと、それを打ち消すように笑うことが大好きな少女だった。
木ノ葉で笑っているカナは、あんなにも幸せそうだったのに。この数年間はその時を取り返したくて生きてきたはずなのに。あの笑顔を、あの思いを、全て忘れてしまったというのか。
こんな男の手によって。
「何で、てめェなんかが......!!」
喉まで沸き上がってくる想いを吐き出すように吠える。しかしそれ以上うまく言葉を繋げられず、強く眉根を寄せて熱くなる目元を自制した。
マダラは無言だ。バチバチと雷切の音だけが響く。カカシの拳がぐっと握られた。マダラと同じ赤色の瞳には今、珍しくも本気の怒気が滲んでいた。
「効かないと分かっていても......今すぐがむしゃらにでも攻撃したい気分だよ」
「フッ。好きにしろ。オレには害がない」
「......あの子は今どこにいる?」
「サスケと一緒にいるさ。自分の記憶を取り戻すためにな。奪った張本人がここにいるとも知らず......もっとも、サスケのほうは"今のカナ"など見ていたくないようだが」
それで、聞いている三人全員の脳裏に似たような光景が甦っていた。ナルトとカカシはチームメイトとして常に見ていたもの、ヤマトはテンゾウとして過ごした半月に見ていたものを。
サスケとカナは、常に共にいた。あの二人の間には入りこめないような何かがあった。その関係に名前はなかったものの、互いに居場所を求めていた。それでサスケは、カナは、自分たちを保っていた。
それが崩壊してしまった今、二人は。
「記憶を失くしたカナが、兄の真実で更なる闇に呑まれそうだったサスケを後押しした」
「......!」
「カナはサスケの支えだった。はたけカカシ......お前が先ほど言ったように、もし何事もなければ、サスケは兄の意志を継ぎ木ノ葉へ戻っていたかもしれない......カナの記憶のことがなければな。事実、カナの現状を知るまで彼にはまだ光があった」
イタチが死に、サスケが体力を回復した頃のあの夜、「カナが復讐をやめろとまた言ったらどうするつもりだ」と問うたマダラにサスケは即答しなかった。分からない、と曖昧なまま。イタチの時はカナの嘆願を聞かず後悔したために、木ノ葉へ向けた復讐心が"正解"なのか確信が持てなかったからだ。
「今はもう手遅れだがな」
「てめェが......てめェがサスケにそうさせたんだ!!」
「ああそうだ。だがそれは、サスケ自身の選択でもあった......カナの意志が消えて、自分で選択せざるを得なくなった時。サスケは自ら決めたのさ。再び復讐へと赴く道をな」
仮面の奥の瞳が弧に歪む。
「本物だ。本物の復讐者だよ、彼は」
兄を殺した後、その真実へと辿り着いたサスケは、その兄を追い込んだ木ノ葉へと憎しみの矛先を変えたのだ。大切だった温もりをも失った今はもう何にも縋ろうとせず、今度こそ独りきりで。
サスケはまたも復讐へと走ってしまった。
ナルトは歯を食いしばって項垂れる。友を闇へと引きずる"復讐"ばかりが憎かった。
ーーー第五十九話 闇
カナを追ったシーがいなくなり、サスケ・重吾・水月対雷影・ダルイとなった戦闘は、侍たちとの時より格段に荒々しいものとなっていた。
水月はダルイの、サスケ・重吾は二人掛かりで雷影の相手をしていたが、殺人衝動を表に出し"仙人化"したのにも関わらず、重吾は壁に叩き付けられ気絶。ダルイの大刀に折れた首斬り包丁で対抗していた水月も、水遁に雷遁という相性の悪さで体の自由を奪われた。
その頃には石造りの建物があちこち壊れ、瓦礫が床に転がっていた。残るはサスケと雷影の一騎打ち。雷影の凄まじさは、"鷹"の想像を遥かに超えていた。
「雷我爆弾(ライガーボム)!!」
野太い声が響き、サスケは今頭から床に叩き付けられた。単に力技だけではない、雷のチャクラをもまとった攻撃は格段に破壊力を増し、衝撃波が辺りに爆散した。
生身でこれを受けたら間違いなく即死だっただろう。しかし、雷影は違和感を感じて眉根を寄せた。
「......!」
サスケの体を覆うように具現しているそれは、まるで巨大な生き物の骨のようだった。禍々しいチャクラがまとわりついている。それがサスケを守ったのだ。雷影はもう一撃繰り出すが、サスケは瞬時に後方へと下がっていた。
その両の目には三つ巴ではない、万華鏡の紋様。
「万華鏡写輪眼か......」
雷影は唸る。その瞳の能力は多少知っている。サスケの見開かれた瞳孔から血涙がツーッと流れる、その瞬間 雷影は更にスピードを上げて逸れた。
"天照"。黒炎は獲物を逃し、その背後にいた侍に点火する。気にせず雷影の姿を捜すサスケだが、目で捉える前に横に瞬身してきた気配を感じた。
「雷虐水平(らいぎゃくすいへい)!!」
サスケに迫った雷影は、電光石火でサスケの首の骨を狙う。しかし寸前、サスケを守る骨が黒炎に覆われ、雷影は攻撃を止めた。
天照はただの炎ではない。一度触れてしまえば、燃え尽きるまでは消えてくれない。その攻撃を盾とした黒炎の形態変化だ。ゆっくりと振り向いたサスケは万華鏡の瞳で雷影を捉える───しかし、
「雷影を、なめるなァ!!」
一度やめた攻撃を、雷影は骨・天照もろともブチ当てていた。
サスケは耐えきれず吹っ飛び、床に転がる。骨と天照の守りは保持していたがダメージは大きく吐血した。しかも左腕を黒炎にやられたのにも関わらず、雷影の追撃は止まらない。またすぐそこ、上空から浅黒い巨体が迫っていた。
「トドメだ!!」
「炎遁 加具土命(カグツチ)!」
「義雷沈虐怒雷斧(ギロチンドロップ)!!」
サスケはまたも黒炎の盾を作るが、果たして雷影は止まらない。サスケの胴体を分断しようとする足の矛は、炎遁の効果も恐れず叩き付けられようとしていた。
だがそれは、今、第三者によって止められた。
「!!?」
雷影の足からサスケを守るように放たれたそれは、砂。
「(これは......!)」
雷影の重い一撃は完全に受け止められた。窮地を救われたサスケは目を見開き、瞬時にその脳裏にとある人物を思い浮かべた。
その時 新たな足音が場に届き、誰もがそちらを振り返る。
特徴的な赤い髪、その背に負うヒョウタンは"あの時"から変わっていない。だが、確かに"変わった"その人物を。
「砂瀑の、我愛羅......」
雷影が退き、やっとのことで上体を起こしたサスケは、その姿を確認して呟いた。
■
何やら重い音が絶えずここまで届いている。その音源は間違いなくサスケら"鷹"と雲隠れ二人が争っている場所だ。しかし、ここにいてはその戦況を確認しようがない。
カナはちらりと元の道を振り返ってから、目前の人物に目を戻す。雷影の側近・シーは僅かながらに息切れをしていた。
多少の術で戦り合ってから数分。シーの幻術に一度目は嵌ってしまったものの、二度目はない。その一度目のおかげで今カナも無傷と言えないが、それからは全て風遁の遠距離攻撃で済ませていた。
だが、決定打は未だに打たず。シーは息を抑えてカナを睨む。
「その銀色の髪に、先ほどからの風遁......お前、風羽一族の者だな」
「......そうですが、それが?」
警戒を怠らないままカナは慎重に応える。一方で、シーは先ほどの会談でちょうど耳にしていたことを思い返した。
「風羽は平和を求めた一族だと聞いたがな。今お前がやってることは一体何だ?」
「......何なんでしょうね。でも、これも一つの平和の求め方......らしいですよ。うちはマダラによれば」
「!!」
その情報も同じく、つい数十分ほど前にダンゾウが言っていたものだ。うちはマダラ、もうとっくに死んでいたと思われていた、忍世界で広くあまねくその名を轟かせた男。"暁"のトップにはそれがいる。シーはごくりと唾を呑む。
「......五影に喧嘩を売ることが、平和への道だっていうのか」
精一杯動揺を抑えた声だ。それを聞いたカナは目を伏せ、ペインのことを思い出した。
「......じゃあ、あなたたちは平和への道を作れるんですか?」
「それは、」
シーは言い淀む。途中中断してしまった五影会談のあの進行を考えても、本当の平和を築くのは五影であろうと簡単な道ではない。あの話し合いでは誰もが自里のことのみを考え、打算的に利己的に発言していただけだったように思う。───若き風影以外は。
カナは目を逸らしたシーを見て続けた。
「私は風羽です。平和を求める心はある。だけど、平和を作る道を知ってるわけじゃない......何が正しいのかなんて分からない」
木ノ葉での全てを忘れた"今のカナ"には、何も。
「それに......」と今度はカナが目を逸らし、伏せる。平和云々を頭の片隅にやると、今度浮かび上がってくるのはサスケの姿だった。暗い瞳をしている少年が傷だらけで戦っている。
「......今は"風羽"じゃない。私は今 一族の意志関係なく、個人的にここに」
その時、一際 激しい衝撃が建物全体を揺らしていた。ハッとしたのはカナもシーも同時だ。
パラパラと天井から破片が落ちてくる。その正体は雷影の忍体術だったが、今ここにいる二人には結果どうなったか知りようもない。雷影様、とシーが呟くのと、カナが心中でサスケの名を呼ぶのが重なった。
二人の視線が今一度 混じり合う。少しばかり緩んでいた空気がまた張りつめたものへと戻った。カナはすっとその手に風をまとわせる。対するシーは、冷や汗を流しながらもまた口を開いた。
「そういえば、風羽の生き残りは"神人"だとかいうウワサがあったが......何でお前はその力を使わない?」
「......"神人"?」
本来なら自分に最も馴染みのある単語、しかし"今のカナ"はそれを覚えていなかった。
代わりに頭がまたズキンと痛む。吐息混じりにうめき声を上げた。腹の奥のほうが熱くなってくる気がする、けれどそれが何故だか全く分からない。
「......?お、おい」
シーはカナの予想外の反応に戸惑ったようだった。
思わず気が削がれ、警戒心が薄くなる。伺うように声をかけてしまったのは、もしかしたら先の会話でカナがただの戦闘狂でないことを知ってしまったからかもしれない。
だが直後、シーは後悔した。
「ぐッ......!!」
目前へ不意打ちのように瞬身してきたカナの、風遁をまとった拳をモロに喰らったのだ。
その勢いに負け、シーの体は後方へ吹っ飛び壁に激突する。頭を打ち付け、意識も朦朧とし、何とか力を振り絞っても薄く目を開けることしかできなくなった。
「おま、え......!」
「すみません。先に行かせてもらいます」
軽く礼をしたカナは、軽く地を蹴って元の道を引き返し始める。それを見たシーも何とか動こうとするが、予想以上のダメージですぐには動けそうもなかった。
頭や腹が異常なほどの熱くなったのは確かだったが、今はそんなことよりもサスケだ。カナは頭に蔓延る靄を振り切って走り出していた。
■
かつて砂瀑の我愛羅と呼ばれた彼は、今や風影我愛羅として自里の者たちに慕われる存在となっていた。
かつてサスケを自分と似ているとした我愛羅は、今やその正反対の場所にいる存在としてこの場に立っていた。
サスケを守った砂がサラサラとヒョウタンの中に戻って行く。我愛羅と共に現れた護衛かつ兄姉・テマリとカンクロウはそれぞれの特技を発揮し、先ほど天照の被害を受けた侍を助けた。
「侍たちは下がっていろ。これは忍の世界のゴタゴタだ、アンタたち侍が犠牲になることはない」
仲間の侍がその温情に礼を言う。しかしそれは五影らしい振るまいだが、登場間際の行為はとてもじゃないがそれには思えない。雷影は苛々とした口調で怒鳴った。
「なぜ邪魔をした風影!返答次第では許さんぞ!!」
「......あのままアンタが技を出せば、黒炎で更に体を傷つけることになった」
対する我愛羅は飽くまでも静かだ。「それに」と視線を真っ直ぐサスケに向かわせる。
「うちはサスケには話したいことがある」
サスケもただ我愛羅を見返している。すぐには動こうとしない。
雷影は我愛羅を睨みつけた後、黒炎をまとう自分の左腕に目を落とした。ダルイが駆け寄ってくる前になんとその腕を自ら切り落とす。「ボ、ボス!」とダルイの声が焦ったが、本人はそこまで気にしていないようだ。しかし当然、出血は酷い。
「ダルイ、とりあえず応急手当だ」
「未練なさすぎでしょ......了解ッス」
「出来次第サスケを叩く。シーもそのうち戻ってくるだろう」
感知タイプであると同時に医療忍者でもあるシーが今はいないため、代わりにダルイが頭を振りながらも上司の要求に応える。腕の喪失に全く無関心な雷影は、憎々し気な視線をサスケに向けるばかりだった。
写輪眼は今も、復讐を見つめている。
「お前の目は昔のままだな......」
我愛羅のその声はどこか懐かしむようでもあった。木ノ葉崩しのため砂忍たちが木ノ葉に乗り込んだ時、この二人は一種の因縁を生んでいた。自分を痛みへと追い込んだ者への、復讐者としての同志。
そしてもう一つ───とある少女の温もりを知る者同士。
「昔のまま......ただ復讐を追いかけている。だがその一方で、"アイツ"の光を求めてる」
「......」
「カナはどうした。アイツが今のお前を許すとは思えないが」
「ヘッ......その話を出してくると思ったぜ」
しかしサスケは鼻で笑った。サスケが求めた光は、今や"偽者"となってしまったのだから。
「"カナ"はもうこの世界から消えた」
「......何?」
「アイツはいなくなったって言ってんだよ。今のオレは独りだ......かつてのお前が言ったように、孤独こそが今のオレの力だ。もう何も失うモノは無い。復讐さえあればいい」
サスケの渇いた声が響く。復讐心だけに満たされている心は、もう誰の声も受け入れない。
テマリやカンクロウはその意味が掴めず眉をひそめる。我愛羅も理解したわけではないだろう、しかし今は、血のような赤に染まる万華鏡を静かに見つめていた。
「復讐を生きる糧としても、何も解決しないことをオレは実感してきた......お前ならまだ間に合う。憎しみに取り憑かれ、独りの世界に逃げ込むな。帰って来られなくなるぞ」
「......で?オレが帰ったとして、"そっち"には何がある」
我愛羅の隣で聞いていたカンクロウとテマリが我愛羅に制止の声をかける。友であるナルトの声でさえ聞き入れなかったサスケは、今はもう"暁"にまで落ち、この五影会談にまで乗り込んで来た。説得したところで最早サスケに未来はない。
我愛羅はそれらの声を黙って聞いていた。サスケとの間の妙な因縁が、今の我愛羅を動かしていた。
「サスケ、お前はオレと似ていると昔も言ったな。この世の闇を歩いて来た者......そして、同じ光明を見た者として。闇にいたからこそ目に届いた光......昔も、そして今も」
「またカナか?しつこいヤツだな......」
サスケの声に動揺はない。本当にうざったそうな声で言ったサスケは、頓着無さそうに口元を上げた。
「昔のことは否定しない......だが、今はとっくに目を閉じた。オレの目的は闇の中にしかない」
自ら闇を望み行こうとしているサスケに、我愛羅の声は届かない。
見かねたカンクロウが「私情を挟むな......お前は風影だぞ」と声を潜める。その通り、今の我愛羅は例えサスケが"友の友"であったとしても、必要以上に近づくことは許されない立場。もうここまでが、限界だった。
ヒョウタンから再び砂が漏れだしてくる。
「ああ......」
か細い声。我愛羅のその瞳に、すうっと涙が溜まり、今流れていった。
今目にしているこのサスケの姿こそ、かつて我愛羅が歩みそうになった成れの果てかもしれなかった。
「分かっている」
途端、一気に砂が吹き出した。それを合図とするようにテマリとカンクロウも自らの武器を広げる。
サスケもさっさと臨戦態勢に入り、躊躇うことなく天照を発動する。視点の先から黒炎が燃え上がるが、それは全て砂に遮られ我愛羅に届くことはなかった。
「炎遁をここまでガードされるとは、絶対防御は顕在だな」
それを見ていた雷影は焦れったそうに「まだか!」とダルイを見下ろす。比較的出血は抑えられてきたが、医療忍術ではないため完全には不可能だ。
「すみません、けどこれが限界っスよボス!後はシーに任せねえと」
「ええい、シーはどこまで行ったんだ!まさかやられてはいないだろうな......!」
「とにかく、こんな状態じゃまだ戦闘にゃ参加不可能だ。代わりにオレが行きます!」
最後に包帯をきゅっと締め、ダルイは砂の陣営の元へ走り出した。早速印を結びながら「協力する砂の衆!」と三人の横に並ぶ。
「初弾はオレが!続けて畳み掛けをお願いする!」
「よし!」
ダルイは腕を構え、カンクロウは傀儡を操り、テマリは巨大扇子を広げ、我愛羅は砂を舞わせる。
「嵐遁 励挫鎖苛素(レイザーサーカス)!!」
「赤秘技 機々三角!!」
「大鎌いたち!!」
「連弾砂時雨!!」
青白い光線が、傀儡の仕込みが、荒々しい風が、無数の砂の弾丸が同時にサスケを襲い、周囲に再び轟音が轟いた。
階上から見ていた香燐は思わず「サスケ!」と叫び身を乗り出した。もうもうと舞う煙のせいで、すぐさまサスケの姿を確認することができない。だが、確かなチャクラを感じてハッとする。
「我愛羅......お前以上の絶対防御だ」
まず現れたのは、禍々しい色を放つ巨体だった。おどろおどろしい骸骨が、相手を見下ろしていた。
「両目の万華鏡を開眼したものが手にする力.....第三の力。須佐能乎だ」
その巨体を見上げ、「闇の力か」と我愛羅は目を細める。ニヤリ、と口元を上げたのはサスケ。底まで闇に染まったその眼は何を躊躇うこともない。
サスケの意志に従い、須佐能乎は大きくその矛を振り回す。我愛羅が咄嗟に味方を守ったが、その矛先は人ではなかった。「(狙いはここの柱か!)」と誰もが思うも既に遅い。
ほぼ全ての柱が折られ、天井がその重みに耐えられなくなっていった。
「(......!今までよりずっと酷い音!)」
元の場所に向かっていたカナはその衝撃音を聞きつけ更に足を速めた。だが、見え始めたところで息を呑んでいた。
先ほどの場所は跡形もなく、香燐がいた場所へ繋がっていたはずの足場も崩れている。あの赤い毛色もどこにも見えず、カナは徐々に足を遅めた。
見渡すも、辺りは酷い惨状だ。未だガラガラと崩れている音がする。下を見渡してサスケの姿を捜すが、めぼしい気配は見つからない。動いている様子も見えず呆然としてしまった。まさか、と嫌な予感が過って唇を噛む。
しかし、不意に体を硬直させた。
「......!」
瓦礫の下から青白い光が飛び出て来たのだ。先ほども見たその雷光を忘れるはずもない、それは雷影がまとうチャクラ。
突然のことに気配を消すことも忘れ、カナはその眼光と目が合ってしまっていた。
一階に着地した雷影は二階に向けて声を荒げる。
「貴様は......シーが追いかけていったヤツか!」
左腕を失い、まだ血が点々と垂れているが、迫力は変わらない。一瞬で敵わないことを悟り、カナはごくりと唾を呑む。風をその身にまとうことだけは忘れなかった。
「シーはどこだ!」
「......彼ならこの先に」
「何だと!?貴様、シーを殺ったというのか!」
「いいえ、殺してはいません......多分 軽い脳震盪を起こしてるだけです」
怒りに触れてはならない、と本能が叫んでいる。しかし嘘もつけない。今にも襲いかかって来そうな雷影を相手に、カナは戦々恐々としていた。
しかしカナの予想は外れ、今は弟の仇を討つことしか考えられない雷影はとっとと視線を逸らしていた。「ダルイ!!」とその口が後方に怒鳴る。すると雷影から随分離れたところで、また動きがあった。
「うッス......」
「......!」
カナは瞬時に察する。雷影、その護衛は無事ではあるが、この惨状は状況を見るに雲の陣営が起こしたものではない。相手側、つまりサスケが何らかの攻撃を起こした結果のものだ。ではサスケはただここにいないだけで、負けたわけではないのだ。
「ボス、サスケはどうやら逃げたみたいッスよ」
「分かっている!!すぐに追いつめたいところだが、その前にまずはこの腕だ!シーを回収しに行く!」
「回収って......」
ダルイの目がカナを捉える。カナもそれを見返したが、しかし、その奥で更に人影が動いたことに気をとられた。
「(まだ、三人もいる......!)」
何やら粉状のものが瓦礫を支えている。その後方の人物は暗がりに隠れてまだ見えづらいが、カナにとって仲間でないことは確かだ。
水月や重吾、香燐の姿も見えない今、カナは単身。雷影はカナに興味が無いにしても、確実に不利だ。
「(今すぐこの場から遠ざかるべき!)」
もう十分存在を認識されている雷影だけを警戒する。今、その瞳はカナに向いていない。逃げるなら今しかない。
ざり、とカナの足が一歩後方に下がった。
その時だった。
「カナ......!?」
声。自分の名を呼ぶ声が、カナの体を完全に止めた。
目を見開いて見た先は、まだよく見えない暗がりの向こう。癖っ毛のシルエットだけが見えていた。
「カナ、なのか......!?何でお前までここに......!」
「え......?だ、誰」
粉上の物は、砂だった。瓦礫を全て押しのけた砂はゆっくりとその人物の背後へと消えていく。
そこにいた三人は、誰もが階上のカナを見上げて瞠目していた。砂隠れの忍の三人。雷影やダルイが眉をひそめる中、一際動揺を露にしているのは風影。我愛羅だ。
「......が、」
その赤い髪。隠れていたその色を見つけた時、カナも尚更 驚きに顔を染めていた。
我愛羅とカナ───この二人は友人関係にある。今、カナは記憶のほとんどを失っているとはいえ、我愛羅だけは違うのだ。カナがまだ風羽の森に住んでいた頃から、今なおその存在を知る、唯一の人物。
「我愛羅くん......!?」
カナの脳裏に甦ってくる幼い姿の我愛羅と、今見ているその姿が重なる。それは随分以上に成長していたが、特徴的な赤い髪、その目を彩るクマは他の誰のものでもない。
「......また知り合いか、風影。どうやらソイツもサスケと共に乗り込んで来た犯罪者のようだが」
雷影は皮肉っぽく鼻を鳴らす。とはいえ、雲隠れ側にとったらそんな事はどうでもいい。「ダルイ、行くぞ!」と言い放ち、雷影はダンッと足元を蹴った。向かう先はシーがいるという場所。
今まさにカナがいる場所のその奥だ。
呆然としていたカナも、迫って来た姿にハッとした。
雷影の目はカナを見ていない。だが直後 敵意を感じ、すぐさま印を結束した。
「風遁 風繭!!」
「フン!!」
雷のチャクラをまとっていた拳と、カナの風が反発し合う。バチィッと電撃音が鳴りカナは顔を歪めた。相性ではカナのほうが優勢であるはずなのに、力の差が大きすぎる。
後方に飛ばされる前に、カナは自分から横に逸れた。それで獲物を逃した雷影は一瞬カナを見たが、それ以上は何もせず光の早さで通り過ぎて行った。たまたまそこにいたから攻撃しただけで、今は何よりサスケを追いたいのだろう。
同じようにダルイも通過していったが今度は何も無く、ヒュウっと感心するような口笛を吹かれただけだった。
「......」
雲隠れの二人の足音が遠ざかって行き、カナはふっと肩の力を抜く。そしてやっと、今最も気になる人物へと視線を向けることができた。
再び目が合った二人は、どちらも互いに戸惑いを覚えるばかりだった。